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第二十七話・冷孔転移

「む……これは……」

転移をしようとドミンの蒼い核にバスターカードを

当てていたヴァイスが顔を顰めた。

バスターカードから赤い光で出来た文字列が浮かび上がっている。

「なぜか地脈が乱れている……

落ち着くまで暫くは転移が出来そうに無いぞ」

「どうしたのかしら?こんな事滅多に無いのに……」

ミルクとヴァイスはいぶかしげだ。

「ううむ……術式が示す地脈の状態を見ると……

流れが落ち着くまで一時間くらいは待つ必要がありそうだな」

「仕方ないわ。もう暫く焚き火に当たって待つとしましょう」

俺たち三人は、再び焚き火に当たって待つ事になった。

「なあ……」

「どうかしたの?」

さっきの夢が気になった俺は、二人に尋ねてみることにした。

「強すぎる冷孔の魔力を浴びると体が崩れるとかってあるの?」

「ないない、そんな事あるわけ無いでしょ」

呆れたようにミルクは手をひらひらさせた。

「どうしてそんな馬鹿な事を思いついたか知らないけど……

そうねえ……例えば最大魔力を入れ物、魔力を液体に例えると……

普通に水をコップや桶で汲んでみてコップが桶や壊れる?

ただ限界以上は入らないだけよ」

ミルクは何アホなこと聞いているのといった風情だった。

「……その場合はまずありえないな

冷孔から湧き出す魔力は穏やかに湧き出る泉みたいな物だからな……

攻撃魔法のような指向性を与えられたものは別だが」

ヴァイスは少し考えるような素振りをした後、冷静に否定した。

「いうなれば攻撃魔法は激流だからねー。

その場合肉体ごと最大魔力の器もぶっ壊れるわね。

あとはそうね……暗黒魔法の呪いみたいに

魔力自体に肉体や精神を蝕む性質が付加されてるなら

そういうことも起こりうるでしょうけど」

「ただ冷孔の魔力を受けても魔力上限以上は入らない。

穏やかな流れに桶を入れたみたいに自然と満ちるだけ。

攻撃魔法の魔力は激流だから肉体ごと壊れる。

呪いを受けると魔力の性質は無害な水じゃなくて酸に変わるってわけか」

ミルクが満足げに頷いた。

「まあ、そんなところね。

宙空を漂う魔力が幾ら多くて強くて濃くても私達の器が汲みきれないだけね。

なんか変な術式が付加されない限り無害と考えていいわ」

「雪平の言った事が実際に起こりうるとすれば……

王都の魔法学院の論文にあった仮説の事態が起こった時くらいだろう」

「ん?それってどんな?」

「転移の失敗でパラダイムではなくヴォイドに落ちてしまった場合だ。

その場合、邪神の強すぎる魔力、或いは瘴気や邪気に肉体が浸食され

自己の輪郭が崩壊する可能性について示唆されていた」

「……眉唾ねぇ……それってあくまで妄想の域を出ないでしょ。

頭でっかちな学者やソーサラーが

机の上で考えた事が何処まで正しいんだか……

そりゃまあ、邪神の所に普通の人間が行けばそうなるかもしれないけど……

でもパラダイムの大地の上に居る限りそれはありえないわ。

神々が創った結界が邪神の邪気も瘴気も遮断して

冷孔から純粋な魔力を取り出してるはずなんだから。

冷孔転移の失敗なら冬枯れの村に繋がるってほうがまだ信憑性があるわ」

うーん……

俺は本来異世界、日本の人間だから二人が会話しだすと

置いてきぼりにされてしまうのが切ない……

「なあなあ、ヴォイドと冬枯れの村ってなんだ?」

「ヴォイドは沢山の魔人や怪物、邪神が封印されている地獄のことよ。

あんまり良い言葉じゃないから私は使いたくないけど……

冷孔の下にあるとされ、魔界とも呼ばれるわね。

教義では悪人の魂も死後ここに落ちて

未来永劫邪神に責め苛まれると言われているわ」

ミルクがそう説明してくれた事で納得が言った。

ああ、なるほど……邪神の封じられた世界の名前がヴォイドか。

ヴァイスが読んだ論文の仮説をミルクが眉唾っていたのはそういうことか。

パラダイムの宗教観で生きたまま地獄にいくとか言われてもピンとこないだろう。

「じゃあガイアってどんな感じなんだろうな?」

途端にミルクが目をきらきらさせた。

「ガイア……至高天ね!

