4.最初の仲間
《新たな地脈反応を確認》
表示が浮かぶ。
(地脈?)
聞いたことがあるようで、聞いたことがない言葉だった。いや、前世で地脈という単語自体は見たことがある。風水とか、パワースポットとか、そういうやつだ。
ただし今の俺が感じているそれは、そんなふわっとしたものではなかった。
洞窟のさらに奥。崩落した岩の向こう側。大地の深い場所を、細い熱の流れが走っている。
それはマグマとは少し違う。熱だけではなく、何かもっと濃いものが混ざっていた。血管というより、山そのものに通る神経に近い。
(……これ、繋げられるのか?)
そう考えた瞬間、地中の熱が反応した。
俺の中を流れる灼熱が、奥にある細い流れへ向かって伸びていく。恐る恐る手を伸ばすような感覚だった。手はないけど。
(まあ、やってみるか)
どうせ何もしなければ分からない。さっき死にかけたばかりなのに、もう新しいものに手を出しているあたり、自分でもどうかと思う。
でも、しょうがない。
生き残るには、できることを増やすしかない。
地中の熱をゆっくりと伸ばす。すると、奥の流れがこちらに触れた。
どくん。
山全体が脈打った。
(うおっ……!?)
次の瞬間、熱と魔力が一気に流れ込んできた。
雪解け水が川へ流れ込むように。いや、違う。もっと大きい。乾ききった大地に雨が染み込むような感覚だった。
(み…みなぎってきたー!)
洞窟の壁に埋まっていた赤い鉱石が、淡く光を放つ。冷えかけていた溶岩がゆっくりと赤みを取り戻し、温泉の湯気が少しだけ濃くなった。
(おお……)
思わず声にならない声が漏れる。
山が生き返っていく。
そんな感覚だった。
《地脈接続を確認》
《火山領域が安定しました》
《火山の権能が成長しました》
(なるほど、これが俺の栄養源みたいな感じなのか?)
説明は相変わらず最低限だが、悪いことではなさそうだ。少なくとも、さっきより体が軽い。いや山が軽いってなんだ。重いに決まってる。
その時、ふと視界が変わった。
(……ん?)
今までは山全体で世界を見ていた。森も川も洞窟も、全部をぼんやり認識するような感覚だ。
だが今は違う。
視界が一点に集まっていく。
赤く脈打つ結晶。
俺のコア。
その表面に、半月みたいな細い光が浮かんだ。
(目?)
コアに目が開いた。
(開眼っ!)
とりあえず、ノリで口走ってはみたが訳がわからない。
だが、その目のおかげで初めて洞窟の中を近くから見られるようになった。崩れた岩、赤く光る鉱石、熱を帯びた壁。山全体の感覚は消えていない。ただ、コアの前だけは人間の目に近い距離で見える。
(なるほど。監視カメラがついた感じか)
大地主の土地にようやく管理設備がついたか。
そう思った瞬間、新しい表示が浮かぶ。
《地脈接続により、眷属生成が可能になりました》
(眷属)
仲間。
部下。
家族。
どれが近いのかは分からない。
どれにでもあてはまるのかもしれない。
ついに、一人ではなくなるかもしれない。
その可能性だけで、思ったより胸が軽くなった。
(……作れるのか?)
《生成可能》
(じゃあ、やるか)
少し迷った。
さっき人を死なせたばかりだ。その直後に何かを生み出すというのは、妙な気分だった。
けれど、だからこそ。
次に誰かが来た時、俺はまた一人で守れるとは限らない。
(さっきの盗賊にもすぐ見つかったからな、次がくるのを悠長に待ってるわけにはいかない)
俺は火山だ。動けない。歩けない。話せない。
だったら、俺の代わりに動ける存在が必要だ。
(頼むぞ。できれば強いやつで!)
そう願いながら、地脈から流れ込んだ熱と魔力をコアへ集める。
赤い光が洞窟を満たした。
コアの前に、小さな炎が灯る。
その炎はふわりと揺れ、ぷくりと膨らみ、やがて丸い形になった。
ぽんっ。
そこにいたのは、手のひらほどの赤橙色のスライムだった。
半透明の体の中心に、小さな炎が揺れている。
ぷるぷるしている。
以上。
(……弱そう)
思わず本音が出た。
いや、可愛い。
可愛いのは間違いない。
だが強そうかと言われると、まったく強そうではない。威厳はゼロ。神話感もゼロ。どちらかというと和菓子に近い。とっても美味しそうだ。
「ぷるっ!」
スライムが跳ねた。
(鳴いた!)
「ぷるる!」
もう一度跳ねる。
そして勢い余って、ころんと転がった。
(転がった………かわいぃ)
スライムはそのままころころ転がり、コアの前で止まる。中心の小さな炎が嬉しそうにふわふわ揺れていた。
(なんだこいつ)
弱そうだ。
(でも、とってもかわいぃぞぉ!)
こちらを見上げるようにぷるぷるしている姿を見ていると、なぜか悪い気はしなかった。
「ぷる!」
(……転がってるし、コロでいいか)
深く考えたわけではない。
本当にそれだけだった。
《個体名:コロ》
《始原火核スライムを眷属として登録しました》
(しげんかかく?)
思ったより大層な名前が出た。
(もしかしたら、強いのか?)
目の前では、コロが嬉しそうに跳ねている。
「ぷるっ! ぷるるっ!」
(いや、お前そんなすごい種族名だったのか?)
どう見ても手のひらサイズのぷるぷるである。
コロは俺の疑問など気にせず、洞窟の床を跳ね回った。赤い鉱石に近づき、つつくように体を押し当てる。すると中心の炎が少し大きくなった。
(食ってる?)
「ぷる!」
たぶん食っている。
鉱石を食べるスライム。
すでに普通ではない気がしてきた。
そのままコロは、溶岩の流れに近づいていく。
(おいおいおい、それは危ないだろ)
慌てて熱を弱めようとする。
だがコロは気にした様子もなく、溶岩の端に体を寄せた。
「ぷるる!」
嬉しそうだった。
(熱くないのか?)
「ぷる!」
(そうか。熱くないのか)
会話できている気がする。
気のせいかもしれないが。
コロは溶岩を少しだけ吸い込み、満足そうに体を揺らした。中心の炎がふわふわと大きくなる。
弱そうだが、火山生まれなのは間違いないらしい。
(まあ……強くなくてもいいか。)
そう思った瞬間、コロがぴたりと動きを止めた。
「ぷ?」
体の中心にある炎が小さく揺れる。
コロは洞窟の奥を向いていた。
(どうした?)
「ぷる」
コロが跳ねる。
ころん。
また転がる。
(大丈夫かこいつ)
心配になったが、コロはすぐ起き上がり、今度は迷いなく奥へ向かって跳ね始めた。
その先にあるのは、さっき繋げた地脈の反応だ。
《眷属:コロ》
《地脈反応に接近中》
(もしかして、分かるのか?)
コロは答えるように跳ねた。
「ぷるっ!」
小さな体の中心で、炎が嬉しそうに揺れる。
俺はしばらくその姿を見ていた。
さっきまで、この洞窟には静寂しかなかった。
盗賊の声が消え、岩の下に命が消えた場所だった。
でも今は違う。
ぷるぷるした小さな命が、俺の中を跳ねている。
(……そっか)
一人じゃなくなった。
たったそれだけのことが、思った以上に大きかった。
面倒なことは増えそうだ。
守るものも増えた。
でも、不思議と嫌ではなかった。
(じゃあ行くか、コロ)
「ぷる!」
小さな火のスライムは、元気よく跳ねた。
俺の山に、初めての仲間が生まれた。
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