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【火山転生】目覚めたら火山そのものだった〜マグマの力で最強の聖地を作ったら、麓に国ができていました〜  作者: 尾の長い虎(てぃが)
第一章:建国編

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30.ダンジョン攻略と新たな仲間

 新しく作った洞窟の入口で、村人たちの足音が止まっている。


 松明へ火を移す、小さな振動。


 縄や採掘道具が、互いに触れ合う音。


 それらを地中から感じ取りながら、俺は浅層へ配置する最初の魔物を選んでいた。


 候補はいくつかある。


 丸い体で攻撃を受け止めるもの。


 小さく素早く動き回るもの。


 熱に強い皮膚と、簡単な火の息を持つもの。


(最初から動きが速すぎる相手は危険だな)


 村人たちは、まだ魔物との戦いに慣れていない。


 オーガの襲撃を生き延びたとはいえ、あれは柵や岩壁を利用した集団戦だった。


 狭い洞窟の中で魔物と向き合うのは、それとは違う。


 逃げられる方向も限られる。


 前にいる者が動きを間違えれば、後ろの者まで巻き込まれる。


(攻撃の前触れが分かりやすくて、大人が三人いれば倒せるくらいがいい)


 俺は、四本の脚を持つ小さな形へ意識を向けた。


 地を這うように進み、爪と牙を使う。


 喉へ熱を溜め、短い火の息を吐く。


 体は、大きな猫より少し大きい程度。


 鱗は硬いが、狙う場所を選べば槍でも貫ける。


《生成対象:火トカゲ》


《生成数:一》


《配置区画:浅層・戦闘空洞》


(よし。まずは一体だけだ)


 浅層を巡る魔力の一部を、戦闘用に作った空洞へ集める。


 赤い火の粉が地面から立ち上り、一つの輪郭へまとまっていった。


 細長い胴体。


 四本の短い脚。


 岩肌へ食い込む黒い爪。


 尾の先までを覆う、くすんだ赤褐色の鱗。


 最後に橙色の目が開くと、火トカゲは低く姿勢を落とした。


 コロやヴァルほど、強い自我は感じられない。


 伝わってくるのは、自分が置かれた空洞を守るという単純な意志だけだ。


 俺は、火トカゲが追跡する範囲を戦闘空洞の中へ限定した。


 村人が手前の通路まで退けば、追わない。


 戦えないと判断して逃げた者が、入口まで追い回されることもない。


(これで、逃げ道は確保できた)


 とはいえ、怪我をしない保証はない。


 爪で引っかかれれば傷つく。


 火の息をまともに浴びれば、火傷もする。


(危なくなったら止める)


(でも、それまでは手を出さない)


 村人を助けるための場所であっても、鍛錬するのは彼ら自身だ。


 何もかも俺が止めてしまえば、森で本物の魔物と出会った時に役立つ経験にはならない。


「ぷる!」


 そばでコロが大きく跳ねた。


(お前が戦うんじゃないぞ)


「ぷるる!」


(応援? 本当か?)


 コロは元気よく体を揺らしている。


 その隣では、ヴァルも戦闘空洞の方角へ顔を向けていた。


 こちらは、火トカゲの動きを確かめているらしい。


 金色の瞳を細め、守護者らしい真剣さで意識を向けている。


(ヴァルも手を出さなくていいからな)


「グル……」


(いや、火トカゲが一瞬で終わるから)


 生まれたばかりとはいえ、ヴァルは火竜だ。


 小さな火トカゲ一体では、鍛錬相手にもならないだろう。


 入口の方から、新たな足音が伝わってきた。


 いよいよ、村人たちが山へ入るらしい。


(さて)


 俺も浅層全体へ意識を広げる。


(最初の攻略者を迎えるか)


