第四十四話・伝承と謎の魔法の正体
今、俺達三人が居るのは王都の中に有る宿の応接室だ。
話の流れから俺はミルクに読み書きを習うことになった。
「数字が書けないと値札とか読めないし買い物にも困るからねー」
「……ペンとインクと紙なら有る。
少し待て、荷物から出してくる」
「用意がいいねヴァイスさん」
「冷穴も開いていない未踏の地を旅する時
マッピングが出来ないと困るからな……
……バスターのたしなみだ」
「あー、そっか……私は飛べば割と何とかなるからなあ……
というかヴァイスさん雪平に今まで文字とか教えてなかったの?
読み書き出来るんでしょ?」
「……すまん、戦闘技術やバスターに必要な事は仕込んだが……
その事については失念していた」
「しっかりしてよね、もう」
そういえばヴァイスのアニキと二人で居る時話していたことの殆どは
剣技についてや街の外での注意事項。
バスターの心得や怪物の性質や弱点などだ。
パラダイムの歴史や神話とか日常生活や風習については殆ど話さなかった。
それでも十二分に密度が濃かったからそこまで気が回らなかったなあ……
暫くしてヴァイスのアニキが部屋から紙とインクとペンを持ってきた。
「へえ……」
紙は羊皮紙だ……初めて触ったが裏と表の触り心地が違う……
紙というよりは本当に皮だ。
裏側がちょっと毛羽立っていて頑丈だ。
「大事に使えよ」
「紙って高いからねえ……一枚銀貨二枚でしょ?」
「そんなにするのか?」
二千円位するとか滅茶苦茶高くねえか?
「……職人が手間をかけて作っているからな」
「となると本とか無茶苦茶高くならないか?」
「高いわね。厚さにもよるけど原材料だけも金貨二枚から六枚……
一般人にはちょっと手が出ない額だわ。
魔法書なんかとんでもない値が付く事もあるし」
「なるほどなあ……ありがたく使わせてもらうぜ」
「一枚はくれてやるが本格的に練習するつもりなら
地面に書くか石版に木炭で書いたり消したりするのがいいぞ」
「それじゃこの羊皮紙には見本の文字を書く事にしましょう。
とりあえず三種族の数字を書くから貸してねー」
ミルクが羊皮紙を受け取るとペンを走らせる。
「左から順番に人間族獣人族鳥人族の零から十よ」
楔形の文字が人間族の文字……
ヒエログリフっぽい象形文字のような絵文字が獣人族で……
微かにギリシャ文字に似た文字が鳥人族のか……?
「ちょっとペンを貸してくれ……ええと、これが一か……?」
「そうよ」
俺が漢数字で一、二と各数字の下にルビを振っていくと……
「ちょっとちょっとそれ鬼人族の字に似てるわよ!!
”五”なんか特にそう!!」
ミルクが素っ頓狂な声を上げ
「そうだな……確かに似てる。
鬼人族の文字の派生か……?」
ヴァイスも同意した。
「ええ!?……ちょっとまてよもしかして……
今、思い出して書いているから……」
俺の中に一つの仮説が生まれた。
これじゃないとしたら……
「零、壱、弐、参、肆、伍、陸、漆、捌、玖、拾……」
俺は記憶を頼りに古い日本で使われていたはずの文字を書く。
昔の日本では漢数字の奴はこれだったはず……
俺は数字しか知らないが……
何かの漫画で見てカッコいいなと思って練習したっけ。
「あ、鬼人族の公用語だ」
「間違いないな、俺も数字くらいは知っている」
二人の言葉から異口同音に同意の意が出た事で確信した。
パラダイムとガイアには共通項が有る。
……間違いなく二つの世界は繋がっている。
少なくとも、鬼人族というのは日本語を使ってる……
それも凄く古い時代の言葉を使っている。
そして鬼……日本の御伽噺に出てくる鬼。
ギリシャ神話に出てくる翼あるキューピッドやハーピー
様々な神話に出てくる翼ある天使。
どちらも人間には使えない特殊な力や魔力を使うとなると……
鬼とかの妖怪とかの原型ってひょっとしてまさかパラダイム人か?
で、人食いとか暴れる怪物ってこっちのが地球に迷い込んだ……?
俺たちの居た世界では二つを混同してる?
多分、ガイアとの行き来があったのだ……
となると行き来にも希望が持てる。
「何にせよ有益な事が分かったよ……
鬼人族の文字なら何とか読めるかも……」
「おおー!でもこれでちょっと雪平の事が分かったかも。
そういえば黒髪黒眼は鬼人族に多い特徴だもんね……
でも角は無いし……記憶を失ってるって聞いたけど
数字知ってるって事は多分鬼人族の村か町辺りに住んでたんじゃない?」
事情を知らないミルクにはそう思えるかもしれない。
ううーん……正直に全ての真実を話していいものなのかな?
