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【火山転生】目覚めたら火山そのものだった〜マグマの力で最強の聖地を作ったら、麓に国ができていました〜  作者: 尾の長い虎(てぃが)
第一章:建国編

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59.盾の後ろの刃

いつも誤字脱字報告や評価をありがとうございます。

 隻眼のオーガが、金棒を振り下ろした。


 フランが運ぶ光景の中で、その軌道は先頭に立つハロルドへ向かっている。


 その後ろには、北門を守る盾の列がある。


 だが、人間の盾で受け止められる重さではなかった。


『キイナ! 右へ下がらせろ!』


「ハロルド、右へ!」


 キイナの声が届く。


 だが、ハロルドは動かなかった。


 左右の者たちは退けた。


 それでも、ハロルドの背後には、転んだ者が一人残っている。


「今どいたら、後ろが潰れる!」


「盾を捨てろ!」


 ガルドが叫ぶ。


「盾を捨てたら、俺まで潰れるだろ!」


(それはそうなんだけど、言い返している場合か!)


 俺は、振り下ろされる金棒の真下へ意識を集中させた。


 止められない。


 なら、狙いをずらす。


 地面を突き破り、一本の太い岩杭を斜めに押し上げた。


 岩杭の先端が、落ちてくる金棒の腹へぶつかる。


 岩が砕けた。


 だが、その一瞬の抵抗で、金棒の軌道がわずかに左へ逸れる。


「伏せろ!」


 ハロルドが大盾を斜めに構えた。


 金棒が、盾列の左脇へ落ちる。


 大地が陥没した。


 土と岩が円を描いて吹き上がり、衝撃が北門まで駆け抜ける。


 盾を構えた者たちの足が浮いた。


 何人かが後ろへ転がる。


 ハロルドの大盾にも、砕けた岩片が雨のように打ちつけられた。


「ぐっ……!」


 盾の裏で身体を丸め、ハロルドが耐える。


 直撃は避けた。


 ガルドの家族が盾の陰で倒れていた者を引き起こし、後方へ運ぶ。


 それでもハロルドは腕を痺れさせ、片膝をついていた。


 金棒が落ちた場所には、荷車が丸ごと入るほどの窪みができている。


「かしこみかしこみ。御山の神槍が悪鬼の一撃を逸らし、若き盾の継承者が――」


(フラン。隻眼のオーガを見てくれ!)


「かしこみかしこみ。すでに金棒を引き抜いております」


(早いな!)


 地面へ深く埋まったはずの金棒が、土煙をまとって持ち上がる。


 隻眼のオーガは、今の一撃で倒せなかったことへ怒っている様子もない。


 残った右目が、俺の押し出した岩杭を見ていた。


 どうすれば俺が力を使うのか。


 どれほどの速さで地面を動かせるのか。


 確かめている。


「立てる者は立て! 盾列を戻せ!」


 レンの声が響いた。


 ハロルドが立ち上がり、大盾を構え直す。


 隻眼のオーガは追撃しなかった。


 代わりに、低く長い咆哮を上げる。


 岩壁の穴の向こうで待っていた魔物たちが、一斉に動き出した。


 獣型。


 小鬼型。


 猪に似た魔物。


 種類の違う魔物たちが、隻眼のオーガの左右をすり抜け、崩れた岩壁から火守村へ押し寄せてくる。


「前へ出すな!」


 ジンが木板を抱えたまま叫ぶ。


「隻眼のオーガは御山様が遅らせてくださる! 俺たちは、小さい方を一体も門へ通さない!」


(小さいといっても、人間より大きいのが混じってるぞ)


 それでも、あの隻眼のオーガと比べれば小さい。


 ハロルドたちが盾を並べる。


 ミレアの家族が岩の高みから矢を放つ。


 先頭の魔物が矢を受けて怯んだ瞬間、盾の隙間から槍が伸びた。


 横へ回り込もうとした獣型へ、剣が振るわれる。


「第一列、二十三人! 三人が倒れています! 負傷者を下げ、消耗の激しい三人も交代! 代わりの六人を前へ!」


「俺は数に入ってるか!」


 盾を構えた男が叫ぶ。


「戦列に残っているなら入っています!」


「半分座ってるぞ!」


「なら、半人として数えろって言うんですか!」


「そんな器用な数え方ができるなら頼む!」


(今は一人でいいと思う)


