第二十四話・小冷孔の戦い・後編
「ぐっ……あああっ……」
痛い、恐ろしく痛い。
吹き飛ばされた反動で
思い切り地面に叩きつけられた。
「ゲホッ……ゴホッ……」
内臓が悲鳴を上げている。
口中に込みあがってきた
血反吐を冷たい地面に吐き捨てるのも辛いくらいだ。
右手の感覚が無い。
何とか動かして見ようとした所激痛が走った。
良く見ると右手は変な方向に曲がっている。
「ゲホッ……ゲホッ……」
嫌な咳が止まらない。
吐く痰にも血が混じっている。
怪物の攻撃で肋骨か肺辺りをやられたか……!?
鎧を着けていたのにも関わらずこれか!
これが怪物と戦うって事なのか……
ヴァイスの言うとおり軽鎧を着込んでいなかったら……
そう思うと心底ぞっとする。
内臓破裂で即死していてもおかしくなかった。
その辺は感謝しねえと……
一撃で重症、酷い痛みだが……
俺はまだ生きている。
……誰かもっと俺のほうが上手くやれるって奴が居たら来いよ。
喜んで替わってやるから。
「ミルク!雪平を回復してくれ!!
ここは俺が引きつける、急げ!!」
遠くでヴァイスの声が聞こえる。
「わ、わかったわ!!」
慌ててミルクがこちらに飛んでくるのが見える。
かっこ悪いよな……俺……
大剣はちゃんと振るえた。
恐怖で足がすくむなんてことも無かった。
そこまではイメージトレーニング通りだった。
ただ深追いしすぎて離脱のタイミングを計り損ねるとか……
その所為で残っていた後足に轢かれたのだ。
「ゲホッ……悪りぃミルク……
ちょっと突っ込みすぎた……
これじゃ……また皆に迷惑を……」
「喋らないの!今治して上げるから!!」
ミルクが己の周囲に魔力を集めようとしているのが分かる。
しかし、集まる光はなんだか弱い。
以前見たタジンの町の近くで馬の足を直したときはもっと簡単に……
「La――La――」
詠うような、いや、実際にこれは歌っているのだ。
美しい響きと旋律……綺麗な唄だ。
子守唄のような不思議な響き。
「癒しの韻律!!優しき風よ!!
悪しき力によって負った彼の者の傷を癒したまえ!!風癒!!」
周囲に優しい光が漂い
暖かい何かが俺の中に流れこんでくるのが分かる。
さっきまで酷いダメージを負っていた体が途端に楽になるのがわかる。
「――っ、はあっ……はあっ……」
癒しの祈りを唱え終わったミルクが荒い息をついた。
額には汗が浮かび、顔には色濃い疲労の色が見える。
まるで百メートルを全力疾走してきた直後のようだ。
「やっぱり攻撃ならともかく回復は補助なしに使うと消耗が……
しかも手酷くやられたわね……一回じゃ全快させられないわっ……」
咳は収まったが腕はまだ動かない。
そういえばこの世界の魔法は……
冷孔の主が居る状態じゃ魔力が集められず
生命力や精神力を思いっきり削ると聞いたが……
ミルクは体力がある方には思えない!!
「おい!ミルク!大丈夫かよ!?」
「私の心配はいいから黙ってなさい!!集中の邪魔よ!!」
ミルクが再び癒しの唄を詠い始めた。
「……おう……」
小さく呟いて戦場を見る。
そういえばヴァイスのアニキが今だ戦っている!!
「魔力よ此処に集いて迅雷となせ――大気を奔れ――光の束――」
ミルクの旋律にまぎれて……
ヴァイスの詠唱がかすかに聞こえる。
アニキが詠唱をしている所を初めて聞いた気がする。
「剛雷霆・鳴神――」
……雷の雨だ。
大きな音と共に何十本もの光の柱……
雷の嵐が巨大なクワガタムシの怪物・ドミンに叩きつけられる。
「……こいつもおまけだ」
ヴァイスは降り注ぐ雷に向けて核を投げた。
核は今だ鳴り止まぬ雷の柱の一筋に吸い込まれ……
雷が大きく巨大化した。
それはまさしく天から極太の光の矢を打ち込んだようだった。
流石にこれだけやればくたばるだろ……
声には出さなかったがそんな事を思った。
だがそれは大きな間違いだった
あの化け物、体中から黒煙を吹きながら生きてやがる。普通に。
一本、足を切り落とされ、核で強化した巨大な雷の魔法を受けながらまだ……
「アイツまだ動くのかよ!」
思わず声に出てしまった。
なんて馬鹿げた生命力とタフネスだ。
流石に全く影響が出ていないわけでない。
動きはかなり鈍っている。
「癒しの韻律!!優しき風よ!!
