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【火山転生】目覚めたら火山そのものだった〜マグマの力で最強の聖地を作ったら、麓に国ができていました〜  作者: 尾の長い虎(てぃが)
第一章:建国編

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62.三代目巫女

 神器が、もう一度しなった。


 キイナとホムラ。


 二人の手に挟まれた杖が、真っすぐな形と緩やかな弧の間を行き来する。


 赤い結晶が脈打つたび、俺へつながる熱の道も揺れていた。


 一本は、約二十年にわたってキイナと俺を結んできた道。


 細く焼け焦げ、今にも途切れそうになっている。


 もう一本は、ホムラから伸びてきた新しい道。


 まだ形も定まらず、神器へ触れては離れ、行き先を探すように火山核の周囲を跳ね回っていた。


 どちらか一方ではない。


 神器へ流れた熱が、二つの道へ同時に入ろうとしている。


「っ……!」


 キイナの身体が震えた。


 手首から伸びていた赤い線が、鎖骨の下で淡く光る。


「神器を引っ張らないで!」


 ナキアが叫んだ。


「今は二人へ半分ずつつながってる! 力ずくで離したら、キイナさんの中に残った道まで引き裂かれる!」


 ホムラが、神器を持つ手を止める。


「じゃあ、どうすればいいの?」


「先代の巫女が、自分から道を閉じるしかない」


「でも、お母さんの手が……」


 キイナの指は、神器の柄へ固く巻きついたままだった。


 握っているというより、力を使いすぎた身体が、その形のまま動かなくなっている。


 サナが、一本ずつ指へ触れる。


「無理に開けば、腱を傷めます」


「それなら――」


「手の問題だけではありません」


 サナは、キイナの胸元まで伸びた赤い線を見る。


「離すと決めるのは、キイナ様です」


 北から、地面を揺らす咆哮が響いた。


 祈りの石床へ避難していた者たちが、一斉に顔を上げる。


 煙の向こうで、隻眼のオーガが立ち上がっていた。


 石材置き場の爆発で焼かれた右脚から、再び血が流れている。


 だが、その巨体は倒れない。


 金棒を杖のように地面へ突き立て、残った右目を火守村へ向けている。


 いや。


 村全体ではなかった。


 赤く明滅する神器を。


 それを持つ、二人の巫女を見ていた。


「来るぞ!」


 レンの声が、北側から届く。


 隻眼のオーガが、金棒を地面から引き抜く。


 その動きに合わせ、周囲へ控えていた魔物たちも前進を始めた。


 獣型。


 小鬼型。


 牙を持つ猪型。


 岩壁が崩れた中央だけではない。


 左右からも回り込み、第二防衛線へ押し寄せてくる。


「内側の魔物は、もう押さえました!」


 クライスが、木札を数えながら叫ぶ。


「六体すべて確認! 排水路から増える気配もありません!」


「なら、動ける者は北へ!」


 ジンが指示を出す。


「ただし、巫女の周りを空けるな! 隻眼のオーガは、神器継承の隙を狙っている!」


 ハロルドが、予備の盾を抱えて祈りの石床の北側へ立つ。


 その隣へ、ガルクが戦斧を担いで並んだ。


 コーレリアは半壊した屋根へ上がり、北と石床の両方を見渡せる位置を取る。


 クライスは木板のそばへ残り、戦列と避難民の人数を数える。


 サナはキイナの脈を確かめたまま、動かなかった。


「巫女一人の戦いにするな!」


 ジンの声が、揺れる火守村へ響く。


「盾も、刃も、目も、数える者も、傷を診る者もいる! 今までと同じだ! それぞれの役目でつなげろ!」


「先頭、来るぞ!」


 ハロルドが盾を突き立てる。


 獣型の魔物が、その正面へ飛びかかった。


 爪と盾がぶつかる。


「ガルク!」


「見えてる!」


 盾の横から戦斧が伸び、魔物の前脚を払う。


 転がった身体を深追いせず、ガルクはすぐにハロルドの後ろへ戻った。


「右に一体!」


 コーレリアの矢が放たれる。


 ハロルドの脇を抜けようとした小鬼の太腿へ突き刺さった。


「上から言うなら、誰から見た右かも言え!」


 ガルクが叫ぶ。


「今のは、ハロルドから見て右」


「俺から見たら左だ!」


「ガルクは、ハロルドを見て動いて」


「俺の基準はあいつなのか!」


「盾の後ろにいるんだから、当然」


「正しいけど、言い方が気に入らない!」


(戦えているなら、まだ余裕はあるみたいだな)