 ◇ ◇ ◇


 洞窟の入口には、三人の男が立っていた。


 先頭はレンの父親。


 その後ろには、弓を持った猟師と、普段から村の鍛冶仕事を担っている男が続く。


 槍。


 弓。


 採掘用の槌。


 縄と水。


 予備の松明。


 荷物は多いが、どれも村長と相談して選んだものだった。


「もう一度言う」


 村長が三人を見回した。


「目的は中の確認だ。魔物を倒すことでも、鉱石を大量に持ち帰ることでもない」


 三人が頷く。


「危険だと感じたら、すぐに戻れ。カザン様が作られた場所だからといって、命まで預けてよい理由にはならん」


「分かっている」


 レンの父親が答えた。


「中で見つけたものは、できる限り記録する。赤い線があれば、その場で引き返す」


「道からも外れるな」


「ああ」


 少し離れた場所では、ヒナノとレンも洞窟を見つめていた。


 顎の辺りで揃えられたヒナノの黒髪が、入口から流れ出す温かな風に揺れている。


 胸元には、黒銀色の神器が下がっていた。


「俺も行けるのに」


 レンが不満そうに呟く。


 短い亜麻色の髪の下、片腕にはまだ傷を覆う布が巻かれている。


「最初は、大人の人たちが安全を確かめるって決めたでしょう?」


「分かってるけどさ」


「レンのお父さんなら大丈夫だよ」


「心配なのは父さんじゃなくて、中に何があるか見たいんだ」


「それなら、もっと駄目だと思う」


 ヒナノの返答に、レンは言葉を詰まらせた。


「戻ってきたら、次に入るための準備をしよう」


「……うん」


 レンの父親が、二人を振り返る。


「持ち場を離れるなよ」


「分かってる」


「ヒナノも、何か感じたらすぐに村長へ伝えてくれ」


「はい」


 三人は松明を掲げ、洞窟へ足を踏み入れた。


 外の光が届くのは、入口から数歩まで。


 その先には、緩やかに下る黒い岩の通路が続いている。


 天井は高く、大人が槍を背負ったままでも余裕があった。


 壁面には不自然な凹凸が少なく、上部は緩やかな弧を描いている。


「自然にできた穴じゃないな」


 猟師が天井を見上げた。


「ああ。人が歩くことを考えて作られている」


 レンの父親は、槍の柄で岩壁を軽く叩く。


 鈍く、詰まった音が返ってきた。


「だからといって油断するな。上も足元も確認しろ」


 三人は白い石で壁へ印をつけながら、慎重に進んだ。


 やがて通路の端から、細い水音が聞こえてくる。


「水か?」


 松明を近づけると、岩の隙間から澄んだ水が流れ出していた。


 浅い溝に沿って進み、通路の外れにある窪みへ溜まっている。


 猟師がしゃがみ込み、木椀へ水を取った。


「濁りはない。変な匂いもしない」


「飲むのは、村へ持ち帰って確かめてからだ」


「分かってる」


 採取した水を小さな容器へ移し、三人は先へ進む。


 次の空洞では、壁の一部が赤褐色に染まっていた。


 鍛冶仕事を担う男が、思わず足を速める。


「これは……」


「勝手に触るな」


「調べるだけだ」


 男は槌を取り出し、露出している鉱石の端を慎重に叩いた。


 小さく砕けた欠片を拾い、松明の下へ掲げる。


 赤褐色の石の中に、鈍い金属の輝きが混じっていた。


「鉄を含んでいる」


「使えそうか?」


「村にある炉で、どこまで純度を上げられるかは分からん。だが、今使っている鉄より悪いものには見えない」


 男は壁へ続く鉱脈を見つめた。


「これだけあれば、槍の穂先も農具も作れる」


「持ち帰るのは、試す分だけだ」


「ああ。神託を破るつもりはない」


 男は拳ほどの欠片を一つだけ袋へ入れた。


 その先には、灰黒色の硬い石が露出している場所もあった。


 槍の穂先。


 矢尻。


 刃物を研ぐための石。


 用途を確かめるため、そこからも小さな欠片だけを採取する。


「鉱石だけでも、村にとっては大きな恵みになるな」


「まだ、中のすべてを見たわけじゃない」


 レンの父親は、さらに続く通路へ松明を向けた。


「それに、神託では魔物もいると言っていた」


 その言葉へ応えるように。


 通路の奥から、爪が岩を擦る音が響いた。


 ◇ ◇ ◇


(気づいたか)


 三人の足音が止まる。


 その先は、火トカゲを置いた戦闘空洞だ。


 俺は地面と天井の状態を、もう一度確かめる。


 必要なら、三人と火トカゲの間へ岩壁を出せる。


 足元を沈ませ、火トカゲだけを動けなくすることもできる。


(でも、今はまだだ)


