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【火山転生】目覚めたら火山そのものだった〜マグマの力で最強の聖地を作ったら、麓に国ができていました〜  作者: 尾の長い虎(てぃが)
第一章:建国編

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29.火山ダンジョン作成

 コアの表面へ、柔らかな感触がぺたりと張りついた。


「ぷる!」


(おはよう、コロ)


 いつもの朝の挨拶だ。


 もっとも、俺には昼も夜も、地中を巡る熱の変化としてしか分からない。


 村人たちが起き出し、聖域の中を歩く足音が増える頃を、朝と呼んでいるだけである。


 コロが満足そうに体を揺らしていると、その隣へ少し硬いものが触れた。


 こつん。


(……ん?)


 黒い鱗に覆われた額が、コアへそっと押し当てられている。


 ヴァルだった。


 生まれたばかりの幼竜は、コロが何をしているのか観察していたらしい。


 金色の瞳を閉じ、ひどく真面目な様子で頭を下げている。


(もしかして、朝の挨拶を真似したのか?)


「グル……」


 ヴァルの喉から、低い音が返ってきた。


(律儀だな。おはよう、ヴァル)


 挨拶を終えたヴァルが頭を上げる。


 そこへ、待っていたようにコロが跳び乗った。


「ぷる!」


 ヴァルの金色の目が、一度だけ上へ動く。


 だが、振り落とそうとはしなかった。


 そのままコロを頭へ乗せ、空洞の中を歩き始める。


(もう定位置になってないか?)


 ヴァルが生まれてから、それほど時間は経っていない。


 それなのにコロは、完全にヴァルの頭を自分の乗り物だと思っているらしい。


 ヴァルも多少は迷惑そうだが、強く拒む気はないようだった。


(まあ、仲が悪いよりはいいか)


 二体の気配を感じながら、俺は山全体へ意識を広げた。


 村を襲った魔物たちは退けた。


 村を包む聖域も作った。


 俺の代わりに動ける守護眷属として、ヴァルも生まれた。


 だが、この山の内部は相変わらず、必要に応じて掘り広げただけの通路と空洞ばかりだった。


 コアを守るために塞いだ道。


 地脈を探すために伸ばした横穴。


 地下水を通すための水路。


 黒銀色の鉱脈へ続く空洞。


 一つひとつには役割がある。


 だが全体として見れば、必要になった部屋をその都度付け足した家のようなものだ。


(増築を繰り返した結果、台所を通らないと寝室へ行けません、みたいな構造になってるな)


 このままヴァルが成長すれば、通れない場所も増えてくる。


 何より、今ある洞窟の一部は外からコアへ近すぎた。


(まずは、役割ごとに区画を分けよう)


 俺は現在の通路と、岩盤の状態を一つずつ確かめていった。


 山の外から入れる場所。


 水や鉱石がある場所。


 地脈の熱が強く流れる場所。


 そして、コアを守るために絶対に人間を近づけたくない場所。


 それらを整理し、山の内部を大きく四つへ分ける。


 一つ目は、村人たちにも利用してもらう浅い層。


 二つ目は、将来さらに強い魔物や、質のよい資源を置くための中層。


 三つ目は、コロやヴァルたちが暮らす眷属生活区。


 そして最後が、コアや地脈接続部を抱える深層だ。


(浅い層は、村のため)


(中層は、村人がもっと強くなった後や、いつか外から腕の立つ連中が来た時のため)


(眷属生活区は、コロとヴァルたちの家)


(深層は、何があっても立ち入り禁止だな)


 中層と眷属生活区は、最初から別の方向へ伸ばす。


 人間が中層を攻略して奥へ進んでも、そのままコロやヴァルの住処へ辿り着かない構造にするためだ。


 中層を今すぐ完成させる必要はない。


 現在の村人たちなら、浅い層でも十分な鍛錬になる。


 先日の戦いでは、村人たちの槍や矢はオーガへほとんど通じなかった。


 レンの木槍も折れた。


 一体の魔物を相手にするだけでも、複数人で囲まなければ危険な者が多かった。


 それでも村を守れたのは、事前に備え、全員で役割を分け、俺の地形操作と連携できたからだ。


 次も、同じようにうまくいくとは限らない。


 俺の感知が遅れることもある。


 複数の場所で、同時に異変が起きる可能性もある。


 そして何より、俺は山だ。


 領域の外へ逃げる敵を追うことも。


 遠くで魔物に襲われた村人のもとへ、駆けつけることもできない。


(俺が全部守るから、みんなは何もしなくていい――なんて言えるほど、俺は万能じゃない)


