第二十話・小冷孔への道
翌日……天気は快晴。
白い雲、青い空……遠出をするのには絶好の日和だ。
俺とヴァイスとミルクは何時ものようにタジンの門の前に集まっていた。
ミルクにも今日は小冷孔を開けに行く事を話してある。
「昨日説明したとおり、今日は小冷孔を開けに行く」
「おう!」
小冷孔の怪物は強いと聞くが……
やっとこの時が来たかと思うと
緊張もするが同時にワクワクする。
「……はーい」
ミルクはあまり乗り気ではないようだ。
「さっさと済ませちゃいましょうよ」
ミルクはなんというか面倒そうだ。
この弛緩した雰囲気はなんだか不味い気がする。
「いやそりゃミルクは慣れてるかもしれないけど……
俺は冷孔の主の怪物と闘り合うのは初めてだしさ……
ミルクも……あんまりダレてると思わぬ怪我をするんじゃ……」
ミルクはむっとした顔で
「あんたに言われなくてもそんな事分かってるわよ。
猪突猛進以外能の無さそうなあんたが臆病風に吹かれてどうすんのよ。
前衛がしっかりしてれば小冷穴の主くらい楽勝楽勝。
あたしとしてはあんたが緊張しすぎて縮こまったりビビって動けなくなる事のほうが心配だわ」
……くっそっ~何もそこまで言わなくても……
未知の強敵に警戒して何が悪いって言うんだよ。
前衛だって只力任せに剣を振ってりゃいいってもんじゃないんだぞ……
「俺はただ……」
「そこまでだ……いいか二人とも良く聞け」
ヴァイスの冷たくて平坦な声が俺とミルクとの間に割り込んだ。
「――必要以上の緊張も油断も不要だ。
雪平、指示に従ってこれまでの訓練や戦闘通り何時ものように動け。
怪物の動きから目を離さない事は大事だが……
余計なことは考えるな……いや、思うなと言った方が正しいな」
「余計な事って?」
「戦術、戦略、戦闘行動以外の全てだ……
勝てるかも、勝てないかも……怒り、過度な高揚、心配……
驚き、迷い、疑い、不安、緊張、臆病、蛮勇、驕り……
全て邪魔だ……そんな事を思えば思うほど剣は鈍る。
他に注意を払うべき事は幾らでも有る。
味方の位置、陣形、敵の一挙手一投足……
自分の肉体の状態の把握、技の組み立て……
こんなにも考えるべき事があるのに、派手な心の動きは邪魔にしかならん」
平常心が大事って事か……
これは肝に銘じとかなきゃなあ……
「……ミルクには確か小冷孔の開放経験もあったな?」
「まあね~」
ミルクはちょっと得意げにそう言ったが
ヴァイスの声色はまだ冷たい。
というか……何時もより険がある気がする。
「前衛は後衛を守る事が仕事と言うのはもっともだ。
俺も可能な限り攻撃を防ごうとは思う。
だが実戦では何が起こるか分からん。
流れ弾が飛んでくることも有る。
ましてや雪平は経験が浅い。
なお更にサポートに注意を払う必要があるとは思わないか?」
「そりゃ……そうだけどさ……わかりました、がんばりますよ」
ミルクはちょっと頬を膨らませてふてくされた顔をした。
「ふう……」
ヴァイスは小さくため息を付いてそれ以上は何も言わなかった。
ミルクが俺のほうに向けた瞳に侮りの色が伺える。
あ、この目は良く分かる。
こいつ使えねえな、って思ってる奴の目だ。
なんだかなあ……なんだろこの嫌な胸のムカつきは。
確かにミルクはバスターとしては先輩だろうさ。
だからって全部自分中心に世の中が回ってる訳じゃないだろ。
守られるのが当たり前、なんて態度されたら守る気なくすっつーの。
まったく女って奴は自分勝手な……
とは思うもののだからといって俺は小学生のガキじゃねえ。
これから怪物とやりあうってのに些細な感情を気にして
自分の役目を果たさないのはもっとダメだ。
ちょっとタカビーな態度にちょっと嫌気が差したからってそれは無い。
これで怪物の攻撃が後衛に届かせた日には……
ミルクの俺に対する使えない奴呼ばわりが
加速するのが眼に見えているがそれはまだマシだ。
怪物に容赦なんか無い。
一週間も生き死にのやり取りをやってれば掴める物も有る。
あいつらはヴァイスが生き物ではないといったが……
昆虫みたいな無機質な見た目もそうだが
怪物は本当に文字通りの意味で殺人マシン、殺人機械に思える。
攻撃すればその衝撃で仰け反る事はあっても
逃げることは絶対にない。
本当の生き物の虫は死にそうになったり殺虫スプレーを掛けられたら必死で逃げる。
生き物の生存本能に防衛本能というものがあるから。
あいつら怪物はただこちら側を殺しに来る。
だから、守れなかった時……
運が悪い最悪の場合は……
本当に【目も当てられない】事になる。
昔日本の学校の授業で見た交通安全と交通ルールの遵守を促す映画。
交通事故のイメージ映像がふっと脳裏をよぎった。
……ああなる……一歩間違えれば俺たち全員。
「ん、んんっ!」
慌ててその映像を振り払う。
「ほんとそんなんで大丈夫~?」
「……うるせー武者震いだよ!」
自分で言っていてあんまり力が無かったと思う。
身も凍る戦慄はヤバイ、不味い!
こんな事考えてたら間違いなく実戦で地面に足が居付いて固まる!!
そのことよりはミルクの舐めた目線を改めさせる事を考えたほうがよさそうだ……
どうしてくれよう……
味方に当たるわけにも行かないなら……
このモヤモヤは怪物にぶつけるしかないな……!
そうだよ、怪物に勝ちさえすれば恐怖も消える。
ぶっ倒した怪物には俺達を傷付ける事も殺す事も出来ない!
ミルクの侮りも消える!
俺に対する評価を改めさせる事に繋がる!
なんだ、簡単な事じゃねえか……
ヴァイスのアニキの言うとおり戦闘には平常心……
となれば、脅えたりブルったり怒ったりしてる暇があれば
大剣をちゃんと振るえる様イメージトレーニングでもしといた方がいいな……
そっちのほうが建設的だ……
「脅えてるかと思えば獣っぽく笑ったり変な奴ね」
あれ、俺笑ってたっけ?
まあいいや。着く前に体が動くように……
横斬り……縦斬り……ダッシュからの一撃……
相手がこう来たらこう避けて……




