提案、だそうです
本日2話目になります。
まだ本日の朝の更新分を読んでいない方はご注意ください。
立場を考えなければエリオットの申し出を受け入れた。
それはベラの本心であり、エリオットの望んだ答えでもあった。
「ですが、私は子爵家の娘です。エリオット様が望まれたとしても、ご迷惑をおかけするだけだと思います」
「そうか」
ベラは自分の本心を言いつつも、それはあくまで立場を考えなければの話と断りを入れた。
それを聞いてエリオットは静かに両目を閉じ、少し考え込む。数秒ほどそうした後、考えが纏まったのか口を開いた。
「まず前提として、君は立場を考えれば私に迷惑がかかると思っているようだが、そもそも私が誰と婚約しようとも大なり小なり同じような問題は生まれる。もし、問題がないと判断される相手がいたのであればすぐに婚約者として私の隣に立てられていただろうが、残念ながらそのような相手はいなかった」
学園に入学した時点で子爵、男爵の下位貴族であれば相手が決まっていないことは多いが、上位貴族の中で婚約者が居ない状況というのは滅多にない。
そして上位貴族の中で婚約者が居ないというのは、そもそもその者に問題があるか、家に問題があるかのどちらかになってくる。
そのため、エリオットが現国王の父によって挙げられた婚約者候補の多くは年の離れた令嬢が多かった。現在この学園に通っている者はほとんどおらず、中には倍近く年が上の女性も居れば、エリオットの半分ほどの年齢の者も選ばれていた。
「その中で君が現れた。子爵家の出ではあるが、成績面では非常に優秀。精神面でも安定している。まあ、今回の件で少し危ういところがあることはわかったが、これはほぼ私のせいではあるし、後々どうにかなるだろう」
先ほどのことを指摘され、ベラは申し訳なさから少し顔を下に向けた。
「私と年も近く、しっかり整えれば見目も悪くない」
「そ、そんなことはないと思います」
自分の見た目に言及されるとは思っていなかったベラは、驚きで下を向いていた顔を上げつつエリオットの言葉を否定する。
「いや、君は態とそのような格好をしているのだろう。そこに居るセケットとは方向性は違うが、間違いなく君は美しい女性だ」
「あ、えっと」
エリオットからの思いもよらぬ直接的な言葉にベラはうろたえた。
これまで短い時間の付き合いではあったが、エリオットはベラの容姿が他の者よりも良いことに気づいていた。
ベラはこれまで婚約者であるゴードンを立てるため、なるべく目立たないよう過ごしてきた。それは成績面だけではなく、自身の見た目も同様だ。
今までそうしてこなかったというだけで、母親であるラミからしっかりその美貌は受け継いでいる。磨けば間違いなく光る原石なのだ。
「正直なところ、私の婚約者候補の中で君は一番私が望んでいた存在に近い。それに、短い時間ではあったが他愛もない話をして過ごした時間も非常に楽しかった」
「エリオット様にそう言っていただけるのは光栄なことなのですが」
エリオットの言葉に少し嬉しさを表したベラだったが、すぐ哀しさを薄く滲ませた表情でその言葉を押し返した。
それに対し、エリオットは少し間を置いてからベラに問いかける。
「もし、君が立場を気にする必要がなくなるとしたら、君はどうしたい」
「それは、どういうことでしょうか」
突然、エリオットにそう問われてベラは何が言いたいのかわからなかった。
「あまり好ましい方法とは言えないが、上位貴族と君が養子縁組を結ぶという方法がある」
貴族間で養子縁組が行われることはそれほど多くはない。しかし、珍しいことでもない。
今回のベラとエリオットの関係のように身分差がある相手と婚約するために、身分が低い側が他の貴族と養子縁組を結ぶことがある。
過去には王族と婚約する過程で養子縁組を結んだ例も存在している。
「養子縁組、ですか」
「ああ」
養子縁組をするのならベラはアルコット家と離縁することになる。見方次第ではアルコット家をベラが捨てたように見られる可能性はあるが、その代わりベラがエリオットの申し出を断った不相応という理由は解消される。
「ここまで話を進めてはいるが、最後に判断するのは君だ。私から強要はしない。この場で絶対に受け入れることはないと君が断言するのであれば、これ以上私が君と関わることはない」
ベラと婚約しないのであれば、エリオットがベラに関わり続ける理由もない。立場が少しでも違えば話の合う友人として今後付き合う可能性もあったかもしれないが、立場が違い過ぎるためこのまま付き合いを続けても互いの不利益にしかならないだろう。
エリオットも放課後図書室でベラと話すことは楽しみの1つになっていたが、ベラに断られるのであれば今後別の婚約者を立てる必要があるため、これ以上ベラと会うことは後の弱みにしかならない。
「今すぐ決めて欲しいとは言わない。ただ、できれば早いうちに返事をくれるとありがたい」
「……分かりました」
ベラはその言葉にすぐ答えることはできなかった。この場で決断するには他の貴族と養子縁組を結ぶというのは重すぎた。
そしてこの場では保留という形で話は終わり、この場は解散という形になった。
「私はこの鍵を返してくる。2人はこのまま帰るように」
話し合いをしていた部屋から出るとエリオットはその部屋の鍵を教諭室へ返すためにベラたちとは別の方向へ向かって行った。
