↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【火山転生】目覚めたら火山そのものだった〜マグマの力で最強の聖地を作ったら、麓に国ができていました〜  作者: 尾の長い虎(てぃが)
第一章:建国編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
58/70

57.魔物の親玉

いつも誤字脱字報告や評価をありがとうございます。

新キャラ多くてすみません。

 三十九人。


 北の水路集落を出た人数だ。


 火守村へたどり着いたのは、三十七人。


 門のそばに置かれた木板には、埋まらない印が二つ残されていた。


「いないのは、水門番の爺さんだ」


 避難民の一人が、荒い息を整えながら答える。


「足が遅れていたから、若い猟師が迎えに戻った。それから、二人とも見ていない」


 水門番の老人と、迎えに戻った猟師。


 二人がどこにいるのか。


 生きているのか。


 片目の親玉が率いる魔物の軍勢が、どこまで近づいているのか。


 何一つ分からない。


「助けに戻らせてくれ」


 避難してきた男が、北門へ向かおうとする。


「爺さんには、うちの子が何度も世話になってるんだ」


「俺も行く!」


「二人なら、まだ近くにいるかもしれない!」


 声が重なり、三十七人のうち、動ける者たちが立ち上がる。


 その前へ、ジンが立った。


「迎えには行きます」


「なら、俺たちも――」


「三十七人全員を、もう一度危険へ戻すつもりですか」


 強い声ではなかった。


 だが、動きかけた者たちの足が止まる。


「二人を見捨てるつもりはありません。ただし、誰がどこへ行ったのか分からないまま人を増やせば、今度は足りない人数が二人では済まなくなる」


 ジンは木板の上へ、新しい木札を置く。


「集落から逃げてきた者は、避難場所へ。道を知っていて戦える者だけ、救援隊へ加わってください。出る前に全員の名を記し、戻った時も一人ずつ数えます」


「でも、どこを探す?」


 避難民の問いに、誰もすぐには答えられなかった。


 街道の橋は落とされ、脇道も倒木で塞がれている。


 道を外れて森へ入れば、魔物と出会わなくても方角を失うかもしれない。


「古い水門なら、抜け道があるよ」


 ホムラが、木板の端を指で叩いた。


「水路の横に、今は使われていない排水路があるの。雨が降っていなければ、人が歩けるくらいの幅は残ってるはず」


「どこへつながっている?」


「古い石切り場」


「二人が、そこへ逃げたと思うのか?」


「水門番のお爺さんなら知ってると思う。森で魔物に追われたら、広い街道より、あそこへ入った方が見つかりにくいから」


 ホムラの指が、木板に記されていない場所をなぞる。


 遊び半分で森へ入り、獣道を走り回ってきた記憶が、今は人を連れ戻すための地図になっていた。


「わたしが案内する」


「駄目」


「行かせない」


「別の者に道を伝えてくれ」


 キイナ、レン、ジンの声が、ほとんど同時に重なった。


「まだ最後まで言ってない!」


「最後まで聞いても、北へ行く話でしょう」


「三つ岩まで案内して、そこから戻るって言おうとしたの」


「本当に?」


 キイナが娘の顔を見る。


「……石を三つとも越えない」


「石は越えなくても、横を通るつもりだったでしょう」


「お母さん、わたしのこと疑いすぎじゃない?」


「十六年、一緒に暮らしているからね」


(積み重ねた信用の使われ方が、逆だな)


 緊張していた者たちから、わずかな笑いが漏れる。


 だが、それも長くは続かなかった。


 北の森から、枝が続けて折れる音がした。


 一度。


 二度。


 そこで途切れ、今度は少し東の茂みが揺れる。


 火守村へ向かっているようにも、こちらの動きを探っているようにも聞こえた。


「来るぞ」


 レンが北門へ向き直る。


「救援隊を出すなら、急げ。ただし、全員を北へ回すな。あいつらは、俺たちがどこへ動くか見ている」


 ジンが頷く。


 バルクの子を先頭に、七人の救援隊が選ばれた。


 前を探る者。


 魔物を食い止める者。


 負傷者を運ぶ者。


 火守村へ戻って状況を知らせる伝令。


 その一人ずつを、スワイスの孫ーークライスが木札へ記していく。


「七人。戻った時も、七人です」


「二人を見つけたら?」


 ホムラが尋ねる。


「九人です」


「分かってるなら大丈夫」


「分かっていないと思われてたのか?」


「今の言い方だと、七人で帰ってきそうだったから」


「置いてこないよ!」


(そこは、確認しておいてもいいかもしれない)


