32.噴火ってうんこみたい
噴火する。
そう理解したところで、俺の身体は待ってくれなかった。
新たに繋がった地脈から、熱と魔力が流れ込み続けている。接続部を岩で塞ごうとしても、膨れ上がった力が内側から押し返してきた。
深層ではマグマが大きくうねり、山頂へ向かって上昇している。地下水の一部も急激に温められ、複数の場所で圧力が高まり始めていた。
《火山内部圧力:上昇継続》
《複数の岩盤層に亀裂を確認》
(落ち着け)
(まず、何が起きてるか確かめる)
焦って山全体を動かせば、それだけで村へ大きな揺れを起こしてしまう。
俺は上昇するマグマを何層もの岩盤で押さえながら、新しい地脈との接続部へ意識を伸ばした。
流れ込んでくる力は、最初よりわずかに弱まっている。それでも、今の俺が受け入れられる量を大きく超えていた。
「かしこみかしこみ、恐れながら申し上げます。接続部の完全な遮断は、現時点では困難かと存じます」
フランが岩壁へ炎文字を描く。
火山の深層。
二本の地脈。
膨れ上がるマグマ。
そのすべてが、赤金色の線となって浮かび上がった。
「新たな地脈のみを塞ごうとすれば、押し戻された力が岩盤の隙間へ流れ込みます。このままでは、カザン様の御身のどこから噴き出すか予測できません」
(やっぱり、止めるのは無理か)
流れ込んだ力そのものを消すことはできない。
マグマへ変わった熱を、永遠に深層へ閉じ込めておくこともできない。押さえ込めば、その分だけ圧力が高まり、限界を超えれば最も弱い場所を勝手に突き破る。
フランの炎文字には、マグマが進もうとしている複数の流れが描かれていた。
一つは山頂。
一つは、浅層ダンジョンに近い岩盤。
もう一つは、麓側へ伸びている。
(麓側はまずい)
その先には村がある。
家。
畑。
古井戸。
魔物の襲撃を生き延び、ようやく復旧を始めたばかりの人々がいる。
今までなら、噴火はただ起きるものだった。
だが、今の俺は自分の身体を動かせる。
岩を削り、通路を作り、マグマの流れを変えられる。
(止められないなら、出すしかない)
問題は、どこから出すかだ。
俺は火山の外側へ意識を広げた。
眠りについた村人たちの体温。
地面へ並ぶ家々の重み。
柵の内側で身を寄せ合う家畜。
植え直された畑。
浅層ダンジョンの入口。
そこから大きく横へ外れた山裾に、草木の少ない岩場がある。
家も畑もない。
村人が普段使う道からも離れている。
中央は浅く窪み、周囲を硬い岩に囲まれていた。
あそこへマグマを導き、さらに村側へ岩壁を作れば、流れをある程度閉じ込められるかもしれない。
(噴火を止めるのは無理でも、噴火する場所なら選べる)
「新たな流路をお作りになるのですか?」
(ああ。村から外れた岩場まで、マグマの逃げ道を作る)
フランの赤金色の瞳が細められた。
「その経路を開かれれば、カザン様の御身にも大きな損傷が生じます」
(村の近くで勝手に破裂するよりはいい)
「ですが――」
(それに、俺だって山ごと吹き飛びたくない。村を守るついでに、俺も助かる方法だ)
自分だけが犠牲になればいいとは思っていない。
俺だって死にたくない。
コアを壊されれば終わるのは、今も変わらない。
だからこそ、村も俺も守れる場所を選ぶ。
(ただ、先に村へ知らせないとな)
岩場を避けても、揺れや火山灰までは完全に防げない。噴き上がった岩が、どこまで飛ぶかも分からない。
何も知らずに眠っているところへ、噴火を起こすわけにはいかなかった。