 だが。


 北側の地面を感じ取れない俺には、どこまで魔物が迫っているのか分からない。


 フランが運ぶ光景も、煙と土埃で途切れている。


 今、この瞬間も。


 人間たちの声がなければ、俺はどこへ力を使えばいいのか判断できない。


 そして。


 その声を俺へ届けてきたキイナの道は、もう限界だった。


『キイナ』


 細く焼けた道へ、俺は声を送る。


『聞こえるか』


『……はい』


 返事は弱い。


 それでも、キイナの声だった。


『御山様』


『手を離したら、もう俺の声が聞こえなくなるかもしれない』


『そうですね』


『俺も、キイナの声が聞こえなくなる』


『はい』


『それでも、いいのか?』


 少しの間。


 北で響く戦いの音だけが届いた。


 盾へ牙がぶつかる音。


 戦斧が地面を叩く音。


 負傷者を運ぶ足音。


 誰もが、生きて戻るために動いている。


『よくはありません』


 キイナが答えた。


『聞こえなくなるのは、寂しいです』


『……うん』


『でも、これまで聞かせていただいた言葉まで、消えるわけではありません』


 キイナの指が、わずかに動いた。


 神器の柄を握っていた人差し指が、一本だけ離れる。


「お母さん」


「大丈夫」


 キイナが、ホムラへ笑いかけた。


「巫女ではなくなっても、あなたのお母さんではいられるから」


「それは、ずっと?」


「お風呂へ入らない日が続いたら、やめたくなるかも」


「そんな理由でお母さんをやめないでよ!」


(そこは心配しなくても大丈夫だと思う)


 二本目の指。


 三本目。


 動かなくなっていたはずの指が、ゆっくりと神器から離れていく。


 赤い結晶が、強く脈打った。


 俺とキイナをつないでいた道が揺れる。


『キイナ』


『はい、御山様』


『ありがとう』


 ずっと伝えたかった。


 最初の頃。


 怖がりながら神器を持ち、レンの後ろから俺へ話しかけてきた少女へ。


 ヒナノから役目を受け継ぎ。


 二十年もの間、人と俺の間へ立ち続けてくれた巫女へ。


『今まで、俺の声を届けてくれてありがとう』


 キイナの目元へ、涙が浮かんだ。


『どういたしまして』


 最後の指が、神器から離れる。


『……あとは、ホムラへ』


 道は、乱暴に切れなかった。


 キイナの側から、静かに閉じられていく。


 長い年月をかけて歩いてきた道の端へ、一枚ずつ石を戻すように。


 その温かさが遠ざかる。


 消える直前。


 キイナから、ほんの小さな笑いが届いた。


 そして。


 何も聞こえなくなった。


 ◇ ◇ ◇


 静かだった。


 キイナの声がない。


 ホムラから伸びていた新しい道も、火山核へ触れる直前で止まっている。


 神器の赤い光まで消えた。


「お母さん?」


 ホムラが呼ぶ。


「ここにいるよ」


「神器が、冷たい」


「離さないで」


「でも、御山様の声も聞こえない」


 ホムラは、まだ俺を御山様と呼んでいた。


 継承は終わっていない。


 俺から声を送っても、どこにも届かない。


 人間たちの戦う音だけが、地面を通してぼやけて伝わってくる。


 隻眼のオーガが、一歩進んだ。


 どん。


 人間たちの声が揺れる。


 二歩目。


 どん。


 防衛線に、確実に近づいている。


「押し返せ!」


 レンが叫ぶ。


 盾列の間から、槍が一斉に伸びる。


 先頭の魔物は止められる。


 だが、その後ろにいる隻眼のオーガまでは届かない。


 巨大な金棒が持ち上がる。


「まだなのか!」


 レンの声が、祈りの石床へ飛ぶ。


「急かさないで!」


 ホムラが言い返す。


「神器に聞いてよ!」


「その神器を持っているのはお前だ!」


「今、持ったばかりなの!」


「持ったなら聞け!」


「使い方を教えて!」


「キイナ!」


「私には、もう聞こえません!」


「そうだった!」


(レンが一番慌ててるな)


