半年はあっという間です
ベラがエリオットの申し出を受け入れてから半年ほどが経過した。
数日後にエリオットを含む3回生の卒業式が行われる予定になっており、エリオットおよびベラはそれに出席するための準備を進めていた。
ここまで来る中、ベラはエリオットの婚約者として恥ずかしくないだけの努力を続けてきた。
セケット家とベラの養子縁組の話は恙なく進み、現在は養子縁組の書類を王宮の中にある貴族を管理している部署に提出し、その書類が正式に認められたため、ベラは完全にセケット家の養子として扱われている。
ベラがエリオットの申し出を受け取った後、学園で受けた最初の試験はルカに1位を譲る形で2位となり、その次の試験ではベラが1位となった。そして2回生最後の試験ではルカと同率1位という結果に終わった。
試験結果でもベラは優秀な成績を収め、実技などの評価も高かったことからセケット家からの評価も高い。
警戒していたサラー家からの動きも大きなものは無く、2度ほどサラー家の使いと名乗る人物が接触してきたくらいだった。それもエリオットの助力もあり、何事もなくやり過ごすことが出来た。
実はこの件でエリオットが裏でサラー家へ釘を刺していたのだが、そのことをベラは知らない。
公爵家の養子として、さらにはエリオットの婚約者として恥ずかしくない所作を身に着けるため、ベラはルカの指導の元しっかり進められ、今では十分なほどその所作を身に着けていた。
「エリオット様、これはどうでしょうか」
最後の試験を終え、正式にエリオットの婚約者となったベラは、エリオットの自室へ呼び出され、卒業式に出席するためのドレスやアクセサリーなどを選んでいるところだ。
「悪くはないが少々華やか過ぎるな。それではベラが目立ちすぎる」
「確かにそうですね」
卒業式の主役はあくまで3回生。婚約者として出席するベラが目立ちすぎるのはよくない。
そう判断してベラはアクセサリーなどを選ぶ手伝いをしてくれている側仕えにそれを返した。
エリオットの言葉はベラが受け取った意図もありつつも、どちらかと言えばベラが目立ち過ぎて余計な注目をされたくないという、若干独占欲のかけらを現したものだった。
「ベラはその髪型はどうするつもりなんだ?」
「これですか」
ベラは今まであまり目立たないような見た目にしようと、母親譲りの綺麗なブロンドヘアを後ろに引っ詰めて小さくまとめていたが、今回は着飾った状態で卒業式に出席する関係上、その髪型のままでいるのは少し違和感があった。
そしてそのエリオットの問いには、できればベラに余計な手を出すような相手が生まれないことが望ましいが、しかし、同時に自分の美しい婚約者を見たい、見せたいという欲求も含まれていた。
「このままでも大丈夫だと思うのですが、エリオット様的には少々地味ということなのでしょうか」
「まあ、そうだな」
卒業式の中、基本的にベラはエリオットの隣に立つことになる。これまでの髪型でも問題はないが、王子の隣に立つには地味であることは否めない。
「あまり別の髪型をしたことがないのですが、どういったものがいいのでしょうか」
後ろに控えている使用人とエリオットにそう問いかけながらベラは後ろでまとめていた髪を一度解く。今まで引っ詰めていたことで少し癖の付いている髪がベラの背中の上でなびき、美しく光を携えた。
それを見たエリオットはその髪の美しさとベラの姿に息を飲む。手伝いのため後ろに控えていた側仕えも同じような反応を示していた。
「その状態が一番いいのではないか」
「私もそう思います」
エリオットの言葉に手伝っていた側仕えも同意する。あまり言葉を発しないようにしていた側仕えすら意見を示すほど、ベラの髪は美しかった。
本来ならベラには目立ってほしくないと考えていたエリオットだったが、ベラの美しい髪を見たことでこの状態で自分の隣に立っていてほしいという欲望に負け、そう言葉を発した。
「この状態ですか」
「ああ、その髪型が一番ベラに似合っているし、美しい」
「あの、そう言っていただけるのは嬉しいのですが、少し癖がついてしまっていますし、そのままにするには少し長さも足りないような」
エリオットの直接的な賛辞にベラは嬉しそうにはにかみながらそう言った。
「長さは確かにそうかもしれないが、その癖はむしろ良いと思うぞ。君の髪色がより映えて美しさが際立っているように感じる」
「そ、そうでしょうか。エリオット様がそう言うのであればこの髪型で行こうと思います」
「ああ」
それからその髪型に似合うアクササリーなどを選び、ベラたちは卒業式へ向けて準備を進めて行った。
卒業式の前日。
翌日の卒業式に向けた必要な準備はほとんど終わり、後は最終調整をして当日を迎えるだけになった。
「ドレスの調整は大丈夫か?」
「はい」
ドレスの最終調整のため、現在明日着る予定のドレスを身にまとったベラが少し弾んだ声でそう答えた。