 警告用の小さな鐘を持った伝令が、最後尾へつく。


 救援隊はホムラから排水路までの道を聞き、北門を出た。


 七人の足音が、少しずつ遠ざかっていく。


 クライスは、その音が聞こえなくなっても、木札から目を離さなかった。


 ◇ ◇ ◇


 北門の前で、冒険者たちが防衛線を組み始める。


 ガルドの家族が盾を並べ、その後ろへミレアの家族が弓を持って立つ。


 バルクの家族は、門へ近づいた魔物を横から斬り払える位置へ。


 セナの家族は、負傷者をすぐに下げられるよう、担架と薬を門の内側へ揃えた。


 その中へ、二人の男女が加わった。


 くたびれた外套の内側へ短い杖を差した男、クローシュ。


 腰に小さな魔石や金属板をいくつも提げた女、ナキア。


 二人とも、この二十年の間に、ネスの紹介で砂漠連邦から火守村へ移り住んだ者だ。


 クローシュは、かつて支援魔法を専門とする冒険者として各地を回っていた。


 ナキアは、魔法道具と魔法陣を扱う職人だ。


 火守村の保存庫や水場にも、彼女が手を加えた道具が使われている。


 二人は、火守村で魔法の使い方を教えることのできる、数少ない者でもあった。


「地面を固める。土を生み出そうとするな。今あるものを動かす方が、魔力を使わずに済む」


 クローシュが、ガルドの孫へ指示する。


 若者が地面へ両手を向けると、俺の山体とは異なる、小さな魔力の流れが土へ染み込んだ。


 盾が置かれている場所の土が締まり、靴の裏が沈まなくなる。


 だが、固まったのは荷車一台分ほどの範囲だけだった。


「これだけ?」


 ホムラが言う。


「これだけとは何だ。盾を三枚置ける」


「御山様なら、門の前全部を岩にできるよ」


「俺を御山様と比べるな。こっちは人間だ」


(比べられても、俺も困る)


 クローシュは、若者の肩を軽く叩く。


「今ので十分だ。広く固めようとするより、必要な場所だけ確実に固めろ。魔力を使い切った人間は、立っているだけの荷物になる」


「先生も使い切ったら、運んでもらうの?」


「俺は使い切る前に休む」


「賢い逃げ方ですね」


「魔力の管理と言え」


 少し離れた場所では、ナキアが水桶を盾の後ろへ並べていた。


「水を一から作ろうとしないで。桶の水を薄く広げ、盾へ沿わせるだけでいい」


 セナの孫が杖を向ける。


 桶から持ち上がった水が、揺れながら盾の表面へ張りついた。


 膜と呼ぶには厚く、水壁と呼ぶには薄い。


「これで、火を止められる?」


 ホムラが覗き込む。


「小さな火の息なら、一度は」


「一度だけ?」


「一度を耐えれば、その間に逃げられるでしょう」


 ナキアは、濡れた盾を指で叩いた。


「魔法は、何でも解決する力ではないわ。人ができることを、ほんの少し広げるためのものよ」


「御山様とは、やっぱり違うんだね」


「御山様を魔法の基準にしないで」


(さっきも聞いたな)


 火守村で魔法を扱える者は、クローシュとナキアだけではない。


 スワイスたちの子や孫にも、簡単な魔法を使える者が二、三人いる。


 だが、剣を振る者は、足場を固めるために。


 弓を射る者は、一瞬だけ風を動かすために。


 傷を診る者は、血が止まるまで患部を冷やすために。


 あくまで、普段の役目を補うために使ってきた。


 魔法だけで戦える者は、一人もいない。


「かしこみかしこみ。人の子らが土、水、風を操り、御山の守りを支えんとする姿、まさしく天地人一体の――」


(フラン。周囲の様子は)


