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【火山転生】目覚めたら火山そのものだった〜マグマの力で最強の聖地を作ったら、麓に国ができていました〜  作者: 尾の長い虎(てぃが)
第一章:建国編

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28.神に名を、竜に命を

 温かい。


 最初に、ヒナノはそう感じた。


 足元には、磨き上げられた黒曜石のような大地が広がっている。


 その下を、細い赤い光が脈打ちながらゆっくりと流れていた。


 空はない。


 壁も、天井も見えない。


 どこまでも続く暗闇の中に、二輪の赤い花だけが静かに咲いている。


 それでも、不思議と怖くはなかった。


 この温かさを、ヒナノは知っている。


「火山様……?」


 呼びかけると、大地を流れていた赤い光が強く脈打った。


『ヒナノ?』


 聞き慣れた声が返ってくる。


 だが、いつもの神託とは違っていた。


 途切れていない。


 遠くもない。


 一人の人間がすぐ近くから話しかけているように、はっきりと聞こえる。


「火山様!」


『聞こえてるのか?』


「はい。いつもより、ずっとはっきり聞こえます」


『本当に? 今までは、どれくらい聞こえてたんだ?』


「右とか、下がれとか、守れとか……短いお言葉だけです」


『かなり削られてるな』


 少し困ったような声だった。


『夢の中だからか。起きている時も、これくらい話せれば楽なんだけどな』


 ヒナノは声の主を探した。


 しかし、どれだけ周囲を見回しても、火山様の姿は見つからない。


 赤い光。


 大地の温もり。


 自分を包み込む、あまりにも大きな気配。


 そのすべてが火山様であるようにも感じられた。


「火山様は、どこにいらっしゃるのですか?」


『どこって言われてもな……』


 火山様は本気で困っているようだった。


『山だから、ここ全部になるのか?』


「全部……」


『自分でも、いまだによく分かってないんだ』


 神様なら、何でも知っている。


 ヒナノは、どこかでそう思っていた。


 けれど火山様の声は、想像していた神様よりもずっと身近だった。


 少しぶっきらぼうで。


 困っている人を放っておけなくて。


 自分自身のことになると、途端に分からないことが増える。


 初めて山で助けられた時に感じた温かさと、何も変わらない。


「火山様」


『ん?』


「村を守ってくださって、ありがとうございました」


 ヒナノは胸元で両手を重ね、深く頭を下げた。


『守ったのは、俺だけじゃないよ』


 火山様は、すぐに否定した。


『ヒナノがみんなを立ち上がらせた。レンが走って、村長が人を動かして、ほかのみんなも最後まで戦った』


「それでも、火山様がいなければ、誰も立っていられませんでした」


『俺だって、みんながいなければ守れなかった』


 戦いの最中。


 火山様が作った岩壁の後ろへ、村人たちは槍を並べた。


 火山様が動きを止めた魔物へ、猟師たちが矢を放った。


 ヒナノが断片的な言葉を聞き、レンが走り、村長が判断し、ガンゾウが鼓を鳴らした。


 どちらか片方だけでは、村を守ることはできなかった。


「みんなで、守ったんですね」


『ああ』


 火山様の声が、どこか嬉しそうに響いた。


『それと、ヒナノ』


「はい」


『もう、あんな大きい魔物の前へ自分から出るなよ』


「でも、私が出ればオーガを誘い込めると思ったので……」


『それでもだ。障壁があるからって、何をされても平気になるわけじゃないんだからな』


「火山様も、一人で全部を背負おうとしていました」


『俺は火山だから、多少はいいんだよ』


「火山様でも、気をつけてください」


『……そう返されると、何も言えないな』


 ヒナノは小さく笑った。


 火山様も、少しだけ笑ったような気がした。


 その時、ヒナノはまだ一度も尋ねていなかったことを思い出した。


「火山様には、お名前があるのですか?」


『名前?』


「はい。これから皆さんへ火山様のお言葉をお伝えするなら、ずっと火山様とだけお呼びするより、お名前があった方がよいと思います」


 火山様は、すぐには答えなかった。


 大地を流れている赤い光が、考え込むようにゆっくりと明滅する。


『今の俺には、ないな』


「ないのですか?」


『ああ。必要になるとも思ってなかったからな』


 ヒナノは少し考えた。


 目の前に姿はなくても、火山様が静かに答えを待っていることだけは伝わってくる。


「では――」


 ヒナノは赤い光を見つめ、ゆっくりと口にした。


「カザン様とお呼びしてもよいですか?」


『火山だからか?』


「はい」


『そのままだな』


「だめでしょうか?」


『いや』


 火山様は少しだけ間を置いた。


『分かりやすいし、俺にはそれくらいが合ってる気がする』


 火山様が受け入れた瞬間、大地を流れていた赤い光が一斉に輝いた。


 二輪の赤い花が大きく揺れ、無数の光の粒が暗闇へ舞い上がっていく。


 ヒナノは、もう一度その名を口にした。


「カザン様」


『……うん』


 今度の返事は、先ほどよりも少し照れくさそうだった。


 遠くから、鼓の音が聞こえてくる。


 ぽんっ。


 夢の中にはないはずの音だった。


 黒曜石の大地が少しずつ透き通り、赤い光も遠ざかり始める。


『そろそろ目が覚めるみたいだな』


「また、お話しできますか?」


『たぶん、夢の中なら』


「では、また眠ればよいのですね」


『いや、ずっと寝てろって意味じゃないぞ』


 ヒナノは笑い、遠ざかっていく赤い光へ頭を下げた。


「おやすみなさい、カザン様」


『ああ。今はゆっくり休め、ヒナノ』


 最後に届いた声は、どこまでも穏やかだった。


 ◇ ◇ ◇


 ぽんっ、ぽこぽんっ!


