19.最初の祈り
《信仰値:増加》
《信仰感応:安定》
《神託機能:解放条件を確認》
《巫女契約:未成立》
《契約成立時、神器生成機能を解放》
(神器かぁ……)
視界に残る表示を眺めながら、俺はしばらく考え込んでいた。
剣なのか。
槍なのか。
それとも火山らしく、巨大なハンマーとかだろうか。
(いや、勝手に武器って決めつけるのはよくないか)
神器といっても色々あるはずだ。鏡とか、勾玉とか、杖とか。もしかしたら、火山らしく焼き芋が無限に焼ける石板かもしれない。
(それはそれで、ちょっと欲しいな)
「ぷる!」
コロが元気よく跳ねる。
どうやら本人は難しい話には興味がないらしい。赤い鉱石を見つけると、そのままむしゃむしゃ食べ始めた。
(今日も平和だな)
昨日まで命懸けの戦いをしていたとは思えない。
そんな穏やかな時間だった。
その時。
胸の奥に、ふわりと温かいものが流れ込んできた。
熱ではない。
魔力とも違う。
優しく包み込むような、不思議な力。
(また来た)
昨日感じたものと同じだ。
《信仰値:微増》
(やっぱり信仰か)
少しずつ。
本当に少しずつだが、山が満たされていく感覚がある。
その変化に合わせるように、洞窟の隅で小さな赤い花が一輪、静かに咲いた。
(え)
昨日まで何もなかった場所だ。
熱い岩の隙間から、小さな命が顔を出している。赤い花びらは、マグマの光を受けて淡く輝いていた。
《火山環境:微成長》
(植物まで育つのか)
火山は壊すだけじゃない。
新しい大地を作る。
水を温める。
鉱石を生む。
そして、命を育てることもできる。
そんな当たり前のことに、今さら気づいた。
「ぷる?」
コロも不思議そうに花を見つめている。
(食うなよ?)
「ぷる!」
返事だけは元気だった。
(怪しいな……)
◇ ◇ ◇
村では、小さな騒ぎになっていた。
「ヒナノのお母さん、熱が下がったって!」
「本当か?」
「昨日まで起き上がれなかったんだろ?」
村人たちが、ヒナノの家の前へ集まってくる。
大きな村ではない。誰かの病が重くなれば、すぐに皆が知る。助け合いもするが、噂が広がるのも早かった。
その中心で、ヒナノは少し困ったように立っていた。
「赤葉草が効いたんです」
「赤葉草?」
「この時期に?」
一人の女性が首を傾げる。
「あれ、山の中腹まで行かないと採れないでしょう?」
「う、うん」
ヒナノは素直に頷いた。
「火山様が助けてくれたから」
一瞬、空気が止まった。
「……火山様?」
「うん。石さんが道を教えてくれて、火山様が守ってくれたの」
村人たちは顔を見合わせた。
「石さん……?」
「疲れてるんじゃないか?」
「夢でも見たんだろ」
「でも薬草は本物だぞ」
信じる者はいない。
けれど、笑い飛ばすこともできなかった。
ヒナノの母親は確かに楽になっている。赤葉草も本物だ。そしてヒナノは、嘘をつくような子ではない。
だからこそ、村人たちは困った顔でざわめいていた。
その時だった。
「ほっほっほ」
穏やかな笑い声が聞こえた。
村人たちが振り返る。
そこには、一人の老人が立っていた。
背中は少し曲がっている。長い白髭を撫でながら、杖をついてゆっくり歩いてくる。
「ガンゾウ爺さん」
「また昔話か?」
「今日は何を言い出すんだ?」
村人たちが苦笑する。
ガンゾウは村でも少し変わった老人だった。
晴れた朝には山へ頭を下げ、雨の日には火山の方角へ水を供える。子どもたちには昔話を聞かせ、大人たちには「山を馬鹿にするな」と小言を言う。
悪い人ではない。
ただ、少し古すぎる人だった。
ガンゾウは周囲の反応を気にした様子もなく、ヒナノを見つめた。
