41.火の大河を引き込め
揺れが収まってからしばらくすると、地面へ手をついたヒナノの祈りが、神器を通して届いた。
「村の家も井戸も、異常はありません。怪我をした人もいないそうです」
(よかった。本当に……)
主地脈へ触れたのは、ほんの一瞬だった。
それでも洞窟の岩壁には亀裂が入り、火守村まで揺れた。あのまま繋がっていれば、被害がなかったでは済まなかったはずだ。
『地下を調べた影響だ。揺れは収まった』
『念のため、三日間は洞窟の奥へ近づくな』
「かしこまりました。皆にも伝えてまいります」
ヒナノが一礼する。
「かしこみかしこみ、御山が新たなる御力へ御手を伸ばされた折の、尊き鳴動であると申し伝えれば、皆様もご安心なされるかと」
(駄目だ。俺の失敗を神話にするな)
「かしこみかしこみ、では、御山が少々加減を誤られたと――」
(もっと駄目だ。普通に地下を調べていたでいい)
「かしこみかしこみ、仰せのままに」
フランは素直に引き下がった。
だが、言い直された方が、俺の威厳には深い傷を残していった気がする。
ヒナノが村人たちのもとへ駆けていく。
安全な区画では、コロが岩床の上で休んでいた。
吸収した熱の影響で、いつもより一回り大きく膨らんでいる。赤橙色の身体はまだ明るく、中心にある核も普段より強く輝いていた。
その傍らにはヴァルが座り、コロがわずかに揺れるたび、金色の目で様子を確かめている。
(コロ、具合はどうだ?)
「ぷるぅ……」
「かしこみかしこみ、平素よりいっそう、豊かなお姿になられております」
(遠回しに丸くなったって言ってるだろ)
「ぷるっ!」
コロが抗議するように跳ねた。
着地した身体が大きく横へ広がり、しばらく岩床の上で波打つ。
「グルル……」
(ヴァルも笑うな)
低く喉を鳴らしたヴァルへ、コロが飛びついた。顔に張りついたコロを、ヴァルが前脚で必死に剥がそうとしている。
元気はあるらしい。
(コロ。本当に悪かった。俺が主地脈へ近づきすぎた)
「ぷる」
(次は、何かが起きてから止めるんじゃない。起きても大丈夫な仕組みを、先に作る)
「ぷるっ!」
コロが力強く跳ね、そのまま深部へ続く裂け目へ向かおうとした。
俺は手前の岩床を盛り上げ、通り道を塞ぐ。
勢いよくぶつかったコロの身体が、岩壁へ薄く広がった。
(待て。今すぐもう一度行くとは言ってない)
「ぷるぅ……」
「かしこみかしこみ、コロ殿は、いつでも再挑戦できるとのご意思を示されたものかと」
(反省してるの、俺だけじゃないか?)
まずは、主地脈の力を受け止める器が必要だ。
俺は山の地下構造を改めて探り、火守村から離れた北側の深部へ意識を向けた。
主地脈と、今繋いでいる枝脈の間にある場所だ。厚く安定した岩盤に囲まれ、俺のコアからも距離がある。
万が一器が壊れても、熱は村とは反対側へ抜ける。火守村へ直接被害が及びにくい場所だった。
(作るなら、ここだな)
その日から三日間、俺は北側の地下を作り替えた。
地上へ揺れを伝えないよう、一度に動かす岩盤を小さく区切り、少しずつ空間を広げていく。
ただ巨大な空洞を一つ作るだけでは、上からかかる圧力に耐えられない。天井を丸いドーム状に整え、中央には太い岩柱を残す。
その周囲へ小さな空間をいくつも作り、一か所へ熱と圧力が集中しない構造にした。
掘り出した岩は消せない。
村側へ集めて二重の防壁を作り、残りは北側にある脆い地層の隙間へ詰めて、土台を厚くする。壁や岩柱の表面には熱を加え、隙間が残らないよう焼き固めた。
中央の空間には、主地脈から力を引き入れる流入口を作る。
そこから、火トカゲや魔石を育てている資源区画へ続く通路と、北側の岩盤へ熱を送る通路を伸ばした。
さらに、その二本よりも太い緊急排出路を作る。
その先は、村とは反対側にある地下深部だ。人のいない広い岩盤へ幾つもの細い道を枝分かれさせ、流れ込んだ熱を一か所へ溜めず、広く逃がせるようにした。
緊急排出路の入口は、普段は岩の栓で塞いでおく。
ただし、俺が主地脈の制御へ意識を取られても外から開けられるよう、栓はヴァルの力でも砕ける厚さにしてある。
(入れる道。使う道。それから、余った分を逃がす道)
(この三つがあれば、前みたいに慌てて岩盤を割らなくて済む)
「かしこみかしこみ、さながら、大いなる御火を受け奉る地下の内殿にございますね」
(俺は熱溜めって呼んでた)
「かしこみかしこみ、あまりに飾り気がございません」
(地下に飾り気はいらないだろ)
「ぷるっ」
「グルッ」
「かしこみかしこみ、コロ殿とヴァル殿も同意見のようでございます」
(今の鳴き声に、そんな情報量があったか?)