「かしこみかしこみ。北西の茂みに三体、北東の倒木付近に五体を確認しております。さらに奥にも、複数の気配がございます」


(先にそっちを言ってくれ)


 フランが運んできた報告を、俺は神器を通じてキイナへ伝えた。


『……左右にいる。まだ、来ない』


「左右に分かれて、こちらを見ています」


 キイナが、レンとジンへ伝える。


 レンが森を睨む。


「門を攻めるつもりなら、まとまって来るはずだ」


「救援隊が戻る道を狙っている?」


 ジンが木板の上で、排水路から続く道をなぞる。


「その可能性が高い」


 救援隊を追えば、守りが薄くなる。


 火守村へ残れば、二人を連れ戻す道が塞がれるかもしれない。


 魔物たちは、こちらがどちらを選ぶのか待っていた。


 いや。


 片目の親玉が、見ている。


 俺たちの守り方を知るために。


 北の森から、鳥が一羽飛び立った。


 それきり、何も聞こえなくなる。


 風が枝を揺らす音さえ、遠く感じられた。


「まだ来ないの?」


 ホムラが弓を握りながら呟く。


「待て」


 ミレアが短く答える。


「でも――」


「待てる弓手が、生き残る」


 ホムラは口を閉じる。


 視線だけを、北の森へ向け続ける。


 長い静けさの中。


 かすかに、金属が触れ合う音がした。


 門の前ではない。


 北東にある木立の奥。


 救援隊へ持たせた、警告用の小さな鐘だった。


 かん。


 少し間を置いて、もう一度。


 かん。


 二度。


 救援隊が、何かに追われている合図だ。


「二人を見つけたのか?」


「違う」


 スワイスが首を振る。


「二度は、追われている合図だ」


 その言葉と同時に、北西の茂みが弾けた。


 ◇ ◇ ◇


 最初に飛び出してきたのは、四つ脚の魔物だった。


 一体ではない。


 背の低い獣型が六体。


 その後ろから、棍棒を持つ小鬼型の魔物が続く。


 北東の森も揺れた。


 そちらからは、牙を持つ猪に似た魔物が、一直線に門へ向かってくる。


「盾!」


 レンの声に、ガルドの家族が大盾を地面へ突き立てる。


 固められた足場が、その重さを受け止めた。


 獣型の魔物が盾へ激突する。


 一枚目が揺れた。


 すぐ隣の盾が半歩前へ出て、傾いた一枚を支える。


「間を空けるな!」


 ガルドの声が飛ぶ。


「分かってる!」


「返事をする余裕があるなら、まだ大丈夫だ!」


「返事をしなかったら、聞こえてないって怒るだろ!」


「その時は、もっと大きな声で言う!」


(今でも十分大きいぞ)


 盾へ取りつこうとした魔物を、バルクの家族が横から斬り払う。


 倒すことを優先しない。


 前脚を傷つけ、門から離れる方向へ追いやる。


 その頭上を、ミレアの家族が放った矢が越えていく。


 一本。


 二本。


 矢は魔物ではなく、北西の地面へ突き刺さった。


 鉄の矢尻が地面を打った振動を、俺は捉える。


 二本の矢の間。


 そこには人間がいないことを、フランが確かめていた。


「御山様。お願いします!」


 キイナが神器を俺の山体へ向ける。


(分かった)


 俺は地脈へ力を流した。


 魔物を直接狙う必要はない。


 二本の矢が示した場所の地面を、下から押し上げる。


 ご、と低い音が響いた。


 土が割れ、岩がせり上がる。


 北西から回り込もうとしていた魔物たちの前へ、斜めの岩壁が現れた。


 一体が壁へぶつかり、後ろから来た二体が折り重なる。


 残りは進路を変え、門の正面へ向かった。


 そこには、盾と剣が待っている。


(これなら、巻き込まない)


