18.巫女適性
《信仰値:増加》
《加護付与機能を確認》
《巫女適性個体を確認》
(……巫女?)
俺は表示を見つめた。
ヒナノが山を下っていく姿を見送りながら、しばらく考え込む。
(巫女って、あの巫女?)
神社とかにいる、白い服の。
いや、この世界に神社があるかは知らないけど。
(説明くれ)
しばらく待つ。
すると、表示が静かに切り替わった。
《巫女》
《信仰を繋ぐ媒介》
《神託受信対象》
《加護適性:極めて高》
(媒介……)
つまり、俺と人を繋ぐ役目ということか。
詳しいことは分からない。相変わらず説明は最低限だった。
(まあ、少しずつ覚えればいいか)
火山になってから、だいたいそんな感じだ。
「ぷる!」
コロが元気よく跳ねる。
俺のコアへ飛びつき、そのままぴたりとくっついた。
(おっと)
少し甘えているようだった。
昨日、命懸けで俺を守ってくれたのだ。そう思うと、つい甘やかしたくなる。
(よしよし)
地脈から少しだけ熱を送る。
コロの中心にある炎が、嬉しそうに揺れた。
「ぷるる!」
(現金なやつだ)
その時、ふと妙な感覚があった。
山を下っていくヒナノの背中。
その姿が、まだうっすらと分かる。
距離は離れている。俺の領域からも外れかけているはずだ。それなのに、完全には見失わない。
細い糸のようなものが、俺とヒナノの間に繋がっている気がした。
《信仰感応:微弱》
(また新しいの出た)
どうやら信仰を得ると、ただ力が増えるだけではないらしい。
ヒナノの声までは聞こえない。けれど、焦りや不安、母親を助けたいという強い願いが、熱の揺らぎみたいに伝わってくる。
(……急いでるな)
そりゃそうだ。
母親のために、危険な山まで薬草を採りに来たのだ。
(転ぶなよ。いや、ほんとに)
俺はもう一度だけ、ヒナノの足元の小石をそっと脇へずらした。
気休め程度だ。
でも、しないよりはいい。
◇ ◇ ◇
ヒナノは山を下り続けていた。
籠の中には赤葉草。
何度も確かめる。
夢じゃない。
本当に採ってきた。
「急がないと」
母が待っている。
息を切らしながら村へ戻ると、ヒナノは小さな家の扉を勢いよく開けた。
「お母さん!」
部屋には薬草と汗の匂いが漂っていた。
寝台の上では、一人の女性が苦しそうに呼吸をしている。額には濡れ布。頬はこけ、唇からは血の気が引いていた。
「ヒナノ……?」
弱々しい声だった。
「取ってきたよ!」
ヒナノは赤葉草を見せた。
女性が目を見開く。
「赤葉草……?」
「うん!」
「そんな……あの山に行ったの?」
驚きと心配が入り混じった声だった。
次の瞬間、母は苦しそうな体を起こそうとする。
「危ないって言ったでしょう!」
「ご、ごめんなさい……」
ヒナノはしゅんと肩を落とす。
けれど、その手は赤葉草をしっかり握っていた。
「でも、お母さんを助けたくて」
その一言で、母は何も言えなくなった。
怒りたかったのだろう。
叱りたかったのだろう。
けれど、それ以上に娘が無事に帰ってきたことへの安堵が勝ったらしい。
母は震える手を伸ばし、ヒナノの髪に触れた。
「……ありがとう」
ヒナノの顔が、ぱっと明るくなる。
赤葉草はすぐに煎じられた。
小さな土鍋で湯を沸かし、赤い葉を沈める。すると薄い朱色が湯に広がり、かすかに甘い香りが部屋を満たした。
ヒナノは器に薬湯を移し、母の体を支えながらゆっくりと飲ませる。
部屋に静かな時間が流れた。
しばらくすると、母が小さく息を吐いた。
「……少し、楽かも」
「本当!?」
ヒナノの顔が明るくなる。
苦しそうだった呼吸が、ほんの少しだけ落ち着いていた。
完治したわけではない。
けれど、確かに効いている。
母は優しく微笑んだ。
「あなたは昔から、不思議な子ね」
「えへへ」
ヒナノは照れくさそうに笑う。
それから少し間を置き、小さな声で続けた。
「火山様が、助けてくれたの」
母は驚いたように目を瞬かせた。
「火山様……?」
「うん」
ヒナノは今日あったことを一つひとつ話した。
光る石。
熱風。
赤い光。
火蜥蜴。
見えない誰か。
そして、山に頭を下げた時のこと。
「ありがとうって言ったらね」
ヒナノは窓の外を見る。
遠くに、黒い火山が見えた。
「あったかい気がしたの」
母も静かに火山を見つめた。
昔から、村では火山を畏れてきた。
近づいてはいけない山。
怒らせてはいけない山。
奪おうとすれば焼かれる山。
そう教えられてきた。
それでも、娘は帰ってきた。
赤葉草を持って。
命を繋ぐ薬を持って。
「……そう」
母は小さく微笑んだ。
「もし本当にあなたを守ってくれたのなら、優しい神様なのかもしれないね」
ヒナノは嬉しそうに頷いた。
「うん」
その声は、祈りに少し似ていた。
◇ ◇ ◇
(神様かぁ)
俺は洞窟で苦笑する。
そんな大層なものじゃない。
ただ、人助けが放っておけなかっただけだ。
前世から変わらない。
面倒な性格である。
「ぷる!」
コロが嬉しそうに跳ねる。
(まあ)
俺はヒナノの家がある方角をぼんやりと感じながら、少しだけ息を吐くように地熱を緩めた。
(悪くないか)
誰かの命が、少しだけ繋がった。
俺が火山だからできたことだ。
熱を操り、道を照らし、加護を渡した。
噴火して壊すだけじゃない。
火山でも、誰かを守れるらしい。
そう思った瞬間だった。
視界の端に、新たな表示が浮かぶ。
《信仰値:増加》
《信仰感応:安定》
《神託機能:解放条件を確認》
《巫女契約:未成立》
《契約成立時、神器生成機能を解放》
(……神器?)
思わず固まった。
(神器って、あの神器?)
剣とか。
槍とか。
神様が持ってるすごいやつ。
表示はそれ以上、何も語らない。
俺はしばらくその文字を見つめた。
(またロマンをぶら下げてきたな、このシステム)
その時、ほんの一瞬だけ、妙な光景が頭に浮かんだ。
ヒナノの首元に灯る、小さな赤い輝き。
まるで火種を閉じ込めた宝石のような、温かな光。
(……今のは?)
幻だったのか。
それとも、これから生まれる何かの予兆なのか。
コロは何も知らず、楽しそうに跳ねている。
「ぷるっ!」
火山の中は、今日も少しだけ賑やかだった。
そして俺の知らないところで、火山を信じる最初の祈りが、静かに形を持ち始めていた。
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