 鼓の賑やかな音に、ヒナノは目を開けた。


 見慣れた自分の家の天井がある。


 窓から差し込む日差しはすでに傾き始めており、朝ではなく、昼を大きく過ぎていることが分かった。


「夢……」


 胸元へ手を当てる。


 黒銀色の神器が、かすかに温かい。


「起きたのね、ヒナノ」


 すぐ近くから母親の声がした。


 顔を向けると、母親は椅子へ座り、娘の様子を見守っていた。


「お母さん。ずっとそばにいてくれたの?」


「私も途中までは眠っていたわ。あなた、何をしても起きなかったのよ」


「そんなに寝てたんだ……」


「一晩中起きていたんだもの。当たり前でしょう」


 外から、再び鼓の音が聞こえてくる。


 続いて、大勢の笑い声が響いた。


「外で何をしてるの?」


「村の片づけと、夕飯の支度よ」


「それだけには聞こえないけど……」


「ガンゾウさんが、勝利祭だって」


 母親が困ったように笑う。


「村長さんは、復旧作業だと言い張っているけれどね」


 ヒナノは起き上がろうとした。


 少し体は重かったが、眠る前のような強い疲労感は残っていない。


「私も手伝わなくちゃ」


「その前に、こっちへ来なさい」


 母親が椅子の隣を指した。


 その手には、小さな鋏が握られている。


「髪を整えましょう。このままでは、あまりにも不揃いだから」


 ヒナノは自分の黒髪へ触れた。


 オーガの前で切った髪は、顎の辺りまで短くなっている。


 だが、急いで小刀を入れたため、左右の長さも毛先もばらばらだった。


「お母さん、長い髪が好きだったよね」


「好きだったわ」


「ごめんなさい」


「どうして謝るの?」


 母親はヒナノを椅子へ座らせ、短くなった黒髪へ櫛を通した。


「髪は、また伸びるもの」


 伸びすぎた毛先へ、鋏が入る。


「あなたが帰ってきてくれた。それで十分よ」


「……うん」


 母親の手によって、不揃いだった毛先が少しずつ整えられていく。


 顎の辺りで揃えられた短い黒髪は、以前とはまるで違う姿だった。


 けれどヒナノは、不思議と嫌ではなかった。


 磨かれた金属板へ顔を映し、左右へ動かしてみる。


「変じゃない?」


「似合っているわ」


「本当に?」


「ええ。少しだけ、お姉さんになったみたい」


 ヒナノは照れながら、短い髪を指先で整えた。


 外から、ガンゾウの大声が聞こえてくる。


「火が弱いぞ! 祝いの煮込みは、もっと盛大に煮立たせるんじゃ!」


「家を焼きかけたばかりだ! 火を強くするな!」


「料理と火事を一緒にするでない!」


 ヒナノと母親は顔を見合わせた。


「行こうか」


「ええ。でも、無理はしないこと」


「分かってる」


 母親は、疑わしそうな目をヒナノへ向けた。


 ◇ ◇ ◇


 家の外へ出ると、村の中央には大勢の人が集まっていた。


 折れた柵を運ぶ者。


 新しい丸太を削る者。