(ヒナノは……眠ってるな)
巫女との繋がりを辿ると、村の一角から穏やかな意識が伝わってくる。
夢の中なら、詳しい話ができる。
(フラン。俺がヒナノへ警告する間、地脈の流れを見ていてくれ)
「承知いたしました。異常があれば、直ちにお伝えします」
(コロは、接続部から漏れた熱だけを食べてくれ。無理はするなよ)
「ぷる!」
(ヴァルは二人を頼む)
「グル……!」
ヴァルが岩へ黒い爪を立て、フランとコロの近くへ身を置く。
俺は上昇するマグマを押さえたまま、意識の一部をヒナノとの繋がりへ流した。
◇ ◇ ◇
暗い夢の中へ、赤い光が走った。
地面の奥を巡る、幾本もの熱。
その中央で、ヒナノが振り返る。
顎の辺りで揃えられた黒髪が、吹いていないはずの風に揺れていた。
『ヒナノ、起きろ』
「カザン様……?」
『今から、山が噴火する』
ヒナノの目が見開かれた。
「……噴火?」
『新しい地脈から、想像以上の力が流れ込んだ。もう全部を止めるのは難しい』
「村は……皆は、どうなるのですか?」
自分のことではなく、真っ先に村人たちを案じる。
やはりヒナノらしい。
『村には向けない』
夢の地面へ、火山の形が浮かび上がる。
麓には、村人たちの命を表す小さな光。
村と畑から横へ外れた場所には、草木の少ない岩場。
深層から伸びる赤い線が、その岩場へ向かって進んでいく。
『人のいない岩場へマグマを逃がす。ただ、地面は揺れる。火や石、灰も出るかもしれない』
ヒナノは、浮かび上がった場所を真剣な表情で見つめた。
「この岩場へ、誰も近づけなければよいのですね?」
『ああ。それと、洞窟にも入れるな。皆を起こして、壊れかけた家から離れさせろ。細かい判断は村長に任せる』
「分かりました」
夢の中で、地面が大きく揺れた。
赤い線の一部が太くなり、村へ向かって枝分かれしようとする。
俺は意識を身体へ戻し、その流れを岩盤で押し返した。
「カザン様」
『どうした?』
「カザン様は、大丈夫なのですか?」
『俺は火山だ。噴火くらい……まあ、初めてだけど、何とかする』
「それでは安心できません」
『正直だな』
「どうか、御無事で」
『噴火する火山に言う言葉か、それ』
「カザン様は、ただの火山ではありません」
迷いのない声だった。
「私たちのことを考え、噴火する場所まで選んでくださる方です」
『……そうだったな』
今も深層では、マグマが俺の身体を押し上げている。
長く話している余裕はない。
それでも、ヒナノの言葉へ返事をせずに夢を終わらせる気にはなれなかった。
『ありがとう。行ってくれ』
「はい」
ヒナノの姿が光へ溶ける。
夢が終わる直前。
「必ず、またお話ししてください」
その言葉が、最後まで俺の意識へ残った。
◇ ◇ ◇
ヒナノは、揺れる寝床の上で目を覚ました。
家の柱が軋んでいる。
壁へ掛けられた籠が揺れ、中に入っていた小物が触れ合っていた。
胸元の神器では、赤い結晶が脈打つように輝いている。
「ヒナノ?」
隣で眠っていた母親が、身を起こした。
「お母さん、すぐ外へ出て。近くの人たちも起こして」
「何があったの?」
「山が噴火します」
母親の表情が凍りついた。
「でも、カザン様が村から離れた場所へ、マグマを逃がしてくださいます」
再び、地面が揺れる。
先ほどよりも強い。
ヒナノは寝間着の上へ外套を羽織り、家を飛び出した。短い黒髪が、夜の冷たい風に煽られる。
村はまだ暗い。
