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【火山転生】目覚めたら火山そのものだった〜マグマの力で最強の聖地を作ったら、麓に国ができていました〜  作者: 尾の長い虎(てぃが)
第一章:建国編

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60.地の底を走る炎

いつも誤字脱字報告や評価をありがとうございます。

 炎をまとった金棒が、地面へ振り下ろされた。


 轟音。


 第二防衛線の手前――石材置き場の北端が陥没し、土と岩が円を描いて吹き上がる。


 身構えていた盾列の足元まで、大きく揺れた。


 それなのに。


 炎は広がらなかった。


 爆発も起きない。


 金棒の周囲で赤い火が一度だけ大きく膨らみ、吸い込まれるように地面の亀裂へ消えていった。


「……何も起きない?」


 ホムラの声が、フランを通して届く。


(違う)


 起きている。


 地上ではなく、地の底で。


 金棒から流し込まれた熱が、岩盤の亀裂を伝って走っていた。


 俺の地熱とは違う。


 普段、地脈を流れている穏やかな熱でもない。


 細く、鋭く。


 進んだ先を焼きながら、赤い根のように枝分かれしていく。


 その一本が、北門の下へ。


 別の一本が、第二防衛線となった石材置き場へ。


 さらに細い熱が、水路や祈りの石床がある方角へ伸びていた。


(止める)


 俺は一番太い亀裂を、両側の岩盤で押し潰した。


 亀裂が閉じる。


 だが、熱は消えなかった。


 行き場を失った火の魔力が膨れ上がり、閉じた場所の手前から別の亀裂へ流れ込む。


 地の底で、小さな破裂が起きた。


 どん、と。


 地上の者には、遠い雷のように聞こえたらしい。


 だが、俺には分かる。


 地下に閉じ込められた空気と、熱せられた水が一気に膨張し、岩盤を内側から砕いた音だ。


(塞いだら駄目だ)


 火山だからこそ、分かる。


 閉じ込めた熱は、消えない。


 出口を失えば。


 熱は、自分で出口を作る。


 その時、地上に何があるのかなど、火は考えてくれない。


「ナキア!」


 クローシュの声が響いた。


「分かってる!」


 ナキアは、先ほど使っていた金属板を地面へ並べ直し、小さな魔石を中央へ置く。


 無色だった魔石の中に、細い赤線が何本も浮かんだ。


 その一本が、急激に明るくなる。


「塞いじゃ駄目!」


 ナキアが叫んだ。


「地下で圧力が上がってる! 行き場を作らないと、村の下がまとめて吹き飛ぶ!」


「出口を作るとして、どこへ出す!」


 レンの問いに、ナキアは答えられない。


 地下の熱がどこを通っているのか。


 それは、俺には分かる。


 だが、戦闘と地下の破裂による振動が重なり、その真上に誰がいるのかまでは拾い切れない。


 闇雲に出口を作れば。


 守るために開けた穴から、人々の足元へ炎を噴き出させるかもしれなかった。


「北門周辺の人数を確かめろ!」


 ジンの声が飛ぶ。


「クライス。外へ出ている者は?」


「いません! 見張り役も伝令も、全員門内へ戻っています!」


「石材置き場は!」


「負傷者を運び終えた者が十二人! 資材を移している者が七人です!」


「全員、南へ下がらせろ! 石は置いていけ!」


「でも、冬に直す家の分が――」


「石は逃げない! 人を先に動かせ!」


 指示を受け、石材置き場にいた者たちが走り出す。


 クライスは通り過ぎる者を、一人ずつ数えた。


「一人、二人……十七、十八!」


「十九人のはずだ!」


 ジンの声に、クライスが手元の木札を見る。


 埋まっていない印が、一つある。


「一人足りません!」


 石材置き場を振り返る。


 積み上げられた石の陰で、小柄な老人が倒れていた。


 逃げようとした時に、揺れた地面へ足を取られたらしい。


 両手をつき、必死に立ち上がろうとしている。


 その真下へ。


 赤い熱の一本が近づいていた。


「俺が行く!」


 ハロルドが、予備の盾を持って走る。


「待て!」


 ガルドの声も聞かず、老人のそばへ滑り込んだ。


 盾を背中へ回し、片腕で老人を抱き上げる。


「軽いな!」


「年寄りへ言うことか!」


「褒めたんだ!」


「なら、もっと丁寧に褒めろ!」


(持ち上げられながら注文するのか)