 俺が守るためにも、村人たち自身に強くなってもらった方がいい。


 武器を扱う経験。


 魔物を前にしても、慌てず仲間と動くための訓練。


 より頑丈な槍や道具を作るための鉱石。


 傷を治すための薬草。


 それらを、俺の領域内で少しずつ手に入れられるようにする。


(魔物と戦う練習をするなら、外の森より俺の中の方が安全だ)


 危険になれば、俺が地面を動かして魔物を止められる。


 逃げ道を作ることもできる。


 完全に安全な場所へするつもりはない。


 緊張感のない訓練では、実際の魔物を前にした時に役立たない。


 それでも、曲がり角の先からいきなりオーガが出てくるようなことはない。


(守るだけじゃなく、育てる場所にするか)


 方針が決まった。


 俺は村側の斜面へ意識を伸ばす。


 麓に近い岩肌の奥に、崩れかけた小さな空洞があった。


 現在の深い通路とは繋がっていない。


 ここから新しい入口を作れば、人間をコアへ近づけずに済む。


 俺は岩盤へ、ゆっくりと熱を流し始めた。


 温める範囲を狭く絞り、周囲の冷たい岩との間へ温度差を作る。


 ぴしり。


 岩の内部へ、細い亀裂が走った。


 そこへ慎重に力を加え、亀裂に沿って岩を少しずつ剥がしていく。


 以前なら、通れればそれでいいとばかりに、力任せに穴を広げていただろう。


 だが今回は、人間が何度も使う場所だ。


 天井が崩れないよう、重みを支える太い岩柱を残す。


 通路の上部は緩やかな弧を描く形へ整え、負荷が一か所へ集中しないようにした。


 地面も、完全な平らにはしない。


 わずかな傾斜をつけ、流れ込んだ水が通路脇の溝へ集まるようにする。


(自分の体の中に排水設備を作ってると思うと、妙な気分だな)


 入口から続く主通路は、大人三人が並んで歩ける幅まで広げた。


 槍や採掘道具を持っていても、互いにぶつからず進める程度だ。


 その先には、複数の空洞を作る。


 空洞同士は、緩やかな環状の道で繋いだ。


 奥まで進んでも、同じ道を引き返す必要はない。


 順路を進めば、最初の広間へ戻れる構造だ。


(浅い層で、行き止まりからの挟み撃ちなんていらないからな)


 魔物と戦うための空洞は、広すぎないようにした。


 一度に大勢の魔物が入り込まず、一体か二体を相手にできる程度。


 その手前には、腰を下ろして休める窪みを作る。


 さらに岩の隙間から、地下水を細く引き込んだ。


 流れは浅く、人間の足首にも届かない。


 そのまま飲める水だが、戦闘中に足を取られないよう、主通路から少し外してある。


(初心者向けの研修施設みたいになってきたな)


 俺が構造を整えている間、コロは狭い亀裂の探索を始めていた。


「ぷる! ぷるる!」


(何か見つけたのか?)


 コロが跳ねている場所へ意識を集中する。


 薄い岩壁の向こうに、赤褐色の鉱石がまとまっていた。


 黒銀色の鉱脈ほど強い力は感じない。


 だが、鉄を多く含んでいるらしく、熱を流した時の反応が周囲の岩とは違っている。


(これなら、武器や道具に使えるかもしれない)


 俺は鉱脈のすべてを露出させず、浅層の壁へ一部だけが現れるように岩を削った。


 村人たちが必要な分だけ採掘し、加工方法を確かめられる程度でいい。


 地下にあるものをすべて差し出せば、一時的には豊かになるかもしれない。


 だが、資源は無限ではない。


 使う側にも、採り尽くさない方法を覚えてもらう必要がある。


 俺が鉱脈の形を整えていると、コロが赤褐色の鉱石へ近づいた。


 半透明の体が、期待に満ちた様子で大きく揺れる。


(コロ。それは村人用だぞ)