 クライスは男を一人として数え、交代要員を前へ送った。


 ばらばらに戦わせない。


 誰が前にいて。


 誰が負傷して。


 何人がまだ動けるのか。


 クライスの声が、混戦の中で人の流れをつなぎ止めていた。


 先頭の盾へ、猪型の魔物が突進する。


「ハロルド!」


「来い!」


 ハロルドが身体ごと盾を前へ押し出した。


 牙と大盾が激突する。


 固められた地面の上で、靴が半歩滑った。


 だが、下がらない。


「止めた!」


 ガルドの声。


 続けて、バルクが叫ぶ。


「ハロルドが止めた! ガルク、斬れ!」


 盾の後ろから、一人の男が飛び出した。


 幅広の刃を持つ、重い戦斧。


 普通の者なら両手で持ち上げるだけでも苦労しそうな武器を、男は肩へ担いでいる。


 バルクの孫、ガルクだ。


 ハロルドの盾へ牙を押しつけていた魔物が、ガルクへ目を向ける。


 遅い。


「おおっ!」


 戦斧が、横から振り抜かれた。


 分厚い刃が、猪型の魔物の前脚へ食い込む。


 刃が骨へ届き、鈍く重い音が響いた。


 片脚を支えられなくなった魔物が、盾の横へ倒れ込む。


 ガルクは追撃しない。


 戦斧を引き抜くと、倒れた魔物の身体を足場にして後ろへ跳んだ。


 その場所へ、別の獣型の爪が落ちる。


「もっと右を空けろ、ハロルド!」


「盾役に隙間を作れと言うな!」


「お前の盾が大きすぎて、敵が見えない!」


「だったら勘で斬れ!」


「俺の斧を勘で振らせるな! お前ごと斬るぞ!」


「それだけは見て振れ!」


(仲がいいのか悪いのか、分からないな)


 だが、二人の動きに迷いはない。


 ハロルドが受ける。


 ガルクが盾の陰から踏み込み、戦斧で魔物の脚を斬る。


 倒すために、深追いはしない。


 次の魔物が来る前に、必ず盾の後ろへ戻る。


 かつて、バルク自身がレンから教えられた。


 勝ってその場へ立つために振るうのではない。


 皆で帰る道を開くために、剣を振るえと。


 その教えが、剣から戦斧へと形を変え、孫へ受け継がれていた。


 ◇ ◇ ◇


 隻眼のオーガが、金棒を横へ構えた。


(まずい)


 前には、小型の魔物と戦う者たちがいる。


 金棒を横薙ぎに振るわれれば、敵も味方も関係なく巻き込まれる。


 それでも、隻眼のオーガは構わないらしい。


 むしろ、前へ出た魔物ごと盾列を砕くつもりだ。


「下がれ!」


 レンが叫ぶ。


 しかし、盾の前には魔物がいる。


 背を向ければ、追いつかれる。


「二本、打ちます!」


 岩の高みから声が届いた。


 ミレアの家族が、白い布を結んだ矢を放つ。


 一本目が、人間と魔物の間へ。


 二本目が、盾列の左側へ刺さる。


 フランがすぐに位置を確かめた。


「かしこみかしこみ。二矢の周辺に人影なし!」


(分かった)


