それは仕方のないことです
放課後になり、いつものように図書室にベラは向かった。
コニアの質問から教室内では常に視線を感じていたため、落ち着かない様子のベラだったが、教室を出たことでベラは内心安堵して周りに気づかれないよう小さくため息を吐いた。
(これまで他の方の噂を聞くことがありましたけど、まさか当事者になるとこのような状況になるとは思っていませんでしたね)
今まで噂ごとには縁遠く他人事だと認識していたベラにとって、今の状況は精神的にかなり堪える状態だった。
そもそもベラは今まであまり注目されることなく生きてきたため、注目されている状況というのも経験がなかった。
そのため、このような状況でどう対応するのが正解なのか、それが分からず少し精神的に追い込まれつつあった。
教室を出ればベラのことを知っている生徒が減るため、変に注目されることは無くなった。
このまま図書室へ向かえば同じように注目されることになるだろうが、教室の中に居た時よりはマシだろうとベラは考えた。
図書室内では騒ぐことを禁止されているし、いつも使っている奥の席へ行けば人目には付かない。そう考えれば確かに教室よりはマシであろう。
ベラが図書室の前に到着したところ、なぜがその前にエリオットが立っていた。
「エリオット様?」
不自然な場所に居たエリオットにベラは声を掛ける。
その声かけでベラのことに気づいたエリオットが真剣な表情でベラの元へ近づいて来た。
周囲に居た生徒もその光景に注目して足を止めていた。中にはエリオットが図書室の前で待機していたのを見て、何が起こるのかと待っていた者もいたが、エリオットはそのような者たちからの視線を気にすることなくベラへ近づいていく。
「来たか。すまないが、少々ついて来てもらいたい」
「え、あ、はい」
有無を言わさぬエリオットの圧に言葉を詰まらせながらベラは返事をし、そのまま先に歩いていくエリオットの後を付いて行った。
エリオットは図書室から人気のない廊下を移動し、校内奥へ進んでいた。
ベラとエリオットでは身長差があるため歩幅も違う。エリオットは気にせず進んでいるように見えたが、ベラが急ぐことなくついて行けているため、しっかりベラのことを気遣い歩幅に合わせて歩いてた。
「あの、エリオット様」
「なんだ」
いつもとは違い少し硬さのあるエリオットの声色にベラは嫌な予感を覚えた。
もしかしたらあの噂が流れたことでエリオット様に不都合があったのかもしれない。そう考えベラは言葉を続けることが難しかった。
あの噂はエリオットが少ない時間をひねり出し、ベラに会いに来たことが原因で生まれた物だ。ベラ側に非はないが王族と子爵令嬢、立場を考えればそんなものは関係ない。
「もしかして噂のことでしょうか」
「噂?」
ベラの言葉にエリオットは一度足を止めた。
その反応からベラは今回の件が噂に関係していないことに気が付いた。
「最近流れている私とエリオット様の噂は聞き及んでいますか?」
「知らないな。こちらに報告も上がっていない。私が女生徒と逢引きしているという噂とは違うのか?」
「それではなく、エリオット様が図書室で私に詰め寄ったというものです」
それを聞いたエリオットは微かに目を見開いた。
この噂はまだ2回生の一部の間でしか流れていないもので、そこと関わりのない者たちにはまだ伝わっていない。まだ少数の間でしか流れていない噂だった。
しかし、コニアがベラに聞きに来たようにすでに学園内に広がりつつあり、学園内に伝わり切るのは時間の問題でもあった。
「なるほどな。これは別件なので気にしないでいい。それにその噂もいずれなくなるだろう。噂の原因を作ったのは私のようだし、君がそこまで気にする必要はない」
少し思いつめたような表情をしているベラに気づいたエリオットは最後に「心配をかけてすまない」と付けたし、ベラが安心できるように表情を少し柔らかくした。
現にエリオットが図書室で逢引きしているという噂は消えつつあったため、今回の噂も何事もなければ消えてなくなる程度のものでしかない。
噂のことは気にしなくてよいと優しい表情でエリオットに言われたベラは安堵し胸をなでおろした。
「でしたら、これはどういう理由で連れて行かれているのでしょうか」
今移動しているのは噂に関係しないのであれば、何が理由なのか、それを知るためにベラはそう質問する。
「それについてはこの場で言うことはできないが、付いてくればわかるだろう」
「わかりました」
そうしてエリオットの後を付いて行くと、到着したのは教諭室の隣の小教室だった。
この教室は個別指導や生徒の相談を聞くために使用する場所なのだが、ベラがこの教室に入るのは初めてだった。
「先に言っておくが、私はベラの味方だ。圧を掛けられると思うが、後ろに私が居ることを覚えていてくれ」
「え、えっと」
どうしてエリオットがそのようなことを言うのかわからなかったベラは返答に困りながら、促されるようにその教室の中に入った。
そして小教室の中に入ると、そこには3人の教師が真剣な表情で待っており、教室の中に入って来たベラへ視線を向けていた。
「よくきましたね、ベラ・アルコット。とりあえずそこの席に座りなさい」
何事かと思いながらも、待っていた教師たちからの圧と重い雰囲気にベラは息を飲みながら言われた通り、用意されていた席に座った。
「君には今、先の試験での不正疑惑が上がっている。心当たりはあるか」
「不正、ですか」
席に座って早々教師の1人がベラにそう言葉を投げかけた。
そのような事実はない。どうしてそのような疑惑が自分に掛かっているのか、ベラはそれについて考え1つの可能性に辿り着く。
「そのような疑惑が私に掛かったのか、理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「ああ、今回の試験結果だが、君の成績は非常に良かった。しかし、今までの君の試験結果を見ると、今回の結果が君の本当の実力なのか疑問だ。そのため不正を行ったのではないかと、そう疑惑が上がった」
教師の言葉を聞いてベラは非常に納得したという表情になった。
(やはりそう言うことですか。いきなり成績が良くなれば不正を疑われてもおかしくはないと思っていたので想定内ではありますね。ただ、結果が公表される前にこのような呼び出しがあるとは思っていませんでしたけど)
「どうなんだ」
再度教師の一人がベラに問いかけてくる。
「そのような事実はありません。私は不正には手を出さず今回の試験に臨みました」
「そうか」
ベラがそうはっきり不正を否定すると、3人の教師たちは少しだけ表情を柔らかくした。
「君の普段の態度を見ていて、不正をするような生徒ではないことは理解している。君の言っていることは嘘ではないのだろう。しかし、ここまで成績が変わっているとこちらも無視することはできない」
「はい」
ベラの言葉だけでは信用することはできない。それは当たり前のことだ。
いくら普段の態度がいい生徒だろうと不正とするときはする。
これまで同じように不正を行ってきた生徒を見てきている教師陣からすれば、確証がない状態で問題なしと判断を下せるわけもなかった。
「そのため、不正をしていないことを証明してもらわないといけないわけだが、そのために君にはもう一度試験を受けてもらいたい。こちらとしてもあまり時間がないため、今から受けてもらうが許容してくれると助かる」
「わかりました」
ベラが教師たちの提案を受け入れたところで、ベラの元に数枚の試験用紙が運ばれてきた。
「試験時間は従来通りだが、解き終わり次第別の教科の試験に移っても良い」
「はい」
「では、試験開始」
その言葉を聞いてベラは試験用紙の問題を解き始める。
しかし、問題を解き始めてすぐにベラは渡された試験内容がおかしいことに気が付いた。
(あら、これって)
おかしな部分に気づきつつも、何か意図があってそうしたのだろうと判断したベラはそのまま、問題を解き続けた。




