47.巫女が守る門
火神祭の翌朝、洞窟の入口には、昨日と同じ縄が張られていた。
違うのは、その外側でスワイスが小石を並べていることだ。
土の上へ石が置かれるたび、かすかな振動が俺の身体へ伝わってくる。
「何をしている」
監視についていた村長が尋ねると、スワイスは立ち上がらずに答えた。
「縄はくぐっていない」
「それは聞いていない」
「先に言っておいた方がいいと思ってな」
スワイスは数歩進み、また一つ石を置く。
その腰に剣はない。武器はすべて村で預かっており、少し離れたところではレンの父親も作業を見張っていた。
「門と見張り所を作る場所を測っている。昨日のように縄一本では、入るなという意思は示せても、人を止めることはできない」
「縄をくぐった本人が言うと、説得力があるのかないのか分からんな」
「入る側だったからこそ、分かることもある」
「威張るな」
「威張ってはいない」
話を聞きつけ、村長や村人たちも集まってきた。
スワイスは土の上へ、木の枝で線を引く。
「洞窟の正面に門を置く。その村側には、人と荷物を確認する場所が必要だ。見張り所は少し高くして、洞窟と村へ続く道を同時に見られる位置にする」
ほかにも、異変を知らせる鐘。
交代する見張りが、状況を引き継ぐ場所。
洞窟へ入った人数と、戻った人数を記録する仕組み。
昨日まで縄一本しかなかった洞窟の入口へ、一つずつ守りが足されていく。
「見張りは何人必要になる」
村長に問われ、スワイスが周囲を見渡した。
「昼も夜も二人ずつ。交代や休みまで考えれば、戦える者を何人もここへ回すことになる」
「ヒナノの護衛もいる」
村長が付け加える。
「ああ。洞窟と巫女を別々に守れば、さらに人手が必要だ」
畑も狩りも、村の見回りも止めるわけにはいかない。
必要な備えが増えるほど、まだ小さな火守村には負担が重くなる。
「それなら、私がこちらへ移ります」
声のした方へ、皆が振り返った。
ヒナノが、小さな灯皿を両手で持って立っていた。昨日の祭壇から移した火が、朝の風に揺れている。
「洞窟の入口に、私と母が暮らせる家を建てていただけませんか」
「だめだ」
誰よりも早く答えたのは、レンだった。
ヒナノが目を瞬かせる。
「まだ村長さんにお願いしたところだけど」
「村長が答える前でも、危ないものは危ない」
「お前が決めることではない」
父親に言われ、レンが口をつぐむ。それでも、ヒナノの前からは動かなかった。
村長も難しい顔で洞窟を見る。
「ここは昨日、侵入者が出た場所だ。守るべき巫女を、わざわざ近くへ住まわせるのか」
「だからです」
ヒナノは、灯皿の火を見つめながら答えた。
「火山様が洞窟の異変を教えてくださっても、私が離れた場所にいたら、見張りの方へ伝えるまでに時間がかかります。でも、ここにいれば、すぐに門を閉じてもらえます」
その声に迷いはなかった。
「洞窟へ入る方にも、最初に私の家へ来てもらいます。お名前と人数、何をしに入るのかを聞けば、昨日のように、誰がどこにいるのか分からなくなることも減ると思うんです」
「それでは、お前が危険へ近づくことになる」
「守ってもらうだけではなく、私も皆さんを守りたいです」
ヒナノが、まっすぐに村長を見る。
「私を守るためだけに誰かが立つのではなく、見張りのいる場所で、私も巫女として働きます」
スワイスが、地面に描いた線を枝の先で指した。
「家を置くなら、洞窟側ではなく門の内側だ。村へ通じる道と見張り所の間なら、今の家より守りやすい」
「逃げ道は」
「家の裏から村へ一本。見張り所へつながる扉も作る。何かあれば、巫女を守りながら退ける」
レンが一歩前へ出た。
「なら、俺がヒナノを守る」
「昨日、一人では足りんと教わったばかりだろう」
父親に言われ、レンの勢いが止まった。
「でも――」
「眠らず、畑にも出ず、毎日ここに立つつもりか」
「……できる」
「三日で倒れる」
