40.枝木にすぎなかった地脈
文字数落ち着いてきました。、
地下を横切る巨大な熱は、一か所に留まっているものではなかった。
俺の領域よりもさらに深く、厚い岩盤の向こうを、途切れることなくゆっくりと流れている。その流れは山の下をかすめ、そのまま北へ続いていた。
生き物のように脈打つたび、周囲の岩盤へ熱と魔力が染み出していく。その一部が、今俺の繋いでいる地脈へ流れ込んでいる。
(これも地脈……なのか?)
(いや、今までのものとは太さが違いすぎる)
これまで地脈と呼んでいたものが細い水路なら、地下を横切る熱は大河だ。
詳しく調べようと、流れに沿って意識を伸ばす。
だが、巨大な流れのほとんどは領域の外にある。境界を越えた途端に感覚がぼやけ、どれほど深く、どこまで続いているのかまでは分からなかった。
(気にはなるけど、まずはこっちだな)
俺が地下の熱を辿り始めたのは、洞窟の資源が戻る速さを確かめるためだ。
交易を続けるなら、火トカゲも魔石も採り尽くすわけにはいかない。
ネスが村を発った翌朝、いつものようにヒナノが山へ挨拶に来たところで、短い神託を送った。
『七日間、火トカゲを倒した区画へ入るな』
「七日間ですか?」
『恵みが戻る速さを調べる』
ヒナノはすぐに村長たちへ伝えてくれた。
「カザン様が、洞窟の恵みがどれほどで戻るのか、お調べになるそうです。その間、昨日火トカゲを倒した場所へ入ってはならないと仰っています」
「ならば、洞窟へ入る者が近づかぬよう、見張りを立てよう」
村長の声に続いて、レンが一枚の木札を持ってきた。
「昨日倒した火トカゲの数と、持ち帰った鱗や魔石は記録してあります。七日後に、どれくらい戻ったか比べられると思います」
(もう記録を始めてたのか。仕事が早いな)
その区画を休ませている間、村人たちは南へ続く道を整え始めた。
ネスの荷車が何度も車輪を取られた場所から石を運び出し、地面へ張り出した木の根を切っていく。低く窪んだところへ土を入れ、雨が降っても水が溜まらないよう、道の脇には細い溝を掘っていた。
地上からは、道を作る槌や鍬の振動。
地下からは、地脈を流れる熱の脈動。
火守村では外へ続く道を整え、俺は地下を走る道を調べる。
別々の場所で、半年後に迎える火神祭へ向けた仕事が始まっていた。
一日目。
火トカゲが倒された区画に、大きな変化はなかった。
戦いの際に散った熱と魔力が岩床へ吸い込まれ、その一部が巣のある裂け目へ戻っていく。
二日目になると、空になった巣の周囲へ、わずかに熱が集まり始めた。
巣の奥には、親指の先ほどの小さな卵がいくつか残されている。その一つへ、地脈から流れ込んだ魔力が少しずつ染み込んでいた。
三日目。
卵の中に、ごく小さな鼓動が生まれた。
まだ火トカゲと呼べるほどの熱ではない。それでも、新しい命が育ち始めていることは分かる。
壁から魔石が採られた窪みにも、薄い魔力の膜ができていた。岩の内側から少しずつ魔力が集まり、削られた部分を覆っている。
一方、黒銀色の鉱石には、目立った変化がなかった。
以前削られた箇所へ熱と魔力は届いている。だが、鉱石そのものが増えたと判断できるほどではない。
(火トカゲと魔石は戻り始めてる。でも、かなり遅いな)
七日目になっても、火トカゲの卵は孵っていなかった。
小さな魔石も、魔力の膜が少し厚くなっただけで、採取できる大きさには遠い。
黒銀色の鉱石に至っては、俺の感知でも成長したか分からないほどだった。
(この速さじゃ、荷車二台で来られても、こっちが出せる品が足りないぞ)
毎日火トカゲを倒せば、次の世代が育つより先に成体がいなくなる。
魔石も、採る量に育つ速さが追いつかない。
鉱石に至っては、採る量を抑えるだけで長く使えるのか、熱を与えれば増えるのかさえ、まだ判断できなかった。
その時、さらに深い場所を流れる巨大な熱が脈打った。
どくん、と山の底から響くような振動。
現在繋いでいる地脈へ、まとまった熱と魔力が流れ込んでくる。
火トカゲの卵の鼓動が、一瞬だけ強くなった。
壁の窪みに育ち始めた小さな魔石が魔力を帯び、黒銀色の鉱脈にも熱が広がっていく。
(三つとも、同時に反応した?)