 火トカゲが空洞の奥から動き出す。


 腹を地面へ近づけ、四本の脚でゆっくりと距離を詰めていく。


 喉の奥には、すでに小さな熱が集まっていた。


 ◇ ◇ ◇


「来るぞ」


 レンの父親が槍を構えた。


 松明の光の中へ、赤褐色の頭が現れる。


 続いて、低く長い胴体。


 岩を掴む黒い爪。


 火トカゲは三人の姿を認めると、口を開いて威嚇した。


 牙の隙間から、細い煙が漏れている。


「赤いトカゲ……?」


「ただのトカゲじゃない。火を吐くかもしれん」


 猟師が弓へ矢をつがえる。


「俺が正面を受ける」


 レンの父親が、二人より半歩前へ出た。


「弓は後ろ。お前は左へ回れ。ただし、俺より前には出るな」


 鍛冶を担う男が短槍を構え、左へ移動する。


 火トカゲは三人の動きを追うように、首を左右へ動かした。


 次の瞬間、地面を蹴る。


「来るぞ!」


 レンの父親が槍を突き出す。


 火トカゲは穂先を横へ避け、そのまま槍の柄へ噛みついた。


 鋭い牙が木を削る。


「放せ!」


 槍を強く振るが、火トカゲは食らいついたまま離れない。


 鍛冶を担う男が、横から短槍を突き出した。


 穂先は肩へ当たったものの、硬い鱗の表面を滑る。


「浅い!」


「下がれ!」


 火トカゲが大きく首を振った。


 短槍を弾かれた男が、たたらを踏む。


 追おうとした火トカゲへ、猟師が矢を放った。


 矢は前脚の付け根へ突き刺さる。


「ギャアッ!」


 火トカゲが初めて怯んだ。


「効いている!」


「続けろ! ただし、固まるな!」


 三人が距離を取り直す。


 火トカゲは刺さった矢を噛み折ると、喉を大きく膨らませた。


 口の奥で、橙色の光が強くなる。


「左右へ避けろ!」


 三人が散った直後。


 火トカゲの口から、短い炎が噴き出した。


 炎は先ほどまで男たちがいた場所を通り抜け、岩壁へぶつかる。


 熱を受けた壁が、赤く照らされた。


「本当に吐きやがった……」


「見れば分かる! 次が来る前に動け!」


 火トカゲは、再び息を吸い込もうとする。


 だが一度炎を吐いた直後は、わずかに動きが止まっていた。


 レンの父親は、それを見逃さなかった。


「今だ! 左から脚を狙え!」


 鍛冶を担う男が踏み込む。


 今度は硬い胴体ではなく、後ろ脚の付け根へ穂先を突き入れた。


 火トカゲの体が大きく傾く。


 尾が横薙ぎに振られ、男は慌てて身を引いた。


 その隙に、レンの父親が正面から槍を突き出す。


 狙うのは、鱗の薄い喉元。


 穂先が深く食い込んだ。


 火トカゲは数歩もがき、やがて地面へ倒れる。


 三人は、すぐには近づかなかった。


 槍と弓を構えたまま、動かなくなるまで慎重に距離を保つ。


「……倒したか?」


「まだ近づくな」


 数呼吸が過ぎた頃。


 火トカゲの輪郭が、赤い光へ変わり始めた。


「何だ……?」


 鱗も。


 爪も。


 地面へ落ちた血も。


 細かな火の粉となり、岩の中へ吸い込まれていく。


 最後に残ったのは、親指の先ほどの赤い石と、数枚の黒赤色の鱗だけだった。


「消えた……」


「神託で聞いた通りだ」


 レンの父親が、地面へ還っていく最後の光を見つめる。


「倒された魔物は、山の力へ戻る」


 鍛冶を担う男が、布を使って赤い石を拾い上げた。


 石の中心では、わずかな光が揺れている。


「温かい」


 猟師が覗き込む。


「魔石か?」


「おそらくな。これほど小さなものは初めて見るが、魔物の中にできる石と同じものだろう」


 続いて、残された鱗を確かめる。


 火を吐いた魔物の鱗だけあり、松明へ近づけてもすぐには熱を持たない。


「この鱗も使えるかもしれん」


「持ち帰って調べる。ただし、今は先へ進むぞ」


 三人は魔石と鱗を袋へ収め、再び隊列を整えた。


 ◇ ◇ ◇


《ダンジョン生成魔物の討伐を確認》


《魔力の一部を回収しました》


《素材の生成を確認》


 火トカゲを形作っていた魔力が、地面を通じて戻ってくる。


 戻った力は、すべてではない。


 魔石と鱗として残った分だけ、循環する魔力も減っている。


 それでも、一から同じ魔物を作るよりは、少ない力で再び形にできそうだった。


(本当に戻ってきたな)


 火トカゲとの繋がりが切れた時にも、コロやヴァルが傷ついた時のような感覚はなかった。


 一つの命が消えたというより、流れていた水が別の場所へ戻った感覚に近い。


 これが、ダンジョンの循環なのだろう。


(それにしても、ちゃんと倒したか)


 危ない瞬間はあった。


 火トカゲが炎を吐く前、三人が固まっていれば、誰かが火傷をしていたかもしれない。


 それでも声を掛け合い、互いの死角を補って勝った。


(俺が手を出さなくても勝てた)


 助けずに済んだことへ、安堵する。


 ただ村人を危険な場所へ放り込んだだけには、ならなかったらしい。


「ぷる!」


 コロが、自分のことのように嬉しそうに跳ねる。


 ヴァルも戦闘空洞へ向けていた顔を上げ、静かに喉を鳴らした。


(初回は成功だな)


