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エピローグ

 魔物や悪鬼邪竜に関する書物をめくれば、同じ記述をどの本でも見つけることができた。上位の魔物、悪鬼邪竜ほど、自尊心が強いと。己の力に絶対の自信を持ち、下位の生物を見下している。それ故に、その自尊心を傷つけられたとき、上位の魔物はその復讐を誓う。ただ相手を殺すのではなく、もっとも苦しむ方法で復讐を果たそうとすると、どの本にも書かれてあった。魔物に子孫まで祟られた王族の伝説や、復讐を誓う悪鬼邪竜と冒険者の死闘は、物語本の主流テーマですらあった。

「まさか僕自身が、狙われることになるなんて思わなかったけどね……」

 そう呟きながら、ロランは手にしていた本を書棚に戻した。それから書庫を見回し、祖父と母が遺してくれた本の背を順に見つめていった。幼い頃、寝物語に母が読み聞かせてくれた物語本があった。仕事のご褒美にと、祖父が話してくれた活劇本があった。祖父と母が教えてくれた勉強の本があり、二人が他界した後、独学で読み進めていった学術書があった。それでもまだ読んでいない本がたくさんあり、できることならこの書庫にずっとこもっていたいと、ロランは思った。

 だが、それは不可能だった。もう自分は、ここにはいられない。この書庫に、いやこの村に、ロランの居場所はもうなかった。あれから一週間、この村にいられたことすら奇跡だったのだ。だがもう、それも限界だった。

 書庫から出て、その扉に鍵をかける。鍵を握り締め、俯けていた顔を上げると、遠く廊下の端に立つ父、ブロウと目が合った。ブロウは慌てて、逃げるように部屋の中に入ってしまった。扉が乱暴に閉められ、その向こうから物を倒す乱暴な音が聞こえてくる。父がまた荒れていた。だがその暴力の矛先は、ロランからただの物へと変わっていた。

 ロランは一つため息を吐いて、父の部屋に背を向けた。廊下を進み、戸口から外へ出る。家の外に立ち、そこから村の中を見回す。だが村人の姿は見つけられなかった。今ロランの家に近づこうという者は、ロランと関わろうとする村人は、一人としていなかった。

 いったいどこから伝わったのかはわからないが……ロランが地竜の恨みを買ったという話は、村中に広まってしまっていた。そのため、皆がロランと関わりを持つことを恐れていたのだ。ロランと関われば、自分も地竜に狙われてしまうかもしれない。そう思っているのだ。

 泥鬼による村への被害は、テルナたちが予想していたよりもはるかに小さなものだった。地竜が立ち去った後のテルナの指揮と、砦からの救援が早かったためではある。だがそれ以上に、建物に立てこもればいいというロランの考えが功を奏したのだった。多くの村人が建物に籠城し、いたずらに逃げ惑わなかったために、泥鬼に殺されずにすんだのだ。だがそのことを、ロランに感謝する者はいなかった。

(結局僕は余所者で……そして今は、厄介者なんだ……)

 町の血が入った余所者。そして地竜の恨みを買った厄介者。そんな自分が、クベック村にいられるわけがなかった。

「どうするか決めたのか、ロラン」

 そうロランに訊いたのは、馬を引いて近づいてきたテルナだった。その隣にはグリークがいる。

 二人を見つめ、一度瞳を閉じ……開くと同時に、ロランは言った。

「グリークが許してくれるなら……グリークと一緒に、行きたいと思います」

 ロランの言葉に、テルナがため息を吐いた。小さく首を振り、小声で「まったく……」と呟いている。地竜の思念を聞いたテルナは、すぐに国を頼るべきだと言った。魔物と戦うための組織が、国民を守るための機関が国にはある。それを頼るべきだと、テルナは言っていたのだ。

 それに対してグリークは、なにも言わなかった。ただロランを見つめていただけだ。それは今も変わらない。ロランの決断を聞いても、なにも言わなかった。ただその口元が緩んだように見えたのは、ロランの気のせいだろうか……。

「私がなにを言っても、決意は変わらないのだろうな」

「はい……」

「……まったく、本当に人の言うことを聞かない者ばかりだな」

 吐き捨てるようにそう言い……だが唇を閉じたテルナの顔は、いつもよりもなぜか柔らかく見えた。

「勝手なことを言ってすみません……でもやっぱり、誰かの陰でただ耐えるのは、待つのはもう嫌なんです……僕は自分で、戦いたい。そのための力を、ちゃんと身に着けたいんです」

 そのために、ロランはグリークと一緒に行きたいと思った。グリークは今でも否定しているが、それでもロランにとってグリークは冒険者だった。その彼について行き、戦う術を学びたいと思ったのだ。

「村のこと……あと書庫のこと、よろしくお願いします」

 言って書庫の鍵を渡すと、テルナはしっかりと頷いてくれた。ロランはほっと安堵し、それからグリークを見る。自分の決意は伝えた。だがグリークからは、まだ返事はもらっていない。

 ロランに見つめられ、だがグリークはなにも言わず、背を向けて歩き始めた。

「え、あ……グリーク……?」

 戸惑ったようなロランの言葉にも、グリークは足を止めない。歩いたまま、ただ言葉だけを放つ。

「……どうした? 俺と一緒に行くんじゃないのか?」

「い、いいの?」

 確認するように訊いたが、グリークは答えなかった。

「早く行け……ああいうヤツだ」

 テルナがそう言った。ロランはテルナに頭を下げると、慌ててグリークを追って駆けだした。ゆっくり歩いてくれているのか、グリークの歩みはいつになく遅く、ロランはすぐに追いつくことができた。

 グリークの横に並び、ロランは道を歩いた。村を囲む柵、その出口が近づいてくる。それを見つめたまま、ロランは小声でまた訊いていた。

「……本当にいいの?」

「俺は冒険者なんかじゃない、ただの流れ者だ。ついてきたけりゃ勝手にしろ」

 グリークはそう言った。そして続けて、小声で言っていた。

「それに……坊主の度胸分、働いてやるって言っちまったからな……」

 聞こえた言葉に、ロランはグリークの顔を見た。今度は錯覚でも気のせいでもなく、確かにグリークの口元は緩んでいた。

 前を向き、ロランも小さな笑みを浮かべた。腰に差した短剣、グリークから渡された魔法の短剣の鞘を握り、しっかりとした足取りで歩く。今の自分の姿は、幼い頃、祖父の話を聞いて憧れた冒険者の旅立ちからはかけ離れたものだった。今の世界に冒険者は存在せず、ロランの隣を歩く男も冒険者であることを否定している。見送ってくれる人はおらず、戻ってこられる場所もきっとない。地竜の恨みを買った自分には、明るい未来なんてないとすら思えた。

 だけれども……それでもこれが、ロランの旅立ちなのだった。

(だから……行こう!)

 短剣の鞘を強く握り締め、ロランは村の柵を通り抜けた。ロランは自分の足で、世界に一歩踏み出していた。

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