 二十年前。


 俺には遠くの位置が分からず、力を使うことすらできなかった。


 今も、聖域のすべてが分かるわけではない。


 けれど、人が危険を見つけ、矢で場所を知らせてくれる。


 俺が届かない場所を、彼らの目が補ってくれる。


「右から来る!」


 屋根の上にいるミレアの孫が叫んだ。


 小鬼型の魔物が岩壁の陰を通り、伝令役の少年へ近づいていた。


 少年は救援隊からの合図を持ち帰るため、門の外へ出ている。


 盾の列からも。


 剣を持つ者からも。


 わずかに離れていた。


「下がれ!」


 レンの声より早く、小鬼が棍棒を振り上げる。


 弦が鳴った。


 ホムラの矢が、小鬼の手首へ突き刺さる。


 棍棒が少年の横へ落ちた。


 小鬼が向きを変える。


「もう一射!」


 クローシュが杖を振る。


 短い風が、ホムラの背中から前へ抜けた。


 ホムラが二本目を放つ。


 だが、矢は小鬼の肩を掠め、後ろの木へ突き刺さった。


「外れた!」


「今、風で押したでしょ!」


「追い風をやった!」


「急に来たから狙いがずれたの!」


「風も含めて狙え!」


「先に言ってよ!」


(戦いながら教えるのか)


 小鬼が棍棒を拾おうとする。


 その前へ、伝令の少年が落ちていた石を投げた。


 額へ石を受けた小鬼が、わずかによろめく。


 ホムラの三本目が、今度は太腿へ刺さった。


 小鬼は棍棒を捨て、森へ逃げていく。


「今のは当たった!」


 伝令の少年が門へ走り込む。


 手には、救援隊から渡された細い木札が握られていた。


「二人を見つけました!」


 周囲の視線が集まる。


「古い石切り場です! 二人とも怪我をしています。一人は歩けません。救援隊が運んでいます!」


「戻ってくる道は?」


「排水路です! でも、魔物に見つかりました!」


 北東の森から、警告用の鐘が鳴った。


 今度は、短い音が三度、立て続けに響く。


 救援隊が、戦闘へ入った合図だった。


 ジンが北門の外を見る。


 正面の魔物は、まだ攻撃を続けている。


 それなのに、門を突破しようとする勢いがない。


 盾へぶつかっては下がり。


 矢が届かない場所へ移り。


 また別の方向から近づいてくる。


「こいつらの狙いは、門じゃない」


 ジンが言った。


「救援隊を中へ戻さないつもりだ」


 レンも、同じ考えに至ったらしい。


「門の前へ引きつけている間に、北東の道を塞ぐ気だ」


「救援隊を迎えに出します」


「何人だ」


「盾二人、剣二人。負傷者を運ぶ者を四人」


「出しすぎれば、門が薄くなる」


「だから、御山様の岩壁を盾の代わりに使います」


 ジンは、先ほど俺が持ち上げた岩を指した。


「北西側は、あの壁で進路を狭められています。門の正面だけなら、残る盾で守れます」


 レンが一瞬だけ考える。


「分かった。ただし、追うな。救援隊を受け取ったら、すぐ戻れ」


 ガルドとバルクの家族から、迎えの者たちが出る。


 セナの家族も、担架を持ってその後へ続いた。


 出ていく人数を、クライス一人ずつ数える。


「八人」


 木札へ印をつける。


「必ず、八人戻ってきてください」


「向こうに残っている救援隊の六人と、見つけた二人もだ」


 スワイスが付け加える。


「合わせて十六人。数を間違えるな」


「間違えません」


 クライスは木札を強く握った。


「全員が戻るまで、数え続けます」


 ◇ ◇ ◇


 北東の森で、木が折れた。


 一本ではない。


 細い木々が、何かに押し倒されるように続けて傾いていく。


 やがて、迎えに出た者たちの足音が、俺にも分かる距離まで戻ってきた。


 数が多い。


 乱れている。


 担架を運ぶ足音と、その後ろから迫る魔物の振動が重なっていた。


「見えた!」


 見張り台から声が上がる。


「救援隊だ! 負傷者が二人! 後ろに魔物がいる!」


「何体!」


「七……違う、茂みの中にもいる!」


 先頭に、迎えへ出たガルドの家族がいる。


 その後ろを、二つの担架が進んでいた。


 一つには、水門番の老人。


 もう一つには、老人を迎えに戻った若い猟師が乗せられている。


 猟師は片脚を傷つけていたが、身体を起こし、追ってくる魔物へ石を投げていた。


「寝ていろ!」


 担架を運ぶ者が怒鳴る。


「寝たままだと狙えない!」


「石で倒せる相手じゃない!」


「分かってる! 腹が立つから投げてるだけだ!」


(元気は残っていそうだな)


