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白雪の神子  作者: 日影ヱト
第01章:白雪の少女
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第05話:自然の家にて

 ――暗闇の中を、白雪姫(こゆき)はゆっくりと浮上していた。


 ふわ、ふわ、と。


 まるで水底から水面へ引き上げられていくような感覚。


(……あったかい……)


 鼻先をくすぐったのは、消毒液の匂いではなかった。


 乾いた木の匂い。

 日に干された布団の匂い。


 そして、遠くで鳴いている鳥の声。


「……ん……」


 まぶたを持ち上げる。


 目に飛び込んできたのは、飴色に艶(つや)めいた木目の天井だった。


(……ここ)


 起き上がろうとして、身体の下でシーツがかさりと鳴った。


 固めのマットレス。使い込まれた木のフレーム。


 ゆっくりと身を起こし、白雪姫(こゆき)は部屋を見回した。


 二段ベッドが、いくつも並んでいる。


 窓には素朴なカーテン。壁際には、番号の振られた木製のロッカー。


 数人で寝泊まりできる、宿泊部屋だ。


(……知ってる。私、この部屋、知ってる)


 記憶が、ゆっくりと重なっていく。


 小学生の頃。夏休みの地域行事。

 友達のいない自分が、それでも両親と一緒だからと、少しだけ楽しみにしていた夜。


 ――〝むかばき青少年自然の家〟。


 行(むか)縢(ばき)町にある、あの宿泊施設だ。


 自分が寝かされていたのは、出入り口に一番近い下段のベッドらしかった。


(なんで、私がここに……)


 ぼんやりとそこまで考えて――


 ――ドクンッ。


 心臓が、跳ねた。


「――っ‼」


 思い出した。


 全部、一瞬で。


 鳥の声が消えた山道。

 紫黒の霧を纏った、白目の獣。

 地を揺るがした、五メートルの巨体。


 そして。


 ――ドスッ、と。


 胸を貫いた、あの爪の感触。


「……っ、は……っ」


 呼吸が乱れる。


 白雪姫(こゆき)は震える手で、自分の胸元を押さえた。


(穴……穴が、空いて……っ)


 制服の襟をつかみ、引っ張って中を覗き込む。


 ――ない。


 なかった。


 穴も。

 血も。

 傷跡すらも。


 血で汚れていたはずの制服は、糸のほつれ一つない。


 あれほど身体を焼き尽くしていた激痛も、跡形もなく消えていた。


(うそ……なんで……?)


 自分の手のひらを見つめる。


 この手から、雪が出た。

 この手で、木の棒を握った。


 ――そこから先の記憶が、まるで他人の見た夢のように曖(あい)昧(まい)だった。


(……全部、夢……?)


 でも。


 それなら、なぜ自分は生きているのだろう。


 混乱で頭が真っ白になっていた、その時――


 カチャリ、と。


 部屋の扉が、静かに開いた。


「あ……」


 弾かれたように顔を上げる。


 そこに立っていたのは、一人の女性だった。


 ――思わず、息を呑んだ。


 腰まで届く長い黒髪。

 室内の光を受けるたび、その黒はわずかに深(ふか)緑(みどり)の艶を孕んで揺れる。


 前髪の隙間から覗く焦(こ)げ茶色の瞳は、静かで、穏やかで――それでいて、どこか揺るぎない強さを宿していた。


 耳元には、雫の形をした翡(ひ)翠(すい)色のピアス。それが、光を弾いてかすかに煌(きら)めく。


 身に纏っているのは、森の深緑をそのまま染め上げたような、しなやかな衣。

 幾重にも結ばれた帯が、大人の女性らしい身体の線を、優雅に際立たせていた。


(……きれいな人)


