15証拠品が示すのは……
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私が記憶を失ってもうすぐ6ヶ月になる。私の記憶が戻るタイムリミットはもう目の前だ。
そんなある日、ジョディから『例の “アイデア” について、実用化が決定した。』との連絡があった。
いまから約7ヶ月前。
私は、私がいた孤児院の院長だったオットーが殺されていたことを知った。
ジョディからオットー殺害の第一容疑者は私のお父様だと聞き、私はオットー殺害事件の犯人を捜すため、前世の知識から『指紋鑑定』による容疑者の特定方法をジョディに教えた。
『……キ、キャロの言うことなら信じるよ! 』
顔を引きつらせながら、やけに力を込めてそう言ったジョディを思い出すと、いまでも少し笑ってしまう。
たしかに、『私たちの指先には “指紋” と呼ばれる模様があって、その指紋は人それぞれ違う形をしていて、同じ指紋を持っている人はいないんだよ。』なんて言われても、そう簡単に信じることはできないだろう。
だから私はまず、自分の10本の指にインクを付けて紙に指紋を押し付けた。それから、ジョディとヘレンの指にもインクを付けて、同じように紙に指紋を押し付けてもらう。
そしてその3枚の紙に押された指紋をルーペでよく見てもらう。
『!!! 本当だ! 僕たち3人とも指紋の形が違うよ! それに僕の指だけでも1本として同じ指紋がないよ! 』
『まあ、本当ですね! これが指紋……なんて不思議な……。』
私は驚くふたりに、指紋鑑定が前世の犯罪捜査でどれだけ重要だったかを説明した。
私が持つ前世の知識は、気まぐれに “ふわり” と浮かんでくるため、詳細についてはわからないことが多い。
それでもなんとかジョディには伝わったようで、『いますぐ父上に話してくる! 』と叫んで部屋を飛び出して行った。
そして『指紋鑑定研究所』が作られ、指紋についてさまざまな検証がされることになった。
それから約半年が過ぎ、ようやく指紋鑑定が個人を識別できる有効な手段であることを証明し、それを犯罪捜査に取り入れることで事件の犯人特定に役立つと認められたのだ。
「これでオットー殺害の犯人を特定できるわ。」
「ですがお嬢様……。」
ヘレンは言いにくそうに口ごもる。
特定されるであろう犯人というのが私の養父であり、ヘレンの雇い主なのだから、それは言いにくいだろう。
「ヘレン……大丈夫! 私たちは間違ったことはしていない。過ちは償わなければならないわ。」
「お嬢様……。わたりました! 」
ヘレンがいなくなり、ひとりきりになった部屋で、亡くなった院長のオットーを思い出そうとしたが、最後に顔を見て3年以上になるため、ぼんやりとしか思い出せない。
酔っぱらっては孤児を殴るようなろくでなしだったが、自分を殺した犯人が裁かれれば、浮かばれもするだろう。
お父様。お父様がオットーを殺した状況証拠は揃っている。そして明日、物的証拠が揃えば罪を問うことができる。
罪の重さはちがうけれど、お母様とブランドンに罪を償ってもらうつもりだ。
すでに準備はほとんど終わっている。あとは発動するだけだ。
(私の男爵令嬢生活ももうすぐ終わる……。そのあとは……なにをしようかな? )
私は目を閉じて少しだけ笑った。
***
2週間後
「ジョディったら、わざわざ迎え来なくても研究所で待っててくれてよかったのに。」
「僕が来たかっただけだから気にしないで。それより言ったっけ? キャロ、今日も可愛いよ。」
「! ああぁ、ありがとう。ヘレン笑わないっ! 」
馬車の向かいの席でヘレンがニヨニヨしている。
朝一番のジョディの褒め殺しは心臓に悪い……。以前はジョディからの好意らしき言動を感じるたびに戸惑っていた私だが、最近ではそれを嬉しがっている自分に気付くことが多くなった。
(うう、でも、なにをするにも、まずはけじめをつけてから……。)
今日はその大きな1歩になる日だ。
指紋鑑定で犯人を特定できたら、本当にもう後戻りはできなくなる。
そう思ったら少しだけ緊張して、表情が硬くなる……。
「キャロ。」
名前を呼ばれて、隣のジョディを見る。ジョディは私の手を取ると、ポンポンと手の甲を優しく叩いてくれる。
(うん、私は大丈夫! )
研究所には、この6ヶ月間『指紋』の有効性を信じて必死に検証してくれた人たちが待っていた。
彼らは、膨大な量の見本となる指紋を集めることからはじめて、指紋の特徴をごとに分類し、それぞれを比較し、相違点を探して、最終的に重複する指紋はないことを、ようするに『指紋で個人を特定できる』ことを証明したのだ。
この6ヶ月間、ずっと指紋を見続けてきた彼らの苦労を思うと本当に頭が下がる。
今日は、現実の犯罪捜査に対して指紋鑑定の実用性を検証する、という名目で集まっている。
挨拶もそこそこにして、興奮する研究員たちと共に会議室へと移動する。
ちなみに私は、研究所にいるジョディにときどき会いに来ている友達となっている。ちょこちょこ顔を出していたし、ジョディの友達ということで、今この場にいてもなにも言われない。
会議室の中ででは、すでに席に着いている人もいるが、私が知っている顔は研究員以外ではジョディのおじいちゃんだけだ。