 ハロルドが、老人を抱えたまま走る。


 その背後で。


 土が、わずかに盛り上がった。


「ハロルド、右へ!」


 鋭い声が飛ぶ。


 ハロルドが反射的に右へ跳んだ。


 直後。


 先ほどまで足を置いていた場所から、細い炎が噴き上がる。


 火柱というほど大きくはない。


 だが、地面に残された石材を赤く焼くには十分だった。


 老人を抱えたハロルドが、南側へ転がり込む。


「今の、誰が――」


「地面を見て」


 高い声が、冷静に言った。


「お礼は、それから」


 半壊した倉の屋根へ、一人の少女が立っていた。


 短弓を手にしている。


 風に揺れる髪の間から、鋭い目が地面を追っていた。


 ミレアの孫、コーレリアだ。


「コーレリア!」


 ミレアが呼ぶ。


「何が見える!」


「草の先が、順番にしおれてる。虫も巣穴から逃げてる。石の隙間から湯気が出る場所も、少しずつ動いてる」


 コーレリアの視線が、石材置き場から水路へ移る。


「熱は、あそこから南へ曲がった」


「地面の中が見えるの?」


 隣の見張り台から、ホムラが尋ねる。


「見えないのは、中だけ」


 コーレリアは即座に答えた。


「出てくる前触れまで見えないとは言ってない」


「それ、わたしにもできる?」


「まず、見えている草を全部同じ草だと思わないところから」


「言い方、少し辛くない?」


「急いでるから、甘く言う時間がないの」


(本当に少し辛口だな)


