第三話・敗北、打ち砕かれた偽りの自信と再起
「どういうことだよ!ふざけんな!幾らあんたでも言っていいことと悪いことがあるぞ!」
俺はヴァイスに食って掛かっていた。
武器を選ぶ前に、武術の経験の有無を聞かれて
剣道を今をやっている事を言ったのだが
街の空き地で木の枝を使って実際に一通りの型を見せた所で言われた
ヴァイスの一言が余りにも許せなかった。
「……貴族の遊びの剣だな」
奴は冷たくそっけなく興味なさげにそう言いやがったのだ。
流石にこれはカチンと来る。
俺は遊びで剣道をやっていたわけじゃない。
自慢じゃないが同年代の学校の剣道部の中では敵は居なかった。
先輩のキツイしごきにも耐え自主練習も欠かさずにやってきたというのに……
それを遊び?日本の剣術や剣道への侮辱。
それは俺のやってきた努力への侮辱だ。
「……面倒だ。俺に一撃当てられたら今の事は取り消してやる」
ヴァイスが剣の鞘を手に持ちかえてなそう言った。
「ああいいぜ!あんたかどんだけ強いかしらねえけど吠え面かくなよ!」
「……掛かってこないのか?」
ヴァイスの声はあくまで冷淡だった。
「上等だ行くぞこの野郎!」
自らを奮い立たせるように
思いっきり突きを繰り出して……
しまった、と少し思った
突き技は本来は強力な殺人技。
竹刀でも突きの入り方や角度しだいでは防具を通りこして
生身の喉や首に掠めることがある。
危険度が高いため中学までは禁止されている。
(あれだけ大口を叩いたんだ、なんとか出来なくても文句は……)
あっけないほどにあっさりと
ガッ、と軽く先端を往なされた手ごたえが手に握る木の枝から伝わった。
やべっ、強い。
さっきの一撃に微妙に迷いが入ったのが自分でも分かった。
ヴァイスの目には全く同様が見られない
とはいえ余裕で受け流せる時点でかなりの――
そこまで一瞬で考え、即座にヴァイスの打ち込みが来た。
速っ、受けろ俺――間に合え……っ!
「おっ、ごっ……」
脇腹から全身に駆け抜ける激痛。
受けたはずなのにガードごと叩き込まれた。
こんなに重い剣今まで受けたことがねえ……
「分かったか?お前の剣が遊びだということが
実戦だったら今ので死んでいる……
雪平、お前の剣は軽いんだよ」
「軽い……俺の剣が……軽い……?」
「打ちのめされても握った獲物を手放さない根性だけは立派だが
……余りにも未熟すぎる」
ショックで目の前がゆがむ。
当たり前だ。打ち合いで剣を――いま握ってるのは木の棒だが
竹刀を取り落とそうものならどんなキツイ事を言われるか分かったもんじゃない。
少なくとも俺のもといた道場じゃそうだった。
「余りにもお粗末だったぞ。対峙した時点で俺の力量は薄々分かったんじゃないか?