 俺は一本目の矢の場所へ、低い岩の段差を作った。


 魔物たちの足が取られる。


 倒れた魔物を越えられず、後ろから来た群れが詰まった。


 盾列との間に、わずかな隙間が開く。


「今だ、下がれ!」


 ハロルドたちが盾を向けたまま後退する。


 ガルクは最後まで前へ残り、段差を越えようとした小鬼を戦斧の柄で突き落とした。


 隻眼のオーガの金棒が動く。


 空気を押し潰す音。


 俺は二本目の矢が刺さった場所から、岩を押し上げた。


 一枚の壁ではない。


 金棒の進路へ、斜めに並ぶ何本もの岩柱。


 山体から突き出した、岩の肋骨だ。


 横薙ぎの金棒が、一本目を砕く。


 二本目。


 三本目。


 岩柱が次々と折れ、そのたびに金棒の勢いが削られていく。


 最後の一本まで砕かれた。


 それでも金棒は止まらなかったが、幾度も弾かれた軌道は、盾列の手前をわずかに外れた。


「盾!」


 ハロルドが大盾を斜めに構える。


 金棒そのものではない。


 岩柱を砕いた衝撃と、飛び散った石片が盾列へ襲いかかった。


 ハロルドの盾へ、大きな岩片が当たる。


 ばきり、と。


 嫌な音がした。


 盾の中央に、縦の亀裂が走る。


「ハロルド!」


「まだ持つ!」


「それは盾の返事か、お前の返事か!」


 ガルクが、ハロルドの背負い革をつかんだ。


 そのまま、後ろへ引き倒す。


 直後、二つ目の岩片が、ハロルドの立っていた場所へ落ちた。


「何するんだ!」


「盾は持っても、お前の頭まで持つとは限らない!」


「頭もまだ持ってる!」


「なら使え!」


(言ってることは正しい)


 ガルドが、亀裂の入った盾を見た。


「ハロルド。後ろへ回れ」


「まだ戦えます」


「盾は壊れかけている」


「身体は壊れてません」


「盾のない盾役は、ただの大きな的だ」


 ハロルドが言葉を失う。


 その横から、予備の盾が差し出された。


 ガルドの家族が運んできた、一回り小さな盾だ。


「……小さい」


「文句があるなら、敵に大きさを合わせてもらえ」


「頼んだら聞いてくれるかな」


「聞いてくる間に頭を潰されるぞ」


 ハロルドは、ひび割れた大盾を下げ、予備の盾を受け取った。


「軽い」


「なら、いつもより速く動け」


「じいちゃん、たまにいいこと言うね」


「たまにとは何だ」


 ガルクが戦斧を肩へ担ぎ直す。


「話が終わったなら、来るぞ」


 隻眼のオーガが、金棒を引いていた。


 だが、すぐには振らない。


 残った右目が、岩柱の並んでいた位置を見ている。


 また、確かめられた。


 人が矢で場所を示し。


 俺がそこへ岩を出す。


 隻眼のオーガは、俺たちの連携まで見始めていた。


 ◇ ◇ ◇


「御山様」


 ジンが、崩れた岩壁と隻眼のオーガの足元を見比べる。


「右足を、止められますか」


『……止めても、すぐ壊される』


 キイナが俺の言葉を伝える。


「御山様でも、長くは止められないそうです」


「一瞬で十分です」


 ジンは前線へ目を向けた。


「レンさん。一度だけ、隻眼のオーガへ攻撃を集中させます」


「倒せると思うか」


「いいえ」


 ジンは迷わず答える。


「ただ、傷をつけられる相手だと、皆に示したい」


 守っているだけでは、いずれ押し切られる。


 こちらの岩壁は壊される。


 盾も武器も、人間の体力も有限だ。


 隻眼のオーガに傷一つ与えられないままでは、恐怖だけが膨らんでいく。


「誰を出す」


 レンの問いへ、ジンはガルクを見る。


 ガルクも、その視線に気づいた。


「俺か」


「その戦斧で、脚を狙ってほしい」


「随分、大きな木を切らせるな」


「木より硬いと思う」


「それは振る前に聞きたくなかった」


 ガルクは、戦斧の刃を確かめる。


「戻る道は?」


「ハロルドが作る」


「盾が小さくなったぞ」


「動くのは速くなった」


 ハロルドが、予備の盾を叩いた。


「帰り道くらいは守れる」


「俺が踏み潰したら?」


「その時は、盾の修理代に上乗せする」


「命の値段が安いな」


「友達価格だ」


(そこは高くしてやれ)