「四日は立てる」
「張り合うところが違う」
ヒナノが思わず吹き出し、周囲からも小さな笑いが漏れた。
レンは少しだけ顔を赤くしたあと、土の上に描かれた門と見張り所を見つめる。
「じゃあ、一人で守るとは言わない」
拳を握り直し、父親へ顔を向けた。
「俺も見張りの一人になる。皆と一緒に、ヒナノと洞窟を守る」
今度は、父親も否定しなかった。
俺も、ヒナノが暮らすことになる場所へ意識を向ける。
危険な洞窟のそばへ住まわせる。
最初は、それだけで反対したくなった。
けれど、門の内側なら常に見張りがいる。ヴァルも巡回でき、洞窟内で起きた異変は俺がすぐに拾える。
今までの家より、俺の力が届きやすい場所でもあった。
それに、ヒナノは誰かの後ろへ隠れ、守られることだけを望んでいない。
俺の声を人々へ届け、その声で誰かを守ろうとしてくれている。
なら、俺が送るべき言葉は一つだった。
『共に守ろう』
ヒナノが目を閉じる。
やがて、灯皿を胸の前で大切に抱え直した。
「火山様より、お言葉です」
皆の視線が集まる。
「『共に守ろう』と、仰っています」
村長が、長く息を吐いた。
「分かった。母御ともよく話し合ったうえで、ここへ家を建てよう」
「ありがとうございます」
「ただし、家だけではない。門も見張り所も、すべて一緒に作る」
「巫女が門を守り、門が巫女を守る。その形にする」
俺は、スワイスが描いた線の内側へ力を集めた。
岩盤をゆっくりと押し上げ、地面の傾きを整えていく。
ごごご、と低い地響きが鳴る。
盛り上がった土の下から、門と家を支える平らな岩の土台が姿を現した。
子供たちから歓声が上がる。
スワイスが土台へ上がり、靴の裏で硬さを確かめた。
「一番手間のかかる仕事が終わったな」
「お前の三十日の仕事が減ったわけではないぞ」
村長が言うと、スワイスは真顔で土台を見下ろした。
「なら、予定より立派な門を作る」
「最初からそうしろ」
◇
その日から、洞窟の入口では朝から晩まで槌の音が響いた。
俺が作った岩の土台へ、村人たちが柱を立て、壁を組む。スワイスは寸法を測り、見張り所から生じる死角を一つずつ消していった。
作業の途中、目印として地面へ刺した杭が一本、忽然と消えた。
「四本しかない」
スワイスが辺りを見回す。
「さっきまでは五本あった」
「俺たちは動かしていないぞ」
村長が答えた直後、赤橙色の身体を揺らしながら、コロが二人の間を横切った。
透明な身体の中に、杭が一本、縦に収まっている。
(コロ。それは食べ物じゃないぞ)
「ぷる?」
コロが立ち止まる。
村人たちから姿を隠しているフランが、その横で両手を広げた。
「かしこみかしこみ。始原の眷属たるコロ様が、自ら地鎮の儀を執り行われております!」
(たぶん、細長いから入れてみただけだ)
「では、新たな建築様式をご提案されている可能性も――」
(返させてくれ)
俺がヒナノへ言葉を送ると、彼女はコロの前へしゃがみ込んだ。
「コロちゃん。火山様が、返してほしいって」
「ぷるぅ……」
コロは明らかに残念そうな声を出し、身体の中から杭を押し出した。
スワイスが、粘液に濡れた杭を拾い上げる。
「火山様からは、ずいぶん具体的なお言葉をいただけるんだな」
「お前にもいただいただろう」
村長が言う。
「『行いで示せ』と」
「覚えている。だから、この杭も洗って使う」
今度は、門へ取りつける金具をヴァルが炎で焼き締めた。
最初の一つは、うまくいった。
二つ目も問題ない。
三つ目で少し気合いが入りすぎたらしく、金具だけではなく、その奥にあった板まで黒く焦げた。
ぼうっと上がった煙を前に、ヴァルの翼が固まる。
「強そうになった!」
見ていた子供が声を上げた。
スワイスは焦げた板の表面を、指先でなぞった。
「表面だけなら、雨や腐りに強くなることもある」
「では、家の壁もすべてお願いするかのう」