 その後ろから、猪型の魔物が迫る。


 バルクの家族が二人、足を止めて剣を構えた。


「先に行け!」


「二人で止められるの?」


 ホムラが北門から身を乗り出す。


「ホムラ、出るな!」


 キイナが娘の服をつかんだ。


「出ないよ! ここから射る!」


「距離がある」


「届く」


 ホムラが矢をつがえる。


 だが、走る人間と追う魔物が重なり、狙える隙間がない。


「クローシュさん。風は?」


「この距離で動かせるのは、一度だけだ」


「急に吹かせないでね」


「さっきので学んだ」


「わたしも学んだから」


 ホムラが弓を引き絞る。


 前を走る者たちが、左右へ分かれた。


 その間から、猪型の魔物の頭が見える。


「今だ!」


 クローシュが杖を振る。


 ホムラの矢が放たれた。


 風が矢羽根を押す。


 通常なら、届いても力を失う距離を越え。


 矢は、猪型の魔物の鼻先へ突き刺さった。


 魔物が大きく頭を振る。


 突進の方向がずれ、道端の木へぶつかった。


「当たった!」


「今度は、風まで含めて当てたな」


「最初から、そうするつもりだったよ」


「なら、さっきもそうしろ」


「練習だったの!」


(本番が始まってから練習するな)


 救援隊が門へ近づく。


 だが、森の奥から別の魔物が現れた。


 小鬼型。


 獣型。


 互いに争うことなく、担架の後ろへ並んで迫ってくる。


「水を!」


 ナキアが指示する。


 盾の表面に張られていた水が、一斉に地面へ落ちた。


 セナの孫が杖を向ける。


 水は土と混ざり、門の前へ薄い泥の帯を作った。


 走り込んできた獣型の魔物が足を滑らせる。


 一体が倒れ、その後ろの二体も巻き込まれた。


「止めた!」


「少しだけよ。魔法を切らさないで」


 ナキアが若者の背中を支える。


 水を動かしていた者の顔は、すでに青ざめていた。


「あと一回が限界です」


「それでいい。自分まで担架に乗らないようにしなさい」


 救援隊の先頭が門を越える。


 クライスが、木札へ印をつけていく。


「一人、二人、三人……」


 迎えに出た八人。


 先に伝令を戻した救援隊の六人。


 負傷した二人。


 一人ずつ、門の内側へ入る。


「十二、十三、十四!」


 残り二人。


 森から、咆哮が響いた。


 追っていた魔物たちが、同時に速度を上げる。


 担架の後ろを守っていた剣士二人が、まだ門の外にいる。


「十五!」


 一人が門へ飛び込む。


 最後の剣士が、獣型の爪を剣で受けた。


 金属の軋む音。


 剣士の身体が、門から離れる方向へ弾かれる。


「一人足りない!」


 クライスの声が震えた。


 門を閉じれば、外に残した一人を見捨てる。


 開けたままなら、追ってきた魔物まで入ってくる。


「まだ閉めるな!」


 ジンが叫ぶ。


 門番が、扉へかけた手を止める。


「でも、魔物が!」


「十六人目が入っていない!」


 ジンは自分の盾を持ち、門の外へ出た。


「ジン!」


 ダンの声が飛ぶ。


「最後まで数えると言いました!」


 ジンが、剣士と魔物の間へ盾を差し込む。


 獣型の爪が盾を削った。


 木片が飛び、ジンの頬を掠める。


 倒れていた剣士が立ち上がろうとする。


 だが、足へ力が入らない。


「肩につかまれ!」


「お前まで戻れなくなるぞ!」


「その時は、二人で戻る!」


(答えになっているようで、なってないぞ)