 屋根の焦げた部分を剥がし、代わりの布を張る者。


 その近くでは、大きな鍋から白い湯気が上がっている。


 蓄えていた根菜と干し肉を煮込んだ香りが、村中へ広がっていた。


 作業をしている者たちの手には、まだ包帯が巻かれている。


 歩き方がぎこちない者もいた。


 それでも、皆の表情は明るい。


 誰かが丸太を運べば、周囲から声が上がる。


 屋根の修理が一つ終わるたび、ガンゾウが鼓を鳴らした。


 ぽんっ!


「柵一本、復活じゃ!」


「いちいち鳴らすな!」


「祝い事は多い方がよい!」


 村長は声を張り上げながらも、鼓を取り上げようとはしていなかった。


「皆で働き、飯を作り、生き残ったことを喜ぶ! これを祭りと呼ばずして、何と呼ぶ!」


「復旧作業だ」


「鼓が鳴っておる!」


「お前が勝手に鳴らしているだけだろう!」


「ならば村長も鳴らせばよい!」


「なぜそうなる!」


 そのやり取りを聞き、周囲の村人たちが笑う。


「ヒナノ!」


 声をかけられ、ヒナノは振り返った。


 短い亜麻色の髪をしたレンが、湯気の立つ木椀を二つ持って歩いてくる。


 片腕には、傷を覆う白い布が巻かれていた。


「もう起きて大丈夫なのか?」


「うん。たくさん眠ったから」


「たくさんどころじゃないぞ。いくら呼んでも起きなかったんだから」


「レンも呼びに来たの?」


「べ、別に。様子を見てこいって頼まれただけだ」


 レンは少し早口で答え、持っていた木椀の一つを差し出した。


「食べられるなら、先にこれを食べろって」


「ありがとう」


 ヒナノが木椀を受け取ると、近くにいた子どもたちが集まってきた。


「あっ、巫女様だ!」


「本当だ! 髪がきれいになってる!」


「巫女様って呼ばないで。いつも通り、ヒナノでいいよ」


「でも、ヒナノは火山様の声が聞こえるんだろ?」


「赤い壁も出した!」


 一人の子どもが、拾ってきた鍋の蓋を両手で持ち上げた。


「私は、火山の巫女ヒナノ!」


 別の子どもが四つん這いになり、魔物の真似をしながら鍋の蓋へ体当たりする。


「えいっ!」


「負けません!」


 二人が楽しそうに押し合った。


 ヒナノの顔が、みるみる赤くなっていく。


「や、やめてよ……」


「ヒナノをからかうな!」


 レンが二人の間へ割って入った。


「じゃあレンは、巫女様を守る槍持ちだ!」


「槍、折れてたけどな!」


「うるさい!」


 今度はレンまで顔を赤くする。


 子どもたちは笑いながら逃げていった。


「まったく……」


「ありがとう、レン」


「別に、これくらい」


 レンは腰へ手を伸ばしかけ、そこに折れた木槍がないことへ気づいたように手を止めた。


「次は、もっとちゃんと守るから」


「うん。でも、無茶はしないでね」


「それはヒナノに言われたくない」


 二人が顔を見合わせた時、ガンゾウの鼓が大きく鳴った。


 どんっ!