俺は巨大な熱の流れへ意識を向けたまま、次の脈動を待った。
しばらくして、再び地下の熱が脈打つ。
その直後、火トカゲの巣、魔石、黒銀色の鉱脈が、また同時に反応した。
(やっぱりだ)
洞窟の資源は、今繋いでいる地脈から力を受け取っている。
そして、その地脈へ熱と魔力を供給しているのが、さらに深い場所を流れる巨大な何かだ。
「かしこみかしこみ、御山の地下を流れる大河もまた、御身へ御力を捧げるために現れたのでございましょう」
(まだ俺のものじゃない。それに、迂闊に触ったら、俺たちが流される側だ)
俺の感知だけでは、領域の外にある流れを詳しく調べられない。
だからといって、村人を向かわせるわけにもいかなかった。
あれがただの熱なのか、魔力を含んだ地脈なのかも分かっていない。人間が近づける温度でないことだけは確かだ。
(コロ。今繋いでいる地脈を、根元まで調べてくれるか?)
「ぷるっ」
眷属の繋がりを通じて呼びかけると、コロは迷うことなく身体を弾ませた。
火トカゲの炎さえ吸収できるコロなら、急に熱が高まっても耐えられる可能性が高い。
それでも、無理をさせるつもりはない。
ヴァルには、深部へ続く裂け目の入口で待機してもらう。
(ヴァルは帰り道を守ってくれ。何かあったら、すぐにコロを連れ戻すんだ)
「グルッ」
ヴァルから、短く力強い振動が返ってきた。
巨大な熱へ最も近づけそうな場所は、今繋いでいる地脈を根元へ辿った先、奥層のさらに下にあった。
人間どころか、ヴァルでも通れないほど細い裂け目だ。手のひらほどの大きさしかないコロなら、どうにか進める。
(熱い方へ進んでくれ。ただし、吸いすぎるなよ。少しでも危ないと思ったら、すぐに戻れ)
「ぷるっ」
コロが裂け目へ入っていく。
隙間に合わせて身体を細く変形させながら、少しずつ深部へ下りていった。
進むほど、コロの表面温度が上がっていく。それでも、身体の中心にある核は安定していた。
やがてコロが、俺の領域の境界へ達する。
そこから先へ進んだ途端、眷属の繋がり越しに伝わってくる感覚が薄くなった。
完全に消えたわけではない。
コロの身体へ触れる熱と、周囲の圧力だけは、かすかに感じ取ることができる。
(行けそうか? 少しでも危ないと思ったら戻れ)
「ぷる……」
返事とともに、コロがゆっくり進んでいく。
周囲の岩盤が熱を帯び、魔力の流れが急激に強くなった。
そして、コロの身体が巨大な熱の流れへ触れた。
その瞬間、俺の感知と地下の大河が、コロを通じてわずかに繋がった。
《地脈構造を再解析しました》
《現在接続中:火系統・枝脈》
《分岐元:火の主地脈》
《推定循環量:測定上限を超過》
(枝脈?)
これまで、地脈そのものだと思っていた。
だが、俺が繋いでいたのは、巨大な流れから分かれた枝の一本にすぎなかった。
コロを通じて触れた火の主地脈は、俺の山の下をかすめ、そのまま北へ続いている。
どこから来て、どこへ続いているのかは分からない。
ただ、その中を巡る熱と魔力は、今の俺が扱っている地脈とは比べものにならなかった。
(これだけの力があれば……)
火トカゲも、魔石も、鉱石も、今より早く育てられるかもしれない。
山そのものを大きくすることさえできる。
俺は流れの内側をもう少し確かめようと、コロとの繋がりへ意識を重ねた。
その直後、火の主地脈が大きく脈打った。
(まずい!)