 その時。


 冷たくなっていた神器の結晶へ、小さな火が灯った。


《先代接続者との接続終了を確認》


《残留熱の遮断を完了》


《神器接続者の移行を開始》


《新規接続候補――ホムラ》


《適合を確認》


《巫女継承を承認》


 途切れていた新しい道が、一気に伸びた。


 真っすぐではない。


 右へ曲がり。


 左へ跳ね。


 途中で獣道のように細くなったかと思えば、突然、火山核のすぐそばへ現れる。


(どこを通ってきたんだ?)


 それでも。


 その道は、確かに俺へ届いた。


 勢いよくぶつかり、火山核の熱を大きく揺らす。


『ホムラ』


 新しい道へ、初めて声を送る。


『聞こえるか?』


 ほんの一瞬。


 向こうで、息を呑む気配がした。


『……うん』


 答えが返ってくる。


 明るく。


 少し震えて。


 けれど、迷わない声。


『聞こえるよ、カザン様』


 御山様ではなかった。


 皆が俺を敬って呼ぶ名ではなく。


 ヒナノと同じ。


 俺自身の名を呼んだ。


(カザン様、か)


『駄目だった?』


『いや』


 祖母と同じ呼び方。


 そう思って選んだことが、言葉にされなくても新しい道から伝わってくる。


『……久しぶりに、その名で呼ばれた』


『じゃあ、これからは私が呼ぶね』


 神器が、再びしなった。


《接続者の資質に合わせ、神器形態を再構成》


《再構成を開始》


 真っすぐだった杖の柄がしなり、両端が外側へ開く。


 赤い結晶が中央へ移り、その左右へ細長い弓身が伸びた。


 緩やかな弧。


 ホムラが長年使ってきた弓と、よく似た形だ。


 ただし、弦がない。


「……壊れてる?」


「神器へ最初に言うことが、それなの?」


 キイナが横から言う。


「だって、弦がないよ」


「引くつもりで、指をかけてみたら?」


「どこに?」


「それを、神器に聞いて」


「さっき、おじいちゃんと同じこと言ったよね?」


 ホムラが、弦のない空間へ指をかける。


 その指先へ、赤金色の光が集まった。


 上の弓端から。


 下の弓端へ。


 一本の光が走る。


 弦だ。


「出た!」


「引いてみろ!」


 レンの声が、北から飛んでくる。


「今度は、おじいちゃんが急かしてる!」


「撃たないなら、あとでゆっくり驚け!」


「撃つよ!」


 ホムラが、光の弦を引く。


 その動きに合わせ、赤い結晶から一本の光が伸びた。


 細く。


 鋭く。


 矢の形へ変わる。


「かしこみかしこみ。新たなる巫女の御手へ顕現せし、天地貫通神火必中宝弓――」


「フランさん、名前はあと!」


「かしこみかしこみ。二代続けて同じご指摘を――」


「それもあと!」


(ホムラも慣れてきたな)


 だが。


 神器を引いたホムラの腕が、わずかに震えた。


 力が強すぎる。


 俺の熱が、新しい道を通って一気に流れ込もうとしていた。


『ホムラ。まだ放つな』


『どうして?』


『力を入れすぎてる』


『入れてるのは、カザン様じゃないの?』


(そうなのか?)