隠し事は好きじゃないけれど……
最悪魔人族とかに間違われる心配だけは避けたい……
「なあに?難しい顔して。
手がかりを見つかったんなら心配する事ないわよ。
虱潰しに鬼人族の住んでる村か町を当たってみれば良いじゃない」
「ああ……そうかもしれねぇな……」
自信なく答え、手元の羊皮紙に目を落とす。
そこに書き連ねていく文字、異世界パラダイムの文字……
鬼人族の文字を読める可能性が出てきたとはいえ
転移関連の書物が他の文字で書かれてたら結局覚えなきゃならない。
そう思って目の前の文字に集中すると……
「何だ……頭痛が……」
目の奥が熱くて冷たい。
魔法を発動する時のあの感覚……
魔力が眼に集まってる……
眼をこすってもう一度羊皮紙に視界が戻ると……
「あれ……?」
「どうしたの?」
……文字が読める。
というか、ミルクが書いてくれた数字の上に
俺が直接ペンを使って羊皮紙に書いたものではないルビが振られている。
それは蒼く半透明な……魔力で書かれたルビだ。
「な、なあミルク、適当に何かこの羊皮紙に文章書いてみてくれ!!」
「どうしたの急に?」
「いいから!!」
押し付けるようにペンと紙を渡す。
「むう……訳わかんないけど……」
ミルクはさらさらと再びペンを走らせる。
「これでいいの?」
「……”おはよう、こんにちわ、こんばんわ”……
読める!!パラダイムの文字で書かれた文章が読めるぞ!!」
鳥人族の使っている言葉の書かれた言葉の上に
日本語でちゃんと魔力で書かれたルビが見える!!
「どうして急に!?
あ、ひょっとして記憶が……!!」
「ごめんもっかいペン貸して!!」
ひょっとしたら書くこともと思ったが……
「……やっぱり駄目だ。読めるようになったみたいだけど文字はやっぱり書けない……」
そう都合よくは行かないようだ……
やはり知らない文字を書くことに関しては練習が必要のようだ……
「んー。残念ねえ……完全に記憶が戻ったかと思ったけど……」
「読み方は分かったけど書き方についてはミルクに習う事になりそうだぜ……」
「まあ、一から全部教える手間が省けたと思えば……
良かったんじゃない?一部記憶戻って。
書く練習をしてればまた何か思い出すかもしれないし予定通り手伝ってあげるよ。
……約束したしね」
「ありがとう……助かるぜ」
「今日はその羊皮紙に発音を文字に直した手習い歌だけ書いておしまいにしましょう」
暫く羊皮紙にミルクが向かって五十音表のようなものを書き連ねた。
「ふわぁ……まあ、今日はこんな所かしらね。
……明日の予定はまた朝食の時にでも話し合いましょうか。
それじゃ、二人ともお休みねー」
そういってミルクは宿の自分の部屋に帰っていった。
「さて、それじゃ俺も寝るとしますかね……」
「雪平」
ヴァイスに呼び止められた。
「どうしたんだアニキ?」
「お前に掛かっていた謎の魔法の正体が分かったぞ」
唐突にそんな事を言われた。
「マジで!?」
「系統は不明だが一種の翻訳魔法だ。
意図的に発動している最中を観察してようやく術式の構成が把握できた」
「……俺に掛かってる謎の魔法って翻訳魔法だったのか……」
「気が付いたのはつい先ほどだがな……」
さっき紙に書かれた文字を覚えたり理解しようと集中した時か……
「どうやらその魔法を介して意思疎通を俺達としているようだ。
雪平はそれを無意識に使っている。
本当は俺達の喋っている言葉とお前が喋っている言葉は違うのかもしれない。
同じ言葉に聞こえてはいるがな」
「……そうかもしれない、いや、多分そうだと思う」
「……お前は本当にガイアからやって来たのだな」
「だからそう前から言ってるだろ。
そういえばさ、ヴァイスは気にならないのか?」
「何がだ?」
「俺がこの世界の人間じゃないって事についてさ。
ほら、あれだろ……?
どうもパラダイムでガイアが死後の世界だとすると……残るはヴォイド。
俺のこと信じてもらえなくて異世界人は魔人族扱いされて排斥されないかな、とか……
実を言うとちょっと心配でさ……」
特に宗教観の影響の強いミルクとかの前だと話しづらい。
余り彼女に嫌われたくは無い。
「――ふっ……」
暫く沈黙していたヴァイスは軽く笑った。
「な、何で笑うんだよ」
「そんな小さな事で悩んでいたのかと思うと少しおかしくてな。
お前に停滞は似合わんよ……なぜなら魔人を俺は知っているからだ。
お前は断じて魔人族などではない。
最も魔人とは遠い存在だ。
それにな、お前がたとえ何者であろうと――
一緒に怪物を倒して大冷孔を開くと言う目的が変わる訳では無いだろう?」
ヴァイスの意見に俺ははっと顔を上げた。
「そりゃ、そうだけど」
「怪物を倒し大冷穴をあけるという意思があり、力は未だ無くてもそれを掴もうと努力する……
俺のパーティとしての資格ならそれだけで十分。
怪物と同じくらいに唾棄すべき連中……
分け前を狙って背中を刺そうとする奴等とは、比べ物にならないほど上等だ」
「ありがとう……アニキの信頼を裏切らないようにこれからも頑張るよ」
「なに、気にするな」
「あ、でもこの翻訳魔法のことはミルクには……」
「安心しろ、お前の来歴と共に俺の胸に秘めておく……が。
信頼を築いたと確信できる時期が来たら本当の事を話すべきだろう」
「そうだな……そうするよ」
「……俺は寝る、お前も体を休めておけ」
「おう、また明日な」
ヴァイスも自らの部屋に帰った。
ひとまず、読み書きの問題はクリアできたが……
必要に迫られてだったけど記憶喪失って事にしてたこと、気をつけないと……
これからもまだまだやる事は山ほど有る。
がんばらなきゃなあ。
雪平君に掛かっていた謎の魔法は秘められた力ではなく
無意識に使っていた翻訳魔法でした。