「ぷる?」


(食べるなよ)


「ぷるぅ……」


 コロが、ほんの少しずつ鉱石へにじり寄る。


 その進路へ、黒い尾が静かに置かれた。


「ぷる?」


 ヴァルだった。


 コロは右へ回ろうとする。


 ヴァルの尾も右へ動く。


 今度は左。


 尾も左へ動いた。


「ぷるる!」


 コロが抗議するように跳ねる。


 ヴァルは金色の目を細めただけで、尾をどけようとはしなかった。


(ヴァル、助かった)


「グル」


(コロには、後で別の鉱石を用意するから)


「ぷる!」


 先ほどまでの不満が嘘だったように、コロが元気よく跳ねた。


(切り替えが早いな)


 浅層には赤褐色の鉱石以外にも、槍の穂先や工具へ加工できそうな硬い石を露出させた。


 水場の近くには土の棚を作り、赤葉草が育ちやすい温度と湿り気へ整える。


 近くの亀裂には、山の斜面に生えている赤葉草の細い根が入り込んでいた。


 すぐに群生することはないだろう。


 それでも根を傷つけず、水と熱を安定させれば、いずれ地下でも赤い葉を伸ばすはずだ。


(鉱石だけじゃ、薬師や戦わない村人にはあまり関係ないからな)


 戦う者が強くなるだけでは、村全体が豊かになったとは言えない。


 薬師が使える植物。


 鍛冶に使える鉱石。


 石工が利用できる頑丈な岩。


 作業の途中で、安全に汲める水。


 異なる役割を持つ者たちが、それぞれ山から何かを得られるようにしたい。


 戦士だけが強い村ではなく、村そのものを強くする。


 その積み重ねが、次の襲撃から人々を守る力になる。


 ◇ ◇ ◇


 浅層の骨組みができると、俺はその奥にある岩盤を確かめた。


 将来、中層へ繋げるための場所だ。


 今はまだ、通路を掘らない。


 浅層の最奥から少し離れた位置に、広い空洞を作れるだけの余地を残す。


 そして、その手前は分厚い岩盤で塞いでおいた。


(ここは、村人たちが浅層の魔物では物足りなくなってからだな)


 浅層より強い魔物。


 深い場所で育った、質のよい鉱石や魔力を帯びた素材。


 いつか村の外から、腕に覚えのある者たちが訪れるようになれば、そうした場所も必要になるだろう。


 村人たちが資源を売ったり、外から訪れた者が村へ金や物資を落としたりするようになれば、村の発展にも繋がる。


 だが、それはまだ先の話だ。


 今は入口すら作らない。


 中層予定地と眷属生活区の間には、厚い岩盤と地下水の流れを挟んだ。


 将来どちらを拡張しても、互いに繋がらないよう、伸ばす方向そのものを変えてある。


(人間が攻略する道の先に、コロの食料庫がありました――では困るからな)


「ぷる?」


(今度は、お前たちが住む場所を作る話だよ)


「ぷる!」


 コロが嬉しそうに跳ねた。


 眷属生活区は、現在コロとヴァルがいる空洞を中心に整えていく。


 コロが好む、地脈の熱が染み出す岩場。


 食料となる鉱石を置いておける、小さな窪み。


 ヴァルが体を伸ばして眠れる、平らで温かな岩床。


 成長しても窮屈にならないよう、天井は浅層よりも高くした。


 空洞の端には地下水を引き、浅い水場も作る。


 ヴァルが水を飲むだけでなく、熱くなった体を冷やせるようにするためだ。


 俺が岩床の形を整えていると、ヴァルがその上へ前足を置いた。


 爪で岩を軽く引っかき、硬さを確かめている。


(そこを、お前の寝床にしようと思う)


「グル……」


 ヴァルが岩床を見下ろす。


 その直後、コロが中央へ飛び乗った。


「ぷる!」


(コロ。そこはヴァルの場所だぞ)


 コロは聞こえなかったふりをするように、体を平たく広げた。


 ヴァルはしばらくコロを見つめていたが、やがて自分も岩床へ伏せる。


 コロを追い出すのではなく、その横へ長い尾を置いた。


 赤い体が、当然のように尾へ寄りかかる。


(区画を分けても、お前たちが分かれる気はなさそうだな)


 俺は岩床を、二体が並んで休める広さへ拡張した。


 続いて眷属生活区へ繋がる通路を広げようとした時、硬い岩盤へ行き当たる。


 厚さもあり、俺一人で割るには少し時間がかかりそうだ。


(ヴァル。少し手伝ってみるか?)


