夜会の時間です
2人がホールから逃げるように去って行ってすぐに卒業式が開始され、そのまま恙なく卒業式が進行されていった。
学園長の挨拶から始まり、エリオットの卒業生代表としての挨拶と来賓の上位貴族たちによる話を聞いた後、卒業式は何事もなく終わりを迎えた。
卒業式が終わり、式典用のホールから卒業生とその婚約者たちが夜会の開かれる大ホールへ向かって移動していく。
ベラはその流れに乗らずエリオットが戻ってくるまで立つことなく待っていた。
ホール内に残っている卒業生が数えられる程度になったころ、ようやくエリオットがベラの元に帰って来た。
「すまない。待たせた。来賓として来てくれていた貴族の者と話していたら遅れてしまった」
エリオットはホールに残っている人影が少なくなるまで待っていたベラに謝罪と「待っている間、大丈夫だったか」とベラを案ずる言葉をかけた。
エリオットは話していたと言っているが、正確には捕まっていたというのが正しい。来賓として来るような貴族の間ではエリオットがベラと婚約したのは正確に伝わっているため、そのことについてしつこく聞かれていたのだ。
その話をエリオットはそれとなく受け流しながら対応していたため、振り切るのに少し時間がかかってしまった。
ただ、ベラもこうなることは予想していたため、特に不満を覚えることなく返事をした。
「ご心配ありがとうございます。大丈夫ですよ。卒業式が始まってから何も起きませんでしたから」
「そうか。それはよかった……いや、その言い方だと卒業式が始まる前に何かあったように聞こえるが」
ベラの言い方に含みがあることに気づいたエリオットがベラにそう問いかける。
「そうですね。その件についてはあまり人に聞かれない方が良いので、移動中に軽く説明いたしますが、詳しくは落ち着いてから説明いたしますね」
「ああ、頼む」
すぐに何が起きたのか聞きたいところだったエリオットだが、戻ってくるのが遅れたことで夜会の開始時間に間に合うように移動したかったため、とりあえず会場へ移動するなか軽く話を聞くことになった。
夜会の行われる大ホールへ向かう中、卒業式が行われる前に起きたゴードンたちとのやり取りをベラはエリオットに軽く説明した。
「なるほどな。あの場で遭遇したのは少し想定外だが、それで済んだのならよかったか。詳しいやり取りの内容については後で聞こう」
「そうですね。詳しくは後でお話しします。一応、最初のやり取りについては私に対してではないと受け取っているので、そこは加味してほしいところですが、最後の方はさすがに無視することはできませんでした。申し訳ありません」
卒業式の会場から出て行こうとするゴードンたちに向けて最後に放った言葉は本来言う必要のない物だった。しかし、ベラは婚約者であるエリオットのことを貶すような発言を聞いて黙っていることが出来なかった。
しかし、そのベラの行動を聞いてエリオットは少し嬉しそうな表情をした。
「ベラがそのように私のためを思って怒ってくれたのは非常に喜ばしいことだ」
「そう思っていただけるのはありがたいのですが、思い返せば余計なことをしたと――」
「いや、調子に乗っている相手に灸を据えるのは必要なことだろう。こちらにとっても相手にとってもな。とはいえ、過剰にやっていたのなら咎めるべきだが、そうではないのだろう」
ベラの反省する言葉を遮るようにエリオットがベラの行動を肯定していく。
2人に対しベラがしたことはそこまでのものではない。自分の名前を伝え、最後にゴードンが吐き出した発言を婚約者であるエリオットに伝えると言っただけだ。
これで過剰だと判断されるのであれば、何も言うことが出来なくなる。
「そうですが」
「なら君が気にする必要はない」
そうエリオットが断言したことでこの話は一旦終わり、2人はそのまま夜会の会場である大ホールへ向かって行った。
ベラたちが夜会の会場に到着したころには、すでに会場のダンスを踊る場所に卒業生たちが集まり、ダンスの開始を待っている状況だった。
一部の卒業生はその輪から外れた位置で待機しているが、この卒業生たちはダンスに参加するつもりがない者か、ダンスの相手を見つけることに失敗した者たちだ。
「ギリギリだな」
「そうですね。ですが、間に合いましたのでよかったです」
2人は先に居たダンス参加者たちの迷惑にならない位置へ移動し、ダンスが始まるのを待った。
夜会の会場である大ホールの中にゆっくりとした音楽が流れ始める。それを合図に卒業生たちが音楽に合わせダンスを踊り始めた。
「始まりましたね」
それを確認したベラがそう言葉を漏らす。
「ああ、それでは踊ろうか」
「はい」
エリオットはそう言ってベラへ手を差し伸べた。ベラは嬉しそうにはにかみながらその差し伸べられた手に触れ、エリオットの誘いを受け入れた。
ベラとエリオットも周囲の卒業生たちと同じようにダンスを踊り始めた。ゆったりとした音楽のなか、優雅に踊る2人の姿は周囲で同じように踊る参加者の中でも一際周囲の目を引いていた。
「大丈夫でしょうか」
「ああ、しっかりできている。とても綺麗だ」
「ありがとうございます」
前日まで不安だった足運びも失敗することなく熟し、エリオットから褒められ満足そうにベラは笑みを浮かべた。
しばらくダンスを踊った後、休憩するためにベラとエリオットは大ホールの外周に存在しているテラスに出ていた。
ホールの中でも踊り疲れて休憩している者の姿が目立つようになっている。未だにダンスを踊っている者は、単純にダンスが好きなのか、まだ相手を探している者くらいだろう。
「外は涼しくて良いですね」
「そうだな」
それなりの間、踊っていたことで火照った体を冷ますためと、他より目立つ2人があの場に居続けるのはよくないと判断してベラたちはテラスに出てきたのだ。
「本当にこの場に君が居てくれてよかった。ありがとう」
「え」
テラスに出てエリオットが漏らした言葉を聞いたベラは、突然の感謝に言葉を返すことが出来なかった。
「私が婚約破棄したのは3回生に上がる前だったからな。最悪、婚約者が居ない状態で卒業する可能性もあったのだ」
「エリオット様でしたら、見つからないということはないと思いますが」
「いや、最初に婚約破棄した理由があるからな。簡単には見つからなかっただろう」
エリオットが求めていた婚約者はベラの様にある程度の能力を持ち、さらに努力が出来る者だった。
条件だけ言えば簡単そうに聞こえるが、これはエリオットの基準であるため、そう簡単に条件を満たす相手が居たとは思えない。
「今思っても偶然とは思えないな。私がした婚約破棄と同じ理由で婚約破棄された君が気になって見に行ったのは、最初から運命じみた何かを感じていたのかもしれない」
「それは確かにそうですね」
同じ理由で婚約破棄されたとはいえ、その令嬢を見に行くという行為自体、普通に考えたらありえないことだ。
しかし、あの時エリオットは何故かその相手が気になり見に行ったことでベラに出会い、今この場で婚約者として一緒に居るわけだ。
これは偶然と言うべきか、運命と言うべきか。
「だから、君には本当に感謝している。まあ、その流れである意味君との婚約を破棄したサラーに対しても多少の感謝はしているのだがな」
「ふふっ」
そもそもゴードンが婚約破棄を言い出さなければ、ベラとエリオットは出会うこともなかっただろう。
ある意味、婚約破棄を言い出したゴードンが、さらに言えばその原因を作ったイシュカも2人を結びつけた有り難い存在だったのかもしれない。
そうして2人はたわいもない話をしながら夜会が終わるまで楽しく過ごした。
次話が最終話になります。
残り1話となりましたが最後までお読みいただけたら幸いです。