だが、揺れに気づいた家から、少しずつ明かりが漏れ始めていた。
ヒナノは村長の家へ向かって走る。
「村長さん!」
扉を叩く前に、中から村長が出てきた。
すでに上着を身につけ、片手には杖を持っている。
「今の揺れは、山か?」
「はい。カザン様から神託がありました。間もなく噴火します」
「場所は?」
「村と畑から外れた岩場です。カザン様が、そこへマグマを逃がしてくださいます」
村長は一瞬だけ山へ目を向けた。
「ほかにお言葉は?」
「洞窟へ入らないこと。岩場へ近づかないこと。全員を起こし、壊れかけた家から離れさせるようにと」
「分かった」
噴火するという言葉を疑うことも、理由を問い詰めることもしなかった。
今必要なのは原因を知ることではなく、全員を守ることだと理解している。
「ガンゾウを起こせ! 鼓を鳴らさせろ! 全員を村の中央へ集める!」
村長の声が、夜の村へ響いた。
間もなく。
どんっ、どんっ、と腹へ響く鼓の音が鳴り始める。
祭りの時とは違う。
短く、強く、眠っている者を叩き起こす音だった。
「起きよ! 皆、家から出るのじゃ!」
ガンゾウが鼓を鳴らしながら、村の道を歩いていく。
「カザン様より警告があった! 子どもと怪我人を先に中央へ集めよ!」
家々の扉が開く。
子どもを抱いた母親。
足を引きずる負傷者。
槍や弓を手にした男たち。
何が起きているのか分からず、不安そうに山を見上げる者もいる。
レンも、父親と一緒に家から飛び出してきた。
短い亜麻色の髪には寝癖が残り、片腕にはまだ傷を覆う布が巻かれている。
「父さん、槍は?」
「いらん」
「でも、何か起きるんだろ?」
「今日は魔物と戦うんじゃない。動けない者を運べ」
レンは一瞬だけ、槍へ視線を向けた。
それでも反論せず、近くにいた老人へ肩を貸す。
「こっち。広場まで行こう」
「慌てるな!」
村長が、集まった者たちへ指示を出す。
「竈と松明の火を消せ! 水桶は広場へ運べ! 井戸と食料には、灰が入らぬよう布を掛けろ!」
村人たちが一斉に動き出す。
魔物の襲撃を経験していたこともあり、混乱しながらも、それぞれが自分の役目を探していた。
その中で、一人の男が震える声を漏らす。
「火山様が、お怒りになったのか……?」
周囲の動きが、一瞬止まった。
魔物から守ってくれた山。
水と鉱石を与えてくれた山。
だが同時に、村そのものを焼き尽くせる火山でもある。
その事実を、村人たちは初めて目の前へ突きつけられていた。
「違います」
ヒナノは、はっきりと否定した。
「カザン様は、私たちへ怒っているのではありません」
胸元の神器を、両手で包む。
「今も、噴火が村へ来ないように戦ってくださっています」
「火山様が、自分の噴火と……?」
「はい」
ヒナノは、闇の中にそびえる山を見上げた。
「だから私たちも、いただいた警告を無駄にしてはいけません」
村長が、杖で地面を強く叩く。
「話は聞いたな! 頭を下げるのは、全員が助かった後だ! 今は動け!」
止まっていた村人たちが、再び走り始めた。
◇ ◇ ◇
鼓の振動が、地面を通じて俺まで届く。
続いて、村中を行き交う無数の足音。
家から広場へ。
井戸から水桶へ。
ばらばらだった動きが、少しずつ一つへまとまっていく。
(伝わったな)
ヒナノが起き、村長へ知らせてくれた。
正確な会話は聞こえない。
それでも、村人たちが避難を始めたことは分かる。
「カザン様、村側の岩盤へ新たな亀裂が生じております!」
(分かった。そっちは塞ぐ!)