名称はともかく、器は完成した。
まずは、今まで使っていた枝脈から、ごく少量の熱を中央空間へ迂回させる。
熱は中央の岩柱へぶつかり、左右へ分かれた。そのまま丸い壁に沿って空間の中を巡り、開いておいた通路から北側の岩盤へ抜けていく。
次に、資源区画への通路を開く。
火トカゲたちが一斉に頭を上げた。巣の奥に並ぶ卵の鼓動がわずかに強くなり、魔石を育てている窪みにも、薄い魔力の膜が広がっていく。
(よし。枝脈の熱なら、問題なく分けられる)
緊急排出路の栓も、いったん退けてみる。
中央に溜まっていた熱が太い通路へ流れ込み、その先にある幾つもの細い道へ分かれた。広い岩盤へ熱が散っていき、中央空間の温度がはっきりと下がっていく。
入れることも、使うことも、逃がすこともできる。
俺は緊急排出路を再び塞ぎ、ヴァルでも砕ける厚さの栓を作り直した。
残るのは、火の主地脈へ繋ぐことだけだった。
俺は三体の眷属へ意識を向ける。
(コロは流入口で待機。溢れた熱だけを吸ってくれ。今度こそ、吸いすぎるなよ)
「ぷるっ!」
(ヴァルは緊急排出路だ。俺が合図したら、岩の栓を砕いて通路を完全に開けてくれ)
「グルァ!」
(フランは器全体を巡って、熱の偏りを見てくれ)
「かしこみかしこみ、御山の内を巡る炎、その一筋たりとも見落としませぬ」
(頼んだ)
「かしこみかしこみ、万一の折には、我ら一同、御身と運命を共にいたします」
(やめろ。急に失敗しそうな空気を出すな)
「かしこみかしこみ、美談になるかと存じます」
(成功させるんだよ)
流入口の先には、主地脈との間を隔てる最後の岩盤を、薄く残してある。
俺はそこへ、針の先ほどの穴を開けた。
直後、火の主地脈が脈打つ。
岩盤の向こうから、濃密な熱と魔力が穴へ押し寄せた。
赤い光が細い線となって流入口を駆け抜け、中央空間へ流れ込む。
(来た!)
最初の熱は中央の岩柱へぶつかり、左右へ分かれた。丸い壁に沿って渦を作り、器全体へ広がっていく。
岩壁が赤く染まり、低い軋みを上げた。
それでも、亀裂は入らない。
「かしこみかしこみ、二度目の脈動が参ります。先ほどより強うございます!」
再び主地脈が脈打った。
最初よりも太い熱の流れが押し寄せる。
俺は資源区画と、北側の岩盤へ続く通路を同時に開いた。中央空間へ溜まっていた熱と魔力が二つに分かれ、それぞれの通路へ流れていく。
それでも、入ってくる量の方が多い。
中央の岩柱が赤熱し、天井から細かな石が落ちた。
「ぷるっ!」
流入口から逸れた熱を、コロが吸収する。
小さな身体が白に近い色へ変わったが、前回とは違い、吸い込んだのは全体のほんの一部だ。
(まだだ。もう一度来る)
主地脈の奥で、これまでよりも大きな振動が生まれた。
俺は流入口を絞ることへ意識を集中させる。
(ヴァル、開けろ!)
