第四十七話・妖精族の変わった幼女
王都クルーゼの魔法学院、その書庫で
元の世界に帰るための転移関連の書物を探していた俺は
書棚の目印の三千世界儀と言うものを見ていた所で
一人の妖精族の少女に話しかけられた。
とりあえず、どちらのどなたか尋ねてみたのだが……
「おおっと、うっかりしてたねっ。
説明とか薀蓄を語りたくて堪らなくなっちゃうのは私の悪い癖だねっ。
私は妖精族のスフレだよっ。
何時かパラダイムの歴史に研究者として名を残す事が夢なのさっ」
「そっか、俺は雪平だ」
年の頃は不明だが見た目の年齢で判断するなら
小学校高学年くらいか……?
人と微妙に違う尖った耳と小さな透き通る光の羽は確かに妖精っぽい。
若葉のような緑色の髪を上部でツインテールのようにまとめ、下の髪はそのまま下ろしている。
眼鏡越しの桜色の瞳の下には寝不足なのか隈が出来ている。
濃紺のローブはぶかぶかでちょっと汚れている。
その辺りが幼い見た目とは酷くアンバランスだ。
「それに君の常時展開してる術式見たこと無いだったから興味を引かれるねっ」
「これか、ヴァイスのアニキが言うには翻訳魔法らしいんだが」
「翻訳魔法?それちょっと凄いかもっ。
ねえねえどういう理論で使ってるのかなっ?」
「いや、理論とか理屈とか聞かれても俺にはわからねえよ。
無意識で使ってるようなもんだし。
なんつーか、ノリとか、勘とか、フィーリング?
喋り言葉なんて緩い約束みたいなもんなんだから
気合と根性と熱意で何とかなるだろ」
「言語は思考の核!!普通勉強しないとなんともならないねっ!!
スフレには全く参考にならないっ……
偶に居るんだなっ、こういう無意識で術式組み立てちゃう人っ……
希少度はあれど学術的な価値は零かもっ」
「スフレ……どっかで聞いたような……
あーあー、思い出した。
ひょっとしてクラフト武具店で買った指輪の作者の?」
「研究にはお金が掛かるからねっ。
内職でやってるのさっ」
「ヴァイスのアニキが褒めてたぜ。
アニキは実用的な品しか評価しないから……
ちっちゃいのにすごいな」
「ちっちゃいは余計だっ、これでも今年九十だぞっ。
妖精族は木々と寿命が同じだから成長がゆっくりなだけっ!!」
「ええっ、マジかよ……そりゃ、悪かった……」
褒めたつもりだったのだが怒られてしまった。
ちょっと待てよ、今年九十?木々と寿命が同じ?
と言う事は千年近く生きるのか?
妖精族がそういう種族とは知らなかった……
「だけど妖精族換算だと子ども扱いされるのも事実……
人間族に子ども扱いされるのは慣れてるけどさっ。
うむむむむ……内職で作ったシールドリングよりも
研究内容が評価されたい……」
大木の寿命が千年として、人間が百歳寿命とすると……
妖精族の九十歳は人間の九歳……
子ども扱いされても有る意味仕方ないかも。
「研究って何を研究してるんだ?」
落ち込んでいるスフレにそう尋ねた途端
跳ね起きるような勢いでこっちに顔を向け
一息、しかも物凄い早口でまくし立てはじめた。
「よくぞ聞いてくれたねっ!!
私は怪物の存在論的研究をしてるのさっ!!
皆怪物の討伐方法や新しい攻撃魔法ばかり研究しているけど
怪物がどんな生物や発生なんて事は気にも留めないのさっ!!
学説はあれど【怪物とは邪神が作り出した正ならざる生命である】
って神学的、宗教的見解で思考停止しちゃってるのさっ!!
本当に邪神が作ったのかとかどうかも不明だし
邪神についても怪物についても宗教的制約きつくて中々調べられないのさっ!!
経験論的な習性や行動パターンについてはともかく
怪物自体が危険な戦闘力を有するし不浄の存在とされてて
生け捕りとかしたいのにできないのさっ
その所為で生体構造とか殆ど何も分かっていないのさっ!!
あ、でもパラダイムの宗教や神々の偉大さとか否定するとかじゃないんだよっ。
ただ怪物の構造が分かればもっと効果的な魔法とかも分かるかもしれないしっ。
でもなかなか理解されないのさっ。
何で怪物は居るの?って子供が聞いてるとしか思われないのさっ。
生暖かい、或いは白い眼で見られるかしかされないっ!!」
地団太を踏み桜色の瞳にグルグル渦を巻きながらスフレはまくし立てた。
この幼女マッドサイエンティストっぽい……
「……それが正しくても新しい学説とか中々理解は得られないわなあ。
ガリレオとかが良い例だし……
まあでも俺も怪物が生命ってのはちょっと疑問だなあ。
生き物なら傷つけば逃げようとするし。
どっちかと言うと心を持たない殺人マシンみたいだ。
腐らずに倒すと速攻で砂に帰る辺りも生命として変だ。
実際にやり合って見るとあいつ等どっちかと言うとロボットだろ」
「ロボット……なんぞそれっ?ロボットって何ぞっ?」
スフレと言う少女は好奇心の塊らしい。
「ええと、ロボットってのな……
俺も詳しい仕組みとか分かるわけじゃないけど……
電気とかモーターとかの動力で動く機械だよ。
凄く複雑な仕組みをしてていろんな動作や仕事をしたりとか……
ええと、こっちで言うと……」
「精霊魔法のゴーレムの亜種みたいなものかっ?
確かにゴーレムは魔力で動くけど彼等は術者の単純な命令しか受け付けないぞっ」
「似たようなもんだと思ってくれれば……
でもなあ、怪物はアレだアレ……
そう、ナノマシンだ、ナノマシンで動くロボットっぽいって俺は思うな。
SFアニメや漫画に出てくるやつ」
「ナノマシンって何ぞっ?」
「砂粒みたいな小さな機械だよ」
「……そういえば雪平は身につけてる鎧からしてバスターなのかっ?」
「ああ、そうだよ」
「……実際に怪物と戦ってるバスターの視点は盲点だったかもっ。
理論理屈よりも直感で正解に辿り着く人種はいるし……
ナノマシン……?怪物の砂は極小の術式を刻まれた魔道具……?
核から魔力を供給するとすると……あれっ、理屈が通っちゃうぞっ?
いやでもそれだと現代の魔法技術レベルじゃ……でも……じゃあ誰が何の為に?
邪神、魔人族……?」
スフレは自分の思考の世界に行ってしまったようで
ブツブツと何事か呟き続けている。
「あのー、もしもしー?」
「今ちょっと忙しいのっ!!用事なら手短にっ!!」
「えーと、俺、地脈と冷孔転移関連の本を探してるからそろそろ行こうかなと……
なんか忙しいみたいだし……」
「地脈と冷孔転移の本だねっ!これと、これと、これと、これっ!!」
スフレは物凄い速さで本棚とその間を行き来して
あっという間に本をかき集めて床に置いた。
「良いインスピレーションが貰えたから雪平にはそのへん感謝だねっ!!
じゃあね、私は研究で修羅に入るよっ!!」
そういってスフレは風のように去って行ってしまった……
後に残されたのは積まれた目的の本。
「なんと言うか……嵐のような女の子だったなあ……」
とりあえず探し物は見つかったが……