「ヒナノが目覚めたぞ!」


 村中の視線が、一斉にヒナノへ集まる。


「ガ、ガンゾウさん。そんなに大きな声を出さなくても……」


「勝利の立役者が目覚めたのじゃ! 鳴らさずにおれるか!」


「立役者は、私だけではありません」


「そうじゃな! では全員分、順番に鳴らすとしよう!」


「日が暮れる。やめろ」


 村長が止めた。


 ヒナノは困ったように笑い、それから遠くの火山へ体を向ける。


 目覚めた後の挨拶を、まだしていなかった。


 いつものように、胸元で両手を合わせる。


 ただし、呼びかける言葉は昨日までと違う。


「おはようございます、カザン様」


 周囲にいた村人たちが、首を傾げた。


「カザン様?」


「誰のことだ?」


「火山様のお名前です」


 ヒナノは、夢の中で火山様と話したことを説明した。


 普段は途切れた言葉しか聞こえないこと。


 夢の中では、はっきりと会話ができたこと。


 そして、名前のなかった火山様へ、自分が名前を提案したこと。


「火の山なので、カザン様と……」


 話を聞き終えた村人たちは、一瞬だけ静まり返った。


 最初に動いたのは、やはりガンゾウだった。


 鼓を肩へ担ぎ、大きく打ち鳴らす。


 どんっ!


「神に名を授けた巫女じゃ!」


「そんなに大げさなことでは……」


「普通は、神が人へ名を授けるもの! それを人が神へ授けたのじゃぞ!」


「火山だから、そのままつけただけです」


「なんと深遠で分かりやすい神名!」


「深遠ではないと思います……」


 ガンゾウは、すでにヒナノの言葉を聞いていなかった。


「勝利祭、快気祝い、そしてカザン様の命名祭! 今日だけで三つも祭りができたぞ!」


「増やすな」


 村長の低い声が飛ぶ。


「同じ日にやるなら、まとめて一つじゃ!」


「そういう問題ではない」


 村長はため息をつき、それからヒナノへ視線を向けた。


「火山様自身が、その名を受け入れたのだな?」


「はい」


「ならば、我々が否定する理由はない」


 村長も火山へ体を向ける。


「カザン様、か」


 名前を確かめるように、一度だけ口にした。


 それをきっかけに、周囲の村人たちも新しい名を呼び始める。


「カザン様、ありがとうございました」


「今日も水を使わせていただいています」


「これからも、よろしくお願いします」


 その呼び方は、瞬く間に村中へ広がっていった。


 ◇ ◇ ◇


(カザン、か)


 夢の繋がりが途切れた後も、ヒナノにもらった名前は俺の中へ残っていた。


 ただの音ではない。


 コアの奥へ染み込み、今まで名前のなかった俺自身を、一つの存在として形作っている。


《巫女からの呼称を受諾しました》


《個体名:カザン》


(本当に名前になったんだな)


 ヒナノの挨拶が、神器と地脈を通じて届く。


 俺も返事を送ってみた。


(おはよう、ヒナノ)


『……おはよう』


 やはり、起きている間に届く言葉は短い。


 夢の中で話せたからといって、この制限までなくなったわけではなかった。


 それでもヒナノから、嬉しそうな感情が返ってくる。


「はい。おはようございます、カザン様」


(もう昼を過ぎてるけどな)


 目覚めて最初の挨拶なら、ヒナノにとっては朝なのだろう。


 その後、村のあちこちから何度も同じ響きが届き始めた。


 カザン。


 カザン様。


 具体的な会話までは分からない。


 それでも俺へ向けられた名前だけは、聖域を巡る信仰の中へはっきりと混ざっている。


(広まるの、早くない?)


 夢の中で名前をもらってから、まだ半日も経っていない。


 それなのに、もう村全体が俺の名前を知っているらしい。


(ヒナノ、何をどう説明したんだ?)