神々の住まう地ルクス・エテルナに最も近い

雲の遙か彼方に座するという

鳥人族の翼でさえも辿り着けない天上の聖なる世界!

一説には一切の怪物が存在しない、怪物に脅かされない場所とされているわ!!

清らかな魂だけが死後此処に登っていく天国、楽園とされているわ!!」

一切の怪物が存在しない……

確かに、地球には一切の怪物なんかいないさ。

日本は世界と比べれば確かにマシな生活を送れているけど……

だけど、地球は決して楽園なんかじゃない。

人々が優劣を競いどうしようもない世の理不尽渦巻く

人が合い争う世界……

「もし、パラダイムから怪物が一掃出来たらどんなに素敵でしょうね……

もう人が怪物に襲われる事なんて無いのよ?

そのときこそ福音の時、ガイアが地上に降りてくるそうよ」

ミルクの純真さが胸に痛い。

ガイアが地上に降りてくる……か。

科学を使って人同士が戦いあうのがガイア(地球)なら……

魔法を使って人同士が争うのがパラダイムに変わるだけかもしれない……

彼女は胸を張って希望を信じている……

……ミルクの夢を壊すのも可哀想だ。

俺はサンタクロースを信じる子供に真実を告げることが出来ないタイプだ。

だから……

「……きっと良い所さ……自然豊かで……

平和で自由で想像も出来ないくらい便利で……

全部終わったら俺も行って見たいよ。

俺は是非ともガイアに行きたいんだ」

……俺は嘘をついた。

いや、半分しか本当の事を言っていない。

自然豊かなのも便利なのも自由で平和なのも

行きたいと言うのも全て本当だ。

ただどす黒い現実を口に出さなかっただけで。

「行けるわよ、きっと、いつかは」

多分ミルクは違う意味で受け取ったのだろう。

だけど訂正する必要は感じなかった。

「……ありがとう。

所でさ、ヴォイドの話は聞いて分かったけど冬枯れの村って何なんだ?

冷孔転移に失敗すると行くらしい事は分かったけど……

転移に失敗すると石とか土の中にめり込んだりしないのか?」

なんだかゲームでテレポートの座標設定に失敗して

そんなとんでもない事になったりすることが合ったはず。

「ほんとに雪平は術や魔法の知識は完璧に忘れ去っちゃってるみたいねえ……

うーんとね……例えば地下の洞窟やトンネルを通るとするじゃない?」

「おう」

「普通に通って石の中や土の中にめり込んだりする?」

「……しねえな。トンネルが崩れない限りありえない」

「冷孔転移は決められた地脈の中を通る

眼に見えない術で創られた概念のトンネルなのよ。

ただし普通の道よりも思いっきり時間を短縮できるやつで」

「ふむふむ……それが冬枯れの村ってのにどう繋がるんだ?」

「冬枯れの村は御伽噺や英雄譚に出てくる村ね。

転移の失敗でしか行くことの出来ない村。

この世の何処かに存在するとされてる

普段は何処とも地脈が繋がっていない孤立した冷孔の村の事よ」

「……行ける物なら行って見たいものだな……」

これまで黙っていたヴァイスが口を開いた。

「あら、ヴァイスがそんな事を言うなんて意外ねー。

バスター関連の事にしか興味ないかと思ってた」

「……俺にも興味のあることくらいある」

確かにアニキがこういうのは珍しい。

「そういえばさー」

ミルクが質問した。

「ヴァイスと雪平って素材回収しないの?」

「素材回収……?」

ああ、そういえば武器屋や防具屋に怪物由来の武器防具があったなあ。

スラの甲殻で出来てる鎧とか……

「怪物の甲殻を回収することか?」

「そうそう、武器屋や防具屋に持ってけば引き取って換金してくれるし……

材料持込でバスターカード提出すれば割安で武器防具を作ってくれるし

私はヒーラーだし飛ばなきゃなんないしで

あんまり重い武器や防具装備できないけど……

あんた達には有効そうじゃない?」

「移動の邪魔になるから核以外は拾わない主義だ。

それに今使っている武具防具となると中冷孔かそれ以上の

武器防具でないと回収する意味が無い。

そういえばミルクはいいのか?

