15.流した魚は気にしない
洞窟に静寂が戻っていた。
轟音も、悲鳴もなく、残っているのは、流れるマグマの音だけだった。
ごう……。
ごう……。
赤熱した岩壁が、じりじりと熱を放っている。崩れた天井。溶けた岩盤。戦いの激しさを物語る爪痕が、洞窟中に刻まれていた。
視界の端に表示が浮かぶ。
《侵入者反応:一》
(……一人)
《火山領域外へ離脱》
表示を見た瞬間、理解した。
(逃げた……)
ガレス。
あの団長だけが、生き残った。
(逃がした、のか)
あそこまで追い詰めたのに。
あと少しだったのに。
(くそ……)
だが、現実は変わらない。
俺は火山で、動けないし、追えない。
(動けたら追ってたんだけどな)
少し間を置いて、自分でツッコむ。
(まぁしょうがない。逃した魚は気にしない気にしない)
だが、あの男は危険だ。
強いだけじゃない。頭も回る。そして何より、生き延びる力がある。
(絶対、広めるよな……)
生きている火山のことを。
ダンジョンコアのことを。
嫌な予感しかしなかった。
だが今は、それ以上に優先すべきことがある。
(コロ!!)
意識をコロへ向ける。
小さな体が、岩陰でぐったりしていた。
中心の炎はかすかに揺れているが、明らかに弱い。
視界に表示が出る。
《眷属損傷:重度》
《魔力供給を推奨》
(重度!?)
焦りが一気に込み上げた。
(ちょまっ、待ってくれ!!)
慌てて地脈から魔力を集める。
熱と魔力をできるだけ優しくコロへ流し込んだ。
(頼む……)
(無事でいてくれ)
しばらく反応がない。
数秒のはずなのに、やたら長く感じる。
やがて。
「ぷ……」
(!)
炎が、少しだけ大きくなった。
「ぷる……」
小さな体が震える。
さらに魔力を流す。
炎が少しずつ戻っていく。
そして――
「ぷるっ!」
コロが跳ねた。
(よかったぁぁぁぁ……!!)
心の底から安堵した。
全身から力が抜ける。
(寿命縮んだわ)
(火山に寿命あるのか知らんけど)
コロがふらふらしながら近づいてくる。
「ぷる……」
ぴとっ。
コアにくっついた。
甘えているようだった。
(無茶しやがって……かわいすぎだろ)
責める気にはなれなかった。
コロは命がけで俺を守った。
(ありがとな)
コロの炎が嬉しそうに揺れた。
「ぷる!」
その時、視界に新しい表示が浮かぶ。
《防衛成功》
《条件達成》
《眷属再生機能を解放》
(再生?)
思わず目を見開く。
さらに。
《守護眷属生成条件を解放》
(守護眷属?)
初めて見る単語だった。
表示は続く。
《条件:火竜核の形成》
数秒、思考が止まる。
(……火竜?)
火竜。
ドラゴン。
その単語が持つ破壊力は、男心に刺さりすぎる。
(ちょっと待て)
(期待に胸が広がりんぐ)
さっきまでの重苦しさが、一瞬だけ吹き飛ぶ。
いや、待て。
落ち着け。
(でも火竜ってあの火竜だよな?)
(空飛んでブレス吐くやつ?)
コロが元気に跳ねる。
「ぷる!」
なぜか誇らしげだった。
(お前、知ってるのか?)
「ぷる!」
(うーん…かわいい)
なんだか未来が少しだけ見えた気がした。
守る力が増える。
この山はまだ強くなれる。
◇ ◇ ◇
少女は夢を見ていた。
燃えるような赤い空。
紅蓮の炎。
そして、一人の青年。
赤い髪。炎の瞳。
その背後には巨大な火竜がいた。
青年が、静かにこちらを見る。
『…!』
そこで、少女は目を覚ました。
「……っ」
心臓が激しく脈打ち額に汗が滲む。
荒い息を整えながら、窓の外を見る。
夜の向こう。
遠くに見える巨大火山が、赤く輝いていた。
少女の瞳が揺れる。
「……山が」
震える声が漏れる。
「呼んでる……?」
白い月明かりの下、少女は火山を見つめていた。
この出会いが自分の運命を変えることを、まだ知らない。
そして、災害と恐れられるその山が、やがて世界を変える神話の中心になることを。
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