ガンゾウが建築中の家を指すと、ヴァルが勢いよく首を横へ振った。
(大丈夫だ。残りは人の手でやろう)
ほっとした感情が、眷属のつながりを通して流れ込んでくる。
「かしこみかしこみ。守護竜ヴァル様が、人々へ働く喜びをお譲りになられました!」
(それでいいことにしておこう)
建物の表側には、洞窟へ入る者を受け付ける部屋が作られた。
その奥には、火山へ祈りを捧げる部屋。さらに奥を、ヒナノと母親が暮らす場所にする。
見張り所へは横の扉から直接移動でき、裏口からは村へ逃げられる。
ヒナノの母親も、常に人の目がある場所ならばと、娘の考えを受け入れた。
屋根が完成した日、ヒナノは火神祭から受け継いだ火を、祈りの部屋へ移した。
油を足し、芯を替え、祭りが終わったあとも守り続けてきた火だ。
こうして洞窟の入口には、門と見張り所、そして一軒の家が並んだ。
村人たちは、そこを自然と「巫女の家」と呼び始めた。
◇
建物が完成する前から、洞窟へ入るための決まりも作られた。
一人では入らない。
名前、人数、目的、戻る時刻を伝える。
武器と道具は、入る前に見張りが確認する。
受付では、一人につき一枚の木札へ名前を書く。
洞窟へ入っている間は壁に掛け、帰ってきた者の札を裏返す。全員の帰還が確認できるまで、木札は一枚も片づけない。
そして、火山様から警告があった時は、理由が分からなくても門を閉じる。
閉鎖を解くのは、洞窟内の確認を終え、村長の許可を得てからだ。
初めのうちは、入場する者も一人ずつ村長の許可を受けることになった。
出来上がった受付台で、ヒナノが最初の確認を行う。
「お名前をお願いします」
「ガンゾウじゃ」
「目的は?」
「洞窟の中で鼓を叩いたら、どれほど響くか確かめる」
「入れません」
「判断が早すぎんか?」
「持ち込む物を聞く前に分かりました」
見張りたちから笑い声が上がる。
「では、鼓を置いていけばよいかのう」
「何をしに入るんですか」
「どれほど静かになるか確かめる」
「外でも確かめられます」
ガンゾウは一度も門を通ることなく、最初の受付を終えた。
村人たちが入口を整える間、俺も洞窟の内部へ手を加えていた。
これまでの浅層は、初めて入る者や、火トカゲの素材を集める者のために残す。
入口のすぐ内側には、魔物が入らない広い待機場所を作った。負傷者を運び出せるよう通路を広げ、迷った時に入口へ戻れる目印も岩壁へ刻む。
その先には、さらに熱の強い第二層を作った。
火トカゲより強い魔物が棲める場所。
質のよい魔石が生まれる場所。
黒銀色の鉱石を、周囲の岩盤を崩さず採掘できる場所。
それぞれを分け、熱や魔力が一か所へ偏らないよう、地下の流れを調整する。
さらに深い場所へ続く通路には、厚い石門を置いた。
今はまだ、開けるつもりはない。
村人たちが力をつけ、入口の管理が根づいた時に、その先を作ればいい。
幸い、俺は山だ。
少しくらい待ったところで、逃げも腐りもしない。
新しい仕組みが役に立つ日は、思っていたよりも早く訪れた。
第二層へ入る予定の三人が、巫女の家で受付をしていた時だった。
地下水の細い流れが、予定より早く第二層の外壁へ回り込んだ。
熱を持った岩の割れ目へ触れた水が蒸気へ変わり、逃げ場を求めて圧力を高めていく。
まだ危険なほどではない。
だが、今から人を入れていい状態でもない。
俺はすぐにヒナノへ言葉を送った。
『二層、閉鎖』
ヒナノが立ち上がる。
「第二層を閉鎖します。門を開けないでください」
見張りが、すぐに入口を塞いだ。
三人のうち一人が、洞窟の奥を覗き込む。
「何も起きていないように見えるが」
「火山様からの警告です」
ヒナノは、それ以上の説明をしなかった。
その必要もなかった。
数呼吸の後、地下で低い音が響いた。
ごうっ。
俺が門から離れた斜面へ作っておいた排気穴から、白い蒸気が一気に噴き出す。
門の前にいた三人が、揃って後ずさった。
