第16話
太陽が徐々に登り空が明るくなってきた頃、俺は小便をするために崖のほうへ行った。
そこには既に先客がいて、自分のチンコじゃなく山から見える景色を眺めていた。
「軍曹殿でしたか」
「一等兵か」
先に小便をしていたのはエリアンだった。
既に小便は終わっているのにチンコを仕舞わずぼーっと景色を眺めている、仕事をさぼってるんだろう。
鉄帽を脱いで、栗色の坊主頭は髪が伸びてだらしなくなっているし髭も伸び放題、今のエリアンはどうもたるんでいるように思える。
「なぁ一等兵。お前はここに……アールスに来たことがあるか?」
「え?」
自分も小便をしながら、エリアンの話に付き合うことにした。
「来たことはありませんが……」
「……ここは昔、緑のよく茂った森が広がってたんだ。秋になれば茸を獲りに来てな? 鹿も撃ったもんだ」
言われて俺もアールス山の麓に視線を向ける。
どこを見ても見えるのは無数に張り巡らされた鉄条網と塹壕ばかり、僅かに立っている木は毒ガスの影響で腐っていて、中ほどから折れている。
立っていた木は塹壕を作る材料として使われ、保水能力を失った土壌はぬかるみ、毒ガスに汚染された沼を大量に作り出していた。
見渡すかぎりの灰色の光景、とてもじゃないがエリアンの言うようにここが森だったなんて信じられない。
「ここで獲れたものは綺麗な土と水のお陰で美味かったんだ。ペイルのどこで作られたものよりもな。……だがもう、何も残っちゃいない」
隣を見るとエリアンは寂しそうに笑っていた。
ここが……アールスが好きだったんだろう。
「俺達が勝ったとしても、ここの自然はもう戻って来ない。人間がどう手を尽くしたとしてもな」
「……チンコ丸出しにしながら話す内容じゃないですね」
俺は自分のチンコを仕舞うとその場を後にした。
エリアンにかけてやれる言葉が見つからなくて逃げたというほうが正しいが。
戦争が始まった結果、皆何かしら失っている。
家族、土地、命、エリアンの場合は思い出か。
失ったものはもう2度と戻ってこない、だから今あるものは絶対に失っちゃならないんだ、自分の手でしっかりと守っていかなきゃならないんだ。
決して離れていかないように。
俺がモーゼスやアヌックの居る場所に戻ると、2人はこの陣地で鹵獲した弾薬や後方から来た物資を急ごしらえの集積所へと運んでいた。
そして運んでいくものの中に嫌なものがある。
「こいつは……」
「毒ガスのタンクだ。間違っても落としたりぶん投げたりすんなよ煙草屋。死ぬぞ」
「かなりの数があります。文字から察するに多分新型の毒ガスに間違いないでしょう。後方に送って科学者に分析してもらいましょう」
額に汗を滲ませながらアヌックは毒ガスの入ったタンクを運んでいく。
よくもまぁ昨日の爆撃で損傷しなかったもんだ。
もし当たってたら敵は勿論味方もただじゃ済まなかった。
「……ん?」
「どうした?」
俺も一緒にタンクを運んでいるとモーゼスが眉根を寄せて上をきょろきょろと見渡し始めた。
つられて俺も空を見上げると……何か音が響いてくる。
これは……
「戦闘機だ! 対空防御!」
戻ってきたエリアンが鉄帽をかぶりながら叫ぶ。
朝日と共に空からこちらへと真っすぐに飛んでくる赤い戦闘機の群れ。
デュッセル軍のおでましだ。