「グルァァ!」
ヴァルが緊急排出路を塞いでいた岩の栓へ、体当たりを叩き込む。
一度目で亀裂が入り、続けて吐いた炎が亀裂の奥へ入り込んだ。二度目の体当たりで栓が砕け、緊急排出路が完全に開く。
直後、三度目の熱が中央空間へ流れ込んだ。
岩柱の周囲を荒れ狂っていた熱が、太い排出路へ吸い込まれる。
余分な力は村と反対側の地下深くへ駆け抜け、幾つもの細い通路へ分かれながら、広い岩盤へ散っていった。
中央空間の圧力が下がる。
赤熱していた天井も少しずつ色を失い、岩壁の軋みが収まっていく。
村側へ作った二重の岩壁には、ほとんど熱が届いていない。
地上も揺れていなかった。
(受け止められた)
主地脈を押さえつけたわけではない。
流れ込む量を細く絞り、使い切れない分には別の行き先を用意した。
大河を止める必要はなかった。
必要な分だけ、分けてもらえばよかったのだ。
俺は流入口の周囲へ岩を寄せ、隙間をさらに絞っていく。
中央空間へ流れ込む熱が一定になった。それに合わせ、資源区画と北側の岩盤へ流す量も調整する。
緊急排出路も少しずつ狭めたが、完全には閉じない。急に主地脈が脈打っても、余分な熱が抜けられるだけの道は残しておく。
「かしこみかしこみ、御火の流れ、安定いたしました」
「ぷるっ!」
「グルァ!」
(三人とも、よくやってくれた)
コロが得意そうに跳ねた。
その身体は、また少し大きく膨らんでいる。
(コロ。吸いすぎるなって言ったよな?)
「ぷる……」
「かしこみかしこみ、先刻の半分ほどに抑えられております」
(前回の事故を基準にするな)
ヴァルが前脚でコロを軽く突く。
大きく揺れた身体がヴァルへ倒れ込み、そのまま背中へ張りついた。
「グルッ!?」
(仲良く戻って休んでくれ)
コロを背負ったヴァルが、不満そうに喉を鳴らしながら安全な区画へ歩いていく。
その気配が遠ざかったところで、いくつもの表示が現れた。
《地脈中継槽を認識しました》
《火の主地脈への限定接続が完了しました》
《熱・魔力供給量:安定》
《領域内資源の生成効率が上昇しました》
《ダンジョン生成可能種が拡張されました》
《新規機能《山体成長》が解放されました》
(山体成長……)
俺は北側へ伸ばした通路へ意識を向けた。
送り込まれた熱と魔力が、冷えていた岩盤の隙間へ染み込んでいる。
急激に押し上げれば、前回の二の舞になる。
俺は一つの流れを幾つもの細い筋へ分け、時間をかけて広げていった。熱を帯びた岩盤がゆっくりと膨らみ、周囲の岩をわずかずつ持ち上げ始める。
地上では、北側の斜面に並んでいた岩がほんの少し位置を変えた。
木々を揺らすことも、土を崩すこともなく、地面がわずかに盛り上がっていく。やがて、これまでなかった小さな稜線が斜面に生まれた。
火守村まで届く揺れはない。
(本当に、山が育ってる)
火トカゲの巣では、卵が今までより力強く脈打っている。
魔石の窪みには魔力が集まり、黒銀色の鉱脈にも細かな輝きが増えていた。
この供給を維持できれば、火トカゲの数も今より安定する。
新しい魔物を作り、洞窟を広げることもできる。
山そのものを少しずつ大きくしながら、村へ必要な素材を供給していける。
ネスが戻ってくるのは、半年後の火神祭だ。
(その頃には、少しくらい驚かせられるかもな)
「かしこみかしこみ、半年後には、見違えるほど雄大な御姿となられましょう」
(見失うほど変わるのは困るぞ。あいつ、この山を目印に戻ってくるんだからな)
山の遥か下で、火の主地脈が再び脈打つ。
新しく作った器がその力を受け止め、幾つもの通路へ静かに分けていく。
今度の振動は、地上へ届かなかった。
火の大河から汲み上げた一滴が、山の内側で、新たな鼓動となって巡り始めた。
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