第36話
俺達はどうにか敵の攻撃から逃れ、アールス山の麓にある陣地へと戻って来れた。
その頃には雨はあがり、太陽の光が俺達を照らしている。
だがそこに、エリアンの姿はない、待っていても帰ってくる気配は全く無い。
「エリアン……あの野郎かっこつけやがって」
ぽつりと出た俺の言葉に対して、アヌックもモーゼスも何も返事を返さない。
2人とも小銃を握りしめたまま、泥だらけで建物の壁に背中を預けている。
「お前達、分隊長は? 負傷者の報告をしろ」
「行方不明1名……です」
「……よく生き残ったな。全滅した分隊も多い中1人だけとは」
損害の確認をしに来たペイル兵に俺はそう返した。
全滅……周囲を見ればなるほど酷い有様だ。
血を流してない奴はいないんじゃないかと思うほど、ペイル兵達は傷ついていた。
衛生兵たちはあまりの負傷兵の多さにてんてこ舞い、だが彼らはもはやモルヒネを打つ程度の処置が限界で清潔なベッドの上で手術……なんていうのは不可能だ。
「私達の事を軍曹殿が守ってくれたんでしょうか?」
アヌックはエリアンの水筒を握りしめながらそんな事を言ってきた。
そういうものを信じるのはどんな状況でも変わらないらしい。
「さぁな。けど俺達はこの通り生きてる。負傷もしてない。俺はお前みたいに信心深い方じゃないが……今回くらいは認めてもいいかもな。っと、モーゼス、大丈夫か?」
「あ、あ……」
モーゼスはこの頃になると完全におかしくなっていた。
周囲の物音にやたらと過敏になり、落ち着きのない犬みたいに周囲をあちこち見ていた。
立とうとすれば全身が震え、舌が硬直してるのかまともに喋れない。
「アヌック、煙草持ってないか? 俺のは濡れてもう使えない」
「私ももうありません」
「そうか……」
せめて気を紛らわせるためにモーゼスに吸わせてやりたかったが、無理みたいだ。
周囲の死体からはぎ取ることも考えたが、体が鉛みたいに重い、もう動かしたくない。
「一等兵、無事だったか」
「これはこれは、レンス大尉殿。ご無事そうで何よりです」
俺達の前にレンスが……弟が現れた。
階級で呼んでくるのがとても忌々しいが幸いレンスはどこも怪我していない。
それだけは良かったが連れている仲間は目や顎を撃たれている、負傷者まみれだ。
「部隊の再編をして、今度はこの陣地を守る。分隊長も新しく寄越すから、よく言うことを聞いてくれ」
「了解であります。大尉殿」
「……よく生きてたな」
「お前こそな」
レンスの言葉に、俺は奴にだけ聞こえるようにそう言った。
夕暮れ時、俺達の分隊に新しく分隊長が来た。
「ベンヤミン伍長だ。よろしく頼む」
そう名乗る痩せぎすの男。
40代くらいのおっさんで骸骨の一歩手前みたいな見た目してやがるが、俺は新しく入ってきたコイツが初対面の時点で気に食わなかった。
「情けない。敵陣一歩手前まで肉薄しておきながら突撃もせんとは、次の攻勢ではもっと勇敢に戦え」
「……ええ、そうさせてもらいますよ」
物言いにも態度にも不満だったが仕方ない、上官だから従おう。