派手さはないがベラの顔立ちや髪色に合わせた色合いで作られたドレスは、実にベラの魅力を引き出していた。
実はこのドレスはセケット家が誂えたものではなく、アルコット家で娘のために最後の贈り物として誂えたものだ。
そのため、ベラはそのドレスを非常に気に入っていた。
卒業式の場であまり目立たず、しかしその上でベラの魅力を引き出すデザインのドレスはラミ主体でデルクと共に案を出し、そこからドレスをデザインする職人と何度もやり取りをして、ようやく出来上がったものだ。
子爵家の資金的には少々痛い出費ではあったが、それでも娘のために時間をかけ作り上げたドレスだ。
「どうでしょうか。先日も確認してもらいましたが、あれから少しだけアクセサリーの調整をしたのです」
ベラがドレスに着替え、着替えの身隠しのために立てられた衝立の向こうからエリオットの前に出てくると、ドレス全体が確認できるようその場でゆっくりとターンした。
その姿を見たエリオットは感嘆の声を上げ、喜びを全面に出した表情で賛辞を口に出した。
「ああ、とても似合っている。アルコット子爵は本当にいいドレスを贈ってくれた。ベラの魅力を本当に理解しているのだろう。実に素晴らしい」
「ありがとうございます。エリオット様にそう言っていただけると2人も喜ぶと思います」
今ベラが調整しているドレスはエリオットが出席する卒業式の際に着るものだが、それ以外にも卒業式の後にある夜会の中で行われるダンスに参加するために必要なものだ。
「では、ダンスの確認をしてもらってもよろしいでしょうか」
「そうだな。それではやろうか」
夜会の際に行われるダンスは参加が強制されてはいない。しかし、恒例行事としてほぼすべての卒業生が参加する形になっている。
ただこの夜会中に行われるダンスは、すでに婚約者が居る生徒たちのためにあるのではなく、この卒業する段階で婚約者が居ない令嬢や令息たちのために存在しているものだ。
学園を卒業してしまえば、出会いの数は極端に減る。婚約者を見つけるにも実家と繋がりを持つ家の者が多くなってしまうため、貴族間の関係値が固定化されかねないし、最悪婚約者を見つけられないまま時間だけが過ぎてしまう可能性もある。
それを避けるため、最後の出会いの場としてダンスの時間が存在しているのだ。
ただ、この存在理由ではすでに婚約者がいる者たちがダンスに参加する必要はないと思われるだろう。しかし、そうした場合、ダンスに参加している者は婚約者が居ない存在だと事実上晒上げのような状態になってしまうため、それを隠すために婚約者が居る者もダンスに参加することになっている。
とはいえ、ダンスに参加する際に参加者の中で婚約者の有無を見分けられるよう、婚約者が居ない者の首元に目印として遠目ではわかり難い小さなピンを付けることになっているし、ダンスをする空間は同じでも婚約者が居る者と、居ない者で踊る場所は別れることになるため、わかる者が見れば婚約者の有無を判断することはできる。
「どうでしょうか。前回合わせた時よりはよくなったと思うのですが」
夜会の際に踊るダンスを通しで行い、問題点があるかベラはエリオットに尋ねる。
「そうだな。よくなっているし、ほとんど問題ないと言えるが、中盤に少し足元が少しもたつくところがあったな。遠目で見る分には気づかれないと思うが、近くで踊っている者たちには気づかれるかもしれない」
「ああ、やはり気付かれていましたか。まだまだ駄目ですね。エリオット様、あの付近をもう一度一緒に踊ってもらってもいいでしょうか」
「いいぞ」
美しいドレスを纏った自慢の婚約者からそう言われてエリオットが断れるわけもなく、ためらうことなくその要求を受け入れた。
エリオットに拙い部分を指摘されていたがベラのダンスの腕前は悪くない。エリオットと共に卒業式に参加することが決まる前から練習を続けてきたことで十分に技能は身についている。
1人で踊る分には問題ない。今まで練習相手として付き添ってきた講師やルカと踊る際もミスらしいミスはしない。
しかし、エリオットと踊る際、どうしても身長差の関係で今まで練習してきた姿勢とは異なる形で踊ることになるため、足元がやや疎かになっていた。
エリオットもそれを理解しできるだけベラに合わせて踊っているが、限界はある。
それでもエリオットと初めてダンスをした時よりだいぶ良くなっていた。初めて一緒にダンスを踊った時は緊張もあり多く失敗していた。それに比べれば相当よくはなっているのだ。
先日合わせた時よりも足元を意識して踊っていることは間違いない。
もう少しエリオットと合わせて練習していれば明日の夜会には間に合うだろう。
そうして、この日はベラが自室へ戻らなければならない時間ギリギリまで、ベラはエリオットと共にダンスの最終調整を行った。