 魔物が再び飛びかかる。


 ガルドの子が門から半歩出て、大盾を横へ振った。


 獣型の身体が弾かれる。


 その隙に、ジンが剣士の腕を肩へ回した。


「引け!」


 二人が、門へ向かう。


 北東から、さらに別の魔物が近づいてくる。


 俺には、門のすぐ外にいる者たちの位置が分かる。


 だが、今ここで地面を持ち上げれば、ジンたちまで巻き込む。


(あと少し)


 十六人目の足が、門を越えた。


「十六!」


 クライスが叫ぶ。


「全員戻りました!」


『キイナ!』


「門の外に、味方はいません!」


(分かった)


 俺は、門の正面へ力を流した。


 地面が大きく盛り上がる。


 ジンたちを追ってきた魔物と、火守村の間へ岩の段差がせり上がった。


 先頭の魔物が足を取られ、後続がその背へぶつかる。


「門を閉めろ!」


 重い扉が動く。


 最後の隙間から、魔物の牙が見えた。


 だが、扉は噛みつかれるより早く閉じた。


 閂が落ちる。


 外側から、魔物が門へぶつかった。


 一度。


 二度。


 三度。


 そのたびに木材が軋む。


 ガルドの家族が、内側から大盾で門を支える。


 バルクの家族も肩を入れた。


 ナキアの指示で、魔法を使える者が閂と壁の隙間へ土を詰め、固めていく。


 四度目の衝撃。


 門は揺れたが、開かなかった。


「北の水路集落!」


 ジンが、息を切らしながらクライスを見る。


「三十九人!」


「救援へ出た者は!」


「全員戻りました!」


 木板に残されていた二つの印が埋められる。


 三十九人。


 ようやく、数が合った。


 誰も歓声を上げなかった。


 門の外には、まだ魔物がいる。


 森の奥には、さらに多くの振動が残っている。


 それでも。


 二つの空白が埋まった木板を見て、避難民たちの間から、押し殺した泣き声が聞こえた。


 ◇ ◇ ◇


 門への衝撃が止まった。


 代わりに、外から低い唸り声が続く。


 魔物たちは、諦めていない。


 門の周りを歩き、別の入口を探している。


 俺は、地下へ意識を伸ばす。


 火守村の周囲には、まだいくつもの足音がある。


 だが、不意に。


 北の森から、あの咆哮が響いた。


 長く。


 重く。


 地面を押さえつけるような声。


 門の周囲にいた魔物が、同時に動きを止める。


 一体ずつではない。


 すべてが同じ瞬間に、火守村から離れ始めた。


「追うな!」


 レンが、門を開けようとした者を止める。


「退いたんじゃない。退くよう命じられたんだ」


 魔物たちの足音が、森へ消えていく。


 無秩序に逃げているのではない。


 種類の違う魔物同士が一定の距離を保ち、北へ戻っていく。


 スワイスが、閉じた門を見つめた。


「こちらの弓の距離。盾の数。御山様が、どこへ岩を出せるのか」


「全部、見られた」


 ミレアが続ける。


「今の攻撃は、火守村を落とすためじゃない」


 レンが頷く。


「守り方を確かめるためだ」


(やっぱり、あいつが命令している)