 俺は、さらに奥へ進む三人の足元へ意識を戻した。


 ◇ ◇ ◇


 三人は環状の通路を進み、やがて浅層の最奥へ到着した。


 そこだけ、壁へ赤い鉱石が一直線に埋め込まれている。


 松明の光を受けた赤い線は、地面から左右の壁まで続いていた。


 線の向こうに、道はない。


 ただ、黒い岩壁があるだけだ。


 それでも近づくほど、空気がわずかに熱を帯びている。


「これだな」


 レンの父親が足を止めた。


「神託にあった赤い線だ」


 鍛冶を担う男が、線の向こうへ松明を掲げる。


「壁しかないぞ」


「だからといって、叩くなよ」


「分かってる」


「この先には、カザン様が守る場所と、眷属の住処があるそうだ」


 猟師が低い声で言った。


「なら、ここまでだ」


 レンの父親は、迷わず踵を返す。


 残る二人も、赤い線を越えようとはしなかった。


 壁を調べることも。


 その向こうに何があるのか、探ろうとすることもしない。


 三人は採取したものを確かめ、環状の通路を辿って入口へ戻っていく。


 やがて、遠くに外の光が見え始めた。


「戻ってきた!」


 入口で待っていたレンが、真っ先に声を上げた。


 三人の姿が見えると、村長やヒナノも前へ出る。


「怪我は?」


 村長が尋ねた。


「誰もしていない」


 レンの父親が答え、表面を少し焦がされた槍を掲げる。


「武器は多少傷んだがな」


「魔物がいたのか?」


「ああ。大きな赤いトカゲだ。火を吐いた」


 レンの目が輝く。


「倒したのか?」


「三人でな」


「俺も――」


「傷が治ってからだ」


 先回りして言われ、レンは口を閉じた。


 その横で、ヒナノは胸元の神器へ手を添えていた。


 夢の中で聞いたカザンの言葉。


 村人たちが、自分の力で生き残るための場所。


 そこから三人が無事に帰ってきたことへ、安堵したように息を吐く。


「カザン様は、ずっと見守ってくださっていたのでしょうか?」


「姿は見えなかった」


 レンの父親は、自分たちが出てきた洞窟を振り返る。


「だが、あの場所のすべてが、俺たちの動きを考えて作られていた」


 休む場所。


 逃げ道。


 魔物と戦うための広さ。


 そして、必ず入口へ戻れる通路。


「それでも、戦ったのは俺たちだ」


「はい」


 ヒナノは嬉しそうに頷いた。


「カザン様も、きっとそうしてほしかったのだと思います」


 ◇ ◇ ◇


 調査隊が持ち帰ったものは、村の中央へ並べられた。


 赤褐色の鉱石。


 硬い灰黒色の石。


 地下水。


 火トカゲが残した魔石と鱗。


 村人たちは少し離れた場所から、それらを覗き込んでいる。


 特に子どもたちは、赤い魔石が気になるらしい。


「これが魔物の中にあったの?」


「触るな。まだ何に使えるのかも分からん」


「光ってる!」


「だから、触るなと言っているだろう」


 鍛冶を担う男が魔石を布で包み、子どもたちの手が届かない場所へ移した。


 村長は、調査隊から聞いた内容を整理する。


「中には使える水と鉱石がある。魔物もいたが、三人で連携すれば倒せる程度だった」


 続いて、集まった人々へ洞窟を利用するための規則を伝えていく。


「必ず三人以上で入る。一人では入らん。子どもだけで入ることも認めない」


 村長の視線が、レンを含む子どもたちへ向けられる。


「中へ入る者は、出発前に人数と目的を報告しろ。戻った後も、持ち帰った物と、中で起きたことをすべて伝える」