 コーレリアが、赤い布を結んだ矢をつがえる。


「熱が通ってる場所へ赤。出口に使えそうな場所へ白を射る」


「出口の場所は、どうやって決めるの?」


「人がいなくて、燃える物が少なくて、噴き出した炎や蒸気が村へ倒れない場所」


「それを全部見てるの?」


「見張り役だから」


 赤い布を結んだ矢が放たれた。


 石材置き場の端へ突き刺さる。


 二本目。


 三本目。


 赤い矢が、地下を走る熱の道を地上へ描き出していく。


「コーレリア!」


 クローシュが叫ぶ。


「白は遠めに頼む!」


「先生の風が届くなら」


「一度だけなら、届く!」


「途中で弱くなったら?」


「その時は気合いで飛ばせ!」


「魔法を教える先生の言葉ではありませんね」


「今は緊急時だ!」


 コーレリアが、白い布を結んだ矢をつがえる。


 ホムラも、同じ矢を一本抜いた。


「わたしも射る」


「右側をお願い」


「そこは任せてくれるんだ」


「遊びながら覚えた道でも、覚えているなら役には立つから」


「今、褒めた?」


「道を褒めたの」


「わたしじゃないんだ……」


 二人が弓を引く。


「風は、合図のあと!」


 ホムラが念を押した。


「分かっている!」


「前にも聞いた返事だね」


「今回は本当に分かっている!」


「なら、今!」


 二本の矢が放たれた。


 クローシュの杖から、風が走る。


 白い布が空で大きくはためき、二本の矢は石材置き場の左右へ突き刺さった。


 フランが、すぐに周囲を確かめる。


「かしこみかしこみ。白布の矢、双方の周囲に人影なし。燃え移るおそれのある建物もございません」


『キイナ。二か所、開ける』


「御山様が、白い矢の位置へ出口を作られます! 全員、離れて!」


 俺は、二本の白い矢の下へ力を伸ばした。


 地下の亀裂へ、直接触れてはいけない。


 亀裂の横から地上へ向かって、細い逃げ道を穿つ。


 その周囲を岩で固め、炎が横へ漏れないよう筒を作る。


 一つ。


 もう一つ。


 地面を割って、二本の石筒が伸びていく。


 中心は空洞だ。


 地下を走る火とつながった瞬間。


 炎が噴き上がった。


 ごおっ、と。


 二本の炎が、石の筒を通って空へ昇る。


「冷却板、起動!」


 ナキアが、石筒の根元へ並べた金属板に手をついた。


 板に刻まれた線が青く光り、周囲の水桶から細い水の流れが伸びる。


 水が石筒の根元を取り囲み、熱を奪いながら白い蒸気へ変わった。


「風は上!」


 クローシュと、魔法を使える若者たちが杖を向ける。


 炎と蒸気が村へ倒れないよう、風で空へ押し上げた。


 地下で膨れていた圧力が、わずかに下がる。


(いける)


 火を消す必要はない。


 外へ逃がせばいい。


 だが。


 地面へ突き刺さったままの金棒が、ゆっくりと動いた。


 隻眼のオーガが、柄を捻っている。


 金棒から流れ込む魔力の向きが変わった。


 地下を走っていた一本の熱が、二つに分かれる。


 さらに四つ。


 八つ。


 細い火が、俺の開けた出口を避けるように広がった。


(こいつ、気づいた)


 俺が、火を逃がしている場所に。


 地上にいながら、気づいている。


 開けた二本の石筒から、噴き上がる炎が急に弱くなる。


「火が減った?」


 ホムラが言う。


「喜ばないで」


 コーレリアは、地面から目を離さない。


「別の場所へ行っただけ」


 その言葉の直後。


 五か所で、土が盛り上がった。


 ハロルドたちが並ぶ盾の列。


 ガルクとバルクたちが立つ、剣と斧の列。


 コーレリアとミレアの家族が弓を構える高台。


 クライスとジンが木板を広げている場所。


 セナの家族が負傷者を治療している天幕。


 隻眼のオーガは、偶然そこへ火を流したのではない。


 火守村の守りを支える場所を、一つずつ選んでいた。


「全員、そこから離れろ!」


 レンが叫ぶ。


 だが、間に合わない。


 地面の亀裂から、赤い光が漏れ始める。


「御山様!」


 キイナが、神器を両手で握った。


『地面を開ければ、皆を巻き込む』


 五か所が同時だ。


 一つを助ければ、残りへは間に合わない。


『……キイナ。下がれ』


「嫌です」


『でも』


「御山様。全部は見えなくても」


 キイナは周囲を見た。


 盾を構え続ける者たち。


 武器を持ち、次の魔物へ備える者たち。


 地面と森の変化を見逃すまいとする弓手。


 人の数を確かめ続けるクライス。


 負傷者の傷を押さえるセナの家族。


「私には、皆が見えます」


 神器の石突きが、地面へ触れた。


 赤い結晶が、強く脈打つ。


 どくん。


 俺とキイナをつないでいた一本の熱の道が、太くなる。


 次の瞬間。


 その熱が、六つに分かれた。


「え……」


 フランが運ぶ光景の中で、キイナの前へ透き通る赤金色の光が現れた。


 細長く。


 両端がわずかに尖り。


 緩やかに弧を描いている。


 盾だ。


 けれど、一枚の大きな壁ではない。


 花弁に似た、六枚の盾。


 一枚が、神器を持つキイナの前へ残る。


 残る五枚が、外へ開いた。


 一枚は、ハロルドたちが並ぶ盾列の上へ。


 一枚は、ガルクとバルクたちの剣と斧の列へ。


 一枚は、コーレリアとミレアの家族がいる高みへ。


 一枚は、クライスとジンが広げた木板の前へ。


 最後の一枚は、セナの家族と負傷者たちを覆うように広がった。


 五枚の外花弁。


 そして、巫女の前に残る一枚。


 離れた場所に浮かぶ盾が、一つの花を形作っているように見えた。


(これは……)