 少し怖いので、今度夢で会えた時に聞くことにしよう。


 村の中央では、古井戸の水が木椀へ注がれていた。


 大勢の気配が火山へ向き直り、一斉に温かな感情を向けてくる。


《信仰値:増加》


《聖域内における信仰循環が安定しました》


 その力が、山の奥に浮かぶ火竜核へ流れ込んだ。


 黒い球体の内側を走る赤い光が、村から届く感謝に合わせて強く脈打つ。


 どくん。


《火竜核の安定を確認》


《守護眷属を生成できます》


(いよいよか)


 俺は火竜核へ意識を触れさせた。


 その瞬間。


 まだ形を持たない何かの感覚が流れ込んでくる。


 強い熱。


 硬い鱗。


 大地を蹴る四本の脚。


 成長すれば空を飛べる翼。


 火山領域の外へ出ても、自らの内側に火を宿して動ける肉体。


《火竜核との適合形態を確認》


《最適形態:火竜》


(やっぱり竜なのか)


 火竜なら、いつか空から村や森を見渡せる。


 俺の力が届かない場所へ向かい、逃げる敵を追うこともできるだろう。


 何より、火と熱への適性が高い。


 火山の内部でも、問題なく暮らせる。


 俺が必要としていた条件を、すべて満たしている。


 ただし、火竜核から伝わってくる姿は、それほど大きくなかった。


 犬ほどの大きさ。


 翼もまだ小さく、長く飛ぶことはできない。


 吐き出せる炎も、今のところは弱いものらしい。


《現保有資源に基づき、幼体として生成されます》


(まあ、いきなり巨大な竜が生まれても困るか)


 今の通路や空洞は、コロや人間が通れる程度の大きさを前提に作っている。


 突然、家ほどもある竜が現れたら、生まれた瞬間に天井へ頭をぶつけることになる。


(強くなるなら、少しずつでいい)


 生まれたばかりの存在へ、いきなりオーガと戦えと言うつもりもない。


 まずは、この山で暮らしてもらう。


 コロや俺を知り。


 村人たちを知り。


 自分が何を守りたいのかを、少しずつ見つけていけばいい。


(よし。作るぞ)


 俺は火竜核が浮かぶ空洞へ、地脈の熱と魔力を集めた。


《火竜核を使用します》


《守護眷属の生成を開始します》


 黒い球体の表面を、赤い光が走る。


 どくん。


 鼓動が一つ響くたび、火竜核の周囲へ熱と魔力が集まっていった。


 最初に形を持ったのは、炎だった。


 火竜核を包む赤い炎が揺らめき、四本の脚と長い尾を持つ輪郭へ変わっていく。


 そこへ魔力が流れ込み、炎だけだった輪郭へ重みが加わった。


 背中から、小さな翼が左右へ伸びる。


 頭部には短い角。


 脚の先には、黒く鋭い爪。


 火竜核を中心に、一つの肉体が少しずつ作られていく。


(よし。そのまま安定させて――)


 突然、火竜核の内側で熱が大きく膨らんだ。


(まずい!)


 集めた熱の一部が、形になりきれず外へ漏れ出す。


 赤い火の塊が空洞の壁へ飛び、岩肌を溶かし始めた。


 俺は慌てて、周囲の岩へ熱を逃がす。


 だが次の瞬間には、別の場所から新たな炎が噴き出した。


(熱が多すぎたのか?)


 ここで力を止めれば、作りかけの肉体が崩れるかもしれない。


 かといって、このままでは火竜核そのものが不安定になる。


 どうするべきか迷った時、赤い影が炎の中へ飛び込んだ。


「ぷる!」


(コロ!?)


 コロは飛び散った火の塊を、半透明の体全体で包み込んだ。


 余分な熱と魔力が、赤い体へ吸収されていく。


「ぷるるるるっ!」


(熱を食べてるのか?)


 一つ目を吸収し終えると、コロは続けて漏れ出した炎へ跳びついた。


 ぱくり。


 口がどこにあるのかは分からない。


 それでも火の塊は、コロの体へ吸い込まれるように消えていく。


 そのたびに中心の赤い光が大きく揺れ、体がほんの少し膨らんだ。


(コロ、食べすぎるなよ! 必要な分まで持っていくな!)


「ぷる!」


(今食べていいのは、外へ漏れた分だけだからな!)


「ぷるる!」


(本当に分かってるよな?)