 ジンが作戦を伝える。


 俺が右足を止める。


 ホムラが、狙う場所を矢で示す。


 クローシュはガルクの踏み込みへ、一度だけ風を送る。


 ハロルドは周囲の魔物を防ぎ、ガルクが戻る隙間を守る。


 攻撃は一度。


 傷が浅くても、追わない。


 必ず戻る。


「勝ちに行くんじゃない」


 バルクが、ガルクの肩を叩く。


「道を開けて、帰ってこい」


「分かってる」


 ガルクは戦斧を両手で握る。


「斧を置いて帰ってもいいか?」


「駄目だ」


「俺より斧が大事なのか?」


「斧を置くなという言葉には、お前も戻れという意味が含まれている」


「最初から、そう言ってくれ」


「分かると思った」


「家族だからって、何でも分かると思うなよ」


「なら、斧と一緒に戻れ」


「分かりやすい」


 ガルクが前へ出る。


 ホムラも、岩の高みで矢をつがえた。


 フランが伝える姿では、隻眼のオーガの右膝裏に、巨体を支える太い筋が走っている。


「狙うよ」


「近くに人はいないな?」


 レンが確かめる。


「いない」


 ホムラが息を止めた。


 赤い布を結んだ矢が放たれる。


 矢は隻眼のオーガの脚へ届く前に力を失い、膝裏の下にある地面へ突き刺さった。


 狙う場所を知らせるには、それでいい。


『……行く』


 俺は、隻眼のオーガの右足を囲むように岩を押し上げた。


 足首の前。


 後ろ。


 左右。


 四方から岩がせり上がり、巨大な足へ食い込む。


 隻眼のオーガが右足を持ち上げようとする。


 岩が軋む。


(止まれ!)


 さらに下から岩盤を重ねる。


 隻眼のオーガの身体が、初めて傾いた。


 右足を引き抜こうとした反動で、膝がわずかに曲がる。


「今だ!」


 ジンの声。


 ハロルドが前へ出た。


 小鬼型の棍棒を盾で受け、横へ弾く。


 獣型が飛びかかる。


 盾の端を突き上げ、顎を打った。


「道は開けた!」


「見えてる!」


 ガルクが駆ける。


 重い戦斧を持っているとは思えない速さだった。


 崩れた岩が足元を塞ぐ。


 俺は、その前へ一段の石を持ち上げた。


 ガルクが踏む。


 二段目。


 三段目。


 巨体の膝裏へ届く高さまで、短い岩の階段をつなぐ。


「クローシュ!」


「一度だけだぞ!」


 短い杖が振られる。


 風が、ガルクの背中を押した。


「思ったより強い!」


「弱いよりいいだろう!」


「着地するのは俺だぞ!」


 風に押し出され、ガルクの身体が最後の岩を離れた。


 隻眼のオーガが、右目を動かす。


 ガルクへ気づいた。


 空いている拳が振り下ろされる。


「ガルク!」


 ハロルドの声。


 ガルクは逃げなかった。


 空中で腰を捻り。


 戦斧の重さまで勢いへ変え。


 赤い布の矢が示した、右膝の裏へ振り下ろす。


「おおおおおっ!」


 戦斧が、隻眼のオーガの皮膚へ食い込んだ。


 硬い。


 分厚い皮膚の下には、岩のような筋肉がある。


 刃は脚を断つどころか、半分も埋まらない。


 だが。


 赤黒い血が噴き出した。


 巨大な一滴が地面へ落ち、重い音を立てて岩肌を濡らす。


(届いた)


 人間の武器が。


 あの巨体へ、初めて傷をつけた。


 隻眼のオーガの拳が迫る。


「戻れ!」


 ガルクは戦斧を捻り、傷口から引き抜いた。


 そのまま、俺が押し上げた岩の階段へ着地する。


 だが、隻眼のオーガが右足を強引に引いた。


 拘束していた岩が砕ける。


 岩の階段も崩れ、ガルクは段を二つ、三つと転がり落ちた。


 最後の足場が砕け、身体が宙へ投げ出される。


「うわっ!」


 その落下先へ、ハロルドが滑り込んだ。


 盾を背中へ回し、両腕でガルクを受け止める。


 二人まとめて地面を転がった。


「重い!」


「斧を持ってるからな!」


「斧を離せ!」


「置いて帰るなって言われた!」


「今だけは置け!」


「家族の言葉と、友達の言葉、どっちを聞けばいい!」


「下にいる方だ!」


(それはハロルドだな)


