46.祭りの火も絶やさない
誰も、すぐには動かなかった。
洞窟の入口に張られた縄だけが風に揺れ、岩肌をかすかに擦っている。
スワイスの警告が正しくても、約束を破った事実は消えない。
けれど、その警告を聞かなかったことにもできなかった。
「もう一つ、確かめていいか」
村長が口を開くより先に、スワイスが言った。
「何だ」
「俺と一緒に入った者がいないと、誰か確かめたか?」
村長の手にある長槍が、わずかに持ち上がる。
「仲間がいるのか」
「いない。今回は一人だ」
「なら、何を――」
「俺に仲間がいたなら、どうなっていた?」
スワイスの視線が、洞窟から広場へ向けられる。
「俺が見つかり、火山様の巫女が声を上げた。戦える者は揃ってここへ来た。その間、広場と荷車を誰が見ていた?」
俺の意識が、洞窟の前から広場へ戻る。
祭りの料理が並び、ネスたちが運んできた荷車が置かれている。家々にも、食料や道具が残されていた。
俺まで、スワイス一人に意識を引きつけられていた。
(コロ、広場と荷車の周りを見てくれ)
祭壇の近くに残っていたコロが、ぴょんと飛び上がる。
「ぷる!」
赤橙色の身体が地面を跳ね、荷車へ向かっていった。
俺自身も、火守村の地面へ意識を広げる。歩く足の重さ、土を踏む速さ、家々の中にある熱を一つずつ確かめていく。
荷車の下。
積み荷の陰。
広場から離れた家の裏。
動かずに息を殺しているような、不自然な熱はない。隊商の者たちの足取りも、昨日から覚えているものと一致していた。
『仲間、いない』
神託を受け取ったヒナノが、すぐに顔を上げる。
「火山様が、スワイスさんのほかに潜んでいる者はいないと仰っています」
村人たちの間から、安堵の息が漏れた。
だが、スワイスの表情は変わらない。
「今回は一人だった。だが、二人なら、一人が騒ぎを起こしている間に、もう一人が好きに動ける」
村長が周囲を見回す。
「ここに全員で残る必要はない。戦える者の半分は広場へ戻れ。荷車と家々も見て回るんだ」
レンの父親が数人へ声をかける。足音が二手に分かれ、広場と家々へ戻っていった。
守るべきものは、もう洞窟だけではない。
村が豊かになるほど、狙われるものも増えていく。それなのに俺たちは、危険が一つ起きれば、全員でそこへ集まる癖が抜けていなかった。
「ほかにもあるのか」
村長の問いに、スワイスが頷く。
「まず、洞窟の入口に見張りがいない。次に、異変が起きた時、誰がどこを守るのか決まっていない」
スワイスが、村長の持つ長槍へ目を向ける。
「客人がどんな武器を持ち、どこへ行くかも管理されていない。俺が祭りの途中で消えても、火山様が知らせるまで、誰も気づかなかった」
「契約書には、立ち入りを禁じると書いてありました」
ネスの冷たい声が飛ぶ。
「読んだ。だから、俺が悪い」
「ずいぶん簡単に言いますね」
「長く言っても、破った約束は元に戻らない」
ネスは何も答えなかった。
スワイスは村の中へ視線を移す。
「洞窟、荷車、食料、家、子供。全部を同じ場所へ集めて守ることはできない。異変が起きる前に、誰が何を守るのか決めておく必要がある」
「それで全部か」
「いや、もう一つある」
スワイスの顔が、ヒナノへ向く。
その瞬間、レンが反射的に前へ出た。ヒナノを背中へ隠すように立ち、スワイスを睨みつける。
「鉱石だけが、この村の価値じゃない」
スワイスは、レンではなくヒナノを見ていた。
「火山様の言葉を聞ける巫女。その価値に気づく人間もいる」
地中深くで、マグマが大きく波打った。
