《神話断章1》火竜招来
夜だった。空は黒く、冷たい風が村を叩いていた。だが静寂はない。響いているのは悲鳴だった。
「東門が破られたぞ!」
「魔物が入ってくる!!」
「子供たちを下がらせろ!」
村は燃えていた。
木柵は崩れ、家々は炎に呑まれている。
魔物の群れが村人に襲いかかる。
狼型の獣、巨大な牙、赤い瞳。どれも人を喰らう化け物だった。
「ぎゃあああっ!」
一人が喉元を噛み裂かれた。泣き声、悲鳴、絶叫。絶望が村を覆っていた。
「もう持たない!」
「西側も破られた!」
誰もが終わりを悟った。
「巫女様!」
広場の中央で、一人の少女が立っていた。白い衣に長い黒髪。まだ若い。だが、その瞳には不思議な強さがあった。
「巫女様! お逃げ下さい!」
「ここは危険です!」
村人が叫ぶ。だが少女は動かない。燃え盛る村の向こう、遥か遠くを見つめていた。
山。
夜空の彼方にそびえる巨大火山。村人たちが畏れ、敬い、祈りを捧げてきた神の山だった。
少女が静かに呟く。
「……来る」
その直後、大地が脈打った。
どくん。
全員が息を呑む。
地面が揺れた。
「な、なんだ……?」
村人たちが火山を見上げる。黒かった山肌が、ゆっくりと赤く染まり始めていた。山腹を走る紅い光は、巨大な血管のように脈打っている。
風が止み、熱が満ちる。
少女の瞳に赤い光が映った。
「火山様……」
祈るような声だった。
直後、火山が吠えた。
轟音。
天地を揺るがす咆哮とともに、噴煙が夜空へ突き上がる。赤い閃光が走り、空が裂けたように見えた。
魔物たちが一斉に動きを止めた。
空から炎が落ちる。
いや、違う。
翼だった。
巨大な紅蓮の翼が夜空を焼きながら舞い降りる。
そこにいたのは、一体の火竜だった。
紅蓮の鱗。黄金の瞳。巨大な翼が広がるたび、熱風が村を吹き抜ける。神話の生き物。伝説そのものだった。
一匹の魔狼が飛びかかる。
火竜は視線すら向けない。ただ口元から熱を漏らした。
次の瞬間。
轟ッ!!
紅蓮の炎が大地を薙ぎ払った。
魔物の群れが、一瞬で消し飛ぶ。
焼ける。砕ける。消える。
圧倒的だった。戦いですらない。蹂躙だった。
村人たちは呆然と立ち尽くす。
火竜は静かに村へ降り立った。その黄金の瞳が、広場の少女を見つめる。少女もまた、まっすぐ見返していた。
恐怖はなかった。ただ確信があった。
この存在を知っている。
夢の中で何度も見てきた。燃える瞳、紅蓮の翼、炎を従える守護者。
少女の目に涙が滲む。
「……本当に、いたんですね」
火竜の背後、遥か遠く。噴煙の向こうに巨大火山がそびえていた。赤く輝く神の山を前に、少女は静かに膝をつく。
「ありがとうございます」
震える声で祈る。
「火山様」
火竜が咆哮した。その声は、神の代弁のように夜空へ響き渡る。
この時、まだ誰も知らない。
災害として恐れられた火山が、やがて国を生み、信仰を生み、神話の中心になることを。
そして、その火山の中に――
一人の男がいることを。
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