 俺が作った力ではない。


 俺の熱は流れている。


 だが、それへ形を与えているのは、神器とキイナだ。


 二十年前から、この土地を守り続けてきた五つの家。


 その中心で、代々、人と俺の言葉をつないできた巫女。


 五家と巫女が積み重ねてきた関係そのものが、六枚の盾になっていた。


「かしこみかしこみ。五護一巫六葉連環神火大護盾と――」


「フランさん、名前はあとにしてください!」


「かしこみかしこみ。承知いたしました!」


(本人に止められたぞ)


 地面が爆ぜた。


 盾列の足元から、炎と岩が噴き上がる。


 赤金色の花弁が、自ら角度を変えた。


 炎を正面から受け止めず、斜め上へ逸らす。


 ハロルドたちの頭上を、火と岩片が越えていった。


 ガルクたちのいる場所でも、地面が割れた。


 花弁が低く下がり、戦斧を構える者たちの前へ立つ。


 衝撃を受けた盾の表面へ、赤い亀裂が走った。


 だが、割れない。


「こっちも来る!」


 コーレリアの足元で、屋根瓦が浮き上がった。


 弓手たちを守る花弁が横へ倒れ、床のように全員を持ち上げる。


 直後。


 屋根を突き破って、炎が噴き上がった。


 花弁ごと、弓手たちの身体が宙へ押される。


「飛んでる!」


 ホムラが言う。


「状況の説明はいいから、つかまって」


 コーレリアが、ホムラの服を片手でつかむ。


「落とさないでね!」


「暴れなければ」


「それ、わたし次第なんだ!」


 二人を乗せた花弁が、炎の上を越え、別の屋根へ滑るように移った。


 残る二か所でも。


 クライスとジンを、木札ごと。


 セナの家族と負傷者たちを、天幕ごと。


 花弁が炎と岩から守っていた。


「全員います!」


 クライスが、盾の向こうで木札を押さえながら叫ぶ。


「盾列、剣と斧の列、弓手、治療所! 欠けている者はいません!」


「キイナ!」


 レンが娘を見る。


 キイナの手首へ、赤い線が浮かんでいた。


 神器を握る手のひらから、腕へ。


 炎で焼かれたような筋が、少しずつ伸びていく。


 六枚のうち一枚が衝撃を受けるたび、キイナの身体が揺れた。


「もうやめろ!」


「まだです!」


「身体がもたない!」


「今やめたら、皆さんの身体がもちません!」


 キイナは、神器を離さない。


 俺とつながる六本の道から、人々の位置が流れ込んでくる。


 ハロルド。


 ガルク。


 コーレリア。


 クライス。


 セナたち。


 戦いの振動に紛れ、今まで俺にはぼやけてしか分からなかった場所だ。


 六枚の盾を通して。


 そこに誰がいるのか。


 どこへ炎が迫っているのか。


 今は、はっきりと感じ取れる。


(キイナ。見える)


『はい』


(皆が、見えるぞ)


『なら、御山様』


 フランが運ぶ光景の中で、キイナが苦しさを押し隠すように笑った。


『出口を、お願いします』


 ◇ ◇ ◇


「赤い矢、追加!」


 移った屋根の上から、コーレリアが矢を放つ。


 地下の熱は、六枚の花弁を追うように向きを変えている。


 その道を、赤い矢が示していく。


「右へ二本! 左は囮!」


「囮って、どうして分かるの?」


 ホムラが尋ねる。


「左は草が乾いてるだけ。虫が逃げてない」


「虫が間違えてたら?」


「虫より先に逃げてたあなたが言う?」


「わたしは戻ってきたよ!」


「なら、虫より少し偉い」


「褒め方が独特!」


 コーレリアは答えず、次の矢を放つ。


 赤い矢が刺さった場所へ、獣型の魔物が飛び込んできた。


 火と煙に紛れ、弓手を狙っていたらしい。


「下!」


 コーレリアが叫ぶより先に、ホムラの矢が放たれる。


 矢は、獣型の前脚へ突き刺さった。


 魔物が地面を転がる。


「見えてた?」


「枝が揺れたから」


「……虫より偉い」


「今度は、わたしを褒めたよね?」


「今の矢だけ」


「一射ずつなの?」


「積み重ねは大事だから」


 別の魔物が、屋根へ飛びかかる。


 その前へ、ハロルドが予備の盾を突き出した。


 獣型の爪が、盾の表面を削る。


「ガルク!」


「見えてる!」


 盾の横から、戦斧が振るわれる。


 獣型の身体が、地面へ叩き落とされた。


「今度は隙間があったな!」


「盾が小さいからな!」


「その盾も悪くない!」


「あとで、じいちゃんに言ってくれ!」


「今言え!」


「戦いが終わってからだ!」


(その約束は、ちゃんと守れよ)