 繋がりを通じ、温めてほしい場所を伝える。


 ヴァルは立ち上がり、指定した岩壁へ顔を向けた。


 小さく息を吸う。


 黒い鱗の隙間を走る赤い光が、喉元へ集まっていく。


「グル……」


 ヴァルが口を開いた。


 ふすっ。


 出てきたのは、細い煙だけだった。


 ヴァルの体が固まる。


 金色の目が、ゆっくりと横を向いた。


(大丈夫。生まれたばかりなんだから、最初からできなくても――)


「ぷる!」


 コロが励ますように跳ねた。


 ヴァルはもう一度、岩壁へ顔を向ける。


 先ほどよりも深く息を吸い込み、喉元へ熱を集めた。


「グルルッ!」


 今度は、橙色の炎が短く吐き出された。


 焚き火にも届かないほどの小さな炎。


 それでも、炎が当たった部分の岩は確かに温度を上げている。


(よし。そのまま少しずつだ)


 ヴァルが岩へ熱を入れる。


 俺はその周囲から熱を逃がし、急激な温度差を作った。


 ぴしり。


 岩壁へ亀裂が走る。


 俺が亀裂を押し広げると、硬かった岩の一部が綺麗に剥がれ落ちた。


「ぷるる!」


 コロが大きく跳ねる。


 ヴァルは誇らしげに胸を張った。


(初仕事、成功だな)


「グル」


 返ってきた感情は静かだったが、満足していることは伝わってきた。


 まだ吐ける炎は弱い。


 長く飛ぶこともできない。


 それでもヴァルは、生まれた時より一つできることを増やした。


(焦らなくていい。山と一緒に大きくなっていけばいいからな)


 ◇ ◇ ◇


 浅層と眷属生活区を分け、深層へ通じていた古い道を塞ぐ。


 岩を積んだだけの壁ではない。


 厚い岩盤そのものを動かし、そこに道があった痕跡さえ残らないようにした。


 黒銀色の鉱脈。


 地脈の接続部。


 コア。


 それらへ続く道は、人間が利用する浅層から完全に切り離される。


 最後に俺は、浅層の最奥へ赤い鉱石を細く埋め込んだ。


 通路を横切る一本の線。


 松明の明かりでも見落とさないよう、周囲より鮮やかな赤色の石を選んでいる。


 その先には、何もないように見える。


 だが、さらに奥へ掘り進めば中層予定地へ近づいてしまう。


(文字を書ければ、立入禁止って刻むんだけどな)


 今の俺にできるのは、見れば異常だと分かる印を作ることくらいだ。


 赤い線へ近づくほど、空気も少しだけ温かくなるようにした。


 誰かが線を越えようとすれば、俺にもすぐ分かる。


(これで、最低限の形にはなったか)


 俺は浅層へ、地脈から薄く魔力を流した。


 入口から入り。


 環状の通路を巡り。


 資源のある空洞を通り。


 再び入口へ戻る。


 魔力は途中で滞ることなく、ゆっくりと循環していった。


 その瞬間、新たな表示が浮かび上がる。


《火山内部における機能区画の分離を確認》


《構造化領域をダンジョンとして認識しました》


《浅層・開放区画の形成を確認》


《ダンジョン内における魔力循環が安定しました》


(やっと正式にダンジョン扱いされたのか)


 今までも洞窟を広げ、通路や空洞を作ってきた。


 だが、ただ穴があるだけではダンジョンとは認識されなかったらしい。


 入口。


 目的の異なる区画。


 資源。


 魔力の循環。


 それらが一つの構造として繋がったことで、初めて機能する場所になったのだろう。


 さらに、もう一つ表示が続く。


《ダンジョン生成魔物機能が解放されました》


(生成魔物?)