 次に、赤い鉱石で描かれた境界について説明する。


「赤い線を見つけたら、その場で引き返せ。決して越えるな。壁を掘ることも禁じる」


「そこには何があるんだ?」


「知る必要はない」


 村長は即座に答えた。


「カザン様が入るなと告げられた。それで十分だ」


 さらに、鉱石や薬草を一度に採りすぎないこと。


 魔物を追って、決められた道から外れないこと。


 怪我人が出たり、洞窟に異変があったりすれば、すぐに利用を止めること。


 一つずつ、全員へ伝えていく。


「守れぬ者が一人でも出れば、洞窟の利用そのものを見直す」


 村人たちの表情が引き締まった。


 カザンから与えられた場所だからこそ、好き勝手に使ってよいわけではない。


「うむ。規則も決まったところで、山開きの祭りを――」


 ガンゾウが鼓を持ち上げる。


「今日は調査の報告だけだ」


「初めて山へ入り、魔物を倒し、恵みを持ち帰ったのじゃぞ! これを祝わずして、いつ祝う!」


「柵の修理が終わってからにしろ」


「祭りをすれば、皆の手も早く動く!」


「お前の鼓で作業が止まる」


「ならば、作業の合図として鳴らそう!」


「余計な役目を増やすな」


 村人たちの間から、笑いが起きた。


 それでもガンゾウは、鼓を置かなかった。


 夕方。


 片づけが終わり、人々はもう一度、火山へ体を向ける。


 先頭にはヒナノが立った。


 短い黒髪を風に揺らし、胸元の神器を両手で包む。


「カザン様」


 その呼びかけに合わせ、村人たちが静かになる。


「私たちが自分の力で生きていけるよう、新しい道を与えてくださって、ありがとうございます」


 ヒナノは、洞窟から持ち帰ったものへ目を向けた。


「お水も、鉱石も、魔物と戦う経験も、大切に使います」


 後ろにいた村人たちからも、感謝の言葉が続く。


「鉄が採れるようになれば、今より丈夫な槍を作れます」


「農具も直せる」


「次は、もっと落ち着いて戦えるようにします」


「決められた場所より奥へは、決して入りません」


 願いを叶えてほしいと求める祈りではない。


 何かから守ってほしいと縋る声でもない。


 すでに受け取ったものへ向けられた、純粋な感謝だった。


 最後に村長も、火山へ深く頭を下げる。


「与えられた恵みに頼り切ることなく、我々自身の力へ変えてみせます」


 ガンゾウが、鼓を一度だけ鳴らした。


 ぽんっ。


 穏やかな音が、暮れ始めた空へ響いていった。


 ◇ ◇ ◇


 村から届いた感情が、聖域を通じて山へ流れ込んでくる。


 戦いの後に受け取ったものとも、ヒナノが毎朝届けてくれる挨拶とも少し違う。


 温かい。


 それでいて、静かだった。


 何かを求めるのではなく、受け取ったものを大切にしようとする感情。


 自分たちも強くなろうとする決意。


 山と交わした約束を守ろうとする思い。


《複数の感謝祈願を確認》


《信仰循環の深化を確認》


(無事に帰ってきただけで、こんなに喜んでもらえるのか)


 俺としては、村人が強くなるために必要だと思ったから作っただけだ。


 鉱石も水も、もともと俺の中にあったものを、使いやすい場所へ出したにすぎない。


(火トカゲは新しく作ったけどな)


 それでも、人々は山へ感謝を向けている。


 その温かな流れが、地脈を通じて洞窟の奥へ届いた。


 二輪の赤い花が、大きく揺れる。


 花弁が光を受けるように開き、村人たちの感謝を吸い込んでいく。


 やがて。


 一輪の花が、ゆっくりと閉じ始めた。


(……ん?)


