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【火山転生】目覚めたら火山そのものだった〜マグマの力で最強の聖地を作ったら、麓に国ができていました〜  作者: 尾の長い虎(てぃが)
第一章:建国編

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24.夜明けの巫女

 からん、からん、からんっ!


 村の正面で、鳴子が激しく鳴り響いた。


 それから一呼吸も経たないうちに、左右へ設置された鳴子まで次々に音を立て始める。


(来た!)


 地中へ張り巡らせた警戒線が、いくつも同時に反応していた。


 正面からは、地面を蹴って駆ける無数の足音。


 その後ろには、歩くだけで地面を揺らす大型の魔物が続いている。


 さらに別の群れが、村を挟み込むように左右へ分かれていた。


(三方向から同時かよ)


 俺が感知した通りだ。


 正面へ戦力を集中させ、左右から回り込む。


 魔物の襲撃というより、軍隊の攻め方だった。


 群れの中で最も重い気配は、森の縁近くまで進んだところで止まっている。


 自分は村へ近づかず、配下だけを送り込んでいた。


(随分と偉そうな指揮官だな)


 姿は見えない。


 名前も分からない。


 だが、こいつが魔物たちを動かしていることだけは間違いなかった。


 やがて先頭の群れが森を飛び出し、村の柵へ向かって一斉に加速する。


(そのまま真っ直ぐ来い)


 俺は正面の地面へ熱を送り込んだ。


 村人の足がないことを確かめてから、地下の岩盤へ力を加える。


 ごごごっ。


 地面が震え、魔物の進路を挟むように左右から低い岩壁が隆起した。


 高くはない。


 身軽な魔物なら乗り越えられる程度だ。


 だが、大群が横へ広がることはできなくなる。


 岩壁に挟まれた魔物たちの進行方向には、村人が打ち込んだ無数の杭が待っていた。


(道は作った)


(あとは頼んだぞ)


 ◇ ◇ ◇


「全員、持ち場へつけ!」


 村長の声が、夜の村へ響き渡った。


 眠っていた村人たちは武器を手に取り、あらかじめ決められていた場所へ走る。


 戦える者は柵へ。


 矢や水を運ぶ者は、村の内側へ。


 老人や子どもを誘導する者は、中央の避難場所へ向かった。


 松明の明かりの向こうで、無数の赤い目が揺れている。


 低い姿勢で駆ける四本足の魔物。


 長い腕を地面へつき、跳ねるように進む魔物。


 その後方には、ほかの魔物より頭二つは大きな影が続いていた。


「来るぞ!」


 猟師たちが弓を構えた、その時だった。


 魔物たちの前で地面が盛り上がり、二本の低い岩壁が生まれる。


「地面が……!」


「火山様じゃ!」


 ガンゾウが遠くの山を振り返った。


「火山様が、魔物の道を狭めてくださったんじゃ!」


 村長は隆起した岩と、その先に並ぶ杭を見比べる。


 驚いている時間はなかった。


「理由は後で考えろ! 岩の間へ矢を集中させろ!」


 弓弦が一斉に鳴った。


 放たれた矢が、狭められた道へ降り注ぐ。


 先頭を走っていた魔物が倒れ、後続がその体へぶつかった。


 それでも群れの勢いは止まらない。


 倒れた仲間を踏み越え、魔物たちが杭へ迫る。


「槍を構えろ!」


 村人たちは柵の隙間から槍を突き出した。


 岩壁に挟まれた一本道へ、魔物たちが殺到する。


 先頭の魔物が杭へぶつかり、後続も次々に足を止めた。そこへ村人たちの槍と、猟師の矢が浴びせられる。


「押し返せ!」


「柵へ近づけるな!」


 村人の怒号と、魔物の唸り声が重なった。


 最初の数体が倒れると、後続の魔物たちが急に動きを止める。


「止まった……?」


 魔物たちは柵の手前で身を翻し、森へ向かって退き始めた。


「逃げるぞ!」


「追うな!」


 前へ出ようとした村人を、村長が制止する。


「柵から離れるな! まだ終わっておらん!」


 その言葉を裏づけるように、村の右側から鳴子の音が響いた。


 ◇ ◇ ◇


 森の奥から、号令のような振動が届く。


 どん。


 その一度で、正面にいた魔物たちが退いた。


 直後、右側へ回り込んでいた群れが速度を上げる。


(やっぱり指示を出してる)