(おじいちゃんの隣に座ってる人、ジョディに似ている。お父さんかしら? )
私たちも席に着くよううながされ、いよいよ検証がはじまる。
今回の鑑定は、事件番号M-5(オットー殺害事件の番号だそうだ)の証拠品に残された指紋を、容疑者10人の指紋それぞれ照合し、一致するものがあるかないか見極めるというやり方だ。
容疑者の指紋には番号が振られていて、ここでは個人名は明かされていない。私もお父様の指紋が何番かは知らない。
鑑定人は全部で5人。各人で鑑定をおこない、一致すると思われる番号に印を付けていく。5人の鑑定結果を照らし合わせて齟齬がなければ、特定となる。
しんと静まり返った会議室の中で鑑定士の動きをじっと見つめる。鑑定時間が長い指紋は、一致する部分が多いのだろう……。
そして5人の鑑定が終了した。
「それでは、まず指紋番号1番から。」
「不一致」
「不一致」
「不一致」
「不一致」
「不一致」
5人の鑑定士が自分の鑑定結果を発表していく。
「では指紋番号2番。」
……
指紋番号8番まで、鑑定士は全員『不一致』の結果を出した。
(まさか、このまま全部不一致なんてことはないよね……。)
「では指紋番号9番。」
「一致」
「一致」
「一致」
「一致」
「一致」
「では指紋番号10番。」
全員不一致だった。
「以上の結果から、事件番号M-5の証拠品に付着していた指紋は、指紋番号9番と一致、特定とみなします。今回の鑑定結果は、すぐさま憲兵隊に引き渡すとともに正式な捜査の開始を要求いたします。
本日の指紋鑑定の検証は以上となります。お疲れさまでした。」
私は席に座ったまま、ガヤガヤと会議室から出て行く人たちをぼんやりと見ていた。
指紋が一致した。
オットーを殺した犯人が特定されたのだ。
それは、レイトン男爵家の終焉でもある。
「キャロ。」
ぼーっとしている私をジョディが心配そうに見つめていた。
「!! ごめんね、ちょっとぼーっとしちゃった。鑑定士さんたちすごかったね! 皆さん見る目が確かで驚いちゃった。」
ははは、と笑って見せるが、なんとなく笑顔がしっくりこない。
どうして目の前がぼやけてるんだろう?
「キャロ……。」
ジョディは立ち上がると、私の頭を抱き寄せてくれた。
(覚悟していたのに。平気だと思ってたのに。こうして動かぬ証拠を見ちゃうと……思った以上にショックだったんだなぁ……。)
ジョディの腕の中で静かに涙を流していたら、少し離れたところで咳払いが聞こえた。
(! ここ、会議室だった!! )
慌ててジョディから離れると、そのまま立ち上がり、咳払いのしたほうを見る。
そこにはニヤニヤ笑っているジョディのおじいちゃんと、ジョディに似ていると思った男の人が立っていた。
「邪魔してすまんな。ジョディ、紹介しないのか?」
おじいちゃんはニヤニヤしながらジョディに言う。
ジョディは不機嫌そうな顔をしながらも、私の手を取るとそっと引き寄せて腰に腕を回する。
「キャロ、僕の父さんです。父さん、こちらがキャロライン嬢です。」
急に腰に腕を回されて軽いパニック状態になったが、ジョディのお父様の前だと気付いて真顔になる。
「はじめまして。キャロライン・レイトンと申します。」
「はじめまして。ジョディから君の話は、いろいろ聞いているよ。今日は時間がないが、今度食事でもしながらゆっくり話そうか。」
「はい。楽しみにしています。」
ジョディのお父さんとおじいちゃんが出て行くと、会議室には私とジョディのふたりだけになった。ジョディの腕はまだ私の腰を抱いている。
(えっと、これ、さりげなく動いたら振りほどけるかしら?)
「さ、鑑定の詳細を聞きに行こうか。」
「!うっ、ううん! 」
「行かないの?」
「い、いや、行くよ! あの、ジョディ、腰を……」
「あ、歩きづらい? じゃあゆっくりね? 」
「いや、そうじゃなくて……」
……バタバタバタバタ、バタンッ!
足音とともに大きな音を立ててドアが開いた。
「お嬢さまっ! 」
息を切らせて飛び込んできたのはヘレンだった。
「ヘレン? どうしたの!? 」
いつも落ち着きのあるヘレンがこんなに取り乱すなんて、ただ事ではない。
「違いました! 」
「違う? 」
「指紋は、旦那様のものではありませんでした! 」
「「!! そんな!? 」」
私たちは慌てて研究所長室へと向かうと、ノックをするのももどかしくドアを開ける。
そこにはオットー事件の詳細を知っている研究所長と鑑定士長、そして憲兵隊の副隊長の3人が揃っていた。
「指紋が違うって、どういうことですか!? 鑑定結果は一致したんですよね? 」
まくし立てるジョディに研究所長が “落ち着け” と手のひらを向けて宥める。
「指紋は一致した。それは間違いない。ただ、一致した指紋番号9番は、レイトン男爵の指紋ではないんだ。」
「は!? そんな馬鹿な!? じゃあだれの指紋だったというのですか!? 」
ジョディがそう言うと、所長が私をじっと見つめた。
所長の視線に釣られて皆が私を見る。ジョディもヘレンも。
所長はため息をつくと大きく息を吸いこみ、口を開いた。
「指紋の持ち主は…………。」
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