 赤い花弁が一枚ずつ重なり、蕾のような形へ戻っていく。


(枯れたのか?)


 俺は慌てて、花の根へ意識を伸ばした。


 水分は足りている。


 地脈の熱も強すぎない。


 根が傷ついた様子もなかった。


 むしろ、閉じた花の内側へ力が集まっている。


 中心にあるのは、先ほど村から届いた感謝だった。


 そこへ地脈の熱が流れ込み、俺の魔力が薄く重なっていく。


(何かを作ろうとしてる?)


「ぷる?」


 異変に気づいたコロが、閉じた花へ近づいた。


 半透明の体を小さく縮め、花へ飛びつこうとする。


(コロ、待て!)


「ぷる!」


 コロが跳んだ。


 だが、花へ触れる寸前。


 赤い光が薄い膜となって広がり、コロの体を弾き返した。


「ぷるるっ!?」


 コロが空中で一回転し、柔らかな地面へ落ちる。


 潰れた体は、すぐに元の形へ戻った。


(大丈夫か?)


「ぷるぅ……」


 怪我はないらしい。


 ただ、自分が花へ近づけなかったことに驚いている。


 ヴァルも、閉じた花の前まで歩いてきた。


 花へ触れようとはせず、その場へ静かに伏せる。


 金色の瞳は、赤い蕾へ向けられたままだ。


(ヴァルは、何か分かるのか?)


「グル……」


 繋がりを通じて伝わってきたのは、敵意ではなかった。


 新しいものが生まれようとしている。


 そんな漠然とした予感だった。


《信仰結晶の変質を確認》


《新たな生命反応を確認》


(やっぱり、命なのか)


 火竜核を作った時とも、コロが生まれた時とも違う。


 俺が意図的に形を与えているわけではない。


 花自身が、人々の感謝を核として、新しい命を育て始めている。


 地脈の熱と俺の魔力は、その命へ体を与えるための力にすぎない。


 中心で脈打っているのは、村人たちから届いた祈りだった。


(俺が作るんじゃない)


(人と山の間から、生まれようとしてるのか)


 閉じた花が、一度だけ強く脈打った。


 どくん。


 小さな鼓動が、地中へ広がった。


 ◇ ◇ ◇


 それから数日が過ぎた。


 村人たちは、決められた規則を守りながら浅層を利用し始めた。


 一度に入るのは、少人数だけ。


 採掘する鉱石も、必要な分に留めている。


 魔物との戦いを目的に入る者は、必ず槍と弓を扱える者を含めていた。


 俺も火トカゲを一度に一体しか生成せず、村人たちの動きに合わせて配置する。


 最初の調査隊が戦った時より、落ち着いて対処する者も増えてきた。


 槍を持つ者が正面を支え。


 弓を持つ者が足を狙い。


 残る者が周囲を見張る。


 まだ危なっかしい場面はある。


 それでも、誰も一人で魔物へ突っ込まなくなった。


 倒された火トカゲは魔力へ還り、鱗や小さな魔石を残す。


 村人たちは持ち帰った素材を調べ、何に使えるか試し始めていた。


 赤褐色の鉱石からも、少量ながら鉄が取り出せたらしい。


 正確な会話までは聞こえない。


 それでも、村から伝わってくる喜びと、鍛冶場の周辺で続く足音から、役立っていることは分かった。


 そして山へ入った者たちは、帰るたびに火山へ頭を下げた。


 無事に戻れたこと。


 新しい鉱石を手に入れたこと。


 前より落ち着いて魔物と戦えたこと。


 小さな感謝が毎日、閉じた赤い花へ流れ込んでいく。


 蕾は、少しずつ大きくなっていた。


 最初は両手へ収まるほどだったものが、今ではコロの体よりも大きい。


 花弁の隙間からは、赤金色の光が漏れている。


「ぷる……」


 コロは毎日のように、蕾の様子を見に来ていた。


 今度は飛びつかない。


 少し離れた場所へ座り、光が脈打つたびに自分の体も揺らしている。


 ヴァルも、眠る時は蕾の近くへ伏せていた。


 二体とも、生まれようとしているものを見守っているらしい。


(もうすぐなのか?)


