第32話
「どうだ? 弟には会えた──ちょっと待て待て待て待て!!」
自分の分隊に戻った俺は荒れた。
エリアンの水筒をひったくりアヌックが驚きの表情を見せる中、俺は中身を一息で飲み干し、壁に水筒を投げ捨てた。
ガソリンの香りが香ってくる上に水で薄められているからか酒精も弱いが、まぁ今の俺なら酔える。
「おまっ、お、俺のさ、酒いや水! 水がががが俺の」
「落ち着いてください軍曹殿。ほら深呼吸してください」
地面に落ちた水筒を持ちながら狼狽えるエリアンを見てニヤニヤ笑いながらアヌックは背中をさする。
「さて、どういう事なんです一等兵殿。上官のさ……水をひったくって飲むなんて。正気とは思えませんね」
「俺の……酒……」
エリアンもついには泣き始めてしまった。
「クソッたれな戦場まで来て、デュッセルの野郎共がいるゴミ溜めまで血みどろになりながらやっとたどり着いたと思ったら、この始末だ! 糞過ぎる! 笑えるぜ!」
周囲の人間に聞こえるほどの声量だったと思う。
俺は鉄帽を地面に叩きつけ、怒りの赴くままに不満を吐き散らした。
そんな姿を見て、アヌックは眉をひそめながら口を開く。
「……よくは分かりませんが、多分弟さん絡みでしょう。自分の思い通りにいかなかったから怒り狂って荒ぶっている。そんなところでしょうか?」
「ああそうだ! 最悪の気分だ! 何が悲しくてこんな……ああクソ!」
「その反応から察するに弟さんには会えたんでしょう? 良かったじゃないですか」
その言葉を聞いた俺はアヌックの胸倉をつかみ上げた。
「良かっただ!? こんな場所まで来てようやく会えたと思ったらあのざまだったんだぞ!」
自分でも理不尽で、頭のおかしいことを言っているとは自覚していたが……いかんせん止めるだけの理性は残ってなかった。
そんな餓鬼みたいに癇癪をおこす俺をアヌックの青い瞳が睨む。
「……会えただけ、まだマシじゃないですか」
その一言で思い出した。
アヌックの弟は既に死んでいたことに。
「……」
「さて、理不尽に怒りをぶつけられたので。私も理不尽な暴力で返しましょうか」
俺が黙りこくっていると、笑顔になったアヌックが俺の腕を掴み関節を極めてきた。
「がああああッ!」
「戦場にそののぼせ上った頭で挑まれても困ります。私が胸を貸してあげましょう」
「貸す胸なんざどこにもねぇだろうが!」
俺は力づくでアヌックの関節技から抜け出すと、アヌックと距離をとった。
そしてアヌックの顔を改めてみてみると……表情は笑顔なのにこめかみに血管が浮いている。
「貸す胸がない。一等兵殿、加減をしようとしていましたが……する気が失せました」
「ほざけ! んなもん最初からする気がないだろうが!」
もうこうなったらやけっぱちだ。
言い返せないなら拳で黙らせてやる。
本来なら男が女を殴るなんぞ最低だが相手も軍人だ、気にせずやってやる。
拳を固めて殴りかかろうとした、その時だった。
「やめろ貴様等。拳を降ろせ」
さっき聞いた声がその場に響いた。
目の前で対峙していたアヌックが姿勢を正して敬礼をとる。
俺も後ろを振り返ってみると、そこにいたのは短い金髪の大尉殿、レンス。
「……騒ぎが起きているから何かと思えば。一等兵、お前か。一体何をやっている?」
「癇癪をおこした一等兵の相手をしておりました!」
「そうか」
俺が言葉を発する前に、アヌックが返事をした。
その通りなのに腹が立つ。
「知ってるかと思うが今は戦争中だ。殴るなら敵の顔面だけにしておけ。今回は不問とするが次やったら仲良く頭に鉛玉を叩き込む。以上だ」
レンスはそう言い残して去って行った。
「……助かってよかったな」
「貴方こそ」
「……すまなかった。キレてたとはいえ、お前にあんなことを言うとは」
「頭が冷えたようで良かったです」




