21.新地脈開拓
洞窟の奥へ伸ばした横穴から、かすかな熱が伝わっていた。
マグマほど激しくはない。温泉とも違う。
大地のさらに深い場所を、長い年月をかけて流れてきたような、重く穏やかな脈動だった。
《新規地脈反応を確認》
《接続可能距離まで、あとわずか》
(あとわずか、か)
簡単に言ってくれる。
横穴の先を塞いでいるのは、熱と圧力で固められた分厚い岩盤だ。無理に崩せば地脈へ続く道まで塞ぐかもしれないし、洞窟が崩落すれば、せっかく作った通路も埋まってしまう。
(ドリルでもあれば早いんだけどな)
もっとも、あったところで持つ手がない。
(火山用のショベルカーとか、どこかに売ってない?)
「ぷる!」
コロが横穴の前で元気よく跳ねた。
まるで自分に任せろと言っているようだが、その体は手のひらほどしかない。
(頼もしい顔してるけど、お前に任せたら岩盤まで食べそうなんだよな)
「ぷるる!」
否定しているのか、食べる気満々なのか分からない。
俺は岩盤へ意識を集中した。
岩の内部に走る亀裂を探り、そこへほんの少しだけ熱を流す。
急激に温めれば、どこへ亀裂が走るか分からない。時間をかけて熱を染み込ませ、岩が膨張したところで流れを止める。
ぱきっ。
内部から小さな音が響いた。
(よし)
冷え始めた箇所へ、今度は別の方向から熱を送る。
岩盤の表面に細い亀裂が浮かび、その線が枝分かれするように広がっていった。
ぱき、ぱきぱきっ。
欠片が一つ、床へ落ちる。
コロが驚いて跳び上がったが、すぐに転がった石へ近づき、ぷるぷるした体を押し当てた。
(食べるなよ)
「ぷる」
(食べる顔だな、それ)
顔があるのかは、いまだによく分からないけど。
俺はコロを見張りながら、同じ作業を繰り返した。
温める。
冷ます。
亀裂を広げる。
地味な作業だった。
それでも岩盤は少しずつ薄くなり、横穴の奥行きも伸びていく。
(こういうのでいいんだよ)
一度に全部を変えなくてもいい。
昨日より少し広くする。
昨日より少し深く、自分のことを知る。
それを続けていけば、いつかこの山のすべてを、自分の意思で動かせるようになるかもしれない。
俺はもう一度、岩盤へ熱を送った。
ぱきん。
狙った場所に亀裂が走る。
だが、その一本が予想よりも大きく伸び、横穴の天井へ到達した。
(まずい)
細かな砂が落ちてくる。
このまま熱を加えれば、天井まで崩れるかもしれない。
俺はすぐに熱を止め、亀裂の両側へ意識を伸ばした。
弱くなった部分を避け、周囲の岩へ熱を分散させる。
慌ててはいけない。
大きな力で押さえ込むのではなく、岩の内側に残った熱を、少しずつ別の場所へ逃がしていく。
しばらくすると、砂が落ちる音が止まった。
(危なかった……)
山である俺が、自分の中で生き埋めになるところだった。
それはさすがに笑えない。
「ぷる?」
いつの間にか、コロが細い亀裂の前に立っていた。
(もう大丈夫だ。だから近づくなよ)
「ぷるっ!」
言った直後、コロは亀裂へ体を押し込んだ。
(あっ、こら! 先に行くな!)
柔らかな体が岩の間をするりと抜け、そのまま向こう側へ消える。
数秒後。
「ぷるるるっ!」
岩盤の奥から、興奮した声が返ってきた。
(何かあったのか?)
俺は意識を亀裂の先へ伸ばす。
今までは岩に遮られていた感覚が、細い隙間を通して向こう側へ届いた。
暗い空洞。
天井から滴る地下水。
壁面には、黒銀色の鉱石が筋状に眠っている。
そして、そのさらに下を流れる新しい地脈。
(見つけた)
残った岩盤へ慎重に熱を送り込む。
今度は天井へ亀裂が走らないよう、左右から少しずつ削っていく。
ぱきっ。
最後の一枚が、内側へ崩れ落ちた。
熱を帯びた風が横穴を抜ける。
新しい空洞の中央では、コロが嬉しそうに跳ねていた。
「ぷる!」
(よく見つけたな。えらいぞ)
「ぷるる!」
褒められたのが分かったらしい。
いつもより高く跳ねた。
俺は空洞の下を流れる地脈へ、ゆっくりと意識を伸ばした。
初めて触れる熱の流れが、警戒する生き物のようにわずかに揺れる。
無理に奪ってはいけない。
流れを壊さないように、こちらの熱を少しずつ馴染ませていく。
触れる。
重なる。
繋がる。
どくん。
山全体に、新しい鼓動が響いた。
《新規地脈との接続を確認》
《火山領域が拡大しました》
《地下資源探査範囲が拡張されました》
(きた!)