洞窟の周囲にある岩の温度が上がり、ヴァルの喉元へ赤い光が集まる。
(ヴァル、まだだ)
赤い光は消えなかったが、それ以上強くなることもなかった。
スワイスが山を見上げる。
「怒らせるために言ったんじゃない。だが、いつか誰かに狙われてからでは遅い」
レンが、さらに一歩前へ出る。
「ヒナノには、俺がいる」
「今の動きは悪くなかった」
「褒められても、嬉しくない」
「なら、忘れないだろう」
スワイスが淡々と答える。
「だが、お前一人なら、別の場所で騒ぎを起こせば引き離せる。守る者は、一人では足りない」
レンが言葉に詰まる。
「聞いておけ」
広場へ戻る者たちを送り出したレンの父親が、息子へ告げた。
「腹が立っても、役に立つ話まで捨てるな」
「……分かった」
レンは悔しそうに答えたが、ヒナノの前から退かなかった。
スワイスは、そんな二人から村長へ視線を戻す。
「俺が見つけたのは、今のところそれだけだ」
「今のところ、か」
「ああ。だが、穴があったことと、俺が約束を破っていいことは別だ」
村長の眉間に、深い皺が寄る。
「村の役に立つ話をすれば、許されるとでも思っているのか」
「思っていない」
「なら、どう責任を取る」
「それを決めるのは、俺じゃない」
スワイスは逃げずに村長を見返した。
ネスが一歩前へ出る。
「私との護衛契約については、すでに結論が出ています。報酬は契約書の条項に従って減額し、護衛契約は解除します」
「承知している」
「村で何を命じられようと、その決定は変わりません」
「ああ」
ネスにとって、スワイスは腕の立つ護衛だった。
同時に、契約を違えないという信用まで含めて雇った相手でもある。
その信用を破った責任は、村で働いたからといって消えるものではない。
村長が槍を地面へつく。
「警告が正しかろうと、破った約束は消えん。お前をどうするか、今ここで皆の意見を聞く」
「なら、一つ申し出がある」
スワイスが言った。
「三十日、俺をこの村で働かせてくれ」
周囲がざわめく。
「俺が見つけた穴は、俺の手で塞ぐ。門と見張り所を作るだけなら、数日で足りる。だが、見張りの交代、異変が起きた時の役割、客人を受け入れる決まりまで村に根づかせるなら、三十日は必要だ」
「無報酬で働けば、それで済むと思っているのか」
村長が問い詰める。
「済むとは言っていない」
スワイスは首を横へ振る。
「三十日後、まだ追い出すべきだと思うなら従う。俺が申し出られるのは、それだけだ」
村長は、すぐには答えなかった。
「皆は、どう思う」
それから短いながらも、村人たちの間で意見が交わされた。
信用できないという声。
それでも、見つかった穴は塞がなければならないという声。
武器を持たせるな。勝手に洞窟へ近づけるな。一人で行動させるな。
怒りを隠さない声もあった。それでも、村の者が監視しながら働かせるというところへ、少しずつ意見がまとまっていく。
村長が再び槍を握る。
「三十日間、食事と寝床以外の報酬は出さん。武器はすべて村で預かる。訓練で武器を使う時も、必ず許可を得ろ」
「分かった」
「洞窟へは、誰かが同行していようと、わしの許可なしには入るな」
「ああ」
「三十日働いたからといって、失った信用が元に戻るとは思うな」
「承知した」
村長がヒナノを見る。
「火山様は、何と仰っておられる」
ヒナノが両手を胸の前で組み、山へ顔を向けた。
俺は、スワイスの姿を意識する。
祭りを利用されたことへの怒りは、まだ残っている。