 正面の進路を塞がれたから、攻める場所を変えたのだ。


 右側の柵は、正面よりも低い。


 補修はされているが、大型の魔物に何度もぶつかられれば持たないだろう。


 俺は右側へ熱を走らせ、魔物たちの前にある地面を温めた。


 草の根や土に含まれていた水分が蒸発し、白い蒸気が一斉に立ち上る。


 先頭の魔物が熱を嫌がり、足を止めた。


 だが、森の奥から再び振動が届く。


 どん。


 大型の魔物が前へ出た。


 分厚い皮膚に覆われた巨体が、熱を帯びた地面を気にせず進んでくる。後方にいた小型の魔物たちは、その大きな影へ隠れるように続いた。


(熱に強いやつを盾にしたのか)


 俺が手を変えれば、向こうも配置を変える。


 偶然ではない。


 森の奥にいる何かは、村の防備だけでなく、俺が地面を操っていることまで理解し始めている。


(なら、これはどうだ)


 大型の魔物が柵へ到達する寸前。


 俺は、その右前足が着く場所だけを陥没させた。


 ずぼっ。


 片足を取られた魔物の巨体が大きく傾く。


 そこへ後続の魔物がぶつかり、群れの足並みが乱れた。


 ◇ ◇ ◇


「右だ! 今度は右へ来るぞ!」


 ガンゾウが鼓を鳴らしながら、村の中を走っていた。


 ぽんっ、ぽんっ!


「右の柵へ人を回せ! 正面には半分残れ!」


 村長の指示に従い、槍を持った男たちが移動する。


 直後、体勢を立て直した大型の魔物が、右側の柵へ激突した。


 どおん!