 俺は、流す熱を少し弱めた。


 すると、光の矢まで小さくなる。


『弱くなったよ』


『お前も、少し引く力を抜いてくれ』


『それだと、遠くまで飛ばない』


『最初から全力で引いたら、キイナと同じになるぞ』


 ホムラが、倒れている母を見る。


『……それは困る』


「サナ」


 ホムラが尋ねる。


「お母さんは?」


「生きています」


「それは分かってる」


「脈も落ち着き始めています。神器を離したことで、赤い線も止まりました」


「なら、私は?」


「まだ患者ではありません」


「まだ?」


「患者にならないように使ってください」


「使い方が難しい!」


「巫女になったばかりなので、当然です」


(サナは優しいのか厳しいのか、分からないな)


 神器の弓を持つホムラを中心に、五人の役目が再びつながる。


 距離は離れている。


 それでも。


 ハロルドが前へ立ち。


 ガルクが、その盾の横へ戦斧を置く。


 コーレリアが、高い場所から隻眼のオーガを見つめる。


 クライスが、防衛線に残る人数を数える。


 サナはキイナのそばへ膝をついたまま、ホムラの手にも目を配っている。


 示し合わせたわけではない。


 それでも、五人は自然と新しい巫女を守る位置へ立っていた。


「親衛隊っぽくなってきた」


 ホムラが言う。


「ホムラ」


 キイナの声が低くなる。


「冗談だよ。今は三割くらい」


「増えてるじゃない」


 ほんの短い笑いが生まれる。


 直後。


 隻眼のオーガの金棒が、防衛線へ振り下ろされた。


 ◇ ◇ ◇


「散れ!」


 レンの声。


 金棒が地面へ落ちる。


 衝撃だけで、石材の代わりに積んでいた荷車が横倒しになった。


 盾を構えていた者たちが、左右へ弾かれる。


「第二列、二人転倒!」


 クライスが叫ぶ。


「負傷は!」


「一人、肩! もう一人は立てます!」


「負傷者をサナの家へ! 盾二人、前へ!」


 隻眼のオーガが、金棒を持ち上げる。


 その足元では、小型の魔物たちが崩れた防衛線へ殺到していた。


「ハロルド!」


 ジンの声が届く。


「右の隙間を埋めろ!」


「分かった!」


 ハロルドが予備の盾を構え、転倒した者たちの前へ飛び込む。


 猪型の牙を斜めに受ける。


 盾が大きく傾いた。


「ガルク!」


「俺から見て右か!」


「今は同じ右だ!」


「最初から、そう言え!」


 ガルクの戦斧が、猪型の前脚へ食い込む。


 魔物が倒れる。


 だが、その背後から小鬼型が二体、盾の上へよじ登ろうとする。


 コーレリアの矢が、一体の肩を射抜いた。


 もう一体が、ハロルドの頭上へ棍棒を振り上げる。


「一本足りない!」


 ホムラが、神器の弦を引いた。


 光の矢が放たれる。


 小鬼の棍棒へ命中した。


 木の棍棒が、赤金色の火に包まれて砕ける。


 小鬼は驚き、盾から転げ落ちた。


「当たった!」


『神器を持って、最初に当てるのが棍棒なのか』


『ハロルドの頭より大事でしょ』


『比べる相手が棍棒なのは少し気になるが、そうだな』


「ホムラ!」


 ハロルドが叫ぶ。


「助かった!」


「頭は無事?」


「頭以外も無事だ!」


「じゃあ、次へ行くよ!」


 ホムラが、二本目をつがえようとする。


 だが、赤金色の矢はすぐには現れなかった。


『カザン様?』


『今、作ってる』


『矢を?』


『お前の弓へ流す力を、ちょうどよくする道を』


『もう少し早くできない?』


『俺だって、神器が弓になるとは思ってなかったんだ』


『カザン様、弓を使ったことないの?』


『火山が、いつ使うんだ』


『狩りとか』


『火山が狩りへ出たら、獲物より森が逃げるぞ』


 ホムラから、笑いが届く。


 新しい道は騒がしい。


 キイナの道は、整えられた石畳のように真っすぐだった。


 ホムラの道は、森の獣道に似ている。


 どこへ曲がるのか分からず。


 突然、倒木を飛び越え。


 けれど、一度狙いを定めれば、最短の道を一気に駆け抜けていく。


(ホムラらしいな)


