第35話
次々撃破されていく戦車と倒れていく仲間を踏み越えて、俺達は雨の中進んだ。
「何か体を隠せるところは無いのか!? 死にたくねぇ!」
突撃していた仲間が悲痛な声でそう叫んだ。
だがそれは叶わぬ願い、平原であるここにはまずそんな場所はない。
せいぜい敵の砲弾が着弾した跡に出来た窪み程度だろう。
「ああクソ戦車がはまっちまった!」
「助けて!」
俺達が進んでいた平原はただのだだっ広い土地なだけではなかった。
元々は湿地帯だったのか、いやもうそんなことはどうでもいい。
そこかしこに泥沼が出来ていた、人の背丈を少し超えるくらいの深さがある泥沼、いや底なし沼か。
連れてきた戦車はほぼ役に立たず、ペイル兵も沼に沈んで泥の中で溺死していく。
そうでない者達は敵の銃弾によって徹底的に命を散らしていった、どこまでも一方的な……虐殺と言った方が納得できるような状態、これまでの進撃が嘘のようだった。
「総員撤退だ! 退け! 退けェッ!!」
クソッタレの上官がようやく撤退の指示を出したのは俺達の兵士が随分と減って、叫び声すら消えそうな時だった。
戦車は殆どが使い物にならなくなって、地面は雨水と俺達の血を吸ってかなりぬかるんでいた。
「逃げるぞ走れ走れ! 後ろに向かって全力で走れ!」
武器を捨てて逃走する奴等、前後不覚になって敵陣が味方陣地と勘違いして突撃していく奴等、色々いたが俺達の分隊はかろうじて全員で味方陣地を目指して撤退できていた。
泥にまみれ、雨水を吸って冷え切った体を無理やり動かして後方へと下がっていく。
「ぐっ……」
先頭を走っていたエリアンが突然転倒した。
目を凝らしてみると太ももから血が流れている、撃たれたんだ。
「軍曹殿! 肩を貸しますから早く立ってください!」
自分の分隊長で恨みも無い、俺はなんとか助けようとしてエリアンに手を差し伸べる。
だがエリアンは俺の手じゃなくて短機関銃を掴んだ。
「俺を連れてたらお前等が撃たれる! 先に行け一等兵! アヌックとモーゼスを連れてな!」
「しかし!」
「うるさい黙ってろ! 安心しろ死ぬつもりは無い、いざとなったら死体の下に隠れてやり過ごす! だから行け、行くんだ!」
俺達に逃げるよう促すと、エリアンは敵に向かって短機関銃を撃ちまくる。
そして撃ちながらこう叫んだ。
「アヌック! お前の店に行けたら、その時は水で薄めてない酒をくれ! じゃあな! ハッハッハ!」
「ッ!」
……アヌックが酒を薄めていたこと、バレてたんだな。
次第に見えなくなっていくエリアンの背中。
俺達は全速力で走りながら、エリアンの為に祈った。
叶わぬ願いだとしても、神よ御救い下さい……そう祈った。