 俺にも、花の中にある形が少しずつ分かるようになっていた。


 コロのような柔らかな体ではない。


 ヴァルのように、四本の脚や翼を持つ姿でもない。


 二本の腕。


 二本の脚。


 人間に近い、小さな輪郭。


(人の姿なのか)


 村人たちの信仰から生まれたから、人に近い形を選んだのだろうか。


 それとも、別の理由があるのか。


 俺には分からない。


 ただ、花の中で育つ意識は、日を追うごとにはっきりしていた。


 俺の存在を知っている。


 コロやヴァルの気配も感じ取っている。


 そして何より、俺へ向けられる感情が強かった。


(……なんか、妙に尊敬されてない?)


 まだ生まれてもいない相手から、眩しいほど真っ直ぐな敬意が伝わってくる。


(村人たちの祈りが元だからか)


 嫌な感情ではない。


 ただ、少しだけ重い。


 ◇ ◇ ◇


 その日の夜。


 村から届いた最後の感謝が、聖域を通じて山へ流れ込んだ。


 赤い蕾が、これまでで最も強く脈打つ。


 どくん。


 地脈の熱が揺れた。


 蕾の周囲へ、赤金色の光が溢れ出す。


(来る)


 コロが大きく跳ねる。


 ヴァルも立ち上がり、小さな翼を広げた。


 閉じていた花弁が、一枚ずつ開いていく。


 光を閉じ込めていた赤い花が、一気に咲き誇った。


 無数の花びらと火の粉が、空洞を満たす。


 熱い。


 だが、岩を焼くような荒々しい熱ではない。


 朝の陽だまりにも似た、穏やかな温かさだった。


 開いた花の中心に、一つの気配が現れる。


 人間の十歳ほどに見える、小柄な少年。


 赤みの強い暗色の髪。


 その毛先は、赤い花弁のように揺れていた。


 身にまとっているのは、黒と赤を基調にした整った衣装だ。


 黒い上着。


 白いシャツ。


 首元には、細い赤の飾り。


 留め具には、小さな火山石が使われている。


 布のように見えるが、すべて少年自身の魔力によって形作られたものらしい。


 少年は、花の中心へ片膝をついていた。


 ゆっくりと顔を上げる。


 開かれた瞳は、赤と金を溶かし合わせたような色をしていた。


 その目が、迷うことなく俺のコアへ向けられる。


 少年は胸へ片手を当て、深く頭を下げた。


「かしこみかしこみ、お初にお目にかかります、カザン様」


(……ん?)


 聞こえた。


 空気を伝う音ではない。


 繋がりを通じ、言葉がそのまま俺の意識へ届いている。


 ヒナノとの夢の中を除けば、転生してから初めて、誰かと明確な言葉を交わせる。


「かしこみかしこみ、私は、あなた様の御心を形とし、御言葉を伝え、御身のすべてをお支えするために生まれました。この命、この炎、この身に宿る一片に至るまで、すべてカザン様へ捧げる所存にございます」


(思ったより重いのが生まれたな)


 正直な感想が漏れた。


 少年の口元が、ほんのわずかに緩む。


 同時に、背後へ小さな炎の花が咲いた。


「かしこみかしこみ、ありがたきお言葉にございます」


(褒めてない)


「かしこみかしこみ、御身の偉大さを誇示なさらぬ、その御心こそ真の尊さにございます」


(もう話が噛み合ってないな?)


 どうやら俺の言葉は、かなり好意的に解釈されるらしい。


 少年は、改めて姿勢を正した。


「かしこみかしこみ、申し遅れました。私はフランソワと申します」


(フランソワ……名前ついてるんだ)


「かしこみかしこみ、意思が芽生えてから誕生までの間に時間がありましたゆえ、名前を考えておりました。」


 立派な名前だ。


 立派なのだが、普段から呼ぶには少し長い。


(長い。フランでいいか?)