 絵の中から抜け出してきたようだ、と白雪姫(こゆき)は思った。


「あら。……目が覚めたのね」


 女性は少しだけ目を丸くして、それから柔(やわ)らかく微笑んだ。


「大丈夫? 気分は悪くないかしら」


「あ……えっと……」


 声が、うまく出てこない。


 白雪姫(こゆき)は胸元を押さえたまま、おそるおそる尋ねた。


「ここ……どこ、ですか……? それに、あなたは……」


「そうよね、驚くわよね」


 女性は咎(とが)める様子もなく、静かな足取りでベッドの脇へと歩み寄ってきた。


 そして、白雪姫(こゆき)を見下ろさないように、ゆっくりと膝を折る。


「ここは〝むかばき青少年自然の家〟の宿泊棟よ。私は〝八(や)雲(くも)翠(み)織(おり)〟。……驚かせてごめんなさいね」


「八(や)雲(くも)……翠(み)織(おり)……さん」


「ええ。……ねえ、少しだけあなたのことを教えてもらえるかしら。お名前は?」


「……柊(ふき)野(の)白雪姫(こゆき)、です」


「白雪姫(こゆき)ちゃんね。……どこから来たの?」


「……前は、この行縢町に住んでました。今は、若葉町の児童養護施設で暮らしていて……。学校は、桜(さくら)ケ(が)丘(おか)小中学校です。昨日……あ、今日、中学一年生になりました」


「そう。今日が入学式だったのね」


 翠(み)織(おり)の声は、どこまでも柔らかい。


 けれど、その焦げ茶色の瞳の奥には、白雪姫(こゆき)を観察するような、静かな鋭さがあった。


「……じゃあ、家に用があって行縢町に戻っていたのね。それで――」


 少しだけ、間があった。


「どうして、あんな山道で倒れていたの?」


「……っ」


 白雪姫(こゆき)の肩が、びくりと震えた。


 思い出すだけで、指先が冷たくなる。


 それでも、白雪姫(こゆき)はぽつり、ぽつりと話し始めた。


「家に戻る途中の道で……真っ黒い、大きなオオカミみたいなのに、襲われて……」


「……ええ」


「目が、白目だけで……身体から、変な黒い霧が出てて……。すごく怖くて、必死で逃げたんですけど、転んじゃって……」


 膝の上で、ぎゅっと拳を握る。


「もう走れなくて。それで、また襲われそうになって……夢中で、両手を突き出したんです」


 白雪姫(こゆき)は、自分の手のひらをじっと見つめた。


「……そしたら」


「……そしたら?」


「手のひらから、すごく冷たい風と……雪みたいなのが、飛び出して。……あのオオカミを、吹き飛ばしたんです」


 言葉にすると、あまりにも荒唐無稽だった。


「……そんなの、普通じゃないですよね。私、頭がおかしくなっちゃったのかも……。全部、夢だったんじゃないかって……」


 ――だが。


「……手のひらから、雪を」


 翠(み)織(おり)の表情が、微(かす)かに変わった。


 柔らかかった空気に、すっと芯が通る。


「……続けて。それから、どうなったの?」


「それから……」


 白雪姫(こゆき)は眉を寄せた。


 ここから先が、うまく思い出せないのだ。


「もっと大きな……五メートルくらいある獣が出てきて。……私、突き飛ばされて、それで……」


 貫かれた。


 その言葉を口にするのが怖くて、白雪姫(こゆき)は一度飲み込んだ。


「……気づいたら、足元に落ちてた木の棒を、拾ってて」


「木の棒を?」


「はい。……でも、そこからの記憶が、すごく曖昧なんです」


 白雪姫(こゆき)は困ったように首を傾げた。


「なんだか……夢を見てるみたいな感じで。自分の身体なのに、自分のものじゃないみたいに、勝手に動いて……」


「……」


「その木の棒で、襲ってきたオオカミたちを……叩き切ったような、気がするんです」


 言いながら、自分でも信じられないという顔をする。


「刃も何もない、ただの木の枝なのに。すーって、簡単に……。そんなの、あり得ないのに」


 ――ガタッ。


「……なんですって……⁉」


 翠(み)織(おり)が、膝(ひざ)を立てて身を乗り出した。


 その顔から、大人らしい余裕が完全に消えていた。


「ひっ……⁉」


「あ……ごめんなさい、驚かせたわね」


 翠(み)織(おり)は慌てて姿勢を戻したが、動揺は隠しきれていない。


(木の棒で……魔物を切り裂いた……⁉)


 胸中で、彼女は激しく思考を巡らせていた。


(霊力の付与自体は基礎中の基礎よ。でもそれは、自分の身体か、使い込んで馴染んだ武器の話。……そこらに落ちてた木の棒に、魔物を斬れるほどの霊力を纏わせるなんて……!)


 訓練を積んだ神(み)子(こ)でも、まず不可能な芸当だ。


(……何よ、この子。一体、何なの……?)


