初めまして
ベラはゴードンが卒業式に出席することを把握していた。
それはイシュカ・ベレア伯爵令嬢がエリオットと同じ3回生であり、ゴードンの新しい婚約者であることを把握していたからだ。
しかし、このような状況で遭遇する想定をしていなかったわけではないのだが、不意に現れたゴードンの姿を見て、ベラは少しだけ戸惑った。
(不意だったせいで反応してしまいましたが、まさかこのような状況で対面するとは想像していませんでしたね)
少し戸惑ってはいたが、ベラはすぐ冷静にこの状況を把握しこれからどう対処するかを考え始めた。
この場に居ないエリオットも卒業式の場で遭遇したとしても接触までしてくるとはあまり思っておらず、接触があるとすれば時間の取りやすい卒業式の後にある夜会になるだろうと想定していたため、少し想定外のタイミングで接触される形となってしまった。
ベラが待機している位置は確かにホールの出入り口に近い場所ではある。しかし、この出入り口は他の出入り口に比べて、学園側から一番遠い位置にあり、どちらかというと教諭陣や来賓としてきた人物が多く使う出入り口になる。
そのため、ここがエリオットの婚約者であるベラの待機場所となっていたわけだ。
「アルコット。お前も今年の卒業式に出ていたのだな。よかったじゃないか、婚約者が見つかって。それにお前も着飾ればまあまあの見た目になるのだな」
ベラの正面に来るようにゴードンたちが移動してくると、少しベラを馬鹿にするような言い方でゴードンがそう言い放った。
ゴードンの声は周囲に他の者が居たことで声量は落とし気味だったが、完全に聞こえないほどの小ささではなかった。そのため、ゴードンのその発言が聞こえた者は複数いたが、その全員が先ほどまでこの場にエリオットが居たのを見ていたため、ゴードンの発言を聞いて驚愕し目を見開いていた。
(今の私はベラ・アルコットではないですし、下手に返事をして肯定したと捉えられても困ります。ここはあえて反応しない方が良いのでしょうね)
ゴードンの問いにどう返事をするか考え、あえて返事をしない選択をしたベラだったが、その様子を見て言い返せなかったと判断したらしいゴードンが少し勝ち誇ったような表情をした。
「ゴードン、この方が貴方の元婚約者の方なの?」
「ああ、そうだ。当時、俺より成績が悪くて婚約者にするには不足だと判断し、婚約を破棄したベラ・アルコットだ」
ゴードンの言っていることは事実ではある。しかし、この場で言うことではない上、一々その部分を説明する必要もない。
これは婚約破棄した後の試験結果が張り出されていた時に受けた辱めに対する八つ当たりのようなものだ。
あの場で受けた言葉はゴードンにとって不都合であり、周囲の関係を少し変えなければならない結果になったものでもあったのだ。
とはいえ、あのやり取りでゴードンがベラを恨むのは甚だおかしな話であるが、要するにこれはゴードンによる逆恨みから来た発言だった。
あれは半年以上前に起きたことであったが、未だにあのことをゴードンは根に持っていたのだ。
「そうなのね」
イシュカ・ベレア伯爵令嬢がベラのことを見定めるかのように視線を動かした。
実はイシュカもゴードンほどではないにしても家格で人を見下す傾向があった。ただし、これは貴族間では表に出すことは少ないだけで、全くない傾向でもない。
学園内では実力主事という形で成績による上下が生まれるが、どうしても家格で上下関係をはっきりさせたいという者はいる。残念ながら実力主義と言っているものの、こういった考えは無くなることはない。
「初めましてベラ・アルコット。私はイシュカ・ベレア。伯爵家の出身です。意図していたわけではなかったのだけど、貴方から婚約者を奪う形になってしまい申し訳ないわね。まあでも、ここに居るということは新しい婚約者が見つかったということでしょうし、問題なかったかしらね。今後関わるようなことはないだろうけど、よろしくね」
嫌味っぽくイシュカがそう言葉を投げつける。
イシュカがゴードンと仲良くしだしたのは、相手のベラが子爵令嬢だと知ったからだ。3回生に上がるまで婚約者を探し出すことが出来なかったイシュカは、婚約者が居ない同学年から婚約者を探すのを諦め、自分の家と同格の伯爵家出身で婚約者を奪っても問題にならなそうな相手を探した。
その結果、伯爵家の出身であり婚約者が子爵家出身だったゴードンを見つけアプローチを掛けたわけだ。
「貴方、こちらが自己紹介をしているというのに、自分の名前も名乗れないの?」
「ああ、そうだな。というか、本来はお前から名乗るべきだろう」
自分の言葉に対して何も言い返してこないどころか反応も返してこないベラに苛立ちが募って来たのか、イシュカとゴードンが少し圧を掛けるようにベラに対して言った。
「ああ、ごめんなさい。私に話しかけられていたのですか」
「は?」
ベラのその言葉にイシュカは理解できず、素っ頓狂な声を上げた。
それはそうだろう、自分たちは今まで目の前に居たベラ・アルコットに対して話しかけていたのだ。
しかし、ベラは2人がベラ・アルコットというこの場に存在しない人物に対して話しかけていたという形で受け取っていたため、2人の発言に対し反応を返さないようにしていたわけだ。
そして、今の2人の問いかけがベラ・アルコットに対してではなく、2人の目の前に居る人物に対しての発言だったと捉え、ベラは初めて2人の言葉に反応したのだ。
正直、名前が違かろうとベラ本人は自分に話しかけられていたことには気づいているわけである。
自覚がある中で無視をするというのはあまりいい対応とは言えないが、逆に言えば2人の見下すような発言を聞いていなかったことにしているのだ。
養子とはいえ、セケット公爵家の娘として現在扱われるベラに対して、2人のベラを貶すような発言は無視してよいものではない。この発言の取られ方によってはセケット家と、ベレア家、サラー家での問題に発展しかねないし、最悪エリオットの婚約者に対する暴言と取られ、王族との問題にもなりかねない。
ある意味、これまでの発言をベラが無視していたのは、2人にとって有り難いことでもあったのだ。
「初めまして、イシュカ・ベレア様、ゴードン・サラー様。私はベラ・セケットと申します」
「え?」
「座ったままで申し訳ありませんが、ベレア様はご卒業おめでとうございます。それとサラー様は、この場ではあまり関われないと思いますが、同じ学年の生徒として会うことがありましたら、どうかよろしくお願いしますね」
イシュカに対してもそうだが、養子縁組をしてからゴードンに会うのは初めてだ。そのためベラ・セケットとしては初めましての関係になる。そのため、ベラがゴードンに対して初めましてと言うのは間違いではない。
「初めまして?」
ベラからそう言われたゴードンはそれが理解できず、短くそう言葉を返した。しかし、ゴードンとは異なりイシュカはベラの名前を聞いた途端に表情を青くしていた。