それでも、スワイスは何も盗まず、誰も傷つけず、見つかった時には武器を置いた。逃げることも、警告の正しさを盾にすることもせず、自分から責任を負おうとしている。
ならば、今すぐ許すのではなく、これからの行いを見る。
俺は、言葉を短く削った。
『行いで示せ』
ヒナノの瞼が開く。
「火山様より、スワイスさんへお言葉です」
全員の視線が、ヒナノへ集まる。
「『行いで示せ』と」
スワイスが、初めて深く山へ頭を下げた。
「承知した。三十日後、もう一度判断してほしい」
「判断するのは、火山様だけではない」
村長が言う。
「この村も、お前の行いを見る」
スワイスは頭を上げた。
「ああ。両方に示す」
「ならば、最初の仕事だ」
村長が洞窟の入口を指す。
「祭りが終わるまで、ここで見張りをしろ。武器は持たせん。こちらからも一人つける」
レンの父親が無言で前へ出た。
スワイスが、風に揺れる縄を見る。
「今度は、縄の外側でな」
「分かった。今度はくぐらない」
あまりにも真面目な顔で答えたせいか、村人の間から小さな笑いが漏れた。
村長が睨むと、すぐに消えたが、張り詰めていた空気はほんの少しだけ緩んでいた。
◇
裁定が終わり、村人たちは広場へ戻った。
だが、祭りは止まったままだ。
冷めかけた料理が並び、消えそうになった焚き火から細い煙が上がっている。子供たちも大人の顔を窺い、黙って座っていた。
ぐうう。
静かな広場に、大きな音が響く。
村人たちが一斉に振り返ると、一人の子供が腹を押さえて俯いた。
その時、鼓を担いだガンゾウが前へ出る。
「どうやら、止められん鼓が一つ残っておるようじゃな」
子供の顔が真っ赤になり、周囲から今度こそ笑い声が上がった。
ガンゾウが本物の鼓を構える。
「話は終わったんじゃろう?」
「終わったが……」
村長が洞窟の方を振り返る。
「こんなことがあった直後に、祭りを続けるのか」
「こんなことがあったからじゃ」
ガンゾウは迷わず答えた。
「火山様が侵入者を見つけてくださった。誰も怪我をせず、何も盗まれずに済んだ。それで感謝するのをやめて、どうする」
村長も頷く。
「今日の過ちを忘れてはならん。だが、過ちがあったからといって、感謝までなかったことにする必要はない」
ガンゾウが腕を振り下ろす。
どん。
止まっていた鼓の音が、再び火守村へ響いた。
すぐに続く音はない。
ガンゾウがもう一度叩く。
どん。
腹を鳴らした子供が、おそるおそる手を叩いた。
一度。
二度。
隣の子供も加わり、やがて大人たちの手拍子が重なっていく。
消えかけていた焚き火へ薪が足され、冷めた鍋が温め直された。串焼きから脂の弾ける音がして、香ばしい匂いが広場へ戻ってくる。
そこへ、コロが戻ってきた。
荷車の下まで調べたらしく、赤橙色の身体には枯れ草が一本くっついている。
(コロ、何もなかったか?)
「ぷる!」
元気な返事とともに、身体が縦に伸びる。
その先は俺ではなく、温め直された料理へ向いていた。
(……そっちの報告じゃないぞ)
「ぷるる!」
コロは今度こそ、料理を載せた皿へ向かって跳ね始める。
村人たちから姿を隠したまま、フランがその前へ回り込み、両腕を広げた。
「始原の眷属たるコロ様が、祭りの再開をお認めになられました!」
大仰な宣言が聞こえているのは、俺と眷属たちだけだ。
(いや、たぶん腹が減っただけだ)
フランを包む炎が、一瞬だけ小さくなる。
「かしこみかしこみ。食事とは、大地より授かりし命を受け入れ、明日を生きる力へ変える神聖なる――」
(つまり?)
