EP 3
役人の横暴と『金の喧嘩』
翌朝。政宗は赤マルを咥えながら、ポポロ村の広場を歩いていた。
のどかな風景だった。
畑では「ちょっと! 水冷たいってば!」と喋る『ネタキャベツ』が農夫と口喧嘩をしており、路地裏からは芋酒を仕込む甘い香りが漂ってくる。
だが、政宗の目は誤魔化されない。
(自警団の装備……魔導ライフルに、誘導バズーカまであるじゃねえか。国家の特殊部隊並みだぞ)
のどかさの裏に隠された、異様なまでの重武装。
ここが三大大国の緩衝地帯という、火薬庫のど真ん中であることを物語っていた。
その時だ。
「――村長を出せ!!」
広場に、場違いな怒声が響き渡った。
現れたのは、漆黒の魔導装甲車。
車体には、ルナミス帝国の紋章が刻まれている。
降りてきたのは、仕立ての良いスーツを着た小太りの役人と、魔導ライフルを構えた数人の帝国兵だった。
「ひぃっ……!」
村人たちが恐怖に顔を引きつらせ、後ずさる。
「お、お待ちください! 一体どうされたというのですか!?」
村長宅から、キャルルが飛び出してきた。
その後ろには、氷のような無表情を取り繕ったリバロンが控えている。
役人はキャルルを鼻で笑い、一枚の羊皮紙を突きつけた。
「今月より、我がルナミス帝国に納める『月光薬』の量を三倍に引き上げる。これは決定事項だ」
「さ、三倍!? そんな……!」
キャルルが悲鳴のような声を上げた。
「月光薬は、私の魔力を陽薬草に込めて作るんです! 今の量でもギリギリなのに、三倍なんて……私、死んじゃいます!」
「知ったことか」
役人は豚のように鼻を鳴らした。
「嫌なら、村の土地を帝国に明け渡せ。大体、お前たち獣人が豊かな土地に住めているのは、我が帝国の温情があってこそだろうが」
完全な難癖だ。
最初から月光薬の独占、あるいは村の乗っ取りを狙った嫌がらせであることは、政宗の目から見ても明らかだった。
(……やっちまえ、ウサギ)
政宗は物陰から目を細めた。
昨日、野盗の集団を十秒で粉砕したマッハ1の暴力があれば、こんな役人ども、一瞬で肉塊に変えられる。
だが――。
「……ごめんなさい」
キャルルの口から出たのは、震える謝罪だった。
彼女は地面に膝をつき、役人の足元に土下座せんばかりに頭を下げた。
「私が、もっと頑張りますから……だから、村のみんなには手を出さないでください……っ」
政宗は舌打ちした。
(バカか、あいつは……!)
彼女が戦わない理由。いや、戦えない理由。
それは、彼女の武力が『個』のレベルでしかないからだ。
ここで役人を殺せば、帝国という『国家』が動き、村は焼け野原になる。
キャルルは、村を守るために『弱者のフリ』をして、理不尽な暴力を一身に耐えているのだ。
「キャルル様……っ」
背後で、リバロンの手にギリッと青筋が浮かんだ。
執事の美学を捨て、首元のネクタイ(武器)に指をかけようとしている。彼もまた、限界だった。
「フン。従順なのは結構だが、小娘一人で何ができる」
役人が、靴の裏でキャルルの肩を小突こうと足を上げた。
その瞬間。
「――おいおい。随分と理不尽な商談じゃねえか」
広場に、紫煙がたなびいた。
政宗が、役人とキャルルの間に割って入ったのだ。
「な、なんだお前は!」
役人が怒鳴る。
政宗は靴の裏で赤マルを揉み消し、キャルルを庇うように立ち塞がった。
「政宗……さん?」
「お前は引っ込んでろ、ウサギ」
見上げたキャルルの目は、涙でいっぱいだった。
昨日、自分の命を削ってまで政宗を治した、その自己犠牲の目。
(……どうしようもなく、腹が立つ)
政宗の脳内で、冷徹な『算盤』がカチャリと鳴る。
武力で殴れば戦争になる。
なら、資本主義で殴り殺せばいい。
「俺は力武政宗。この村の特務交渉人だ」
政宗は役人を真っ直ぐに見据え、獰猛な笑みを浮かべた。
「おい、ルナミスの豚。その金の喧嘩……俺が買ってやるぜ。利子も含めてな」




