第五十話・暁の英雄亭
「あ、ヴァイスのアニキ、こっちの方も今日はこれくらいかなって
思ってたから丁度いい所だよ、ちょっと待っててくれ。
今本を元の場所にしまうから」
「そうか。そろそろ宿に戻ろうと思うのだが」
「ああ、ミルクも呼んでこなきゃな」
クルーゼ魔法学院の書庫を見渡すと程なくミルクも見つかった。
「おーいミルクー、ヴァイスも来たし帰るぜ。
いったん切り上げてまた今度にしよう」
ミルクは読んでいた本から顔を上げて答える。
「あら、もうこんな時間ね……雪平のほうは収穫はあった?」
「ある程度知りたい事がわかったよ」
「それはよかったわ。
私も本を片付けるとしましょうか」
「手伝うよ」
俺達はミルクの本を片付けると
司書のリシェールさんの所で退出手続きをした。
「お世話になりましたー」
「ありがとうございました」
「はい、皆さんお気をつけてお帰りくださいな」
俺達は礼を言って魔法学院を後にし
王都の拠点としている宿、暁の英雄亭に帰還した。
††††††††††††
暁の英雄亭の食堂で俺達はテーブルに座って料理を待つ。
「はいよっ、今日のスペシャル海鮮定食おまちっ!!」
よく日焼けした太っちょのおじさんが、太い腕で料理を一辺に運んできた。
テーブルに並べられたのは荒塩をたっぷり振りかけた焼き魚に
野菜と魚介類をごった煮にしてあるスープ。
そして固めの黒いパン。
「お~。流石は王都、新鮮な海の幸が食べられるなんて珍しいわね」
「そういうもんなのか?」
こっちの世界だと海の幸が珍しいんだ。
「うん、海に近い場所に空いた冷孔の町も有るには有るんだけど……
海の怪物やオーヴァーロードがねえ……」
「海の怪物はわかるけどオーヴァーロードってなんだ?」
「海の上帝、近海の大冷孔の主、小山ほどもある真っ白な異形の鯨の怪物。
漁船だろうが大型のガレオン船だろうが
通りかかった船を片っ端から海の藻屑に変えちゃうのよ」
「遠洋にある珊瑚礁と入り江の小島が大冷孔であることは有名だが
屈強なバスターでも辿り着く前に海上で船を沈められるとな……」
「なるほど、それで魚介類や海の幸が貴重品なんだ。
そういう大冷孔の怪物も居るんだな」
「その大冷孔周辺は最高の漁場らしいんだけどね……
海沿いの街の猟師はオーヴァーロードや海の怪物には大分苦しめられてるみたい」
「分かってた事だけどやっぱり皆怪物が居て困ってるんだな」
「そりゃそうよ」
「――オーヴァーロードは後回しになるだろうな。
まともに戦える手段が見つからない事にはどうにもならん」
「ううん……そういえばヴァイスのアニキ。
魔法学院の学院長と長々と何を話してたんだ?」
「ああ、色々と話は有ったのだが、雪平とミルクに関わりがあるのは
新たに中冷孔を開放したらそれのアカウントを売って欲しいとの打診だな……」
「おっ、今度は中冷孔にチャレンジするのか?」
「…………」
あれ、ミルクが不自然に静かだ。
「どうかしたのかミルク?」
「あ、ううん、なんでもない、話を続けてヴァイスさん」
「ああ、魔法学院はソーサラーの人口増加に伴い現在魔力不足に喘いでいてな。
生徒やソーサラーが練習用に使う魔力にしても
新しい魔法や魔道具の研究にもしても多大な魔力を消費している。
王都の大冷孔から供給される魔力だけでは最早足りないらしい。
それで、新たに開かれた冷孔の魔力を魔法学園で使用できるようにしたいらしいのだが……
学院で出せる予算とあいまって中冷孔クラスとも成ると
中々売ってくれるバスターも居ないらしくてな」
「なるほど……バスターズギルドを介して国なり貴族に売るならもっと高く売れるでしょうし
自分でアカウント持って領地もちになってたほうが良いわよね、普通のバスターの感覚じゃ。
まあそんな好条件と言いがたい依頼を受けてくれる酔狂なバスターも中々居ないでしょうよ」
「この依頼、受けようと思うのだがどうだろうか?
報酬はちょっと少なめになる代わり、雪平たちも魔法学園へのコネは出来るだろうが」
「俺は別に構わないぜ、別に金や領地が欲しくてバスターやってるわけじゃないし」
金や領地が欲しくないというのは嘘偽りの無い本音だが……
魔法学院へのコネクションと言うのは実はちょっと魅力がある。
たびたび書庫に足を通わなくては成らないだろうし
ひょっとすると俺が必要とする転移魔法を自力で作れなかった場合
学院のソーサラー達の協力を仰ぐことも視野に入れる必要があるかもしれない。
「……あたしも賛成よ」
「それでは決まりだな。次の目標はこの依頼の中冷孔だ。
この戦いに向けて修行や狩り、道具や武具の準備を整えた上で計画を練る必要がある」
……これからまた忙しくなりそうだ。