 返事だけは、相変わらず立派だった。


 それでもコロが余分な熱を吸収したことで、火竜核の揺れは少しずつ収まっていく。


 赤い炎の輪郭へ、黒い鱗が生まれ始めた。


 一枚。


 また一枚。


 黒曜石を思わせる鱗が重なり、全身を覆っていく。


 鱗の隙間には、血管のように溶岩色の光が流れていた。


 どくん。


 鼓動が響く。


 小さな胸が上下し、初めて自分の力で空気を吸い込む。


 最後に、閉じていた両目がゆっくりと開かれた。


 現れた瞳は、燃える炎とは異なる澄んだ金色だった。


《守護眷属の生成が完了しました》


《火竜幼体との接続を確認》


(生まれた……)


 犬ほどの大きさをした幼い火竜が、空洞の中央へ立っている。


 黒曜石のような鱗。


 その隙間を流れる赤い光。


 背中には、体に比べてもまだ小さな翼が折り畳まれていた。


 幼竜が一歩、前足を踏み出す。


 生まれたばかりのためか、わずかに体が傾いた。


 それでもすぐに四本の脚で踏ん張り、何事もなかったように姿勢を整える。


(今、少しふらついたよな?)


 金色の目が、こちらへ向けられた気がした。


(見なかったことにするよ)


 幼竜はコアのある方角へ体を向け、ゆっくりと頭を下げる。


 言葉は聞こえない。


 けれど、繋がりを通じて幼い意志が伝わってきた。


 ここにいたい。


 この山を守りたい。


 聖域にいる者たちを、危険から遠ざけたい。


 まだ生まれたばかりなのに、その思いだけは驚くほど真っ直ぐだった。


(ありがとう)


(でも、最初から全部を背負わなくていいからな)


 守るためだけの道具として生み出したわけではない。


 まずは、この山で暮らしてほしい。


 コロと遊び。


 食べ。


 眠り。


 少しずつ大きくなればいい。


「ぷる……」


 余分な熱を食べ終えたコロが、幼竜へ近づいていく。


 火竜も顔を上げ、近づいてくる赤い物体を金色の目で見つめた。


 コロが右へ跳ねる。


 幼竜の顔も右へ動く。


 今度は左。


 幼竜も左へ顔を向けた。


「ぷる!」


 コロが勢いよく跳び上がり、そのまま幼竜の頭へ着地した。


 幼竜の金色の目が、大きく見開かれる。


(コロ!?)


「ぷるる!」


 コロは幼竜の頭上で、得意げに体を反らした。


 火竜は前足を上げ、自分の頭に乗っているコロをどうにか見ようとする。


 しかし当然、頭の上までは見えない。


 何度か目だけを上へ動かしたあと、諦めたように前足を下ろした。


 振り落とそうとはしなかった。


(仲良くできそう……なのか?)


 少なくとも、生まれて早々の喧嘩にはならなかった。


(コロ。お前の方が先に生まれたんだから、今日から先輩だぞ)


「ぷる!」


 コロが、さらに偉そうに体を反らす。


(なんでそんなに誇らしげなんだよ)


 幼竜は頭上のコロを乗せたまま、静かにその場へ伏せた。


 誇り高そうな見た目に反して、意外と面倒見がよいのかもしれない。


(そうだ。こいつにも名前が必要だよな)


 俺は幼い火竜へ意識を向けた。


 ヒナノから名前をもらったばかりの俺が、今度は新しい命へ名前を与える。


 そう考えると、妙に緊張した。


(火山……溶岩……炎……)


 頭の中へ、思いついた言葉を順番に並べていく。


(英語なら、ボルケーノか)


(ボルケーノ……ヴォルケ……ヴァルケ……)


(ヴァル)


 最後に残った響きを、もう一度確かめる。


 短くて呼びやすい。


 火山から生まれた火竜にも似合っている気がした。


(俺だって、火山だからカザンなんだ)


(名付けなんて、これくらい分かりやすい方がいいだろ)


 俺は金色の瞳を持つ幼竜へ呼びかけた。


(お前の名前は、ヴァルだ)


 幼竜が顔を上げる。


《守護眷属への命名を確認》


《個体名:ヴァル》


《守護眷属・ヴァルとの接続が成立しました》


 ヴァルの鱗の隙間を流れる赤い光が、一斉に強く輝いた。


「グルル……」


 幼い喉から、低い声が漏れる。


 大きな咆哮ではない。


 それでも、自分の名前を受け入れたことだけは伝わってきた。


(よろしくな、ヴァル)


 ヴァルは静かに頭を下げた。


 その上では、コロまで一緒になって傾いている。


「ぷる!」


(コロは、そろそろ下りなくていいのか?)