 空気が震えた。


 丸太を組んだ柵が大きく軋み、見張り台の松明が地面へ落ちる。


 火の粉が舞い、近くに積まれていた藁へ燃え移った。


「火だ!」


「水桶を持ってこい!」


 用意していた水が、次々に炎へ浴びせられる。


 ヒナノも小さな桶を抱え、村人たちの間を走った。


 古井戸から汲み上げられた水が火の勢いを抑え、家の屋根へ燃え移る前に消し止める。


 だが、その間にも大型の魔物は起き上がろうとしていた。


「今だ! 足を狙え!」


 柵の隙間から、何本もの槍が突き出される。


 大型の魔物は低く唸り、太い前足を振り回した。


 槍の一本が折れ、それを持っていた男が後ろへ倒れる。


「父ちゃん!」


「来るな! 持ち場を守れ!」


 父親の声に、レンは踏み出しかけた足を止めた。


 レンが任されているのは、避難場所へ続く道の守りだ。


 短い亜麻色の髪は汗で額へ張りつき、木槍を握る両手には力が入っている。


 前線へ行きたい。


 父親の隣で戦いたい。


 それでも、勝手に持ち場を離れれば、避難してくる者たちを守れなくなる。


 レンの後ろでは、ヒナノが負傷した村人へ清潔な布を渡していた。


 そのさらに奥には、幼い子どもや老人たちが集まっている。


 その時、右側の柵から乾いた音が響いた。


 ばきん。


 大型の魔物が壊した隙間から、黒い影が一つ飛び込んでくる。


 犬ほどの大きさの、細身の魔物だった。


 低い姿勢で走るため、前線の大人たちはまだ気づいていない。


 魔物が向かう先には、避難してきた子どもたちがいた。


 レンは木槍を握り直す。


 相手だけを見るな。


 周りを見ろ。


 命令を聞け。


 父親から繰り返し言われた言葉が、頭の中で重なった。


「一匹、抜けた!」


 レンは声を張り上げた。


 自分から魔物へ飛び込まず、避難路の中央で槍を構える。


 声に反応した魔物が、レンへ顔を向けた。


 地面を蹴り、一気に跳びかかってくる。


 怖い。


 木槍を握る手が震えた。


 喉が固まり、息がうまく吸えない。


 それでも、後ろへ下がるわけにはいかなかった。


「来い!」


 魔物が跳んだ瞬間、レンは大きく踏み込まず、半歩だけ体をずらす。


 木槍の石突きを地面へ押しつけ、穂先を魔物の肩へ合わせた。


 衝撃が両腕を突き抜ける。


 ばきり。


 木槍が途中から折れた。


 だが、穂先に押された魔物の体も横へ逸れる。


 レンの脇を通り過ぎ、そのまま地面へ転がった。


「レン、下がれ!」


 駆けつけた父親の槍が、起き上がろうとした魔物の動きを止める。


 レンは荒い息を吐きながら、折れた木槍を握り締めていた。


「追うな。後ろを守れ」


「……うん!」


 父親は前線へ戻りかけ、わずかに足を止めた。


「今のは、よく周りを見ていた」


 それだけ告げると、再び柵へ向かって走っていく。


 レンは一瞬、目を見開いた。


 けれど、すぐに避難路へ向き直る。


「ありがとう、レン」


 ヒナノが駆け寄ってきた。


「まだだ」


 レンは折れた木槍を短く持ち直し、壊れた柵を睨む。


「ほかにも入ってくるかもしれない」


 手はまだ震えていた。


 それでも今度は、周囲を見ることを忘れなかった。


 ◇ ◇ ◇


 戦いは、その後も続いた。


 一つの群れを退ければ、別の群れが違う方向から現れる。


 俺が岩を隆起させれば、魔物は倒れた仲間を踏み台にして乗り越える。


 地面を熱すれば、熱に強い魔物が前へ出る。


 小型の魔物を阻めば、大型の魔物が力任せに道を作った。


 そのたび、森の奥から短い振動が届く。


 どん。


 攻めては退き、別の場所へ移る。


 村人たちを休ませないまま、柵の弱い場所を探り続けていた。


(村人が疲れるのを待ってるのか)


 魔物たちは、一度にすべての戦力を出していない。


 倒されても構わない程度の数を送り込み、その代わりに村の防備を削り、人間を疲れさせている。


(嫌な戦い方をする)


 群れの中央にいる何かは、配下の命など惜しんでいなかった。


 俺は正面の地面を隆起させ、再び魔物の進路を変える。


 村人たちは最初こそ、突然動く地面へ戸惑っていた。


 だが戦いが続くうちに、少しずつ俺の意図へ合わせ始める。


 岩壁ができれば、その後ろへ槍を並べる。


 地面が温まれば、すぐにその場所から離れる。


 魔物の進路が狭まれば、猟師たちが矢を集中させる。


 言葉は交わせない。


 顔を見ることすらできない。


 それでも俺が道を作り、村人たちがそこを守る。


(そうだ。それでいい)


(俺一人で全部倒す必要はない)


 村の左側では、大型の魔物が俺の作った窪みへ踏み込んだ。


 村人たちが一斉に槍を突き出し、その動きを止める。


 別の場所では、柵を越えた小型の魔物を数人の男たちが囲み、力を合わせて押し返していた。


 俺が守っているだけではない。


 彼らも、自分たちの村を守っている。


 だが、村人たちの動きは少しずつ鈍くなっていた。


 襲撃前から夜番を続けていた者。


 一晩中、槍を握り続けている者。


 負傷者を運び、水や矢を届けている者。


 誰も、まともに休めていない。


 空が白み始めた頃。


 森の奥から、これまでで最も大きな振動が届いた。


 どん。


 温存されていた魔物たちが、一斉に動き始める。


(まずい)


 最も重い足音の一つが、傷んだ右側の柵へ向かっている。


 その前には、まだ村人が何人も残っていた。


(そこから離れろ!)


 叫んでも、声は届かない。


 地面を大きく持ち上げれば、村人まで巻き込んでしまう。


 俺は柵の外側だけを隆起させた。


 だが魔物たちは、倒れた仲間の死骸を足場にして岩を越えてくる。


 続けて大型の魔物が、傷んだ柵へ激突した。


 どおん!