 魔物の親玉は、かつてのように魔物を突撃させるだけではない。


 警鐘を止める。


 逃げ道を塞ぐ。


 人を追い込み、救援へ出た者を狙う。


 そして、こちらがどう守るのかを、離れた場所から見ている。


 以前より、明らかに知恵をつけていた。


「……待って」


 ナキアが北を向いた。


 腰から、魔力の流れを測るための小さな魔石を外し、両手で包み込む。


 透明だった石の内側に、赤い光が浮かんだらしい。


「どうした?」


「魔力が集まっている」


 クローシュも杖を地面へ立て、目を閉じた。


 俺にも分かった。


 北の遠い場所で、熱が生まれている。


 山火事ではない。


 地熱でもない。


 一か所へ無理やり押し込められ、膨れ上がる熱。


 人間たちが使った魔法とは、比べものにならない。


 土を荷車一台分固めた魔力。


 桶の水を盾へ広げた魔力。


 矢を一度だけ押した風。


 そのすべてを重ねても届かないほど、大きな力だった。


「火の魔法だ」


 クローシュの声から、さっきまでの軽さが消えている。


「この距離で分かるのか?」


「分かりたくなくても分かる」


 北の見張り台にいた者から、叫び声が上がった。


「尾根の上に、何かいる!」


 ミレアの孫が、さらに高い場所へ上る。


 遠眼鏡を北へ向けたまま、動きを止める。


「……あれが、オーガ?」


「何が見える!」


「木より、大きい」


 声が震えていた。


「違う。木の後ろに立っているんじゃない。肩が……森の上に出てる」


 フランが、見張り台から見える光景を俺へ伝える。


「かしこみかしこみ。北の尾根に、巨大な人型の魔物を確認いたしました。片腕には見張り台の柱より太い金棒を携え、もう片方の拳へ炎を集めております」


(拳に?)


「かしこみかしこみ。左目は古い傷により閉ざされ、残る右目を火守村へ向けております」


 間違いない。


 かつて逃げた、片目の潰れた隻眼のオーガだ。


 ただし、その身体は俺の記憶にある大きさではなかった。


 もともと、並のオーガよりも大きかった。


 今は、木々が草のように見えるほどの巨体になっている。


 少なく見積もっても、かつての十倍近い。


「魔力が、まだ増えている」


 ナキアの握る魔石から、細い亀裂の音がした。


「ナキア、それを離せ!」


 クローシュが叫ぶ。


 ナキアが魔石を投げる。


 地面へ落ちた瞬間、赤く染まった石が内側から砕けた。


 その直後。


 北の空が明るくなった。


 太陽ではない。


 隻眼のオーガが握る拳の上に、巨大な炎の塊が浮かんでいる。


 火守村で魔法を学んだ者たちが、言葉を失う。


 桶の水を動かすだけでも、魔力を消耗する。


 土を固める範囲も、盾を三枚置ける程度だ。


 それなのに、オーガは見張り台を丸ごと包めるほどの炎を、片手で維持していた。


「あれを……消せる?」


 ホムラが尋ねる。


 ナキアは、すぐには答えなかった。


「無理よ」


 やがて、はっきり告げる。


「私たちの水では、触れた瞬間に蒸発する」


「同じ魔法なのに?」


「同じ火だからこそ、差が分かるの」


 クローシュが、尾根の上の炎を見上げる。


「私たちは魔法を道具として使う。あいつは、魔法そのものを攻城兵器にしている」


 隻眼のオーガが、炎を投げた。


 空気を引き裂く音。


 炎は、火守村へ向かわなかった。


 北の集落に残されていた、無人の見張り台へ落ちる。


 炎が、見張り台を丸ごとのみ込んだ。


 一拍遅れて、爆発音が届く。


 鐘が一度だけ、歪んだ音を鳴らした。


 柱が折れ、鐘もろとも地面へ落ちる。


 周囲の木々へ火が移り、遠い空が赤く染まった。


 火守村の誰も、声を出せなかった。


 あれが門へ落ちれば。


 祈りの石床へ落ちれば。


 避難民が集まっている場所へ落ちれば。


 一撃だけで、何人が巻き込まれるか分からない。


「外した……?」


 ホムラの呟きに、レンが首を振る。


「違う」


 焼け落ちた見張り台と、火守村までの距離を見比べる。


「距離を測ったんだ」


 北の尾根で、隻眼のオーガが再び拳を持ち上げた。


 その手の中へ、二つ目の炎が集まり始める。


 一度目よりも大きく。


 今度は、まっすぐ火守村へ向けて。


 片目のの親玉は、俺たちがどこまで守れるのかを試していた。

読んでいただきありがとうございます。


面白いと思っていただけたら、評価やブックマークや評価をいただけると励みになります。

thread、Xのフォローしていただけると喜びます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。