地中の景色が一気に広がる。
今まで岩の塊としてしか感じられなかった場所に、細い地下水脈が浮かび上がった。
その近くには、赤い鉱石とは異なる黒銀色の鉱脈が眠っている。さらに奥には、まだ形すら分からない空洞がいくつも続いていた。
(地下水に新しい鉱石。それに未発見エリアまであるのか)
欲しかったものが、まとめて見つかった。
地下水をうまく導けば、新しい温泉が作れるかもしれない。
鉱石は、将来何かの素材になる。
空洞同士を繋げれば、コアまでの道をもっと複雑にできるだろう。
(なんか、本当にダンジョン経営っぽくなってきたな)
ただ侵入者を防ぐための穴ではない。
水が流れ、植物が育ち、眷属が安心して暮らせる場所へ変えていく。
いつか誰かがここを訪れた時、恐ろしいだけではない山にしたい。
もっとも、コアを壊しに来る相手には容赦しないけど。
二輪の赤い花から伸びていた根が、開通した横穴の方角へさらに伸びる。
地脈から流れ込んだ熱を受け、その花びらが淡く輝いた。
「ぷる!」
コロが黒銀色の鉱石へ飛びついた。
(待て待て待て。それはまだ食べるな! まず調べさせて!)
「ぷるっ」
素直に離れた。
(珍しく聞き分けがいいな)
そう思ったが、黒銀色の鉱石の端が、ほんの少しだけ欠けていた。
(……あとで確認しよう)
今は新しい地脈を見つけた喜びに浸りたい。
◇ ◇ ◇
同じ朝。
ヒナノは家の前で、火山へ頭を下げていた。
「おはようございます、火山様。今日もよろしくお願いします」
朝日に照らされた山は、昨日より少しだけ赤く見えた。
もちろん、ヒナノには新しい地脈が繋がったことなど分からない。
それでも山を包む空気がどこか穏やかで、喜んでいるような気がした。
「今日は機嫌がよさそう」
ヒナノは小さく笑い、薬草を採りに行こうと歩き出した。
三歩進んだところで止まる。
「あっ」
背中にあるはずの重みがない。
「籠、忘れた……」
慌てて家へ引き返す。
「お母さーん! 籠がない!」
「昨日、自分で干し場に置いていたでしょう?」
「あっ、そうだった!」
母の笑い声が、家の外まで聞こえてきた。
信仰感応を通して、その慌ただしさをかすかに感じていた俺は、思わず呟く。
(今日は転ばないと思ったら、そっちか)
◇ ◇ ◇
村の広場では、ガンゾウが朝から鼓を担いでいた。
「おはようございます火山様ー!」
ぽんっ。
乾いた音が、家々の屋根を越えて響く。
「爺さん、今日もやるのか」
「朝から元気すぎるだろ」
村人たちは呆れながらも、本気で止めようとはしなかった。
ヒナノの母が回復し始めてから、火山へ向けられる視線は少しずつ変化している。
ガンゾウは白い髭を揺らして笑った。
「信じる信じんは自由じゃ! じゃが、挨拶くらいはタダじゃぞ!」
ぽんっ。
「それに昔はのう、山へ歌や踊りを捧げる祭りもあったそうじゃ!」
「また祭りの話か」
「ガンゾウ爺さんは、何でも祭りにしたがるからな」
「祭りはよいぞ! 腹が減れば食い、楽しくなれば踊る。困った時には、皆で知恵を出せる!」
筋が通っているような、通っていないような理屈だった。
昨日、火山へ挨拶した男の子が、今日もガンゾウの隣へ走ってくる。
「おれもやる!」
火山へ向き直り、大きく息を吸い込んだ。
「おはよー! 火山さまー!」
「今日も元気じゃのう!」
ガンゾウが嬉しそうに鼓を鳴らす。
男の子は母親を振り返った。
「母ちゃんもやろうよ」
「私はいいよ」
「挨拶はタダなんだろ?」
「それはそうだけど……」
母親は困ったように笑った。
まだ、火山を神だと信じているわけではない。
噴火すれば村を焼き、魔物が出れば逃げ場を奪う、恐ろしい山だという気持ちも消えていない。
それでも母親は、自分の隣で無邪気に笑う息子を見た。
この子が明日も笑っていられるように。
そんな願いを託せる相手がいるのなら、たとえ得体の知れない山でも、少しくらい頼ってみてもいいのかもしれない。
母親は火山へ向き直り、ほんの少しだけ頭を下げた。
「……今日も、この子が無事に帰ってきますように」
男の子が目を丸くする。
「母ちゃんも言った!」
「一度だけよ」
照れ隠しのように言う母親の隣で、ガンゾウが満足そうに髭を撫でた。
まだ村の誰もが、火山を信じたわけではない。
それでも、恐れるだけだった山に向けて、小さな願いを預ける者が現れ始めていた。
◇ ◇ ◇
《信仰値:微増》
(また増えた)
今朝は、いつもより多い。
ヒナノから届く信仰とは少し違う。
もっと小さく、頼りなくて、わずかに揺れている。
けれど、一つではなかった。
(ヒナノ以外にも、俺を気にしてる人がいるのか?)