意識を深層へ戻す。
細い亀裂が、上昇するマグマの圧力によって広げられようとしていた。
俺は周囲の岩を押し込み、亀裂を両側から圧縮する。
熱で膨張した岩が抵抗した。
さらに外側から圧力を加え、村へ向かう流れを押し戻す。
《村落方面へのマグマ流入を検知》
《岩盤圧力が上昇しています》
(そっちには行かせない)
岩が軋む。
亀裂は一度閉じたが、流れを失ったマグマが別の場所へ押し寄せる。
完全に止めることはできない。
やはり、別の出口が必要だ。
(フラン、岩場までの流れをもう一度出してくれ)
「はい!」
岩壁へ炎文字が走る。
深層から村の外れにある岩場まで、赤金色の線が伸びていく。
最短の道を通せば、途中で地下水脈とぶつかる。
高温のマグマが大量の地下水へ触れれば、一気に蒸気が生まれる。地中で爆発すれば、どこまで岩盤が吹き飛ぶか分からない。
(ここは避ける)
俺は予定していた流路を曲げ、地下水脈より深い場所へ通すことにした。
距離は長くなる。
その分、完成までに時間もかかる。
《火山内部圧力:危険域へ接近》
(急げ)
深層の岩盤を削る。
一度に広げすぎれば、作ったばかりの通路が圧力へ耐えられない。
まず細い穴を通し、その周囲を熱で柔らかくする。外側の岩へ均等に圧力を加え、マグマが通れる幅まで少しずつ押し広げていった。
その間にも、村側の岩盤へ新しい亀裂が生まれる。
塞ぐ。
別の場所が割れる。
また塞ぐ。
(面倒だな……!)
一つを押さえれば、別の場所が膨らむ。
火山になってから初めて、自分の身体がここまで言うことを聞かない。
「ぷる!」
コロが、新しい地脈との接続部へ近づいた。
岩の隙間から漏れ出す熱へ体を重ね、そのまま吸い込み始める。
半透明の赤橙色の体が、内側から強く輝いた。
(コロ、無理するなよ!)
「ぷるる!」
漏れ出す熱が減り、接続部周辺の膨張が一時的に弱まる。
ほんのわずかだが、流路を作るための時間が生まれた。
(助かる。そのまま少しだけ頼む)
「ぷる!」
コロは体を震わせながら、熱を食べ続ける。
だが、中心の炎が、いつもの倍近くまで膨らんでいた。
(もういい。離れろ!)
「ぷる……!」
まだ続けようとするコロの前へ、ヴァルが回り込む。
ぷるぷるした体の端をそっと咥え、接続部から引き離した。
「ぷるるっ!」
コロは不満そうに揺れたが、ヴァルは離さない。
(ヴァル、そのまま頼む)
ヴァルが小さく喉を鳴らし、コロを安全な場所へ運んでいった。
「カザン様、流路の先端が岩場の地下へ到達しました!」
(地表の状態は?)
「人の気配はございません。周辺にいた小動物も、揺れを察知して離れております」
(よし)
あとは、マグマを受け止める場所を作る。
俺は岩場の周囲へ意識を伸ばした。
中央の窪地を、さらに深くする。
村側の地面を隆起させ、厚い岩壁を作る。万が一マグマが窪地から溢れても、村とは反対側へ流れるよう、地面の高低を調整した。
噴き上がった岩を、すべて防ぐことは難しい。
それでも、流れ出すマグマの方向だけは選べる。
(あとは、地表まで繋げるだけだ)
岩場の地下。
流路の先には、まだ厚い岩盤が残っている。
ここを破れば、噴火が始まる。
自分で作った通路へ、自分の手でマグマを流し込む。
失敗すれば、岩場だけでは済まない。
噴火の衝撃で別の亀裂が開き、村側からもマグマが噴き出す可能性がある。
「カザン様」
フランの声が、炎文字の向こうから届く。
「御身の判断に、すべてを委ねます」
村から、幾つもの祈りが流れ込んできた。
恐怖。
不安。
それでも、俺の警告を信じようとする思い。
子どもを抱く者。
怪我人へ肩を貸す者。
水を運び、火を消し、互いの名前を呼ぶ者。
何も知らなかった頃なら、噴火の被害がどこへ向かおうと気にしなかった。
今は違う。