 意識を向けると、使い方が感覚となって流れ込んできた。


 コロやヴァルを生み出した時とは違う。


 二体はコアや火竜核から生まれ、強い自我を持つ直属の眷属だ。


 一方、ダンジョン生成魔物は、内部を循環する魔力が、一時的に生き物の形を取った存在らしい。


 浅層へ流す魔力の量や性質によって、強さや姿を調整できる。


 倒された場合、肉体の大部分は魔力へ戻り、再びダンジョンの循環へ加わる。


 その際、一部が魔石や素材として残ることもある。


(鍛錬相手と、資源の両方を兼ねるのか)


 完全に命のない人形というわけではない。


 周囲を見て動き、危険へ反応し、簡単な判断もする。


 だが、コロやヴァルのように、一体の存在として定着した核は持たない。


 倒され、魔力へ還ることも含めて、ダンジョンの循環を担う存在なのだ。


(これなら、村人たちの練習相手にできる)


 弱すぎれば鍛錬にならない。


 強すぎれば、浅層を作った意味がなくなる。


 数や戦い方も、慎重に調整する必要がある。


(その前に、村へ説明しないとな)


 起きているヒナノへ声を届けようとして、俺は思い直した。


 目覚めている間の神託では、長い言葉が短く砕けてしまう。


『山』


『入れ』


『魔物』


『鍛えろ』


 そんな言葉だけが届けば、何をどう誤解されるか分からない。


(下手したら、火山様が生贄を求めているとか言われそうだな)


 戦いの最中なら、右や左といった短い言葉でも役に立つ。


 だが今回は、入ってよい場所と、絶対に入ってはいけない場所を正確に説明する必要がある。


 資源の採りすぎも止めなければならない。


 ならば、はっきり会話できる時を待った方がいい。


(今夜、夢で話すか)


 俺は浅層の最終確認を続けながら、村が静かになるのを待った。


 ◇ ◇ ◇


 夜。


 ヒナノの祈りが、聖域を通じて山へ届いた。


 昼間の復旧作業で疲れているのだろう。


 いつもより早く祈りの気配が薄れ、穏やかな眠りへ変わっていく。


 胸元の神器を通じて続く細い繋がりへ、俺はそっと意識を触れさせた。


 磨かれた黒曜石のような大地。


 その下を流れる赤い光。


 暗闇の中に咲く、二輪の赤い花。


 以前ヒナノと話した時と同じ、夢の風景が広がった。


 やがて、短い黒髪を揺らしながら、ヒナノが光の向こうから歩いてくる。


「こんばんは、カザン様」


『こんばんは、ヒナノ』


 やはり夢の中では、言葉が途切れない。


 ヒナノは周囲を見回し、嬉しそうに微笑んだ。


「また、お話しできました」


『そのために呼んだからな。起きてる時だと、細かいことが全然伝わらないし』


「短いお言葉も、大切に受け取っています」


『大切にされるほど、こっちの心配が増えるんだよ』


「どうしてですか?」


『右、左、下がれ。それだけで深い意味を探されたら困るだろ』


 ヒナノは不思議そうに首を傾げた。


 どうやら、すでに探しているらしい。


(今度から、言葉の選び方も気をつけよう)