躊躇ったお前が未熟なんだ」
ヴァイスの言うことはいちいちもっともだ。
なんとなくだが、対峙した時点で相手の気迫、身のこなしで
相手の強さを察せられない奴は強くない。
それで油断した俺の未熟と迂闊さが恨めしい。
「察するに剣術それ自体の完成度は低くない
剣術自体への発言だけは訂正してやる
剣さばきと足の運びを見ていたが……
最小の動きで人を殺すのに洗練された剣だ
だが使い手がこれではな……」
そうだ、その通りだ。
日本の剣術や剣道自体がダメなわけが無い
ダメなのは、俺だった。
「俺……そんなにダメだったのかよ」
「未熟だったな……お前の為にはっきり言っておくが……
バスターとして生き残りたいなら今までの剣術の常識は捨てた方がお前のためだ」
「……どういうことっすか?」
「お前のやって来た剣は人間相手の剣で怪物相手の物ではないからだ
お前の軽い剣では怪物の分厚い肉皮、或いは甲羅や鱗に歯が立たん」
確かに……
日本の剣道はあくまで「人」相手のものだ。
そんなことを想定していない。
「それにな、お前剣で生き物を殺したことが無いだろう。
生きるか死ぬかの気迫がまるで無い。
お前のは壁の中で貴族が剣というそれにそっくりだ。
安全圏の練習で幾ら強くてもそれは貴族の遊びに過ぎない」
悔しいけどこれも全くその通りだと思う。
死自体が今の日本では遠い。
昔の人はこれが練習や稽古がずっと続けばいいのに、と思っていたという
話を昔道場の先生から聞いたことがある。
昔で練習や稽古でキツイ疲れたと手を抜けば本番で死ぬのに決まっている。
鍛錬不足=死の時代ではないから
今思い返してみれば同年代の友達は
練習キツイとか防具が匂うとかヘタレたことを言う。
考えても見れば俺はガチで命の掛かった世界など知らなかった……
「悔しい……」
心が軋みを上げる。
しんどいのにも痛いのにも臭いのにも熱いのにも寒いのにも耐えて練習してきたのに……
負けたのも、自分が未熟なのにも。
負けて悔しくない?そんな奴が居たら俺は蹴っ飛ばしてやりたくなる。
負けたのに悔しくない?
そんなのは負け惜しみだ。
何一つ一生懸命頑張ったり真剣にやったこと無いやつだけが吐くセリフだ。
男が吐いていいセリフじゃねえ。
「人と比べて得た自信など偽りだ。
お前を待つ戦いはこんなものではないぞ。
怪物は情けも容赦も持たず殺しに来る。
覚悟と鍛錬をもってしても容易く人は死ぬのだ。
ならばどうする?此処で止めるか?
今ならまだ戦いの道に踏み込まず暮らしていけるぞ?」
人と比べて得た自信がいかに偽りかは今、俺は知らされた。
怪物は容赦なく殺しに来るのも本当なのだろう。
「冗談じゃねえ!!」
歯を食いしばり俺は心の底から叫んでいた。
「生きてりゃ負けることもそりゃあるだろうさ!!
頑張ったって負けることもあるだろうさ、だがな!!
ここで逃げたら、生きることに妥協したら俺は二重に惨めじゃねーか!!
負けたまま逃げるのだけは嫌だ!!」
本当に思い描いたことを捨てて……
自分に負けたことを抱えて生きるのはきっと恐ろしく惨めなのだろう。
誇りを捨てても生きていける?
現実を思い知るのが大事?そんなのクソくらえ、だ。
必ず死ぬのなら、絶対に嫌だという事は魂の芯。
それを折られたまま生きれるほど俺は器用でも賢くも無い!!
「……それだけ吠えれるのなら、お前はきっといいバスターになれる。
時間を食ったな。だがお前の慢心を打ち砕けたから結果的には良かったのだろう」
「ヴァイスのアニキっ!」
いぶかしげにヴァイスがこちらを見た。
「ありがとうございました!!」
俺は心の底から頭を下げて、こう言っていた。
この慢心を抱えたまま戦っていたら俺はきっと最初の戦いで死んでいた。
自分の都合の良い事を言ってくれたり
やってくれたりするのが本当に良い人だとは限らない。
こういうとき、形式的でポーズではない
何故対戦相手に礼をするかの意味を本当の意味で体得した気がする。
「……ついて来い雪平、お前に似合いの武器を選んでやる」
ヴァイスは僅かに温かみのある苦笑を浮かべながら、そう言った。
何だかんだあるけど、やっぱりアニキはいい人だと思う。
「よろしくおねがいしますっ!!」
この世界は【幻想的】では有りますが【遊び】ではありません。
苦心惨憺して身につけたものが役に立つとは限らない哀しい現実。
日本の剣術自体の完成度が低いわけでは有りませんが
それは戦国時代と同等の修練を己に化した時のみ。
命の危険の無い安全な練習で同年代の者に勝つくらいで強者と勘違いし
極めても居ない道場剣法で怪物に突撃すれば死にます、あっけなく。