蒸気は朝の空気へ広がり、やがて薄く溶けていく。
「もし、入っていたら……」
「だから、閉じたんです」
ヒナノが答える。
近くで見ていたガンゾウが、白い湯気を目で追った。
「今日は洞窟を諦めて、温泉へ入るとするかのう」
「そっちまで勝手に入るなよ」
村長の言葉に、張り詰めかけた空気が緩む。
この出来事を境に、火山様の警告があれば、まず門を閉じるという決まりへ反対する者はいなくなった。
もしヒナノが村の反対側に暮らしていれば、三人は警告が届く前に洞窟へ入っていただろう。
巫女の家は、ヒナノを守るだけの建物ではない。
洞窟へ入る者を守り、俺の声をすぐに行動へ変えるための場所になり始めていた。
◇
三十日後。
洞窟の入口には頑丈な門が立ち、その横では見張りの鐘が朝日を反射していた。
巫女の家の祈りの部屋では、火神祭から受け継いだ火が静かに灯り続けている。
村長は門の前で、布に包んだスワイスの武器を差し出した。
「三十日は終わった」
「ああ」
「失った信用が、すべて戻ったとは言わん」
「分かっている」
「だが、お前が三十日間、命じられた仕事を果たしたことも事実だ」
スワイスは、差し出された武器を受け取った。
「明日からもこの村で働くつもりがあるなら、今度は働いた分の報酬を出す」
「追い出さないのか」
「出ていきたい者を、無理に引き止めるつもりもない」
スワイスは、自分が作った門を見上げた。
見張り所では、二人の村人が洞窟と村道へ交互に目を配っている。
「なら、もう少し残る」
「もう少し、か」
「鐘の合図を、まだ全員が覚えていない」
ダンの眉が動く。
「一度が門の閉鎖、二度が帰還の遅れだろう」
「逆だ」
スワイスが答える。
村長は何も言わず、見張り所にいる者たちへ顔を向けた。
「あとで、全員でもう一度確認するぞ」
「まず自分が覚えろ」
誰かが小さく呟き、門の周囲に笑いが広がった。
スワイスは武器を腰へ戻す前に、村長へ尋ねる。
「食事は、昨日までと同じ量が出るのか」
「働き次第だ」
「なら、明日からもよく働こう」
そうして、スワイスの三十日間は終わった。
同時に、火守村の門を守る、新しい仕事が始まった。
◇
門が立ったからといって、村のすべてが一日で変わったわけではない。
それでも、季節が巡るたび、巫女の家へ掛けられる木札は増えていった。
最初は村人の名だけだった。
やがて、魔石を求める者、魔物の素材を買いに来た者、黒銀色の鉱石を採る技術を学びに来た者が、村の外からも訪れるようになった。
受付に一冊しかなかった記録帳は二冊、三冊と増え、やがて棚へ並べられた。
木の門には金具が足され、見張り所は石壁に囲まれた。鐘の音も、村の端まで届くようになった。
巫女の家も広がった。
表には二つの受付台が置かれ、祈りの部屋には洞窟の地図と、閉鎖されている場所を示す札が並ぶ。
それでも、火神祭から受け継いだ灯火の場所だけは変わらなかった。
当初は、洞窟へ入るたびに村長の許可が必要だった。
だが、入場の基準が整い、見張りたちが役割を覚えると、決まりに沿った者を通す判断は、少しずつ巫女の家へ任されていった。
特別な事情がある時は村長へ。
内部の異変を感じた時は、俺からヒナノへ。
門を閉じる時は、ヒナノの言葉を待たず、見張りも動く。
誰か一人にすべてを背負わせず、それぞれが自分の役割を果たす仕組みが、村へ根づいていった。
ダンジョンも、入口だけではなくなった。
浅層は、初めて挑む者や若者たちが経験を積む場所になった。
第二層では魔石や鉱石が採られ、そのさらに下にも、新しい階層と通路が増えていった。
深くなるほど熱は強くなり、棲みつく魔物も手強くなる。
だからこそ、入る人数も、装備も、帰還予定も、巫女の家へ残す必要があった。
最後の一人が戻るまで、木札は決して片づけない。
その決まりだけは、一度も変わらなかった。
スワイスは村に残り、見張りたちへ周囲の見方を教え続けた。