 その道を通して。


 俺の中へ、今まで知らなかったものが流れ込んできた。


 ホムラが見ている景色。


 風の向き。


 遠くで揺れる枝。


 魔物と人間の間にある、わずかな隙間。


 そして。


 隻眼のオーガの右脚。


 ガルクが傷をつけ。


 石材置き場の爆発で焼かれ。


 再び出血している膝の裏。


(見える)


 俺自身の感覚ではない。


 ホムラの目を通して、そこに何があるのか分かる。


『カザン様。あいつの傷、見える?』


『見える』


『私が見てるから?』


『たぶん』


『なら、今度は私が目になるね』


 神器の赤い結晶が脈打った。


 二本目の光の矢が現れる。


 先ほどより細い。


 だが、形は安定していた。


「撃てる?」


 コーレリアが尋ねる。


「撃てる」


「なら、右脚を狙って」


「傷があるところ?」


「違う」


 コーレリアの目が、隻眼のオーガの動きを追う。


「今は金棒を左へ振ってる。次に踏み込む時、右膝が沈む」


「いつ?」


「クライス」


 名を呼ばれ、クライスが隻眼のオーガの足音を数え始める。


「一歩」


 どん。


「二歩」


 どん。


 右脚を庇っている。


 それでも、巨体の歩幅は大きい。


 一歩ごとに、第二防衛線との距離が縮まる。


「次です」


 クライスが言った。


「三歩目で、右膝が沈みます」


 ジンが前線を見渡す。


「巫女へ、射線を作る!」


「巫女一人へ任せるな!」


 レンも続く。


「盾は中央を開けろ! 剣と槍は左右へ寄せろ!」


 ハロルドが、盾を構えたまま右へ動く。


 だが、正面には獣型が二体いる。


「押し切れない!」


「なら、俺が開ける!」


 ガルクが、戦斧を両手で持ち直す。


「一体目は任せろ!」


「二体目は!」


「お前の盾でどうにかしろ!」


「急に雑だな!」


 ガルクが、戦斧を横へ振る。


 一体目の魔物が脚を払われ、横へ転がった。


 二体目が飛びかかる。


 ハロルドは盾の端で顎を打ち上げ、その勢いのまま身体ごと右へ押し出す。


 中央に、一本の道が開いた。


 隻眼のオーガまで続く、細い射線。


「今!」


 ジンが叫ぶ。


「まだ」


 コーレリアが止める。


 隻眼のオーガが、一歩進む。


 右脚が地面へ着く。


 だが、膝はまだ高い。


「クライス!」


「三歩目!」


「ホムラ!」


「分かってる!」


 隻眼のオーガが、金棒を持ち上げる。


 右膝が沈んだ。


 傷口が開く。


 コーレリアの声が飛ぶ。


「今!」


 ホムラが、赤金色の弦を引き絞った。


「クローシュさん!」


「一度だけだ!」


 短い杖が振られる。


 風が、ホムラの背中から前へ抜ける。


「今回は急じゃない!」


「成長しただろう!」


「ちょっとだけ!」


 光の矢が放たれた。


 風へ乗る。


 崩れた岩壁を越え。


 戦う者たちの間を抜け。


 隻眼のオーガの右膝へ向かって飛ぶ。


 残った右目が、矢を捉えた。


 隻眼のオーガが、金棒を下ろそうとする。


 間に合わない。


 赤金色の矢は。


 焼いて塞がれていた右膝裏の傷へ、深く突き刺さった。


 ◇ ◇ ◇


 隻眼のオーガの身体が止まる。


 矢そのものは小さい。


 あの巨体からすれば、針が刺さったようなものだ。


 だが。


 矢は、命中しても消えなかった。


 神器の矢から伸びた赤金色の光が、細い糸となってホムラの弓へつながっている。


 ホムラが狙った場所と。


 俺をつなぐ、一本の道だ。


(感じる)