悪しき力によって負った彼の者の傷を癒したまえ!!風癒!!」
ミルクが二度目の回復魔法を唱え終わり……
「おおおおおっ!!よっしゃー!!治ったぜ!!」
俺の腕が再び動くようになった。
「ぜっ……ぜぇ……」
ミルクは疲労困憊だ。
地に膝を着いてへたり込んでいる。
冷孔のサポートも無い所で魔法を使えば無理もない事なのだろう……
「ごめんな無茶させて……」
「はぁ……けほっ……謝らなくていいから……
早く……ヴァイスさんの加勢に……
さっきから戦いっぱなしだし……さっき上級魔法……使ってるから……
きっと……あたし以上に辛いはず……」
そうだった、ここでぼーっとしている暇はねえ!!
迷惑かけた分の落とし前はきっちりあの怪物に払わせないと!!
俺の剣!!俺の剣は何処だ……あった!!
俺は大剣を拾い上げ駆け出す。
ヴァイスは剣だけでドミンと戦っていた。
顎の一撃を避け、交わし、逸らし……
生じる隙を見計らっては剣戟を入れていくが……
だが巨大すぎる大アギトに阻まれ中々痛烈な一撃は通らない。
「やはり大顎には斬る筋目も突く点もないか……
さて……何時まで持たせられるか……」
「アニキッ!!待たせてすまねえ!!」
「雪平か……!!」
ヴァイスは相変わらず冷静だが
表情には疲労で陰りが落ち
その銀髪は汗でべったりと張り付いている事が見て取れる。
ここまで疲労した彼の姿を見た事が無い。
……今度は同じ失敗はしない。
狙うは、片側、残り二本になった足の後足!
一気に駆け抜けて……
視界の端にドミンを支える後ろ足を捉えた!
俺は両手で大剣を強く握りしめて……
片足を軸に、遠心力を乗せた大剣を薙ぐようにして振り回わす!!
ドミンの内側から外側へと、足の屈折部分を薙ぎ払う!!
金属の柱にぶち当たったかのような強い手ごたえを感じる。
痺れを伴う感覚が手から腕、そして全身へと駆け巡る。
「だあああああああああああああ!!」
だが、そのまま一気に力を乗せて振り切った。
斬れた……今度は斬れた。
丸太のような、しかし体躯の大きさから考えると不自然に細い
ドミンの足がどうっ、と音を立てて地面に転がる。
内側からの方が刃筋が良く通った。
恐らくは外側からの衝撃や斬撃に強いが足の裏側からの斬撃に対しては
それほど強い強度を持たない構造になってるんだ……
さっきは逸って態々硬い外側から無理に切り落とそうとしてたんだな俺……
「……上出来だ」
ヴァイスが流れるようにドミンの前をすり抜け……
さっきミルクが風刃を打ち込んで切れかけた足を……突いた。
怪物が声にならない唸り声のようなものを上げたと思うと……
轟音を立てて地面にうつ伏せにダウンした。
「いいぞ……隙だらけだ……こっちは任せろ!!
雪平!残りの前足も斬ってしまえ!!それで終わりだ!!」
「おう!!」
後のことは先ほどまでの激闘と比べると呆気ないほどだった。
俺が大剣を振りかぶって
ダウンしているドミンの残った前足を叩き斬り……
ヴァイスは怪物を大顎のある正面から見て左側……
残った左前足と左後足の間接部分を余裕を持って剣で貫通させる。
そして……
「……これで終わりだ」
「くたばれっ!!」
俺達は動きの止まったドミンの背中部分に飛び乗り
ヴァイスと共に頭部と胸部の付け根の中心……
ちょうど装甲の隙間の部分に剣を叩き込む。
巨大な怪物の全体がブルリと震え、何時ものように
殻と外骨格、そして蒼く光る大きな核だけを残して
体液と組織が赤茶けて湿った砂に変わる。
「まさかこいつの弱点が背中のこことは……」
たしか……背脈管だったっけ?クワガタの心臓部って。
「動いている最中に狙うのは非常に難しいがな」
たしかに……このサイズじゃ飛び乗ってもまず振り落とされるし。
上って分かったけどワックス塗りたての床みたいにつるつるしてるんだもの、こいつの装甲。
かといって腹から狙おうとすれば潰されて死ぬだろうし……
「はー、本当に疲れたー」
重たげに翼をはためかせながらミルクもやってきた。
「見てたよ二人とも……
雪平がやられたときはどうなるかと思ったけど……
何とかなってよかった。
誰一人欠けることなく終わって良かった」
「そうだな……」
「皆ごめんな、心配かけて……
でも勝ててよかったよ、本当に」
多分誰一人欠けてもこの結果は無かったと思う。
一時はどうなる事かと思ったが……
なにはともあれ、こうやって俺は初めての冷孔の開放というものを経験した。