 俺は本題へ入ることにした。


『山の中に、新しい場所を作った』


「新しい場所ですか?」


『ああ。麓に近い、浅いところだ。そこだけは、村のみんなにも使ってほしい』


 ヒナノの目が、わずかに大きくなる。


「カザン様のお体の中へ、私たちが入ってもよいのですか?」


『そう言われると、少し変な感じがするな』


 自分の体内へ人間を招き入れる。


 言葉だけ聞けば、かなり不思議な話だ。


『でも、入っていい。浅いところだけだけどな』


「そこで、何をすればよいのでしょう?」


『魔物と戦う練習だ』


 ヒナノの表情が引き締まる。


『村のみんなは、よく戦った。でも、オーガには武器がほとんど通じなかった。魔物との戦いに慣れていない人も多かっただろ』


「はい」


『俺は山だから、いつも全員のもとへ間に合うとは限らない。領域の外まで追いかけることもできない』


 逃げていくオーガの足音を思い出す。


 あと少しのところで、俺の力は届かなくなった。


『だから、村のみんなにも強くなってほしい。俺が動けない場所でも、自分や隣にいる人を守れるように』


 ヒナノは胸元へ手を重ねた。


「カザン様のお役に立つため、でしょうか?」


『俺のためじゃない』


 俺は、はっきりと答えた。


『ヒナノたち自身が、生き残るためだ』


 ヒナノは少し驚いた後、静かに頷いた。


「はい」


『浅い場所には、弱い魔物を置くつもりだ。森で突然襲われるよりは安全だし、危なくなれば俺が気づける』


「倒してしまっても、よいのですか?」


『ああ。そこに置く魔物は、倒されれば山の魔力へ戻る。残った魔石や素材は、村で使っていい』


 ヒナノは赤い光の流れる大地を見下ろした。


「魔物も、また山へ還るのですね」


『そういうことらしい』


「分かりました」


『ほかにも、鉱石や硬い石がある。赤葉草が育つ場所も作り始めた。必要なら採っていい』


「そんなにたくさん……」


『ただし、無限にあるわけじゃない。根こそぎ持っていくのはやめてくれ』


「必要な分だけ、ですね」


『ああ。それから、一人では入らないこと』


 ヒナノの表情が真剣になる。


『子どもだけで入るのも禁止だ。必ず何人かで行って、危ないと思ったらすぐに戻る』


「はい」


『一番奥には、赤い石で線を引いてある。その先へは絶対に来るな』


「赤い線……」


『俺が守らないといけない場所や、仲間たちが暮らす場所は、浅い層とは別にしてある。間違っても探そうとしないでくれ』


「以前仰っていた、新しいお仲間ですか?」


『そうだ。まだ生まれたばかりだから、人前へ出すつもりはない』


「いつか、会えますか?」


『いつかな』


 ヒナノから、楽しみにしている温かさが伝わってくる。


 ヴァルが成長し、自分から人間の前へ出たいと思う日が来れば、その時は会わせてもいい。


 今はまだ、山の中で暮らし方を覚える時期だ。


「赤い線より奥は、カザン様の神域なのですね」


『神域というか、俺たちの家なんだけどな』


「では、カザン様のお住まいを守るための境界です」


『危険だから越えるなって意味では、それでいい』


 人間にとっては神域。


 俺にとっては自宅の奥。


 呼び方は違っても、勝手に入ってほしくないという点は同じだった。


「明日の朝、村長へお伝えします」


『急がなくていいぞ。まだ怪我が治ってない人もいるだろ』


「はい。入る人や時期は、村長と相談します」


『頼む』


 赤い花が揺れ、夢の風景が少しずつ薄れていく。


 目覚める時間が近づいているらしい。


「カザン様」


『ん?』


「私たちが強くなったら、カザン様と一緒に、もっとたくさんのものを守れますか?」


 真っ直ぐな問いだった。


『ああ』


 俺は迷わず答える。


『俺だけじゃ届かない場所も、みんなと一緒なら守れる』


 ヒナノは微笑み、深く頭を下げた。


「では、強くなります」


 その言葉を最後に、夢の世界が赤い光へ溶けていった。


 ◇ ◇ ◇


 翌朝。


 ヒナノは村長やガンゾウ、戦える村人たちを集め、夢の中で受けた神託を伝えた。


 火山の浅い場所が、村へ開かれること。


 そこには鍛錬用の魔物や、利用できる資源が用意されること。


 必ず複数人で入り、決して無理をしてはいけないこと。


 そして、赤い線より先へは絶対に進んではならないこと。


 話を聞き終えた村長は、すぐには口を開かなかった。


「火山様の内側へ入るのか……」


 集まった男の一人が呟く。


「罰当たりにならんのか?」


「カザン様ご自身が、使ってよいと仰いました」


 ヒナノが答えた。


「ただし、浅い場所だけです。資源も、必要な分だけ使うようにと」