 隻眼のオーガの右脚。


 傷口から流れる熱。


 踏みしめている地面。


 地下の道を焼かれて以来、何も感じ取れなかった場所が、光の矢を通して輪郭を取り戻していく。


『ホムラ』


『うん』


『このまま、狙いを離すな』


『いつまで?』


『俺が届くまでだ』


 俺は、焼かれていない西側の地脈から力を伸ばした。


 隻眼のオーガの足元へ、直接は届かない。


 だから、迂回する。


 深い岩盤を通り。


 崩れた水路の下を抜け。


 ホムラの矢が示す光へ向かって、岩を押し進める。


(もう少し)


 隻眼のオーガが、右脚を引こうとする。


 赤金色の道が軋んだ。


 光につながれた神器が、ホムラの身体ごと前へ引かれる。


「逃がさない!」


 ホムラが、神器を両手で握って踏ん張る。


『ホムラ、力比べをするな!』


『でも、抜ける!』


『相手は十倍大きくなったオーガだぞ!』


『私はカザン様とつながってる!』


(それでも身体は十六歳だ!)


 ホムラの靴が、石床の上を滑った。


 ハロルドが、片手でその背中を支える。


「引け!」


「盾は?」


「今は、お前の背中を守る盾だ!」


 ガルクも戦斧の柄を地面へ突き立て、ハロルドの背へ肩を入れる。


「二人で足りるか!」


「重い!」


「俺は斧も持ってる!」


「置け!」


「持って帰れと言われた!」


「今は帰ってない!」


(前にも似た言い合いをしていたな)


 コーレリアが、隻眼のオーガの上半身を見る。


「金棒、右から来る!」


「あと五つ数えて!」


 クライスが叫ぶ。


「一、二、三――」


 隻眼のオーガが、光の道を切るために金棒を振り下ろす。


「四!」


(届いた)


「五!」


 俺は、地脈へ力を流した。


 隻眼のオーガの右足を囲み、地面から玄武岩の杭を噴き上げる。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 内側へ高い熱を抱えた岩杭が、足首へ食い込む。


 右脚の前後から、岩の輪が閉じた。


 隻眼のオーガが、初めて大きく体勢を崩す。


 振り下ろした金棒が、ホムラへ届く前に地面へ落ちた。


 轟音。


 右膝が、強制的に曲がる。


 赤金色の矢が刺さった傷へ、最後の岩杭を押し上げた。


 傷口が、再び裂ける。


 隻眼のオーガの咆哮が、火守村を揺らした。


 怒りではない。


 初めて聞く、痛みの声だった。


「効いた!」


「御山様の岩が入ったぞ!」


「違う!」


 ハロルドに支えられながら、ホムラが声を上げる。


「カザン様だよ!」


「今そこを直すのか!」


 ガルクが叫ぶ。


「大事だから!」


 隻眼のオーガの拳へ集まっていた炎が、制御を失った。


 赤い火が右側へ逸れる。


 周囲にいた魔物たちの中へ落ちた。


 爆発。


 小鬼型と獣型の群れが、炎と衝撃で左右へ吹き飛ぶ。


 第二防衛線へ押し寄せていた魔物の流れが、初めて途切れた。


「今だ!」


 ジンが叫ぶ。


「負傷者を下げろ! 盾列を立て直せ! 前へ出すぎるな、隻眼のオーガはまだ生きている!」


 歓声を上げかけた者たちが、すぐに動き始める。


 追わない。


 倒れた魔物の間へ踏み込まない。


 開いた時間を使い、傷ついた者を下げ。


 盾を交換し。


 矢と水を補充する。


 それが、二十年かけて受け継いできた火守村の戦い方だった。


 ホムラが、神器へ込めていた力を緩める。


 隻眼のオーガへ刺さっていた光の矢が、火の粉となって消えた。


 神器の弓も、ゆっくりと真っすぐな杖へ戻る。


「戻った」


「あなたが引かなければ、杖になるみたいね」


 キイナが、サナに支えられながら言う。


「じゃあ、普段は杖?」


「お風呂へ入る時も、弓のままだと邪魔でしょう」


「神器を持って入らないよ!」


「入ること自体は否定しなかったね」


「そこはもう疑わないで!」


(継承しても、心配されることは変わらないみたいだな)