「時間も結構経ってしまっているようですし、私たちは帰りましょうか」
「そうですね」
途中、ベラが不安定になり泣き出してしまったことで、想定していたよりも話し合いの時間が長引いてしまっていた。
時間的にはまだ図書室は開いている時間ではあるが、閉まるまでそれほど余裕があるわけでもない。それに今回の話し合いの後に勉強に勤しめるほどベラの神経は太くない。
「お時間かけてしまい申し訳ありません」
「いいのですよ。呼び出したのは私たちですし、さらに言えば悪いのはエリオット王子ですから」
「そんなことは」
「いいえ。そんなことはありますよ」
ベラがエリオットを庇うようにルカの言葉を否定しようとすると、それをルカは優しく、しかし、はっきりと否定した。
「アルコットさんを追い込んだ原因はエリオット王子がことを急ぎ過ぎたためですからね。アルコットさんが悪い点は一つもありません」
「そうでしょうか」
ルカが断言するように言ったため、ベラは少しだけそうなのかもしれないと考えた。しかし、すぐ泣いてしまったのは自分の弱さによるものだとベラは思い直した。
「あくまでこれは私の意見ですから、アルコットさんが納得できないのであればそれでいいと思います」
「はい」
「ただ、少しアルコットさんはご自身のことを卑下しているように感じてしまいます。もう少しアルコットさん自身の気持ちを表に出してもいいと私は思いますよ」
そう言われてベラは考える。
ベラは小さいころから今まで自分の気持ちは表に出さないようにしていた。それは婚約者であったゴードンを立てるためであったり、周囲との衝突を避けるためであったりと、自身を守るためや家に迷惑を掛けないためにしていたことだ。
周囲に迷惑を掛けない、衝突は避ける、その考えによる行動や思考がベラの身に馴染んでしまっている。
これは貴族として生きる身では当たり前のことではあるが、それはベラという個を押し殺してまですべきことではない。
しかし、今まで自分の気持ちを表すことをほとんどしてこなかったベラにとって、気持ちを表に出すというのはとても難しいことだった。
そして先ほど、エリオットとの話し合いの時に泣き出してしまったのは、この感情を表に出すことに慣れていないことも要因の1つだった。
「考えてみます」
「ええ」
ベラの返答にルカは嬉しそうな表情をしてそう言葉を返した。
そこから少し無言のまま歩いて行き、そろそろ学園の出入り口が見えてくるところまで来たところでルカが口を開く。
「もし、アルコットさんが養子縁組の話を受け入れるのであれば、おそらくその養子縁組先は私の実家であるセケット家になると思います」
「え?」
想像もしていなかった養子縁組先にベラは驚き声を上げてしまう。
「今回私が同席したのもそれがあるからですし、エリオット様と同じことをしてしまい申し訳ないのですが、アルコットさんの人となりを見ていました」
「そう言うことでしたか」
あの場にルカが居続ける理由は本来ない。
エリオットが婚約の話を持ちかける場に関係のないルカが居ることにベラは違和感を覚えながらも、何か理由があるのだろうと判断し口に出すことはなかった。
セケット家は公爵の位であるし、養子縁組をする先としては申し分ない存在だ。そしてこの養子縁組にはセケット家としても大きな利が存在している。
現在の国王とセケット家の当主は血縁が近い。エリオットとルカが婚約しなかったように、血が近すぎるがゆえに婚姻という形で現王家と直接的な繋がりを持つことが出来ないセケット家にとって、今回の養子縁組という流れは願ってもないものだった。
血の繋がりはなかろうと、セケット家の令嬢が王族と婚姻したか、していないかの差は非常に大きい。
さらに今回の件で協力をすればエリオットにも恩を売ることが出来るため、セケット公爵側はベラの養子縁組に関して比較的乗り気であった。
「人となりとしては少々自身を卑下している傾向があるくらいで、性格面では問題はなさそうですし、おそらく他に問題が起きない限りセケット家の養子として受け入れることになると思います」
「そう、ですか」
公爵家の養子になる。言葉では理解しているが、自身がそのような状況になりえるという現実味の薄い事実に、ベラは少し気が遠くなりながらもどうにか返事をした。
「今回の件ですが、エリオット王子も言っていた通りしっかり考えてから判断してくださいね。アルコットさんが本当にエリオット王子と一緒に居たいのか、それをする覚悟があるのか。時間はあまりありませんが後悔のないように。一度養子縁組の話が動き出したら止めることはできませんので」
「そうですね」
養子縁組の手続きをするのはセケット公爵家側だ。そのため位の低いアルコット子爵側にその手続きを止めることはできない。
「一度、アルコットさんの両親であるアルコット子爵様に相談してみるのがいいと思いますよ。エリオット王子も説得をしたと言っていましたし、その時の話を伺ってみるのもいいかもしれませんね」
「確かに、そうですね」
アルコット子爵であり父親のデルクがエリオットの話し合いの末、ベラとの婚約を容認しているのだ。その中で養子縁組の話もしていない方がおかしい。
どうして容認したのか。その理由を聞いて自分の判断材料の1つにしようと思い、ベラは今一度実家に帰ることにした。