 丸太が砕ける振動が、地中へ伝わった。


 柵の一部が内側へ倒れ、複数の魔物が村へ雪崩れ込む。


 ◇ ◇ ◇


「下がれ! 中央の道まで下がるんだ!」


 村長の指示で、村人たちは壊れた柵から後退する。


 負傷した男が仲間に肩を貸され、避難場所へ運ばれてきた。


 ヒナノはその腕へ布を巻き、必死に傷口を押さえる。


 周囲では子どもが泣いていた。


 魔物の唸り声と村人たちの怒号が、途切れることなく響いている。


 レンも折れた木槍を持ったまま、避難してきた子どもたちを家の中へ誘導していた。


 額には汗が浮かび、腕には浅い傷ができている。


「レン、その腕……」


「これくらい平気だ。それより、次の人を中へ!」


 ヒナノは新しい布を掴み、顔を上げた。


 夜の闇が薄れている。


 火山の向こうから、淡い朝の光が差し始めていた。


 新しい一日が始まる。


 いつもなら、火山様へ朝の挨拶をしている時間だった。


 今は、それどころではない。


 目の前には傷ついた人がいる。


 村の外からは、まだ魔物たちが押し寄せてくる。


 母も、避難場所の奥で震えているはずだ。


 怖くないはずがなかった。


 逃げ出したかった。


 母と二人で、どこか安全な場所へ隠れてしまいたかった。


 それでもヒナノは思う。


 明日も母と話したい。


 レンや村のみんなと笑いたい。


 いつものように薬草を採り、火山様へ挨拶をしたい。


 そんな当たり前の朝を、失いたくなかった。


 ヒナノは傷口を押さえていた布を別の女性へ託し、村の向こうにそびえる火山へ顔を向けた。


 そして、いつもと同じように両手を胸元で合わせる。


「おはようございます、火山様」


 声は震えていた。


 それでも、言葉は途切れない。


「今日も、よろしくお願いします」


 背後では、村人たちが今も戦っている。


 傷ついた者。


 怖くても逃げずに立っている者。


 子どもたちの前へ立ち、折れた槍を握っているレン。


 ヒナノは強く目を閉じた。


「どうか、みんなを助けてください」


 それだけでは足りない。


 助けてもらうだけでは、嫌だった。


「私にも、できることがあるなら……」


 胸の前で合わせた手に、力がこもる。


「私にも、みんなを守らせてください」


 ◇ ◇ ◇


 ヒナノの祈りが届いた。


 これまで毎日感じてきた、柔らかな温かさ。


 だが今日は、それだけではなかった。


 祈りが地脈の中で消えない。


 一本の細い道となり、村から山へ、山から俺のコアへ繋がっていく。


 洞窟に咲く二輪の赤い花が、同時に大きく揺れた。


《信仰値:増加》


《継続祈願を確認》


《巫女契約条件:7/7》


《すべての巫女契約条件を達成しました》


(来た)


 コアの奥から、熱とは異なる力が溢れ出す。


 それは新しい地脈を通り、ヒナノの祈りが作った道へ流れ込んだ。


《巫女契約を開始します》


 それまで曖昧だったヒナノの気配が、急にはっきりと形を持った。


 地面を踏む足音でもない。


 ぼんやりと伝わる感情でもない。


 一人の人間としての存在を、初めて感じ取る。


 怖がっている。


 疲れている。


 それでも誰かを守りたいと、必死に願っている。


(ヒナノ)


 俺は繋がった道へ意識を送り込んだ。


《ヒナノとの巫女契約が成立しました》


《神託機能が解放されました》


 初めて、こちらから言葉を届ける。


 だが声は地脈を通る途中で砕け、熱と光の中へ溶けていった。


 ヒナノへ届いたのは、わずかな欠片だけだった。


『……ヒナノ』


 祈りの向こうで、ヒナノの意識が大きく揺れる。


「火山様……?」


 聞こえた。


 完全ではない。


 それでも、俺の声が初めて届いた。


(みんなを守ってくれ)