 俺は、赤い矢の下へ三本目の石筒を作った。


 炎が噴き上がる。


 ナキアが水を回し、クローシュが風で上へ押し出す。


 だが、まだ足りない。


 地下の火は、祈りの石床へ集まり始めていた。


 五か所へ分かれていた熱が、再び一つになっていく。


 隻眼のオーガは、俺たちが分散した火を防げると知った。


 だから、今度は。


 一点へ、すべてを集めようとしている。


「祈りの石床の下です!」


 ナキアが叫ぶ。


「今までより大きい! あそこで噴き出したら、六枚でも受けきれない!」


 祈りの石床には、避難民の多くが集まっている。


 全員を動かす時間はない。


「別の場所へ引けないか!」


 レンが尋ねる。


「出口が必要!」


「どこへ!」


 ジンは、木板へ目を落とした。


 祈りの石床。


 水路。


 家々。


 食料庫。


 どこへ逃がしても、人々の暮らしへ被害が出る。


 その指が、北側で止まった。


 第二防衛線として使っていた、石材置き場。


 すでに、人は退避している。


 積み上げられた石と。


 補修用の木材。


 冬までに建てる予定だった家々の資材が残っている。


「石材置き場へ流します」


 ジンが言った。


「全部、吹き飛ぶぞ」


 ダンの声は静かだった。


「石だけではない。乾燥させた木材も、道具もだ」


「はい」


「来年まで、直せない家も出る」


「直すのが来年になるだけです」


 ジンは迷わなかった。


「人さえ生きていれば、来年また作れます」


 ダンが、養子を見る。


「なら、やれ」


「はい」


「クライス!」


「石材置き場は無人です!」


 クライスが答える。


「北側の通路にも人はいません! 全員、祈りの石床より南へ下がっています!」


「御山様へ!」


 キイナが、神器の石突きを地面へ向ける。


『御山様。石材置き場へ』


『……でも、そこへ一気に逃がせば』


 大爆発になる。


 火山の俺には、分かる。


 今まで作った石筒とは違う。


 石材置き場そのものが、巨大な火口へ変わる。


『そのための盾です』


 キイナの声は震えていた。


『私が、皆さんを守ります』


『キイナまで壊れる』


『壊れません』


『でも』


『御山様』


 六枚の盾が、それぞれの場所から動き始める。


 五枚の外花弁が、祈りの石床へ戻ってくる。


 中心にいるキイナの一枚を囲むように、重なった。


 外側に五枚。


 中央に一枚。


 赤金色の花が、避難民の前で大きく開く。


『私も、守られてきたんです』


 キイナの周りには。


 盾がいる。


 刃がいる。


 目がいる。


 数える者がいる。


 傷を癒やす者がいる。


 そして。


 そのすべてを、俺へつなぐ巫女がいる。


『だから、今度は私の番です』


(……分かった)


 俺は、地下の岩盤を動かした。


 祈りの石床へ向かっていた熱の前へ、斜めに岩を差し込む。


 塞がない。


 流れを変える。


 一本。


 二本。


 地下へ岩の道を作り、火の魔力を北の石材置き場へ導いていく。


 隻眼のオーガが気づいた。


 地面へ刺していた金棒を引き抜こうとする。


(遅い)


