第五十八話・王都近郊にて
怪物に蝕まれるパラダイム。
現実の一端を眼にした俺は大冷孔を一個だけ開けて
このまま帰るべきかどうか迷っていた。
「雑談はここまでだ……来るぞ、二人とも構えろ」
ヴァイスが漆黒の杭の様な剣を抜き放ち俺とミルクに警告を発した。
「お、おうっ!!」
俺は背中に背負った大太刀・雪花風月を逆袈裟に抜き払う。
「任せて!!」
ミルクもまた杖を構えた。
今居る此処は王都の郊外。
人間の場所である街ではなく、怪物のテリトリーであり勢力圏だ。
一体の怪物が俺達の気配を嗅ぎ付けてこちらに向かってくるのが俺にも見えた。
状況は俺に迷う時間を与えてはくれそうに無い。
今はその迷いは置いておいて、戦う覚悟を決めるしかない。
近づいてきた怪物の姿がはっきりと見えてきた。
一対の鋸のような凶悪な鋏。
八本の細い足に扇子にも似た海老のような尻尾。
「ザリガニか、ありゃ……?」
「あれはクリス、氷の魔法を得意とする怪物だ」
見た目は蒼いザリガニに近い、けど全長は三メートルはある。
ただの生き物ではない証拠にその体を覆う甲殻は
水晶のような結晶体と分厚い氷の塊だ。
その内側には怪物の証の核がうっすらと見える。
水晶のザリガニは天に向けて鋏を掲げた。
ぞくりと背筋を悪寒が駆け抜けた。
こいつ、核から鋏を伝って上の方に魔力を集めてやがる!!
「散れっ!!魔法が来るぞ!!」
ヴァイスの鋭い声にとっさに俺とミルクは散開した。
怪物の鋏から次々と氷のツララが撃ち出され
一秒前まで俺達が居た場所で土埃が舞い上がる。
打ち出された氷のツララは深々と地面に突き刺さっている。
怪物は声一つ上げず殺しに来る。
「だああ!氷のガトリングガンかよ!!」
俺は何とか逃げ回るがまだ弾切れを起こす気配が無い。
「動きを止めるな!!」
「いわれなくても!!」
「わああ!!これちょっと不味いって!!」
飛んでいるとはいえミルクも慌てて上空に退避した。
あんなのを喰らったら間違いなく串刺しで蜂の巣だ、本気で洒落になっていない。
「雷刃!!」
ヴァイスが打ち出される氷針やツララを雷の魔法で迎撃し、砕き散らす。
雷の勢いはツララを砕いただけでは止まらず怪物へと直撃するのだが……
余り効いている様子は無い。
「やはりクリスに雷は効果が薄いか……」
警戒したのか怪物が鋏を交差させ防御姿勢を取った。
それでようやくツララの乱射が止んだ。
この隙を逃す手は無い。
俺はクラフトさんに作ってもらったグリーブに念を凝らすと同時に駆け出した。
……大太刀を持っているのに何時もより体が羽のように軽い!!
視界が高速で流れる、あっという間に怪物に近づける……これが魔法の効果か!!
――怪物を太刀の間合いに捕らえた。
「お返しだっ!!」
すれ違いざまに斬りつける。
――角度が悪かったり心技体が不十分な一撃、或いは相手が固すぎる時の
ガンッ、とかガキッ、っとかカンッという甲高い音や
鈍い金属音と手のしびれる手ごたえは全く感じない。
確かな手ごたえを斬りつけた太刀を握る柄から感じ取れる。
擬音で表すのならザクッ、といった所だろう。
硬い結晶や氷の塊を斬っている筈なのに砂の塊ほどしか抵抗を感じない。
流石にゲームや漫画の表現のように
豆腐やチーズみたいにスパッとサクッとあっさり真っ二つとまでは行かないが……
怪物の水晶の甲殻に付いた深々と刻まれた一閃の傷は
この大太刀・雪花風月の威力と性能をまざまざと俺に見せ付けた。
クラフトさんには本気で感謝しないとな……
「これなら行ける!!」
「よし良いぞその調子だ!!
俺が引きつける!!ミルクは直上から風打!!
雪平の魔法剣の方が効果が高いはず、隙を見て側面から撃ち込め!!」
「おう!!」
「わかったわ!!」
ヴァイスの飛ばす指示に従い俺達は陣形を組みなおす。
怪物は再び氷の魔法を俺達に乱射してくる。
「……雷刃」
恐ろしい速度で飛来するツララの猛吹雪を
ヴァイスのアニキは冷静に怪物の攻撃を雷の魔法で迎撃する。
俺達も安心して戦えるように役割を淡々とこなし
顔色一つ変えず危険な囮役を率先して引き受ける兄貴にはほんっとに頭が下がるよ……
「疾き風よ、我が神の名の下に集いて敵を討つ槌となせ!風打!!」
翼で飛翔し、怪物の直上からミルクが風の魔法を浴びせかける。
風圧の衝撃波の塊を上から叩き込まれたクリスは
八本の足を広げて地面に這い蹲った。
彼女の回復と風の魔法は俺達のパーティの重要な柱だ。
……俺も負けてられねぇ!!
今此処で魔法修行の成果、そして新しい大太刀の力を此処で引き出す。
彼等に並んで立てるように……
「うぉおおおおおおお!!」
体の中で魔力を練り上げる。
大太刀、雪花風月に魔力を通わせる。
もっと熱く、もっと強く!!
練られた魔力が炎となって大太刀に刻まれた血溝を奔る。
これを維持したまま、グリーブに思念を通わせて加速を発動。
大気が粘つく、加速された体と視界が瞬時に怪物に近づく。
距離はあと七メートル、六、五、四……今だ!!
「纏・緋・剣!!」
俺は業火を纏った大太刀を全身全霊を込めて大上段から振り下ろした。
俺の纏緋剣の一撃を喰らった場所から甲殻の水晶に皹が広がる。
怪物の甲殻である氷の鎧も水晶の殻も纏めて叩き、砕き、溶かし、切り裂く。
反対側数センチだけ残し、水晶の破片でギリギリ繋がった胴。
怪物は、やがて動かなくなり、体組織は赤黒い砂に変わる。
「やった……」
だがこの勝利は俺だけのものではない。
クラフトさんが剣を作ってくれなければこうはいかなかった。
ヴァイスが体を張って皆を守ってくれた。
ミルクが見事に怪物に隙を作ってくれた。
皆が繋げた勝利、そして新しい力を得た喜びを俺は噛み締めていた。