「神から授けられた鍛錬場というわけじゃな!」


 ガンゾウが鼓を高く掲げる。


「これは山開きの祭りを――」


「まだ入ってもいない」


 村長が遮った。


「では、山開き前祭じゃな!」


「何も開いていないうちから祭りを始めるな」


「神託が下った時点で始まっておる!」


「始めるなと言っている」


 ガンゾウは不満そうに鼓を抱え直した。


 村長はヒナノへ向き直る。


「カザン様は、中が安全だと仰ったのか?」


「いいえ」


 ヒナノは首を横へ振った。


「森よりは安全にできるけれど、怪我をしないとは仰っていません。危ないと思ったら、すぐに戻るようにと」


「そうか」


 村長は小さく頷く。


「都合のよい言葉を、勝手に神託へ付け足してはいないらしい」


「付け足しません」


「それでいい。危険があるなら、危険があるものとして備える」


 村長は集まった者たちを見回した。


「最初は調査だけだ。鉱石に詳しい者、洞窟や森の歩き方を知る者を中心に、少人数で入る」


「俺も行く」


 レンがすぐに手を挙げた。


 短い亜麻色の髪には寝癖が残り、片腕にはまだ布が巻かれている。


「駄目だ」


 父親が即座に答えた。


「どうしてだよ。浅い場所は、村のみんなが強くなるために作られたんだろ?」


「だからといって、最初の調査へ傷の治っていない者を連れていく理由にはならない」


「これくらい、もう平気だ」


「行きたい者が、自分で行くと決めるな」


 父親は、レンの腕へ巻かれた布を示す。


「誰が入り、誰が外を守るのか。それを決めるのは村長だ」


 レンは反論しかけ、途中で口を閉じた。


 相手だけを見て、勝手に飛び出すな。


 戦いの中で守った教えを、今度も思い出したのだろう。


「……分かった」


「今回は入口で待て」


 村長が言った。


「中の様子が分かり、鍛錬へ使えると判断できれば、お前たちの番も来る」


「絶対だぞ」


「命令を守れるならな」


 レンは不満を残しながらも、頷いた。


「ヒナノも、最初は入口までだ」


「私もですか?」


「カザン様の声を聞ける者を、何も分からん洞窟へ真っ先に入れるつもりはない」


「でも、夢の中で道のことを――」


「聞いたことと、実際に歩けることは別だ」


 村長は揺るがなかった。


「中へ入る者が安全を確かめるまで、入口で待て。何か感じたなら、すぐ伝えろ」


「……はい」


 話し合いの結果、調査は昼から行われることになった。


 縄。


 松明。


 水。


 採掘用の槌。


 道へ印を残すための白い石。


 村人たちは必要な道具を、一つずつ用意し始める。


 神が作った場所だからといって、何の備えもせずに入る者はいなかった。


 ◇ ◇ ◇


 昼を少し過ぎた頃。


 新しく作った入口へ、複数の足音が近づいてきた。


 大人たちの重い足取り。


 道具同士が触れ合う、細かな振動。


 その後ろには、ヒナノとレンの軽い足音もある。


(来たな)


 俺は浅層全体へ意識を広げた。


 天井に異常はない。


 水の流れも安定している。


 露出させた鉱脈にも、崩れる兆候はなかった。


 入口を塞いでいた最後の岩を、ゆっくりと地中へ沈める。


 外の空気が、新しい通路へ流れ込んだ。


 山の斜面に現れた洞窟を前に、人々の足音が止まる。


 まだ、生成魔物は置いていない。


 最初の調査なら、通路や資源を確かめてもらうだけでいい。


 だが、ここを村人たちの鍛錬場にするなら、いずれ相手が必要になる。


 俺は新しく解放された機能へ意識を向けた。


《ダンジョン生成魔物を生成できます》


 いくつかの形が、曖昧な感覚となって浮かび上がる。


 動きは遅いが、攻撃を受け止める訓練に向いたもの。


 小さく素早く動き、周囲を見る力を鍛えるもの。


 熱に強く、複数人で連携しなければ倒しにくいもの。


 どれも調整次第では、浅層へ置けるらしい。


(強すぎれば危険だ)


(でも、簡単すぎても鍛錬にならない)


「ぷる!」


 コロが、自分を選べと言うように大きく跳ねた。


 その隣では、ヴァルまで胸を張っている。


(お前たちを浅層へ置くわけないだろ)


「ぷるぅ……」


「グル……」


(なんで二人とも残念そうなんだよ)


 入口の前では、村人たちが松明へ火を灯し始めている。


 村を育てるダンジョン。


 その最初の利用者が、今まさに山へ足を踏み入れようとしていた。


(さて)


 俺は生成できる魔物の気配を、一つずつ確かめる。


(村人たちの最初の相手は、何にするか)

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