 少年が目を見開いた。


 次の瞬間、その背後へ赤い炎の花が一斉に咲き広がる。


「かしこみかしこみ、カザン様より賜った呼び名であれば、これ以上のものはございません」


(いや、短くしただけなんだが)


「かしこみかしこみ、その慈愛と親しみを込められた呼び名、生涯大切にいたします」


(話が大きくなってないか?)


 どうやら訂正しても、素直には受け取ってもらえそうにない。


《感謝祈願を核とする新たな眷属の誕生を確認》


《種族:神火精霊》


《個体名:フランソワ》


《通称:フラン》


《神火精霊・フランとの接続が成立しました》


(神火精霊…大層立派な感じの精霊さんみたいだね)


火山の熱だけから生まれた、普通の火精霊ではない。


 俺の魔力。


 地脈の熱。


 そして村人たちから向けられた、感謝の祈り。


 三つが赤い花の中で混ざり合い、新しい命として形を得た存在。


 だからこそ、火山と人の両方に近い姿を選んだのだろう。


 フランが立ち上がる。


 身長は、人間の大人の胸元にも届かない。


 それでも背筋は真っ直ぐで、立ち姿には不思議な落ち着きがあった。


 まず、ヴァルへ向き直る。


「偉大なる第一守護竜ヴァル様。お仕えできること、光栄に存じます」


 ヴァルは無言でフランを見つめた。


(長いな)


 俺の感想を感じ取ったフランが、すぐに言い直す。


「では、ヴァル様とお呼びいたします」


 ヴァルが小さく頷いた。


(伝わるの、早いな)


 続いてフランは、コロへ深く頭を下げる。


「そして、始原の眷属たるコロ様。どうぞ末永く、ご指導くださいませ」


「ぷる?」


 コロが体を傾けた。


 フランが頭を下げている意味を、よく分かっていないらしい。


「ぷる!」


 勢いよく跳ね上がり、そのままフランの頭へ着地する。


 整えられていた暗い赤髪が、コロの体に押されて少し潰れた。


 フランの眉が、ほんのわずかに寄る。


「コロ様。早速のお導き、痛み入ります」


(絶対、そんな意味じゃないと思うぞ)


「ぷるる!」


 コロは満足そうに、フランの頭上で体を反らした。


 フランは振り落とそうとしない。


 むしろ光栄だと言わんばかりに、姿勢を整え直している。


(初めて、普段からまともに話せる相手が生まれたんだよな)


 嬉しくないわけではない。


 山になってから、長い間、俺の言葉は誰にも届かなかった。


 コロやヴァルとは、感情や意図を通わせられる。


 ヒナノとは、夢の中なら話せる。


 それでも、こうして日常的に言葉を交わせる存在は初めてだった。


(かなり信仰が重そうだけど)


 フランは頭へコロを乗せたまま、赤い花の外へ足を下ろした。


 周囲へ赤金色の瞳を巡らせる。


 それだけで、山の内部を流れる魔力と熱を把握しているようだった。


 やがて再び、俺のコアへ深く頭を下げる。


「かしこみかしこみ、恐れながら、早速ご報告がございます。浅層西側の水路へ、わずかな土砂が溜まり始めております。また、戦闘空洞を巡る魔力の流れにも、少々の偏りが見受けられます」


(生まれたばかりなのに、もうそこまで分かるのか?)


「かしこみかしこみ、カザン様の御身に生じる細やかな変化を把握し、お支えすることこそ、私の役目にございます」


 フランの髪先から、赤い花弁に似た火の粉が舞う。


「かしこみかしこみ、それでは火山内部の管理状況を、浅層より順にご報告いたします」


(待って。俺、まだ心の準備ができてない)


 もちろん、そんな事情を気にするフランではない。


 頭へコロを乗せたまま、背筋を伸ばし、丁寧な口調で報告を始める。


 その隣ではヴァルが静かに伏せ、金色の瞳で新しい仲間を見守っていた。


 こうして俺の山に。


 村人たちの感謝から生まれた、少し信仰の重い小さな執事が加わった。

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