「コロ様が、たいへんお腹を空かせておられます」
(最初からそう言ってくれ)
近くにいた子供が、焼いた芋を一つ差し出した。
コロは嬉しそうに飛びつくと、身体の中へ芋を抱え込む。
「ぷるぅ」
「ご覧ください。コロ様も大変お喜びです!」
(それは合ってる)
祭りの音を聞きながらも、ヴァルは洞窟の前から動こうとしなかった。
スワイスとレンの父親を交互に見張り、黒曜の尾を岩の上へ伸ばしている。自分が最初に侵入者を追った以上、最後まで見届けるつもりらしい。
(ヴァル、そこは任せていい。祭りへ戻ってくれ)
ヴァルの金色の目が、洞窟と広場の間を往復する。
まだ心配だという感情が、眷属の繋がりを通して伝わってきた。
(皆のところへ戻るまでが仕事だ。これは命令)
ようやくヴァルが立ち上がる。
洞窟の前にいる二人をもう一度だけ振り返ると、広場へ向かって駆け出した。
その姿を見つけたコロが、焼き芋を抱えたまま跳び上がる。
「ぷる!」
狙いどおり、ヴァルの頭へ着地した。
その拍子に、半分だけ残っていた焼き芋がヴァルの鼻先へ転がる。
ヴァルが驚いて息を吐いた。
ぼっ。
小さな炎が芋の表面を炙り、焦げ目がつく。
「おおっ!」
子供たちから歓声が上がった。
コロが焦げた芋を身体へ取り込み、さっきよりも激しく跳ね始める。
「ぷる! ぷる!」
「さすがは偉大なる守護竜ヴァル様!」
姿の見えないフランが、両手を広げる。
「冷めかけた神饌へ、再び命の炎をお与えになりました!」
ヴァルが、ものすごく嫌そうな顔でフランを見る。
(偶然だよな)
ヴァルの首が、何度も縦に動いた。
それを見たガンゾウが、冷めた串焼きを一本掲げる。
「こっちもお願いできるかのう?」
ヴァルの翼が固まった。
(ヴァル、逃げていいぞ)
許可を出すと、ヴァルはコロを頭に載せたまま祭壇の裏へ逃げ込んだ。
広場に、久しぶりの大きな笑い声が広がった。
完全に元どおりではない。
洞窟の前には見張りが立ち、荷車の周囲にも村人が残っている。ヒナノのそばにも、レンだけでなく、戦える大人が交代でつくことになった。
それでも、鼓は鳴り続けた。
笑い声と足音が地面を伝い、俺の身体の中へ戻ってくる。
◇
祭りの途中、村長が料理を盛った深い器を持ち、洞窟へ向かった。
スワイスは縄の前に立ち、広場と洞窟の入口を交互に見張っている。隣には、武器を持ったレンの父親がいた。
「食え」
村長が器を差し出す。
スワイスが、少しだけ目を見開いた。
「祭りへ戻らなくていいのか」
「戻る。だが、お前と洞窟を二人きりにするほど、こっちは物覚えが悪くない」
「それもそうだ」
スワイスは器を受け取る。
肉と野菜が山のように盛られ、今にもこぼれそうになっていた。
「ずいぶん多いな」
「三十日働くんだろう。最初の日に腹を空かせて倒れられたら迷惑だ」
「まだ、ほとんど何もしていないが」
「立って見張れと言われたはずだ」
「食べながらか?」
「お前ならできるだろう」
村長は不機嫌そうに言い捨てる。
「勘違いするな。許したわけじゃない」
「ああ」
「食事と寝床は与える。それが村で決めたことだ」
「分かっている」
「それから、残すな。食べ物に罪はない」
スワイスが、器の中に積まれた料理を見下ろす。
「この量を残さず食うのも、奉仕に入るのか?」
「それくらい自分で判断しろ」
村長が背を向ける。
その肩が、ほんの少しだけ揺れていた。
許したわけではない。
それでも、腹を空かせたまま立たせるつもりもない。
破った約束への責任と、人としてどう扱うかを、村人たちは分けて考えようとしていた。
それはきっと、俺が地面を隆起させるよりも難しいことだった。
◇
太陽が山の向こうへ傾き始めると、火神祭は最後の祈りを迎えた。
村人たちが祭壇の前へ並ぶ。
ただし、全員ではない。
洞窟や荷車の見張りを任された者は、それぞれの場所に残っている。祭壇まで来られない者も、祈りの時刻だけは山へ向かって頭を下げることになった。
祭壇には、畑で採れた作物が置かれていた。
温泉の湯を満たした器。
洞窟で得た火トカゲの鱗と魔石。