 ガルクが立ち上がる。


 戦斧も握ったままだ。


 ハロルドも盾を構え、二人で後ろへ下がる。


 小鬼型の魔物が追おうとする。


 バルクの投げた短剣が、その足元へ刺さった。


「戻れ!」


 ガルクとハロルドが盾列の内側へ飛び込む。


「二人、帰還!」


 クライスの声が響いた。


「負傷は!」


「尻を打った!」


 ガルクが答える。


「俺は下敷きになった!」


 ハロルドも続く。


「動けるなら、いったん二人とも軽傷として記します! セナのところで診てもらってください!」


「尻は大事だぞ!」


「戦いが終わってから詳しく聞きます!」


(詳しくは聞かなくてもいいと思う)


 前線から、歓声が上がった。


 倒したわけではない。


 傷も、あの巨体からすれば小さい。


 それでも、隻眼のオーガの脚から流れた血が、地面へ落ちている。


 絶対に届かない相手ではない。


 人間たちの武器でも、傷を刻める。


 恐怖に縛られていた足へ、もう一度力が戻る。


「かしこみかしこみ。若き戦斧の継承者が、御山の階を駆け、風を背負い、悪鬼の巨躯へ人の刃を――」


(今のは、少しだけ最後まで聞いてもよかったな)


「かしこみかしこみ。では、最初から――」


(もういい)


 ◇ ◇ ◇


 隻眼のオーガは、叫ばなかった。


 怒りもしない。


 右膝をわずかに曲げ、傷口へ手を伸ばす。


 拳に、赤い炎が灯った。


「また火の魔法!」


 ナキアが叫ぶ。


「散開して!」


 だが、炎は投げられなかった。


 隻眼のオーガは、燃える手を自分の傷口へ押し当てる。


 肉の焼ける音。


 流れていた血が、一瞬で止まった。


「傷を……焼いて塞いだ?」


 ホムラの声が揺れる。


「細かく扱えるのか」


 クローシュが唇を噛む。


「ただ大きな炎を作れるだけじゃない。流す魔力も、熱も、狙って変えている」


 隻眼のオーガが手を離す。


 傷は残っている。


 右脚も、わずかに庇っている。


 それでも、出血は止まった。


 次に。


 残った右目が、ガルクへ向く。


 戦斧。


 ハロルドの盾。


 クローシュの杖。


 俺が作った岩の階段。


 一つずつ、確かめるように見ていく。


 最後に、その視線がキイナで止まった。


 キイナが持つ神器の結晶は、俺が力を使うたびに強く脈打っている。


(気づいたのか)


 あいつは、キイナ個人を見ているんじゃない。


 俺と人間たちの間にある、細い道を見つけた。


 誰が俺へ情報を伝え。


 誰を通して、俺が動いているのか。


 フランが運ぶ光景の中で、隻眼のオーガの右目が細くなる。


「キイナを下げろ!」


 レンが槍を構え、娘の前へ出る。


「お父さん、今さら何歩以内?」


「一歩だ」


「昔より近くなってるよ」


「相手が大きくなった」


「理由になってるようで、なってないよ」


(でも、気持ちは分かる)