主地脈の熱が、コロの触れた場所から枝脈へ一気に流れ込んでくる。
ほんの一瞬重ねた意識が《接続》の入口として働き、枝脈へ通じる口をわずかに広げてしまったらしい。
「ぷるっ!?」
コロの身体が強い熱を帯び、岩の隙間を赤く照らす。
流れ込んだ熱は枝脈を駆け上がり、洞窟へ向かった。
岩壁へ細い亀裂が走る。
浅層にいた火トカゲたちが、一斉に巣の中で暴れ始めた。
地上では、火守村の建物がわずかに揺れる。道を整えていた村人たちの足音が止まり、驚いた声が広がった。
「カザン様!」
ヒナノが地面へ手をつく。
「今の揺れは、何が起きたのでしょうか!」
『問題ない。洞窟へ近づくな』
(問題はあった。でも、もう止める)
俺はコロを通じて伸ばしていた意識を、主地脈から強引に引き剥がした。
開きかけた接続は閉じたが、すでに枝脈へ流れ込んだ熱までは消えない。
村の真下へ向かわないよう、領域内にある枝脈の周囲へ力を加え、岩盤を動かす。
一つの流れを二つに分け、村から離れた北側と、誰も使っていない地下深部の裂け目へ熱を逃がしていく。
(コロ、手前へ溢れた熱だけを吸ってくれ! ヴァル、戻ってきたコロを裂け目から離せ!)
「ぷるっ!」
「グルァ!」
コロが主地脈から溢れた熱を吸収する。
小さな身体が赤橙色から白に近い色へ変わったが、中心の核はまだ安定している。
裂け目から押し出されるように飛び出してきたコロを、待ち構えていたヴァルが前脚で受け止めた。そのままコロを背に乗せ、熱の強い場所から一気に駆け離れる。
枝脈へ流れ込む熱が、少しずつ弱まっていった。
洞窟の揺れが収まり、火トカゲたちも巣の奥で動きを止める。
地上で感じた揺れは一度だけだった。
村の建物にも、道を整えていた村人たちにも被害はない。
(よかった……)
俺は亀裂の入った岩壁を押し戻し、緩んだ天井を補強した。
ヴァルの足元では、熱を吸収したコロが、いつもより少し大きく膨らんでいる。
「ぷるぅ……」
(悪かった。助かったよ。もう戻って休んでくれ)
「ぷるっ」
疲れてはいるようだが、返事は普段と変わらない。
コロとヴァルが安全な区画へ戻ったところで、新たな表示が現れた。
《火の主地脈への直接接続が可能です》
《警告:接続路の許容量が不足しています》
《現在の状態で接続した場合、山体損傷および噴火の危険があります》
(やっぱり、このままじゃ駄目か)
今繋いでいる枝脈は、火の主地脈から流れ込む力を受け止めるには細すぎる。
ほんのわずか触れただけで、洞窟だけでなく村まで揺れた。
完全に接続すれば、資源が育つより先に岩盤が割れる。
最悪の場合、村の真下から噴火するかもしれない。
(山を育てるつもりで、村を焼いたら意味がない)
主地脈へ繋ぐ前に、流れ込んだ熱と魔力を一度受け止める場所が必要だ。
巨大な地下空間を作り、そこへ力を一時的に溜める。そこから複数の細い通路へ熱を分け、必要な場所だけへ送る。
村側の岩盤は今まで以上に厚く補強し、余った熱は人のいない北側へ逃がす。
それができれば、洞窟の資源を今より早く育てながら、山そのものを少しずつ広げられるかもしれない。
ネスは半年後、この山を目印に戻ってくると言った。
その時まで、同じ姿でいるつもりはない。
だが、山を育てるほどの熱を受け入れるには、それだけ大きな器が必要になる。
俺は主地脈の手前にある、厚い岩盤へ意識を向けた。
山を大きくするための最初の仕事は、山の中に、熱を受け止める巨大な空白を作ることだった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。
thread、Xのフォローしていただけると喜びます。