どれも、この山と村人たちが力を合わせて得たものだ。
俺はヴァルの目を借り、祭壇の前へ進むヒナノを見つめる。
その少し後ろには、レンが立っていた。
ただ隣に並ぶのではなく、周囲を見渡せる位置を選んでいる。さっきのスワイスの言葉を、もう行動に変えようとしていた。
ヒナノが祭壇の前で膝をつく。
「火山様」
広場から、最後の話し声が消えた。
「今日まで、私たちをお守りくださり、ありがとうございます」
ヒナノの声が、静かに山へ届く。
「この山からいただいた恵みも、助けていただいた命も、決して当たり前だとは思いません」
祭壇の脇で、フランが両手を持ち上げた。
その姿は、村人たちには見えていない。
だが、フランが生み出した炎だけは別だ。
小さな炎が幾重にも枝分かれし、背後で大輪の赤い花となって咲く。
広場のあちこちから、息を呑む音が聞こえた。
「私たちはこれから、守っていただくだけではなく、自分たちの手でも、この村と、この火を守ってまいります」
ヒナノが深く頭を下げる。
フランも炎の花を揺らしながら、俺へ向かって一礼した。
「かしこみかしこみ、カザン様。麓に生きる者たちの感謝と誓い、どうかお受け取りくださいませ」
村人たちが、一斉に頭を下げた。
荷車を見張る者も。
祭壇から離れた家の前にいる者も。
洞窟の前に立つスワイスも、山へ深く頭を下げている。
火守村で生きる人々の祈りが、地面を通して流れ込んでくる。
熱い。
けれど、マグマのように焼き尽くす熱ではない。
朝日を浴びた岩のような、穏やかな温かさだった。
《信仰値:増加》
《信仰感応:安定》
俺は、この村を守りたいと思ってきた。
だが、守っていたのは俺だけではない。
村人たちは自分で家を建て、食料を蓄え、武器を取り、仲間を助けてきた。今日も、祭りを途中で終わらせるのではなく、自分たちの手で再び始めた。
俺のほうこそ、何度も助けられている。
だから、俺はヒナノへ言葉を送った。
『受け取った。ありがとう』
ヒナノが顔を上げる。
驚きに見開かれた目が、すぐに細められた。
「火山様から、お言葉です」
村人たちが顔を上げる。
「『受け取った。ありがとう』と、仰っています」
一瞬の静寂。
次の瞬間、大きな歓声が火守村へ響いた。
ガンゾウが、力いっぱい鼓を叩く。
どん。
どん。
どん。
コロも皆の真似をして頭を下げようとした。
だが、ヴァルの頭の上で勢いよく身体を傾けすぎ、そのまま前へ転がり落ちる。
ヴァルが慌てて翼を広げ、地面へ落ちる直前で受け止めた。
「おお! 始原の眷属たるコロ様が、全身全霊の感謝を――」
(落ちただけだ)
「かしこみかしこみ、そのようにも見受けられます」
フランは素直に認めた。
その間にも、ヴァルの翼の上でぷるぷる震えるコロを見て、子供たちの笑い声が広がっていく。
ヴァルは呆れたように息を吐きながら、コロを頭の上へ戻した。
◇
夜が深まり、最後の料理が片づけられた。
鼓の音が止まり、眠くなった子供たちが家へ運ばれていく。大人たちは焚き火へ水をかけ、一つずつ祭りの火を消していった。
最後に残った祭壇の火だけは、ヒナノが小さな灯皿へ移した。
明日の朝も、その火を前に祈るためだ。
祭りが終わっても、火を絶やさないために。
洞窟の前では、スワイスが空になった器を脇へ置き、見張りを続けている。
そのそばには村人が一人残り、少し離れた広場では、次の見張りを務める者が準備を始めていた。
今日の祭りは、途中で止まった。
怒りも、不安も持ち込まれた。
それでも、誰も怪我をせず、何も失わず、祭りは再び始まった。
守られるだけだった村は今日、自分たちの手でも火を守ると誓った。
(村の備えだけじゃない。俺も、異変をもっと早く拾い、皆へ伝えられる仕組みを作らないとな)
祭壇に残された小さな火が、夜の中で静かに揺れている。
そうして、火守村で初めての火神祭は終わった。
祭りは終わっても、その火は絶えなかった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。
thread、Xのフォローしていただけると喜びます。