誰が、どんな顔で祈っているのかまでは分からない。
それでも、誰かが俺に何かを願ったことだけは伝わってきた。
(まあ、俺にできることなら頑張るけど)
何を願われたのか分からないのが困る。
神様というのも、案外不便だ。
「ぷる!」
コロが同意するように跳ねた。
その体の一部が、黒銀色にきらりと光っている。
(お前、やっぱり食べたな!?)
「ぷる?」
(今さら知らない顔しても遅いからな)
◇ ◇ ◇
夕方。
ヒナノは薬草の入った籠を抱え、山道を下っていた。
今日は忘れずに持ってきた籠だ。
転んでもいない。
薬草も飛ばされていない。
(今日は完璧)
少し誇らしげに歩いていたヒナノだったが、ふと足を止めた。
森が静かだった。
いつもなら、夕方になっても鳥の声が聞こえる。
枝の間を走る小動物や、遠くで草を食む獣の気配もある。
今日は何もない。
風が木々を揺らす音だけが、やけに大きく響いていた。
「……?」
ヒナノは森の奥を見る。
木々の隙間で、何か大きな影が動いた気がした。
黒く、低い影。
けれど目を凝らした時には、もう何もいない。
「鹿さんかな」
ヒナノは首を傾げ、再び歩き出した。
背後の茂みが、わずかに揺れる。
がさり。
湿った地面には、鹿のものよりはるかに大きな足跡が残されていた。
◇ ◇ ◇
その夜。
村の見張り台に立つ男も、森の異変に気づいていた。
「鳥が戻らねぇな……」
日が沈めば巣へ帰るはずの鳥が、今日は一羽も森から飛んでこない。
男は松明を掲げ、暗闇へ目を凝らした。
木々の奥に、赤い光が浮かぶ。
一つ。
二つ。
さらに、その奥にも。
目ではないと考えるには、あまりにも多い。
「……誰かいるのか?」
返事はなかった。
赤い光が、一斉に消える。
代わりに森の奥から、低い唸り声が響いた。
一つではない。
地面を這うような、いくつもの声だった。
見張りの男は槍を握り直す。
冷たい夜風の中に、獣の臭いと、かすかな焦げ臭さが混じっていた。
◇ ◇ ◇
同じ頃。
俺は新しく繋がった地脈を通して、広がった火山領域を確かめていた。
地中を流れる水。
土の中へ根を伸ばす木々。
岩の隙間を動く小さな生き物。
以前よりも遠くの様子が分かる。
はっきり見えるわけではないが、地面へ伝わる振動なら感じ取れた。
(これなら、山の周りも少しは見守れるかもしれないな)
ヒナノが歩く山道。
村へ続く森。
まだ感覚はぼんやりとしているが、何かが近づけば早めに気づけるはずだ。
その時だった。
ざざざざっ。
森の地面を、いくつもの振動が駆け抜ける。
(なんだ?)
一つ一つは軽い。
小さな獣たちだ。
兎や鹿、地中に巣を作る生き物まで、同じ方向へ逃げている。
縄張り争いではない。
何か一つの脅威から離れようと、森の生き物たちが一斉に動いていた。
(何かに追われてるのか?)
俺は新しい地脈を伝い、さらに遠くへ意識を伸ばした。
拡張された火山領域の、ぎりぎり外側。
どすん。
重い振動が響く。
少し遅れて、もう一つ。
どすん。
その後ろからも、無数の足音が続いていた。
一つや二つではない。
数え切れないほどの何かが、遠い森の奥を進んでいる。
まだ村までは距離がある。
けれど、その流れが向かう先には――ヒナノたちが暮らす場所があった。
(おいおい……)
さっきまでの喜びが、一瞬で冷える。
(ヒナノに知らせないと)
俺は信仰感応を通じて、ヒナノへ意識を伸ばした。
眠っているらしい、穏やかな気配が伝わってくる。
だが、こちらから言葉を届けることはできない。
どれだけ呼びかけても、伝わるのは熱と、曖昧な感情だけだった。
《神託機能:未解放》
(今、そこを突いてくるのかよ)
地面を揺らす。
熱を送る。
何か目印を作る。
いくつかの方法を考えたが、距離が遠すぎる。下手に力を使えば、村人を怖がらせるだけだ。
その間にも。
どすん。
どすん。
森の奥から伝わる足音は、少しずつ近づいていた。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。
thread、Xのフォローしていただけると喜びます。