あそこには、俺が守ると決めた者たちがいる。
(しょうがない)
岩場の地表へ意識を集中させる。
(噴火するなら、俺が選んだ場所で噴火しろ)
最後の岩盤を、内側から突き破った。
◇ ◇ ◇
最初に響いたのは、地面そのものが裂けるような轟音だった。
村から外れた岩場に、一本の赤い亀裂が走る。
亀裂は枝分かれしながら広がり、暗い地面を内側から照らしていった。
次の瞬間。
赤熱した岩と火の粉が、夜空へ噴き上がった。
炎の柱が立ち昇る。
砕けた黒い岩が赤い尾を引き、岩場の周囲へ降り注ぐ。
亀裂から溢れたマグマは、新たに作られた窪地へ流れ込み、夜の山裾を真紅に染め上げた。
衝撃が遅れて村へ届く。
地面が大きく揺れ、何人かの村人がその場へ膝をついた。
「伏せろ!」
村長の声が飛ぶ。
大人たちは子どもを抱き込み、降ってくるものがないか空を見上げた。
細かな火山灰が、雪のように舞い始める。
それでも、炎の柱は村から外れていた。
マグマも村へ向かってこない。
隆起した岩壁へぶつかり、家や畑とは反対側の窪地へ流れ込んでいく。
ヒナノは、赤く照らされた山を見つめた。
胸元の神器が、噴火の光へ応えるように脈打っている。
「本当に……」
村の誰かが、掠れた声を漏らした。
「本当に、火が俺たちを避けている……」
噴き上がる炎。
焼け落ちる木々。
赤く溶けていく岩場。
それは間違いなく、人間を容易に呑み込む災害だった。
だが、その災害は村を避けている。
地形へ沿って流れているのではない。
村へ向かうはずの低い土地が、岩壁によって塞がれている。
炎の進む道そのものを、何者かが選んでいた。
「カザン様が、導いてくださっています」
ヒナノの声は震えていた。
怖くないわけではない。
噴火の光景を前に、恐怖を覚えない人間などいない。
それでも、彼女は山から目を逸らさなかった。
「私たちのところへ、炎が来ないように」
村人たちも、次第に理解し始める。
自分たちは、偶然助かっているのではない。
火山そのものが、自らの噴火を別の場所へ導いている。
ガンゾウが鼓を抱えたまま、山へ頭を下げようとする。
「まだ終わっておらん!」
村長が止めた。
「祈るなら、手を動かしながら祈れ! 灰が増える前に、井戸と食料を守れ!」
「分かっておる!」
ガンゾウは顔を上げ、再び鼓を鳴らした。
今度の音は、人々を落ち着かせ、作業の動きを揃えるためのものだった。
村人たちは赤く染まった夜の中で、互いを支えながら動き続けた。
◇ ◇ ◇
マグマが地表へ噴き出した瞬間、俺の身体を押し広げていた圧力が、一気に出口へ向かった。
(ぐっ……!)
岩場まで作った流路を、膨大な熱が駆け抜ける。
通路の壁が削られ、岩の一部が溶けてマグマへ混ざった。
自分の身体を、内側から抉られるような感覚。
痛みとは少し違う。
それでも、決して気持ちのよいものではなかった。
《噴火の発生を確認》
《形成済み流路へのマグマ移動を確認》
《火山内部圧力:低下開始》
(まだだ)
圧力が下がったからといって、すぐに手を離すわけにはいかない。
勢いを失ったマグマが途中で固まれば、流路が塞がる。出口を失った圧力が、再び別の場所へ向かうかもしれない。
俺は流路の温度を保ちながら、岩場の窪地へ流れる量を調整する。
村側の岩壁へは、さらに圧力を加えた。
地表へ出たマグマが岩壁を越えようとするたび、窪地の反対側を沈ませて流れを変える。
疎らに生えていた木々の根が、高熱に呑まれていく。
古い獣道も、赤い流れの下へ消えた。
(全部を守るのは無理か)
岩場に生えていた草木まで助けることはできない。
それでも、村へ続く土地と畑は守れている。
家々の重みも、古井戸の水も、今までと同じ場所にある。
「カザン様、村側の圧力が低下しております!」
(新しい地脈は?)