 石材置き場の北端。


 崩れた岩壁際にある、ガルクが傷をつけた右脚の下へも、火の道を伸ばす。


 石材置き場の地面が、赤く光った。


「来るぞ!」


 レンの声。


 キイナが、神器を掲げる。


 六枚の花弁が閉じた。


 五枚が外側を覆い。


 中央の一枚が、最後までキイナの前へ残る。


 花が、蕾へ変わる。


 その内側で、人々が身を伏せた。


 そして。


 石材置き場が爆ぜた。


 炎と岩。


 土と木材。


 何もかもが、巨大な柱となって空へ吹き上がる。


 大地が揺れた。


 祈りの石床が波打ち、立っていた者たちが倒れる。


 炎の一部が、蕾となった盾へ襲いかかった。


 一枚目の花弁に、亀裂が走る。


 キイナの手首から伸びた赤い線が、肘へ届いた。


 二枚目。


 盾の端が欠ける。


 キイナの膝が、石床へ落ちた。


「お母さん!」


「触らないで!」


 駆け寄ろうとしたホムラへ、キイナが叫ぶ。


「今つながったら、あなたまで熱を受ける!」


「でも!」


「大丈夫だから!」


 大丈夫ではない。


 神器を通して伝わってくるキイナの鼓動は、痛いほど速い。


 三枚目。


 四枚目。


 外花弁が衝撃を分け合い、炎の向きを上へ逸らす。


 五枚目が、飛んできた大岩を受け止めた。


 盾の表面へ、蜘蛛の巣のような亀裂が広がる。


 それでも。


 最後の一枚。


 巫女を象徴する中央の花弁は、キイナと避難民の前へ残り続けた。


「まだ……です!」


 キイナが、神器を握り直す。


 六枚の盾が、再び開いた。


 受け止めた炎を、空へ放つ。


 赤金色の光が、火守村の上で大輪の花となった。


 やがて。


 爆発の音が遠ざかる。


 石材置き場だった場所には、巨大な穴が開いていた。


 積み上げられていた石も。


 木材も。


 道具も。


 ほとんど残っていない。


 だが。


 祈りの石床には、誰一人として炎に焼かれた者はいなかった。


「全員、います!」


 クライスが声を上げる。


「祈りの石床、治療所、第二防衛線の守備隊! 全員います!」


 その声を聞いた瞬間。


 六枚の花弁が、光の粒となって消えた。


 広がっていた六本の感覚も、一気に遠のく。


 キイナの身体が傾いた。


「お母さん!」


 今度は、ホムラが抱き止めた。


「熱い……」


 ホムラの手へ、キイナの腕の熱が伝わる。


 手のひらから肘まで、赤い線が走っていた。


 口元にも、細い血が滲んでいる。


「キイナ!」


 レンが駆け寄る。


「おじいちゃん、零歩!」


「分かっている!」


「でも、本当にくっついたら手当ての邪魔! セナさんたちを呼んで!」


「零歩なのか離れるのか、どっちだ!」


(レンも混乱してるな)


 セナの家族が、すぐにキイナの身体を支える。


 ナキアが神器へ触れないよう注意しながら、腕に浮かんだ赤い線を確かめた。


「少し熱かっただけです」


 キイナが言う。


「少しで、腕まで赤くはならないわ」


「でも、皆さんは無事です」


「それと、あなたの無茶は別の話よ」


「あとで叱ってください」


「その言葉、忘れないからね」


 強がる声に反して、キイナの呼吸は浅い。


 神器を介して伝わる鼓動も、速く、時折不自然に乱れていた。


 腕の火傷だけではない。


 力を通した道そのものが、身体の内側まで傷ついている。


 命の熱は、消えていない。


 それでも、キイナは立ち上がれなかった。


 神器だけは、両手で抱えたまま離さなかった。


 ◇ ◇ ◇


 隻眼のオーガが、初めて大きくよろめいた。


 石材置き場から噴き上がった炎の柱が、傷を負った右脚を下から捉えていた。


 焼いて塞いだ傷が開く。


 赤黒い血が、再び流れ始める。


 巨体が、右膝をついた。


 地面が揺れる。


 隻眼のオーガは金棒を地面へ突き立て、倒れることだけは避けた。


「膝をついた!」


 誰かの声。


「効いてるぞ!」


 歓声が上がりかける。


「まだだ!」


 レンが止めた。


「立てる! 武器を下ろすな!」


 隻眼のオーガは苦しんでいる。


 だが、フランが運ぶ光景の中で。


 その右目は、自分の傷ではなくキイナを見ていた。


 六枚の花弁が消えた場所。


 神器を抱えたまま、ホムラに支えられている巫女。


 隻眼のオーガの口元が、わずかに歪む。


(笑った?)