 俺はもう一度、強く意識を送る。


『……守れ』


『……皆を』


 届いたのは、途切れた言葉だけだった。


 それでもヒナノは迷わなかった。


 胸の前で両手を合わせたまま、強く頷く。


「はい」


 短い返事だった。


 それだけで十分だった。


《神器生成機能が解放されました》


 新しく解放された力の使い方が、感覚となって流れ込んでくる。


 巫女との繋がりを安定させ、俺の力を人の世界で形にする器。


 神器。


 その核にできるものを探した瞬間、新しく発見した地下空洞の黒銀色の鉱脈が強く脈打った。


(これが使えるのか)


 迷っている時間はない。


(頼む。ヒナノを守れるものになってくれ)


 黒銀色の鉱脈から、小さな欠片が剥がれ落ちる。


 俺の熱。


 地脈を巡る力。


 ヒナノから届いた信仰。


 三つが黒銀色の欠片を包み込んだ。


 硬い鉱石が赤く輝き、熱の中で滑らかな形へ変わっていく。


 細い黒銀色の輪。


 その中央に、火を閉じ込めたような赤い結晶が生まれる。


《神器の生成が完了しました》


《契約巫女へ神器を授与します》


 ◇ ◇ ◇


 戦場の音が、一気に戻ってきた。


 ヒナノが目を開く。


 胸元へ、温かな重みが加わっていた。


 細い黒銀色の首飾り。


 その先には、指先ほどの小さな結晶が下がっている。


 結晶の中心では、赤い光が心臓のように脈打っていた。


「これが、火山様の……」


「ヒナノ!」


 レンの声が飛ぶ。


 壊れた柵を越えた魔物が、負傷者の集まる場所へ向かって走ってきた。


 四本の足で地面を蹴り、ヒナノたちへ跳びかかる。


(ヒナノ!)


『……前』


『……守れ』


 途切れた声とともに、胸元の結晶が熱を帯びた。


 逃げろと言われたのか。


 戦えと言われたのか。


 ヒナノには分からない。


 ただ、後ろには動けない負傷者と、泣いている子どもたちがいた。


「下がってください!」


 ヒナノは一歩前へ出る。


 両手で胸元の神器を握り、守りたいと強く願った。


 赤い光が結晶から溢れ出す。


 光はヒナノの前で大きく弧を描き、半透明の壁へ変わった。


 建物の両開き戸ほどの幅。


 ヒナノの頭上から足元まで、すっぽりと覆う赤い障壁だった。


 その表面には、冷えて固まった溶岩のような黒い筋が走っている。


 魔物が障壁へ激突した。


 どんっ!

 赤い光が大きく揺れた。


 表面へ細い亀裂が走り、ヒナノの足が地面を滑る。


「くっ……!」


 腕が震える。


 胸が苦しい。


 それでもヒナノは神器を離さなかった。


 魔物の爪も。


 牙も。


 ヒナノの後ろにいる者たちへは届かない。


 数呼吸の後、障壁に弾かれた魔物が地面へ転がった。


 役目を終えた赤い壁は、火の粉に似た光の粒となって消えていく。


 同時に、ヒナノの膝から力が抜けた。


「ヒナノ!」


 駆け寄ったレンが、その体を支える。


「大丈夫か?」


「うん……大丈夫」


 息を切らしながら、ヒナノは胸元の神器を握り締めた。


 結晶の光は、先ほどよりも弱くなっている。


 一度障壁を使っただけで、体から力が抜けていた。


 何度でも使える力ではない。


 それでも。


 ヒナノは守れた。


 自分の後ろにいた人たちを。


(ヒナノ)


『……無事……か』


 途切れ途切れの声。


 けれど、その声が自分を心配していることだけは、ヒナノにもはっきりと伝わった。


「大丈夫です、火山様」


 ヒナノはレンの腕を借りながら、もう一度立ち上がる。


 壊れた柵の向こうでは、今も村人たちが戦っていた。


 負傷者もいる。


 森から押し寄せる魔物も、まだ尽きていない。


 戦いは終わっていなかった。


「まだです」


 ヒナノは神器を胸元へ押し当て、朝焼けの中で顔を上げた。


「まだ、みんなを守らなくちゃ」


 その言葉へ応えるように、黒銀色の結晶が再び赤く脈打つ。


 昇り始めた朝日の下。


 火山と人の間に、初めて一人の巫女が立った。

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