「あ、あの、八(や)雲(くも)さん……?」


 白雪姫(こゆき)が、不安げに自分の指を弄(いじ)る。


「私、やっぱり変なこと言ってますよね……。全部、夢で……」


「――いいえ」


 翠(み)織(おり)は、はっきりと首を横に振った。


「夢なんかじゃないわ」


「え……」


「私があなたを見つけられたのはね」


 翠(み)織(おり)は静かに言葉を継いだ。


「あの山道から、異常なほどの〝魔力〟と〝霊力〟の衝突反応を感じ取ったからなの。……こんな反応、この地域では何年も感知したことがなかった。ただごとじゃないと思って駆けつけたら、あなたが道の真ん中に倒れていたのよ」


「まりょく……れいりょく……?」


 白雪姫(こゆき)は、ぽかんと口を開けた。


 ゲームやアニメの中でしか聞いたことのない言葉だった。


「あの……ごめんなさい。私、さっきから何の話なのか、全然分からなくて……。それって、何のことですか……?」


 ――今度は、翠(み)織(おり)のほうが固まった。


「……えっと」


 彼女は、怪(け)訝(げん)そうに目を瞬(またた)かせる。


「白雪姫(こゆき)ちゃん。あなた、神子(みこ)じゃないの?」


「……みこ?」


「だから、あの場所で魔物と戦っていたんでしょう?」


「まもの……⁉」


 白雪姫(こゆき)は、思わず数センチ後ずさった。


「あ、あの……何を、言ってるんですか……? 私、ただの中学生ですけど……! あ、いや、髪とか目はこんなですけど……! でも、みこ、とかじゃ……ないです……!」


 その反応は、演技には到底見えなかった。


 本気で怯(おび)え、本気で困惑している、子どもの顔だった。


「…………」


 翠(み)織(おり)は、ゆっくりと息を吐いた。


(……この子、本当に何も知らないの……⁉)


 頭を抱えたくなるのを、辛(かろ)うじてこらえる。


(髪と瞳の変異。手のひらからの冷気の放出。異常な霊力反応。……どれをとっても、神子の特徴そのものよ)


 それなのに、本人にはまるで自覚がない。


(後天的に神子になった……? いいえ、そんな話は聞いたことがないわ。神子は生まれ持った魂の質で決まるもの。人間として生まれた子が、途中から神子になるなんて――あり得ない)


 しかも、まだ腑に落ちないことがあった。


 神子の容姿が変化するのは、〝神(じん)器(ぎ)〟を顕(けん)現(げん)している間だけだ。


 顕現もしていないのに、常時髪も瞳も白いままなど――前例がない。


(……一体、この子の身に何が起きているの)


 考えても、答えは出ない。


 だが、何も知らない子どもを、恐怖と混乱の中に放り出しておくわけにはいかなかった。


 翠(み)織(おり)は居(い)住(ず)まいを正し、白雪姫(こゆき)の目をまっすぐに見つめた。


「白雪姫(こゆき)ちゃん。……今から話すことは、とても重大な秘密よ」


「……はい」


「学校の友達にも、施設の先生にも、絶対に口外しないと約束できる?」


「……っ、はい。誰にも言いません」


 こくこくと強く頷く白雪姫(こゆき)を見て、翠(み)織(おり)は静かに語り出した。


「この世界にはね、〝魔(ま)物(もの)〟と呼ばれる存在がいるの」


「……魔物」


「魔(ま)力(りょく)の異常に高い場所で生まれる、異(い)形(ぎょう)のもの。獣の姿をしていることが多いわ。……あなたを襲った、あの黒いオオカミがそれよ」


「……っ」


「魔物は、〝霊(れい)力(りょく)〟を求めて彷徨(さまよ)っているの。霊力っていうのは、生き物の魂に宿る力……生命力みたいなものね。人間も大なり小なり持っているから狙われるのよ」


 白雪姫(こゆき)は、ごくりと喉を鳴らした。


「そして――その魔物に対抗できる、たった一つの存在。それが、魂に特別な霊力を宿した〝神子(みこ)〟と呼ばれる者たちなの」


「みこ……」


 そこで白雪姫(こゆき)は、ふと首を傾げた。


「あの……みこって、神社にいる、赤と白の服を着た……?」


「ん? ……ああ」


 翠(み)織(おり)は小さく苦笑した。


「そっちの〝巫(み)女(こ)〟じゃないわ。……もっとも、あっちの巫女は、こっちの神子の存在を隠すために作られたって説も、この業界ではあるらしいけどね」


「隠すために……?」


「私が言っているのは、〝神(かみ)〟の〝子(こ)〟と書くほうよ」


「神の、子……」


 白雪姫(こゆき)の頭の中は、もはや飽(ほう)和(わ)寸前だった。


 半年間眠っていて、目覚めたら家族を失っていて、髪と目は真っ白で。


 その上、魔物だの神子だのと言われて。


(……なんなの……私の人生、なんなの……)


