相15
私は見鷹君に隠れて、こそこそと『イコリス』を設定した。したがって円城寺博士の審査をクリアした後の『箱庭』を随時観察する役割は、私が買って出たのだった。
こうしてアイではなく、『イコリス』が『箱庭』に現われるのを心待ちにしていたが・・・『センター』から『箱庭発表会』開催の連絡が来て、それどころではなくなった。
思いの外、早く観察結果を発表しなければならなくなり、私はとても慌てたのだ。連絡が来たばかりの頃は何を発表すれば良いか、皆目見当がつかなかった。
とりあえず、私は人口の推移を確認してみた。すると国王オウラ3世の退位前から、出生数が増え始めていた。そしてオウラ4世の時代で人口は急激に増え、次代の国王からはなだらかな増加が続き、今やシーコック建国時の5倍に迫っている。
オウラ4世が治めた時代に遡って街の様子を見ていると、後ろからディスプレイを覗き込んだ見鷹君が「インフラが整備されてますね。」と言った。
調べるとオウラ4世は、リヴェール一族の水道の供給に伴う戸籍管理を始めていた。少量ずつしか出来なかった王族による魔石の完全無効化も、オウラ4世が効率的な無効化システムを確立していた。
***
『箱庭発表会』の会場は、大学のホールだった。私はホールの外観をまのあたりにして、嫌な予感がした・・・。
持ってきたノートパソコンとプロジェクターの接続チェックを先に済ませる為、私一人でホール会場へ入場すると、想像以上に立派な舞台がライトに煌々と照らされていた。傾斜を付けた広々とした座席は、二階席まである。
(ただ、観察した内容を発表するだけなのに・・・)
舞台袖への階段入り口で受付けを終え、私は少し涙目になりながら舞台に上がりパソコンの接続を確かめた。
すっかり気持ちが挫けた状態でエントランスのベンチで待っている夫に合流すると、夫の元教え子である見鷹君の彼女が到着していた。
勝気そうな大きな瞳の彼女は、私に元気よく挨拶してくれた。見鷹君はおしゃれ伊達眼鏡を外し、彼女にくっついて嬉しそうに目尻を下げている。知的で気が強そうだが実は繊細な彼女に、めろめろなのだ。
いつもなら、わざわざ肉眼で彼女を眺めている見鷹君を茶化すところだが、そんな余力は無い。
「パソコンは正常に作動した?」
しょんぼりしている私に夫が訊ねた。
「残念ながら、滞りなく作動したよ・・。はぁぁ・・会場が凄く立派で・・怖じ気ついちゃった・・。」
「奥さんのような連想力を持つ人は、なかなかいないですっ。独特な超常的観点に、高学歴者達は目から鱗が落ちますよっ。自信持ってっ。奥さんの発表は、円城寺博士も前のめりになって聞くでしょっ。」
私の代わりに『わくフラ』の『箱庭』を彼女の前で発表したくない見鷹君が、私を大袈裟に持ち上げて励ました・・・。
ところがいざ発表会が始まると、ホールの座席はガラガラだった。
広い座席のど真ん中には、『センター』の職員らしき青年とおじさんが円城寺博士を挟んで座っていた。円城寺博士は、右目に片眼鏡を掛けていて白い髪は逆立っており、細身のお爺さんなのにギラついた異様なオーラを放っていた。とても迫力ある風貌だが博士は80歳近いので、青年とおじさんの職員は付添いも兼ねているみたいだ。
発表会参加者はセンター職員を合わせても、100人に届いてなかった。それから、二千人入れるホールにまばらに座った参加者達の服装は、軽装だった。
スーツを着こんでいるのは私と夫のみで、ジャケットを羽織っていたのは見鷹君だけだ。
見鷹君の彼女もフリル袖のブラウスに夏らしいサラッとしたパンツスタイルだった。このまま、見鷹君とデートに行くのだろう。
二階席の一列目には、黄色いチェック模様のカジュアルシャツを着ている青年までいた。予想に反した会場の砕けた雰囲気に、張りつめていた私は適度に肩の力を抜くことが出来た。
私の発表内容は、シーコック国王オウラ4世が治めた時代に関しての見解だった。この時代はリヴェール一族の戸籍総括機関だけでなく、武術に秀でたケーナイン一族の警察組織も設立されていた。
キュリテグロース一族はたくさんの煮熟した繭から、30~40度の温度で生糸を一斉に巻き取る低温自動繰糸機を、風の魔石を動力とするだけでなく水と火の魔石も組み込み完成させていた。そして木の魔力を有するサウザンドが、桑の葉を安定供給し養蚕を行い、高品質な生糸の大量生産を実現していた。
また、王族による魔石の効率的無効化は、ブリストン一族の大型建造物や橋梁の建設・道路整備を加速させた・・・。
遠い昔に授業で習ったような『箱庭』の発展に、私はあることを思い出した。
・・シーコックの建国は『アイ』の生年月日を起点に約200年前に設定しており、初代国王の生年は西暦1700年代だったことを・・。
まさかと思い調べてみると、オウラ4世の即位は西暦1868年だった。
『明治時代』が幕を開けた年だ。




