第34話
進軍を開始する時を狙っていたかのように空は曇り、雨が降りだした。
俺達は今、アールス山の麓から離れ毒ガスのお陰で緑がほぼ全て消え失せた平原を突っ切ってデュッセル軍を攻撃しに行く最中。
野砲を馬と輸送車両で牽引しつつ、雨でぬかるんだ地面を歩いていく。
前を行くのはペイル軍の軽戦車、通称『ヒグマ』だ。
20両が横一列で並走していて背丈は俺達と変わらず、まさしく熊と大差ない大きさのそれは360°回転する砲塔と敵の銃弾を弾くだけの装甲を備えていた。
もっとも野砲やデュッセル軍の重戦車の砲弾はまず防げないわけだが。
無いよりはましだと俺達はそんな戦車の後ろに隠れ、盾にしながら進軍していた。
「一等兵、順番に回し飲みしておけ、身体が冷えて動けないじゃ話にならんからな」
エリアンら雨をシャワー代わりにして洗った後、自分の水筒を後ろにいた俺に渡してきた。
中身はガソリン臭い酒だ。
「……不味い。ほれアヌック」
「ありがとうございます。モーゼスさん、これを」
「ああ、ありがとう」
歩きながら順番に回し飲みしていたが、最後にモーゼスが水筒を地面に落としてしまった。
「す、すいません」
「構わん、拾っておいてくれ」
モーゼスはなんとか水筒を拾い上げることができたが、手の震えが悪化してる。
とてもじゃないがまともに銃が撃てるようには見えない。
「モーゼス、背嚢だせ。持ってやる」
「いや。もしもの時煙草屋の方が死んじまう」
「……分った」
俺は折れ再び行軍に集中した、何かしらモーゼスに役目を与えて『自分はまだ必要とされている』と思わせられればいいと思って。
「それにしても、静かだな。気味が悪い」
「だな。それは思うぞ一等兵」
歩き続けてもう大分経つが未だに俺達にデュッセル軍は攻撃を加えてこないのだ。
敵の姿も視認できない。
「敵の作戦でしょうか? 我々をすぐには引き返せない場所に誘導して、徹底的に野砲と戦車で叩くとか」
「アヌック、よしてくれ。嫌な事考えたくない」
アヌックの嫌な予感は果たして当たるのだろうか?
こんな平原のど真ん中で砲撃なんぞ御免被る。
「ではちょっと建設的な話に変えましょうか? 一等兵殿は弟さんとどうするんです?」
「あいつを連……説得するのは無理だった。俺の望みをかなえるためにはもうこの戦争をとっとと終わらせるしかない。だから今は、目の前の敵に集中する」
「良い心がけだ一等兵。そしてその通り、とっとと終わらせ──」
エリアンが言いかけた時だった。
何かが飛んでくる音がしたかと思ったら隣を走っていた戦車が爆発した。
「敵の砲弾だ! 気を付けろ!」
戦車が撃破されたのと同時に多数の砲弾が俺達の頭上に降り注いだ。
アヌックの嫌な予想はものの見事に的中してしまったのだ。
「ああああああクソッタレ!! もう嫌だああああああ!!」
とうとうモーゼスがこめかみを押さえて発狂する。
雨で視界が悪いが、俺達が進んでいた先に堡塁と多数の野砲がこちらを狙っているのが見えた。
「そのまま前進だ!! 前進! 砲弾を堡塁にぶち込んでやれ!」
「戦車の後ろから絶対に出る──ああ駄目だ機関銃も撃ってきやがった!」
「衛生兵来てくれ、助けてくれッ!」
砲弾、銃弾の嵐。
味方のヒグマは僅かに20両程度で、戦車の後ろに隠れられた奴等はまだマシだっただろう。
他は突撃の指示しか与えられず、遮二無二敵陣地に向かって咆哮しながら突っ込んでいく。
人の命が雨でぬれた地面にぶちまけられていった。




