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IF早過ぎたラグナロク18話 雷神2

どうやら、戦闘は避けられないようだ。


 トールとの距離はおよそ五歩。まっすぐ踏み込めば、すぐに斬りかかれる間合いだが、同時に相手の一撃をまともに受ける危険な距離でもある。私も全斬丸を抜いて、深く息を吐きながら戦闘準備に入る。あの爺さん――トールが構えるハンマーには、先ほどから微かな雷の火花が散っているように見える。ここまでの迫力を感じる相手は初めてかもしれない。



 私の必殺技は二つ。


 一つは、超高速で敵の首を刎ねる「首斬り」。もう一つは、圧倒的な速度の多数斬撃で敵の体を切り刻む「みじん斬り」。どちらが当たっても、相手は文字通り必ず死ぬ。



 だが、今回はそれらを使うつもりはない。口では「殺す」と言ったものの、本当に殺す気はないのだ。トール爺さんには訓練でお世話になったし、さほど強力な能力を持っているわけでもない。


 ハンマーを持つ片腕さえ斬り飛ばしてしまえば、彼も戦意を失って降参するだろう。そもそも私の目的は「全てを殺す」ことではなく、「スクルドを守る力を手に入れること」。不要な殺しは極力避けたい。



(なら、オデンに使った戦法を……)



 腹を決め、私はトールをじっと睨みつける。


 彼の方も身構えながら、私の一挙一動を警戒している気配が伝わってくる。



「いくわよ」



「こいっ!」



 私とトールの短い言葉が、まるで合図のように同時に響く。その瞬間、私はロキの能力で透明化し、さらにフレイアの能力で瞬間移動してトールの背後へ回った。敵の右腕を斬り飛ばすために、全斬丸を高く振りかざす。姿を消したまま、一気に斬り飛ばすそうとした。



 ところが、



「そこじゃ!」



 予想外の声が響き、次の瞬間、ハンマーが私の腹を正確に捉えた。


 ドゴンッ! と、雷鳴のような衝撃音が鳴り響く。見えないはずの私の位置を完璧に看破したかのようなタイミングだ。加えて、しびれが全身を駆け巡り、意識が飛びそうになる。



「がはっ!」



 空を舞うように吹き飛ばされた私は、地面に背中から叩きつけられた。口中に血の味が広がり、ドッと黒い血を吐き出す。猛烈な衝撃で体の中を揺さぶられ、息がまともに吸えない。


 雷神であるトールの一撃には、単なる物理的な衝撃だけでなく、雷撃による痺れが付随しているのだろう。まるで体内をビリビリと焼かれるような感覚が残り、思うように四肢が動かせない。



「そんな……見えないはずなのに」



 苦悶の声が漏れる。地面に這いつくばったまま顔を上げ、相手を睨もうとするが、視界がぐらついてよく見えない。


 彼はまるで当然のごとくハンマーを構え、私を打ちすえた場所を見下ろしている。透明化した私を捕捉するなど不可能なはず。それが、いとも容易く反撃されるなんて。



「なるほどのう。フレイアの瞬間移動に、ロキの透明化か……その程度でわしに勝てるとでも思ったか?」



 その声に嘲り混じりの余裕が漂う。オデンすら倒した不可視の斬撃が、まったく通用しない。トールが本気を出せば、この程度は簡単に対処できるということか。私は激しい痛みに耐えながら体を起こす。ヘルの超再生で、いずれ痺れも多少は緩和されるはずだが、今はまだ動きが鈍い。


 無理やり膝をつき、荒い呼吸を整える。白い空が視界の端で揺れていた。



「訓練の時は手加減をしていた、ということなのね?」



 私が問うと、トールはどこか懐かしそうな笑みを浮かべる。



「当たり前じゃろう。相手の力量に合わせて手加減せんと、訓練にならんだろう」



 つまり、私が互角と誤認していたということだ。フレイアやオーディンを倒してきた私が、これほどまでにあっさりやられるなんて……。


 しかし、まだ手はある。私はヴェルザンディのエインフェリアを使うことにした。10体を召喚し、彼にけしかける。



「エインフェリアよ、来たれ!」



 現れたのは屈強な戦士たち。それぞれが武器を構え、無言のままトールに向かっていく。けれど、私の狙いは彼らの力ではない。囮としてトールの注意を引き、その隙にもう一度不可視の斬撃をするためだ。



「今度はヴェルザンディのエインフェリアか……わしに通用するとでも思っておるのか!」



 トールの一喝に、戦士たちが一瞬怯む。それでも命令通り突撃を仕掛けるが、雷神の前ではあっさりと蹴散らされてしまう。ハンマーが唸りを上げるたびに、エインフェリアたちが無残に吹き飛び、地面に叩きつけられ、瞬殺されていく。


 隙が生まれるどころか、あっという間に10体が消滅していた。私が隙を突く暇さえ与えられない完璧な制圧力に、思わず唇を噛む。



「……どうしたらいいのよ」



 エインフェリアすら役に立たない。私の手札が次々と封じられ、急速に追い詰められていく。痛みと焦りが混ざり、混乱した思考を無理やり整理しようとするが、まともな策が浮かばない。


 その時、トールがこちらを捉えたように動き出した。見えていないはずなのに、まるで私の気配を追いかけるかのように一歩ずつ近づいてくる。



「なんじゃ、終いか? なら、トドメを差させてもらおうかの」



 凄みを帯びた声が鳴り響き、私は思わず後ずさる。ヘルの超再生がある限り、不死身に近いはずの私が、久々に恐怖を感じている。


 オデンとの戦いで「グングニルに貫かれても死ななかった」実績があるとはいえ、トールの力は未知数だ。いつ、本当の死が訪れてもおかしくない……そんな嫌な予感が頭をよぎる。



(瞬間移動も透明化もダメ。変身だって見破られるだろう。ロキの能力、フレイアの能力、ヴェルザンディのエインフェリア……全部が通じないというの?)



 切羽詰まった私は黒い翼を広げ、一気に上空へ舞い上がった。近接戦闘が駄目なら、遠距離からの攻撃で優位に立つしかない。


 問題は私が使用できる神術が限られていることだ。選択肢は“極大神力波”か“超神術”くらい。どちらも燃費が悪く、使うと意識が遠のきかねない。でも、もうそんなことを言っていられない。



(やるしかないわね……)



 私は上空で大きく腕を広げ、火の超神術を発動する。手の中に火のエネルギーを凝縮し、さらにそれを肥大化させていく。私の身長をはるかに超える火球が生まれ、周囲の空気がビリビリと振動するほどの熱を放ち始めた。



「くらえっ! 超神術!」



 渾身の力を込めて巨大火球を地上に投げ落とす。まるで太陽の一部を切り取ってぶつけたような圧倒的熱量が轟音とともに降下していく。


 回避しようにも、自動追尾だから、トールといえど逃げられないはず。私の10倍を超す巨大火球が落ちる様は、もはや災厄そのものの光景だ。



「ふふふ、勝ったわね」




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