17.ドジっ子巫女候補
《信仰を獲得》
視界の端に浮かんだ文字を、俺はしばらく見つめていた。
(……信仰)
なんだその、急に神様っぽいワードは。
いや、火山なんだからむしろ今さらかもしれない。昔から火山を神様として祀る文化とかありそうだし。
(っていうか説明!)
(説明をください、システムさん!)
数秒待つ。
珍しく、返ってきた。
《火山への信仰心をエネルギーへ変換》
(おお、喋った)
さらに表示が続く。
《信仰は火山の成長、権能強化、加護付与に影響します》
(なるほど)
つまり、新しいエネルギー源らしい。
地脈が山の内部エネルギーなら、信仰は外から入ってくるエネルギーみたいなものか。
(課金石みたいなもんか)
急に分かりやすくなった。
「ぷる!」
コロが元気よく跳ねる。
(お前、分かってる?)
「ぷる!」
(分かってないな)
でも元気なのでよし。
俺は意識を山道へ向けた。
少女――いや、まだ名前は知らない――は、俺が光らせた石を頼りに山道を進んでいた。
白い服に長い黒髪。籠を大事そうに抱えている。
ただ、足取りがかなり危なっかしい。
(大丈夫かこの子)
そう思った瞬間だった。
「あっ」
少女の足が石に引っかかった。
(あっ)
前のめりに倒れる。
顔からいく。
(危ない!)
反射的に地面へ意識を伸ばした。
ごこっ。
少女の前の地面が、ほんの少しだけ盛り上がる。
ぽふっ。
少女はその小さな土の盛り上がりに手をつき、ぎりぎりで転倒を免れた。
「ふぇ……?」
変な声が出ていた。
本人も何が起きたか分かっていないらしい。目を丸くして、きょろきょろしている。
(……あれ?)
俺はそこで違和感に気づいた。
(操作しやすくなってる?)
前より明らかに精密だった。
熱だけじゃない。土も岩も、ほんの少しだが細かく動かせる。
(信仰の影響か?)
だとしたら、かなり大きい。
少女は盛り上がった地面を見つめ、真剣な顔で首を傾げた。
「石……さん?」
(石さん?)
なんだその呼び方。
少女は小さく頭を下げる。
「ありがとうございます」
(律儀だな!?)
石に礼を言う子、初めて見た。
天然かもしれない。
少し心配になってきた。
けれど悪い子ではない。むしろ、かなり良い子だ。
「ぷるる」
コロが同意するように震えた。
(うん。分かる)
少女は再び歩き始めた。
足元の石が赤く光る。一歩進むたびに、次の石が淡く灯る。
山の中腹へ。
熱を帯びた岩場へ。
やがて少女は目的地へ辿り着いた。
そこは赤熱した岩の斜面だった。岩の隙間から熱気が立ち上り、その周囲に赤い葉を持つ草が群生している。
(これか)
赤葉草。
母親の薬になる草。
少女の顔がぱっと明るくなった。
「ありました……!」
嬉しそうだった。
だが、その足元は危ない。
赤葉草は熱い岩の隙間に生えている。人間が素手で近づけば、火傷してもおかしくない場所だ。
(そのまま行くなよ。慎重に、慎重にだぞ)
俺の声は届かない。
少女は籠を置き、そっと岩場へ手を伸ばした。
その時。
岩陰が動いた。
がさっ。
少女が固まる。
現れたのは火蜥蜴だった。
赤黒い鱗。鋭い牙。熱を帯びた目。
「……っ」
少女の顔が青ざめる。
火蜥蜴が低く唸った。
距離が近い。
ここで熱風を吹かせると、少女まで巻き込む可能性がある。地面を揺らしても、足場が悪すぎる。
(どうする)
その時、視界の端に表示が浮かんだ。
《信仰エネルギー使用可能》
(……使う)
直感だった。
俺は少女へ意識を集中した。
信仰エネルギーを、ほんの少しだけ流す。
少女の体が淡い赤い光に包まれた。
《加護付与:微弱》
(加護!?)
おお。
なんか急に神様っぽい。
少女は自分の手を見下ろした。
熱を帯びていた岩場が、ほんのり温かい程度に感じられるらしい。
「熱く……ない?」
(お、便利)
火山の加護というより、火山の耐熱手袋みたいだ。
いや、言い方が急に安いな。
火蜥蜴がぴたりと動きを止めた。
赤い目が大きく見開かれる。
怯えていた。
まるで少女の背後に、この山そのものを見たように。
次の瞬間、火蜥蜴はくるりと向きを変え、岩陰の奥へ逃げていった。
(えっ、逃げた)
戦闘終了。
一瞬だった。
少女も呆然としている。
やがて淡い光は静かに消えた。
「今の……」
少女の瞳が揺れる。
ゆっくりと山を見上げた。
「火山様……?」
その声には、もう迷いがなかった。
助けてくれている存在がいる。
この山は、自分を見てくれている。
少女はそう確信したのだろう。
(火山様か……)
なんだか、むずがゆい。
神様扱いされるほど立派なことはしていない。こっちは転生初日から毎日いっぱいいっぱいである。
だが少女にとっては、そうではないらしい。
少女は赤葉草を摘み始めた。
必要な分だけ丁寧に。
根を傷つけないよう、慎重に。
(お、ちゃんとしてる)
天然だけど、しっかりしている。
採取を終えた少女は、赤葉草を大事そうに籠へ入れた。
それから山へ向き直り、深く頭を下げる。
「薬草、取れました」
声が少し震えていた。
「母を助けられます」
涙が一粒、頬を伝う。
「本当に……ありがとうございます」
まっすぐな感謝だった。
飾らない、心からの言葉だった。
俺の中のマグマが、静かに揺れる。
熱ではない。
怒りでもない。
もっと柔らかい何かが、山の奥に灯るような感覚だった。
少女は涙を拭うと、小さく息を吸った。
「私、ヒナノっていいます」
初めて名前を知った。
ヒナノ。
優しい響きだった。
「また、お礼を言いに来ます」
そう言って、ヒナノは少し慌てて踵を返す。
そして。
ずるっ。
(あっ)
「あっ」
ヒナノの足が滑った。
体が傾く。
籠が飛びかける。
(またか!?)
慌てて地面を少し盛り上げる。
ぽふっ。
今度もぎりぎりセーフだった。
ヒナノは両手で籠を抱え、真っ赤な顔でぺこりと頭を下げる。
「す、すみません……!」
(誰に謝ってるの!?)
思わず吹きそうになった。
なんだこの子。
危なっかしい。
天然。
でも、すごく良い子だ。
「ぷるっ!」
コロがぴょんぴょん跳ねる。
(うん、分かる)
ヒナノは恥ずかしそうに籠を抱え直し、今度こそ山を下りていった。
その背中を、俺はしばらく見送った。
(ヒナノ、か)
変わった子だった。
俺を恐れなかった。
山に礼を言った。
石にまで礼を言った。
そして、二回転びかけた。
(情報量が多いな)
けれど不思議と、嫌な気分ではなかった。
むしろ少しだけ、山の中が温かい。
いや、火山だから元から温かいんだけど。
その時だった。
視界の端に、新しい表示が浮かぶ。
《信仰値:増加》
《加護付与機能を確認》
《巫女適性個体を確認》
(……巫女?)
俺は思わず固まった。
(ヒナノが?)
コロが嬉しそうに跳ねる。
「ぷる!」
どうやら、また面倒で大変で、でも少し楽しそうなことが始まりそうだった。
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