いつの間にか、残りの日数を数える者はいなくなっていた。
レンも成長した。
初めはヒナノの前へ立つことしか考えていなかった少年が、今では門だけでなく、仲間の位置や退路まで確かめてから動く。
新しい見張りが判断に迷えば、自然とレンの方を見るようになっていた。
見張りを終えたレンが、巫女の家へ「異常なし」と報告する。
ヒナノが「お疲れさま」と笑って答える。
そんな短いやり取りも、一日ずつ積み重なっていった。
コロは相変わらず、受付の木札へ興味を示した。
一度、外から来た者の札を身体へ取り込んでしまい、帰還者が一人足りないと大騒ぎになってからは、木札の棚が少し高く作り直された。
「始原の眷属たるコロ様による、抜き打ちの管理体制確認でございます!」
(食べようとしただけだ)
「かしこみかしこみ。その可能性も、以前より高いと判断しております」
フランも、少しだけ現実を見るようになった。
ヴァルの身体は大きくなったが、頭の上は変わらずコロの定位置だった。
門が変わっても。
村が広がっても。
変わらないものを残しながら、時は流れていった。
◇
五年後。
夕暮れの鐘が鳴る少し前、最後の探索者たちが洞窟から帰還した。
巫女の家の受付で、ヒナノが一人ずつ顔を確かめる。
「四人とも、お怪我はありませんか」
「かすり傷だけです。人数も、出た時と同じ四人です」
「分かりました。今日はゆっくり休んでください」
ヒナノは記録帳へ帰還の時刻を書き、最後の木札を裏返した。
四枚すべてが帰還を示していることを確かめてから、まとめて壁から外す。
柔らかな声は昔と変わらない。
けれど、洞窟を閉じると告げた時、その判断を疑う者はもういなかった。
外では、レンが夜の見張りへ引き継ぎを行っている。
周囲を一度見渡し、門の閂を確かめ、見張り所の灯りがついたことまで確認してから、巫女の家へ向かった。
その途中で立ち止まる。
数歩進んで、また戻る。
門の前を行き来してから、深く息を吸う。
ヴァルの頭の上で、コロがその動きを真似するように左右へ揺れていた。
フランが、レンの姿をじっと見つめる。
「かしこみかしこみ。レン殿は先ほどから、同じ場所を十八度も往復されております」
(数えてたのか)
「重要な警戒行動かと存じましたが、洞窟ではなく、ご自身の心と戦っておられるようです」
(ああ。たぶん、そうだな)
ようやく覚悟を決めたらしく、レンが巫女の家へ入る。
「ヒナノ。話がある」
「うん」
ヒナノが記録帳を閉じた。
「でも、その前に一つ聞いてもいい?」
「何だ」
「どうして門の前を十八回も往復していたの?」
レンの身体が固まる。
「見えていたのか」
「ここは、入口を見張るための家だから」
「……そうだった」
入口を見落とさないために造られた家で、レンの挙動だけが見落とされるはずもなかった。
「洞窟で何かあったの?」
「違う」
「見張りの相談?」
「それも違う」
「じゃあ、何?」
レンは一度、祈りの部屋に灯る火へ目を向けた。
「五年前、俺は一人でヒナノを守ると言った」
「うん。三日で倒れるって言われてたね」
「俺は四日は立てると言った」
「そこまで覚えてるの?」
「忘れてくれ」
ヒナノが小さく笑う。
レンもつられるように笑いかけたが、すぐに表情を引き締めた。
「今は、一人で全部を守れるなんて思っていない。火山様や村の皆と一緒に、これからもここを守っていく」
レンは今度こそ、ヒナノだけをまっすぐに見た。
「でも、その中で、ずっと俺の隣にいてほしい人は、自分で決めた」
夕暮れの鐘が鳴る。
レンは、その音にも負けないほど大きく息を吸った。
「ヒナノ」
そして、五年間で一番大きな声を出した。
「俺と結婚してください!」
読んでいただきありがとうございます。
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