 力を見せつけられ。


 傷を負わされ。


 膝までつかされた。


 それなのに。


 あいつは、何かを得たように見えた。


(まさか、六枚の盾まで見たかったのか)


 どれほどの範囲を守れるのか。


 どれだけ使えば、キイナが動けなくなるのか。


 隻眼のオーガは、それすら確かめていたのかもしれない。


 立ち上がろうとする巨体へ、俺は意識を集中させる。


 その時。


 俺は、ようやく気づいた。


 石材置き場の爆発に塗り潰された北側の感覚が、戻っていない。


(……何だ?)


 隻眼のオーガの足音。


 流れ落ちる血。


 周囲を動く魔物。


 さっきまで拾えていた振動が、何一つ感じられない。


 そこに地面がないわけではない。


 地下を走った異質な火が、岩盤の細かな亀裂を焼き。


 俺が感覚を伸ばしていた地脈の道を、黒く固めていた。


 目を閉ざされたようだった。


 いや。


 地面へ触れていた耳を、焼かれた。


(フラン。北は?)


 返事がない。


(フラン?)


「かしこみかしこみ。煙が濃く、隻眼のオーガ周辺の確認が困難でございます。さらに、小型の魔物が左右へ分かれております」


(どこへ行った?)


「かしこみかしこみ。北門の外側へ散開。一部を見失いました」


 姿を隠すための煙。


 俺の感覚を奪うための地下の火。


 隻眼のオーガは、最初から二つを狙っていた。


「待って」


 屋根から下りてきたコーレリアが、北ではなく足元を見た。


「どうしたの?」


 ホムラが、キイナを支えながら尋ねる。


「煙」


「煙なら、北から――」


「違う」


 コーレリアは、祈りの石床の端を指した。


 敷石の隙間へ、細い煙が吸い込まれている。


 風は南へ吹いている。


 それなのに、煙は風へ逆らい、地面の下へ消えていた。


「下に、空洞ができてる」


 ナキアが、金属板を置く。


 だが、魔石は反応しない。


「魔力は感じない」


「だから、いないとは限らない」


 コーレリアが、弓へ矢をつがえる。


「魔法を使っていないだけかも」


 祈りの石床の下には、二十年前に塞いだ古い排水路がある。


 新しい水路へ切り替えて以来、使われていない道だ。


 石材置き場の爆発で、その北端が割れていた。


 俺は、排水路へ意識を伸ばす。


 だが。


 何も分からない。


 北側から続く地面の感覚が、途中で完全に途切れている。


 静かだった。


 静かすぎた。


 コーレリアの矢先は、煙を吸い込む敷石へ向けられている。


 皆の視線も、そこへ集まっていた。


 その反対側。


 祈りの石床の南端。


 キイナたちの背後で。


 フランが運ぶ光景の端にあった敷石が、ほんの少し持ち上がった。


 誰も、まだ気づいていない。


 キイナは神器を握っている。


 だが、立つことができない。


 レンは北を警戒し。


 ハロルドとガルクは、第二防衛線の守備隊を守っている。


 クライスは、全員いることを確かめたばかりだった。


 欠けた者はいない。


 だからこそ。


 誰も、守りの内側へ増える一体を数えてはいなかった。


 敷石の下から。


 灰色の細い指が、音もなく伸びる。


 その爪が、石の縁へかかった。


(キイナ――!)


 声を送ろうとした瞬間。


 敷石が跳ね上がった。


 隻眼のオーガが狙っていたのは、大地を壊すことだけではない。


 地の底から、俺の耳を奪い。


 守りの内側へ。


 敵の道を開くことだった。

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