怪物の殻で武具を作る事は不浄だとする信徒も居ると小耳に挟んだんだが……」

「あー、でもそれ教義的には全然問題ないわよ、浄化済みの範疇に入るから。

ほんとに潔癖な教会の信者の人だと嫌がる人も居るけど少数派ね。

それにねー、初代教皇のコールドロン様が打ち倒した

大冷孔の魔鳥の残骸で聖杖を作ってるし……

基本的に邪神の眷属への勝利の証みたいな感じだから大丈夫よ。

教義で真に不浄とされてる怪物の砂より全然マシ」

「実際邪神の封印の戦利品である魔力は日常的に使われてるしな……

核は魔道具や魔力制御に利用されている……

それに怪物の甲殻は強度が高く武具防具として非常に実用的だしな……

実際に善き神は勝利の証として魔力を邪神から奪い取っている……

打ち倒した勝利の証である甲殻や核まで不浄とするのは無理があるだろう」

「じゃあ何で怪物の砂は教義では不浄とされているんだ?」

「……ごめん、ちょっと私の口からは言えない。

語るもおぞましい事だから」

「……怪物の砂に人間の血肉を捧げると怪物は賦活するからだ」

ヴァイスは何時もの口調で冷静に言い放った。

賦活?復活や再生じゃなくて?

「ちょ!ヴァイスさんあんた何で知ってるの!?

この事は邪教徒に漏れると不味いし……

善良な人間もバスターも知る必要は無い知識だから

神官以外には秘されている筈なのに……」

「実例を見たからだ。偶々バスターパーティを組んでいるときに

倒した怪物の残骸に……その……

別の怪物の攻撃で亡くなった人が丁度……な。

……倒したはずの怪物が見る間に賦活して襲い掛かってきたよ」

「うわぁ……」

思わずうめき声が漏れた。

ヴァイスのセリフは大分オブラートに包んでいる事が分かった。

言葉を濁すのも無理は無い。

怪物の攻撃を受けたら……

「ああそういうことね……

怪物が他の怪物の為に人間を捧げる所見ちゃったわけか……

それはキツイわね……」

ミルクは容易に想像出来たらしく顔を青ざめさせた。

「長くバスターをやっているとこういうことも起こる……

決して何度も見たい光景ではないがな……」

「怪物の不浄の砂は即座に七大神の司る属性に晒せ。

教義にもそうあるわ。

話を戻しましょうか……ドミンの甲殻どうするの?」

「ううむ……運ぶにしても解体するにしても人足が居るな……」

「雪平の大剣の材料辺りにはぴったりなんだけどね」

確かにあの頑丈そうな角はそのまま大剣に転用できそうだ。

そんな事を話しているうちに……

ヌシの核の上に浮かんでいた赤い文字列の色が白に変わった。

「あ、地脈が正常に戻ったみたいね」

「すぐ帰るつもりだったのになんだか話しこんじゃったな」

「そうだな……あの甲殻については帰ってから考える事にしよう」

俺達はヌシの核の周りに集まった。

ミルクは物入れから何か細い布を取り出した。

形状から察するに目隠しのようだ。

「あ、忘れてたけど雪平、冷孔転移するときは目を瞑ってなさい。

大丈夫、目を瞑っていても術式が発動すればちゃんと着くから」

「どうしてだ?」

「初代教皇コールドロン様のお言葉だけど……

冷孔の転移時には目を瞑るべし。

善良なるか弱き人々が見るべきでない者が

映り込む事が有るが故に、だってさ

教会では専用に目隠しを売ってるくらい」

ふむう……さっきまでの説明はなんとなく実用的な理由があったけど……

やっぱりこっちの世界には色々とルールがあるみたいだなあ。

「転移術式を起動させるぞ」

「はーい、ちょっとまってね……これでよし、と」

ヴァイスのそのセリフと共にミルクは目を目隠しで覆った。

「冷孔転移術式、起動」

ヴァイスのそのセリフと共に

足元に魔法陣のような物が展開され……

俺達は眩しい光に包まれた。

ふかつ (賦活)

活力を与えること。物質の機能・作用を活発化すること

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