「あなたの手から出た冷気も、あなたの身体を駆け巡っていた力も」


 翠(み)織(おり)は、そっと白雪姫(こゆき)の胸元を指した。


「――全部、〝霊力〟よ」


「私の中に……そんなものが……?」


「ええ。と言ってもさっき言った通り、霊力は人間なら誰もが持っているんだけど……神子の霊力は普通とは違っているからね」


 翠(み)織(おり)はそこで一度言葉を切り、部屋をぐるりと見回した。


「それとね。……もう一つ、大事なことを教えておくわ」


「……はい」


「今、私たちがいるこの〝むかばき青少年自然の家〟。表向きは、子どもたちが野外学習やキャンプをする、ただの宿泊施設よ」


「はい、私も何回か参加したことが……って、表向き?」


「裏の顔はね」


 翠(み)織(おり)は、少しだけ声を落とした。


「――全国にある、神子を管理・育成する組織の、拠点の一つなの」


「……えっ⁉」


 思わず、白雪姫(こゆき)は声を上げた。


 カレーを作った野外炊飯場。

 キャンプファイヤーを囲んだ広場。

 両親と歩いた、行縢山の登山道。


 あの思い出の場所が、そんな組織の拠点だなんて。


「そんな……全然、そんなふうには……」


「そう見えないからこそ、いいのよ」


 翠(み)織(おり)は、悪戯(いたずら)っぽく片眉を上げた。


「すぐそこに行縢神社があって、行縢山という霊峰もある。おまけに、普段から小中学生が〝宿泊研修〟や〝部活の合宿〟で出入りしているでしょう? ……若い神子が集まって訓練していても、誰も不思議に思わないわ」


 なるほど、と白雪姫(こゆき)は妙に納得してしまった。


 ――と、そこで。


「……あっ」


 白雪姫(こゆき)の顔から、さっと血の気が引いた。


「あの、八(や)雲(くも)さん! 今、何時ですか⁉」


「時間? ええと……」


 翠(み)織(おり)が壁の時計を指さす。


 白雪姫(こゆき)は、その針を見て――ほっと胸を撫で下ろした。


 襲われてから、それほど時間は経っていない。


(よかった……今から戻れば、先生のお迎えに間に合う……!)


 そう思った、次の瞬間。


 制服のポケットを探った手が、空を切った。


 右も。左も。


「……あ、あれ?」


 もう一度。


「……ない」


 顔が、蒼白になっていく。


「ない……っ、スマホが……! 先生から預かった、スマホが……‼」


 位置情報をオンにして、何かあったらすぐ連絡しなさいと。


 あの人が、心配して持たせてくれたものだ。


「……スマホなら」


 翠(み)織(おり)が、言いにくそうに眉を寄せた。


「あなたが倒れていた場所の、すぐ近くに落ちていたわ。……でも」


「……でも?」


「かなり強い衝撃を受けたみたいで……粉々になっていたの。おそらく、魔物にぶつけられた時に」


「――そんな……っ」


 白雪姫(こゆき)は、両手で顔を覆った。


(どうしよう……!)


 胸を貫かれたことも。

 傷ひとつなく生き返ったことも。


 その瞬間、白雪姫(こゆき)の頭からは、きれいさっぱり吹き飛んでいた。


(先生が、わざわざ貸してくださったのに……! 私が、壊しちゃった……!)


 先ほどまで命を奪われかけた人間とは思えない。


(弁償……できるっちゃろか。私、お金なんて持ってないのに……! あれ、施設のお金で買ったやつやったらどうしよう……!)


「あの、私、すぐ謝りに行かないと……!」


 ベッドから足を下ろそうとした白雪姫(こゆき)を、翠(み)織(おり)がそっと押しとどめた。


「待って、白雪姫(こゆき)ちゃん」


「でも……!」


「……ねえ」


 翠(み)織(おり)は、複雑そうな顔で白雪姫(こゆき)を見つめていた。


(……この子、自分が死にかけたことより、他人に迷惑をかけたことを心配してるの……?)