「お前さん、山へ礼は言うたか?」
「え?」
「助けてもろうたなら、ちゃんと礼は言うたかの」
突然の質問だった。
ヒナノは少し驚いたあと、こくりと頷く。
「はい。ありがとうございましたって」
「そうか」
ガンゾウは嬉しそうに目を細めた。
「それでええ」
村人の一人が肩をすくめる。
「爺さん、本気で火山様なんて信じてるのか?」
ガンゾウは少しだけ空を見上げた。
「信じるも何も、わしは見たことはない」
「じゃあ」
「じゃがの」
老人は静かに続ける。
「わしの祖父が、よう言っとった。昔は山へ入る前に一礼する者がおったそうじゃ」
ガンゾウの視線が、遠くに見える火山へ向く。
「山は恐ろしい。怒れば森を焼き、岩を砕き、村を飲む。じゃが、礼を尽くせば恵みもくださる。温かな湯、よく育つ土、薬になる草。火の山は、奪うだけの山ではなかったそうじゃ」
誰かが鼻で笑う。
「そんな昔話」
「そうかもしれんな」
ガンゾウも笑った。
「じゃが昔話には、時々、本当のことが混じっとる」
村人たちは黙った。
信じたわけではない。
だが、否定しきれもしなかった。
ヒナノだけが、その言葉を大事そうに胸へしまっていた。
「ガンゾウおじいさん」
「なんじゃ」
「私、また山にお礼を言ってもいいですか?」
ガンゾウは深く頷いた。
「もちろんじゃ。大げさな供え物などいらん。朝に一度。夜に一度。今日もありがとうございますと、ちゃんと言えばええ」
「はい」
ヒナノは嬉しそうに笑った。
それは、村の誰も気づかないほど小さな始まりだった。
けれど確かに、この日から火山へ向けられるものが変わり始めていた。
恐れだけではなく。
感謝が、ほんの少しだけ混じり始めた。
◇ ◇ ◇
《信仰値:微増》
(また増えた)
誰かが俺を思ってくれている。
誰かが山に感謝してくれている。
それだけは分かった。
コロがぴょんと跳ねる。
「ぷる!」
(なんか今日は機嫌いいな)
コロは赤い花の周りを嬉しそうに跳ね回っている。花も、心なしか楽しそうに揺れている気がした。
(食べるなよ。本当に食べるなよ)
「ぷる!」
うん。
やっぱり怪しい。
その夜。
村が寝静まった頃、ヒナノは窓を開けて遠くの火山を見つめていた。
静かな夜だった。
昼間の賑わいも、村人たちの声も、もう聞こえない。
母は寝台で穏やかな寝息を立てている。まだ病は消えていない。けれど、昨日よりずっと楽そうだった。
ヒナノはほっとしたように微笑む。
それから両手を胸の前で合わせ、小さく頭を下げた。
「火山様」
声はとても小さかった。
「今日も、ありがとうございました」
それだけだった。
願いを押しつけるわけでもない。
奇跡を求めるわけでもない。
ただ、感謝を伝えるためだけの祈り。
その祈りは夜風に乗り、静かに山へ届いた。
洞窟の奥で、俺は胸の奥が温かくなるのを感じていた。
《信仰値:増加》
(またか)
少し笑ってしまう。
(毎日こんな感じで増えるのかな)
火山なのに、なんだか悪くない一日だった。
そう思った直後。
視界の端に、新しい表示が浮かんだ。
《継続祈願を確認》
《巫女契約条件:一部達成》
(……ん?)
俺は思わず表示を二度見する。
(待って。毎日のお礼って、契約条件なの?)
システムは、当然のように沈黙している。
コロだけが、やけに楽しそうに跳ねた。
「ぷるっ!」
(お前、絶対なんか分かってるだろ)
赤い花が、洞窟の奥で淡く揺れていた。
火山を信じる最初の祈りは、静かに根を張り始めていた。
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