 キイナには、もう俺の声は届かない。


 それでも。


 ホムラを通して聞こえるキイナの笑い声は、以前と変わらなかった。


 ◇ ◇ ◇


 隻眼のオーガが、岩へ両手をかけた。


 右足を囲んでいる玄武岩が、軋む。


 一本目が折れる。


 二本目。


 三本目。


 巨体が、力ずくで立ち上がった。


 右脚から赤黒い血を流し。


 それでも、倒れない。


「……まだ立つの?」


 ホムラの声から、さっきまでの軽さが消える。


『あれくらいで倒れるなら、二十年前に戻ってはこなかっただろうな』


 隻眼のオーガが、残った右目を開く。


 見ているのは。


 俺の岩でも。


 第二防衛線でも。


 傷をつけたガルクでもない。


 神器を持つホムラだった。


 新しい巫女。


 新しい道。


 俺が、焼かれた地面の向こうへ再び力を届かせた方法。


 すべてを理解したように。


 隻眼のオーガの右目が細くなる。


(また、見られた)


 俺たちが増やした守りを。


 新しく生まれたつながりを。


 あいつは一つずつ見て、次の壊し方を考えている。


「カザン様」


 ホムラが、神器を握り直す。


『どうした』


『次の矢、いける?』


『いける。でも』


 隻眼のオーガが、金棒を握った。


 今までのように高く掲げない。


 肩へ担ぎ。


 巨体を、低く沈める。


 右脚は傷ついている。


 それでも。


 残る左脚が、大地を深く踏みしめた。


 周囲にいた魔物たちが、一斉に左右へ逃げる。


『何をする気?』


 ホムラが尋ねる。


『走る気だ』


『……あの大きさで?』


『そのために、魔物たちが道を空けている』


 隻眼のオーガの視線は、一度もホムラから外れない。


 今度の狙いは、火守村ではない。


 祈りの石床でもない。


 神器だけでもない。


 俺との新しい道をつないだ。


 ホムラ自身だ。


 最初の一歩が、地面を砕いた。


 どん。


 今までの、ゆっくりと確かめる歩みではない。


 踏み込むための一歩。


 二歩目。


 どん。


 巨体が加速する。


 倒木を踏み砕き。


 崩れた岩壁を蹴散らし。


 隻眼のオーガが、一直線に新しい巫女へ向かってくる。


「前へ!」


 ハロルドが盾を構える。


 ガルクが、その横へ立つ。


 コーレリアが矢をつがえ。


 クライスが、前線の人数を数え直す。


 サナはキイナを守りながら、ホムラの背中へ叫ぶ。


「一射ごとに、手を確認してください! 赤い線が出たら、すぐ止めます!」


「出なかったら?」


「次を撃ってください!」


「分かりやすい!」


 ホムラの手の中で、神器が弓へ変わる。


 赤金色の弦が張られた。


 だが。


 それを引く指は、わずかに震えていた。


『怖いか?』


『怖いよ』


 ホムラは、隻眼のオーガから目を逸らさない。


『でも、逃げたいとは思わない』


 弦が引かれる。


 新しい道を通り、ホムラが見ているものが俺へ届く。


 迫る巨体。


 振り上げられる金棒。


 赤く燃え始める拳。


 そして。


 その向こうに残る、ただ一つの右目。


『カザン様』


『何だ』


『今度は、あの目を狙う』


 隻眼のオーガが、大地を蹴った。


 地面を揺らす巨体が。


 俺たちの守りを、すべて踏み越えるため。


 新しい巫女へ走り出した。


「私は逃げも隠れもしないよ」

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― 新着の感想 ―
どうせ火山は動け無いんだから、オーガも強敵は迂回して進めば良いのに、相当な「もっこす(頑固者)」ですね。私は巨大くまモンを連想してしまいましたが……たぶんもっと凶悪なはず。
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