「流入量が一定になりつつあります。現在の噴火経路を維持できれば、安定する可能性がございます!」
(よし。このまま抑える)
時間が経つにつれ、噴き上がるマグマの勢いは弱まっていった。
赤い火柱は低くなり、岩場へ降り注ぐ石の数も減っていく。
最後には、窪地へ緩やかに流れ込む赤いマグマだけが残った。
《新規噴火経路の形成を確認》
《火山内部圧力:安定域へ移行》
《新規地脈接続:安定》
《新規放熱口を確認》
(……溜め込んだものを、決めた出口から外へ出したら楽になった)
(噴火って、山にとってのうんこみたいなものなのか?)
(いや、規模が違いすぎるだろ)
命懸けの噴火を終えた直後に、何を考えているんだ、俺は。
(……終わった、か)
気を取り直し、火山全体へ意識を広げる。
浅層ダンジョン。
採掘区画。
地下水脈。
赤い花。
コア。
どこにも、すぐ崩れるような損傷はない。
採掘区画には細かな亀裂が増えているが、利用を再開する前に直せる程度だ。
次に、村へ意識を向ける。
一人。
二人。
さらに、その向こう。
温かな命の気配を、一つずつ確かめていく。
誰も欠けていない。
家も畑も焼けていない。
薄い火山灰が積もり始めているだけだ。
(よかった)
その安堵は、繋がりを通じてフランにも伝わった。
フランが胸へ片手を当て、俺のコアへ深く頭を下げる。
「かしこみかしこみ、申し上げます。御身を裂きながらも、一人の民も失われぬ道を選ばれた御慈悲、しかと記録いたしました」
(俺まで吹き飛びたくなかっただけだ)
「なお、ご自身の功を誇られぬとは」
(もう、好きに記録してくれ)
「ありがたきお言葉にございます」
(許可したつもりはないんだが)
フランの背後へ、赤い炎の花が咲いた。
危機が去ったからか、いつものやり取りへ戻れたことに、俺も少しだけ安心する。
「ぷる……」
熱を食べすぎたコロが、いつもより重そうに体を揺らしながら近づいてきた。
中心の炎はまだ大きいが、先ほどより落ち着いている。
その後ろには、ヴァルもいる。
黒曜石のような鱗へ細かな岩屑が付いていたが、怪我はない。
(コロ、ヴァル、フラン)
三人の意識が、俺へ向く。
(助かった。ありがとう)
「ぷる!」
コロが、疲れていたことも忘れたように跳ねた。
ヴァルは誇らしげに胸を張り、小さく喉を鳴らす。
フランは平静を保とうとしていた。
だが、その背後では、今までで最も大きな炎の花が咲き誇っている。
「カザン様より賜ったお言葉、我が炎へ永遠に刻みます」
(そこまで重く受け止めなくていいぞ)
「それは承服いたしかねます」
(こういう時だけ、はっきり断るんだな)
山になってから、ずっと一人で自分の身体を守ってきた。
だが、今回は違った。
フランが流れを読み。
コロが熱を食べ。
ヴァルが二人を守った。
村ではヒナノが警告を伝え、村長や村人たちが自分たちの命を守るために動いた。
噴火を導いたのは俺だ。
それでも、一人だけで守ったわけではない。
(仲間が増えるって、こういうことなのかもな)
山の中へ満ちた温かな繋がりを感じながら、俺は残った異常がないか確かめていった。
◇ ◇ ◇
空が白み始める頃。
岩場の窪地を満たしていたマグマは、表面から少しずつ黒く固まり始めていた。
内部には、まだ高い熱が残っている。
村人を近づけるには、しばらく時間が必要だろう。
新たに作られた放熱口からは、細い煙が上がり続けている。火山内部の状態も、ようやく落ち着いていた。
(これなら、すぐにもう一度噴火することはなさそうだな)
安心しかけた時。
噴火した岩場の外縁で、地下水の流れが変わった。
(……ん?)
マグマに押し出された地下水が、岩の隙間を通って地表へ向かっている。
流れの途中で地熱に温められ、元の地下水よりも高い温度になっていた。
やがて。
黒い岩の割れ目から、水が湧き出す。
同時に、白い湯気が立ち上った。
《地下水脈の変動を確認》
《新たな熱水の湧出を確認》
(噴火したら、今度は湯が湧いたんだが)
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