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第二十八話・打ち上げ

景色が歪む。

周囲の風景が特殊効果を掛けた様に細長く引き伸ばされ

コンピューターグラフィックスのように捩れていく。

そして物凄い速度で自分の後方に流れていく。

これが冷孔転移か……

……長く見つめていると酔いそうだ。

冷孔の転移時には目を瞑るべし……ねえ……

これがその理由かな?

俺は慌てて目を閉じた。

「……到着したぞ」

ヴァイスの静かな声で目的地に転移したことを知る。

俺が目を開いて良く周囲を見渡すと

四本の石の柱が立ち並びその間に鎖が張り巡らされた場所だ。

出入り口と思しき場所には一人の衛兵がこちらに背を向けて立っている。

その隙間から見える景色は見慣れたタジンの町だった。

そろそろ日が沈みかけているので行きかう人は疎らだが……

「え、本当?」

ミルクが目隠しをとった。

「あ、バスターの方ですね、お疲れ様です」

こちらに気が付いた衛兵が出入り口の前から退いた。

「早く移動するぞ……何時までも転移指定地点に立っていると邪魔になる」

ヴァイスにそう言われて、慌てて着いて行く。

衛兵は一礼したまま俺達を素通ししてくれた。

「あれ?冷孔転移とかってお金が掛かるんじゃないの?」

俺は素朴な疑問を口にした。

「それは他の町に行く為の行き道の時だけよ。

私達がいま出てきた所は、新しく開かれた冷孔から来るバスター専用の出口なの」

その疑問にはミルクが答えてくれた。

「あっちが他の町に行くときの出入り口」

そしてそのまま周囲にあった大きな建物を指差す。

巨大な石柱が立ち並ぶ屋根つきの建物だ。

まるでギリシャのパルテノン神殿をシンプルにしたような立派な石造りのデザイン。

その周りではこちらよりも多くの衛兵が巡回し

馬車がそのまま通れそうな検問と

料金を払う関所のような場所がある。

その周りには露天が立ち並び、建物や町の雰囲気は違えど

駅前の駅舎のような風情だ。

「ふーん、そうなのか……」

「それにね……今私達が開いてきた小冷孔のアカウントは私達が持ってるのよ。

開きたての冷孔は皆そうだけど……

あの空き地には建物なんか何にもないから

実質魔物避けの結界分しか魔力は使われてない……

転移に使う魔力は全然余ってるわ」

「だからお金を払う必要は全く無いわけか」

「ん、そういうことね」

今しがた開いてきた小冷孔は今のところ俺達のものか……

まだ村や町は出来てないから転移の分の魔力は有り余っている。

転移に必要な魔力が向こうの小冷孔持ち、と。

権利と魔力の問題を解決できれば金は払わなくていい、と。

「今日くらいはタジンで一番良い宿に泊まろうぜ」

「賛成!私ももうくたくたよ……」

「……まあ、今日くらいはいいだろう」

それから俺達は鉛のように重い足を引きずって

タジンの町一番の宿に移動した。

獅子王亭と名の付いた三階建ての大きな宿屋だ。

確かに町一番の宿だけ有ってロビーから違う。

今まで泊まっていた宿屋は

一階が酒場で荒くれのバスターや傭兵たちによって常に騒がしく

足元は飲み物や食べ物がこぼれて薄汚れたぎしぎし軋む木の床だったのに。

だがこの宿の足が沈みそうなふかふかの真っ赤な絨毯は

これだけ疲れている状態だと下手すると足を取られそうだ。

宿につくとヴァイスは躊躇い無く二階丸ごとを所望した。

これには俺もミルクもびっくりした。

「まるでお大尽か貴族さまね……」

「時々アニキは金の使い方の箍が外れるからなあ……」

普段はつましやかなのに……

最初宿の主人は訝しげだったが

堂々とヴァイスが金貨の入った皮袋を渡すと目の色が変わったのが伺える。

急激に態度が礼儀正しくなった。

「お腰の物を預からせていただきます」

俺達はフロントに武器を預けると階段を上った。

控えの間か食堂と思しきそこもまた

これまでの宿と比べると贅沢な部屋だった。

壁にはちゃんとした壁紙が張られ額縁に絵が飾られている。

壁の照明は魔力で灯るタイプの奴らしい。

磨かれたテーブルの上にある燭台の蝋燭も白い普通の蜜蝋だ。

蝋燭に違いが有るのかって?

俺も初めて知ったが……獣脂蝋燭と蜜蝋は全く違う。

安っぽい酒場やこっちの一般家庭で使う蝋燭は

蜜蝋じゃなくて獣の脂の蝋燭で燃やすと嫌な臭いがするんだよ。

「すごーい!ねえねえ各部屋にお風呂付いてるよ!!」

日本の旅館やホテルとかだとそう珍しくは無いのだが

こちらの世界ではそうではない。

ミルクがはしゃいでいる。

やっぱり女の子だもんなー。

「そりゃ有り難いな……飯の前に汚れを落としておくか」

正直に俺はそう答えた。

個室の風呂に入るのは久しぶりだ。

それぞれ自分の部屋に入って軽鎧を脱ぎ捨て

……ユニットバスに似た風呂に浸かったら危うく溺れそうになった。

汚れを落として温かい湯に浸かった瞬間

戦闘の疲れの所為で全身の筋肉が溶けて流れ出そうな錯覚を覚え

そのまま眠りこけてしまう所だった。

風呂から這い出すのに多大な気力を振り絞る必要があった。

備え付けのローブに着替えて何とか食堂のイスに座った時には突っ伏していた。

「あ~……死ぬほどだりぃ……」

「……中冷孔大冷孔ともなるともっと辛いぞ」

同じく食堂のテーブルに座るヴァイスは何時もの通り鉄面皮だ。

彼も鎧を脱ぎ捨て普段着に着替えている。

本当に冷静沈着が皮被って歩いてるような人だ。

「おそらくそうだろうけどよ……どういう感じなんだ?」

「中冷孔以上ともなると戦闘後は鎧を脱ぐのさえ億劫だ

指一本動かしたく無くなって眠りたいとしか考えられなくなるな」

「うへー……」

アニキでさえそう思うのかよ……

というか、今の俺がまさにその状態なんだけど……

「あー……翼がおもたーい……

お風呂は好きだけどこればっかりはどうにかならないものかしら……」

ミルクが部屋の扉を開けて出てきた。

濡れた翼が非常に重そうだ。

戦闘で飛べるのは滅茶苦茶便利だけどこういう時は大変そうだな……

ミルクが来て程なくして

宿の小間使いの人達によって料理が運ばれてきた。

すきっ腹にこれは非常にありがたい。

「よっしゃ!!飯だ飯!!こういうときは打ち上げだぜ!!」

「うんうん、勝利を祝うのは悪くないわね」

「……そうだな」

「それじゃ……私達の小冷孔開放を祝して……」

ミルクが飲み物を入ったグラスを持ち上げるのに俺達も習う。

どうやら中身は葡萄酒のようだが……

ここは日本じゃなくてパラダイムだ。

ドイツでは16、オーストリアでは15から飲酒可能なんだし。

国が違えば飲酒のルールも違う。

こまけぇことはいいんだよ。

「かんぱ~い!」

「乾杯!!」

「……乾杯」

三者三様の声が上がる。

派手に盛り上がる事こそ無かったが

俺達は大いに飲んで食べた。

そうして、静かに勝利の余韻を噛み締めていた。

中冷孔、大冷孔を明ける頃には

もっと仲間も増えて大いに騒げるといいな……

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