 十二歳の子どもが浮かべるには、あまりにも健気で、あまりにも痛々しい顔だった。


「大丈夫。私が電話するわ」


「え……?」


「あなたの代わりに、施設に事情を説明してあげる。……大人が話したほうが、こういうのは早いのよ」


 翠(み)織(おり)は携帯電話を取り出すと、白雪姫(こゆき)から聞いた施設の名を頼りに、手際よく連絡を入れた。


 幸い、施設の先生はまだ事務仕事の最中で、迎えの車を出していなかったらしい。


「――はい、〝むかばき青少年自然の家〟の職員の八雲と申します。……ええ、柊(ふき)野(の)さんは無事です。施設の敷地内で転倒されたようで、お預かりのスマートフォンが破損してしまって……。ええ、お怪我はありません。……はい、責任を持って、私が車でお送りいたしますので」


 流れるような対応だった。


 通話を終えた翠(み)織(おり)に、白雪姫(こゆき)は深々と頭を下げた。


「……ありがとうございます。ご迷惑をおかけして、本当にすみません……」


「いいのよ、これくらい。……それより、白雪姫(こゆき)ちゃん」


 翠(み)織(おり)は携帯をしまい、改めて白雪姫(こゆき)に向き直った。


 その目は、先ほどまでとは違う、真剣な色をしていた。


「――この施設で、暮らしてみる気はないかしら」


「…………え?」


 白雪姫(こゆき)は、ぽかんと口を開けた。


「ここで……暮らす、って……」


「そうよ」


「な、なんで……?」


「あなたが、神子だから」


 翠(み)織(おり)は、迷いなく言い切った。


「手のひらから雪を出したこと。その白い髪と、白い瞳。それに、あなたの中に眠っている霊力の量……。どれをとっても、間違いないわ」


「……っ」


「そしてね。神子の霊力は、魔物にとってはご馳走なの」


「ごちそう……」


「今日みたいなことは、これから何度でも起こり得る。……何も知らないまま、何も出来ないまま、外で暮らすのは危険すぎるわ」


 白雪姫(こゆき)は、俯いた。


 ――今日一日で、あまりにも多くのことが起きすぎていた。


 入学式。クラスメイトの声。小さな手のぬくもり。

 生家で流した涙。


 そして、獣。死。目覚め。


 その上、ここで暮らせと言われても。


「あ、あの……私……」


 言葉が、続かない。


「急にそんなことを言われても……どうしたら、いいか……」


「そうよね」


 翠(み)織(おり)は、ふっと表情を緩(ゆる)めた。


「無理もないわ。ごめんなさい、大人の都合で急かしてしまって」


 そして、彼女は白雪姫(こゆき)と目線を合わせるように、もう一度しゃがみ込んだ。


「なら、こうしましょう。明日、あなたが学校から帰ってくる頃に、私が施設へ伺うわ」


「施設に……?」


「ええ。施設の先生も交えて、あなたのこれからについて、もう一度きちんと話し合いましょう。……それなら、どう?」


「……先生も、一緒に」


 あの人が同席してくれるなら。


 少しだけ、息がしやすくなった気がした。


 白雪姫(こゆき)は、こくりと小さく頷いた。


「……はい。お願いします」


「決まりね」


 翠(み)織(おり)は立ち上がり、指先で車の鍵をくるりと回してみせた。


「じゃあ、送っていくわ。立てるかしら?」


「あ……歩いて帰れます、けど……」


「だーめ」


 翠(み)織(おり)は、ぴしゃりと言った。


「今日みたいなことがあった日に、あなたを一人で歩かせるわけないでしょう。……もう一度襲われたら、今度こそ助けられないかもしれないもの」


「…………はい」


 その言葉に、白雪姫(こゆき)は素直に頷いた。


 ベッドから足を下ろし、靴を履く。


 立ち上がった身体は、驚くほど軽かった。

 あんな目に遭ったのが嘘のように、どこも痛まない。


(……ほんとに、なんで私、生きてるっちゃろ)


 その答えを知る者は、まだ、彼女の中で静かに眠っている。


 深緑の衣を靡(なび)かせて歩き出す翠(み)織(おり)の背を、白雪姫(こゆき)は小走りで追いかけた。


 窓の外では、夕暮れの色を帯び始めた行縢山が――静かに、この小さな神子を見下ろしていた。





ここまで読んでいただきありがとうございます!

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