 キイナは神器を握ったまま、祈りの石床へ向かって後退する。


 ホムラも、その横へついた。


「わたしも一歩以内?」


「お前はキイナから離れるな」


「お母さんから何歩?」


「離れるな」


「歩数で教えて」


「零歩だ!」


「それ、くっついてるよ!」


 レンは答えず、槍を隻眼のオーガへ向けたまま下がる。


 緊張の中でも、周囲から小さな笑いが漏れた。


 ジンは、その間に次の指示を出している。


「第一列を下げます! 北門の内側、石材置き場を第二防衛線にする!」


「まだ盾は立つ!」


 ハロルドが言う。


「ここで下がったら、魔物が門まで来る!」


「もう大盾じゃない」


 ガルドが孫の肩へ手を置いた。


「今の盾で、あの金棒を受ける気か」


「受けなきゃ、後ろに届く」


「盾は、その場で死ぬために持つんじゃない」


 ガルドの声は静かだった。


「後ろの者を、生きて下がらせるために持つんだ」


 ハロルドが黙る。


「守る者が下がったあとに、お前も下がれ。それまで立て。終わったら、必ず戻れ」


「……分かった」


「返事が小さい」


「分かった!」


 今度は、大きな声が返った。


「クライス。退く順番を!」


 ジンの指示を受け、クライスが木札を分ける。


「負傷者から先に! 次に、弓手と魔力を消耗した者を第二線へ! 盾は二組に分かれて、交互に下がってください! 剣と斧は、開いた場所を埋める!」


「斧は一本しかないぞ!」


 ガルクが言う。


「なら、一本で足りる場所だけ埋めてください!」


「急に難しいことを言うな!」


「さっき、隻眼のオーガに当てた人でしょう!」


「当てたあと尻から落ちた!」


「そこは報告済みです!」


(クライスは、よく聞いているな)


 撤退が始まる。


 人が一斉に背を向けない。


 一方の盾が止まり。


 もう一方が下がる。


 下がった盾が構え直したら、前の盾が移動する。


 その隙間から入ろうとする魔物を、ガルクの戦斧とバルクたちの剣が追い払う。


 俺も足元へ低い岩を押し上げ、魔物の進路だけを狭くした。


 一本の道へ集めれば、人間たちは少ない盾でも受け止められる。


「第一列、二十三人!」


 クライスが数える。


「一組目、十一人が第二線へ到着!」


「残り十二!」


「十二人、全員動いています!」


 一人ずつ。


 一組ずつ。


 誰も取り残さないように、人の守りが後ろへつながっていく。


 最後に残ったのは、ハロルドとガルク。


 ハロルドが盾で獣型の爪を防ぐ。


 ガルクが、その横から戦斧を振るい、魔物を後退させた。


「先に行け!」


「盾役を置いていけるか!」


「斧役が残って何を守る!」


「お前が下がる隙間だ!」


「それは俺の役目だ!」


「役目が重なったなら、二人で下がればいいだろ!」


 一瞬、二人の声が止まる。


「……それもそうだな」


「最初から気づけ!」


 二人が同時に後退する。


 俺は、その前へ低い岩壁を押し上げた。


 追っていた魔物たちの姿が、ほんの一瞬遮られる。


 二人が北門を越え、第二防衛線へ飛び込んだ。


「第一列、全員帰還!」


 クライスの声が響く。


「第二防衛線、欠員なし!」


 ジンが深く息を吐く。


 だが、隻眼のオーガは追ってこない。


 崩れた岩壁の前で、金棒を地面へ下ろしていた。


 その周囲では、小型の魔物たちが左右へ離れ始めている。


「退いていく?」


 ホムラが弓を構えたまま呟く。


「違う」


 ナキアが、地面へ置いた金属板を見る。


 板の上に刻まれた細い線が、赤く光っている。


「魔力が集まってる」


「拳じゃない」


 クローシュも杖を地面へ当てた。


「金棒だ」


 隻眼のオーガが、金棒を握り直す。


 太い柄から、先端へ炎が広がっていく。


 赤い火が金属を包み。


 やがて、見張り台より大きな炎の柱へ変わった。


 それを見た魔物たちが、さらに遠ざかる。


 命令されなくても、巻き込まれると知っているように。


「また岩壁へ叩きつけるつもりか?」


 レンが前へ出る。


(いや)


 フランが運ぶ構えは、先ほどまでとは違う。


 金棒は、横へ向けられていない。


 門にも。


 盾列にも。


 キイナにも向いていない。


 真下だ。


 俺は、金棒へ集められた熱の行き先を感じ取った。


 地表を焼くだけの火ではない。


 岩の亀裂へ。


 地下の空洞へ。


 地面の下へ、魔力を押し込むつもりだ。


 さっきは、岩壁の内側を爆発させた。


 今度は。


 人間たちが立つ場所の下を、丸ごと砕くつもりだ。


(次は、盾じゃない)


 隻眼のオーガが、炎をまとった金棒を振り上げる。


(皆が立っている大地ごと、壊すつもりだ)

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