 ◇ ◇ ◇


 村では、ガンゾウが古井戸の水を木椀へ汲んでいた。


「まずは、カザン様へ!」


 水の入った椀を、火山へ向けて高く掲げる。


 村人たちも、それぞれの木椀を持ち上げた。


「カザン様に!」


「村を守ってくださった火山様に!」


「そして、全員が生き残ったことに!」


 声が重なり、ガンゾウの鼓が鳴る。


 ぽんっ!


 ヒナノも受け取った木椀を火山へ掲げた。


「カザン様。ありがとうございました」


 その時、胸元の神器がかすかに熱を帯びた。


『……新しい』


 ヒナノは目を見開く。


『……仲間』


「新しい仲間……?」


 カザン様から、言葉とともに温かな感情が届いた。


 嬉しさ。


 安堵。


 そして、新しく生まれた命を見守るような優しさ。


 ヒナノには、それがどんな姿をしているのか分からない。


 ただ、火山の奥で何かが生まれたことだけは感じ取れた。


「いつか、私にも会わせてくださいね」


 神器の赤い結晶が、一度だけ明るく脈打つ。


『……いつか』


 ヒナノは微笑み、遠くの火山へもう一度、木椀を掲げた。


 ◇ ◇ ◇


 村を守る聖域はできた。


 俺の代わりに動ける守護眷属も生まれた。


 コロとヴァル。


 一人だった頃と比べれば、守るための力は大きく増えている。


 だが、守るもの自体も増えていた。


 村。


 聖域。


 地脈。


 地下水。


 黒銀色の鉱脈。


 二輪の赤い花。


 そして、コロとヴァルが暮らす場所。


(この山も、今までのままじゃ駄目だな)


 俺は山の内部へ意識を広げた。


 これまで作った通路や空洞は、その時々で必要になったものを付け足しただけだ。


 コアを守るために、通路を塞ぎ。


 地脈を探すために、横穴を掘り。


 地下水を流すために、水路を作った。


 山全体を、一つの構造として考えたことはない。


 侵入者が本気でコアを狙えば、まだ危険は多い。


 何より、ヴァルが成長すれば今の通路では狭すぎる。


(生まれた時は犬くらいでも、ずっとこの大きさとは限らないからな)


 ヴァルへ意識を向ける。


 本人はコロを頭へ乗せたまま、静かに空洞の中を歩き始めていた。


 少し進むたび、壁や天井を金色の瞳で確かめている。


 すでに、自分が暮らし、守る場所を覚えようとしているらしい。


(外から来る者を受け入れる場所と、絶対に入らせない場所を分ける)


 侵入者を迷わせる外側。


 水と植物があり、コロやヴァルが暮らせる場所。


 地脈や鉱脈を管理する場所。


 そして、何があってもコアへ辿り着かせない深層。


 ただ罠を並べるだけではない。


 水が流れ。


 植物が育ち。


 眷属たちが生きていける。


 山の中へ、一つの世界を作る。


 前世で拠点を作るゲームに夢中になっていた頃の感覚が、少しだけ戻ってきた。


(玄関を開けたら心臓です、みたいな山は、もう終わりにしよう)


 俺はまだ手つかずの岩盤を探り、地脈と地下水の位置を一つずつ確かめていく。


 どこへ通路を作るか。


 どこへ広い空洞を置くか。


 どうすれば敵を迷わせながら、眷属たちは自由に移動できるか。


 考え始めると、次々に案が浮かんできた。


 村が勝利を祝う地上で、ガンゾウの鼓が高らかに鳴る。


 そのはるか地下では、コロが跳ね、ヴァルが金色の瞳で新たな住処を見回していた。


(そろそろ、本格的に――)


(ダンジョンを作るぞ)

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