第一話『僕の学校を語りましょう。』
大した特徴もない少年……と、客観的に自らを評価してみる。だが、百パーセントの客観的視点で自らを評するなんてことは不可能。「大した特徴もない少年」という評価の中には、少なからず少年の主観が含まれる。本当に客観的に見るのなら幽体離脱なんかする必要がある。
そのことを理解しつつも、あくまで客観的に自分のことを「特徴がない」とする少年、天上業火は、まだ寂しく静かな下駄箱に到達する。
遅刻などしようはずもない。鐘がなるまでにはあと二十分もある。こんな時間に登校してくるのは、遠くから通っているため時間に都合が出来ない生徒か、業火くらいだろう。
理由はない。単に、騒がしさの渦中に身を投げ入れるような真似は避けたいだけだ。騒がしいのは嫌いじゃないが、朝は少し頭に響く。そのため、静かな内に登校するのだ。理由ありまくりじゃねえか。
かくして業火は、静かな朝を過ごすに至っている。
靴を履き替え、少し小さくなった上履きに顔をしかめながら己の教室、二年三組を目指す。
業火の通う市立天政高校は、十年前に新たに生まれた都市、天政市の誕生を記念して建てられた学校だ。
第一期入学生。つまり、業火の十年も前の先輩達総勢421人は、ほぼ全ての生徒が、卒業した今現在、社会で輝かしい経歴を残している。
第二期生、三期生も同様。
この結果は、後に「天政高校の卒業生には輝かしい未来が確約される」などというジンクスを生むのだが、この時の業火には知る由もない。そのように噂されるようになるのはもうしばらく先である。
そんな学校に通うこととなった原因は妹にある。……訂正。天上家にある。
近代都市に住みたいと申す天上家の可愛い可愛い妹のために、妹をこの天政市に住まわせることにした両親。
どんだけ可愛がってんだ……甘やかしすぎだろ、親バカめ。
などと思う業火も、何気に天政市に住んでみたいという欲はあったのでまったく構わなかったが。
だが、その後の悲劇が業火を襲う。本来、襲うのならば字面的に業火のはずなのだが、襲われたのは業火の方である。ややこしい。こんな名前をつけた両親に文句を言ってやりたい業火であった。嫌いではないが。まあ、うん。
ダダ甘やかしな両親が、海外出張のため共に天政市に住むことが出来なくなってしまったと言う。
なんてこったいと頭を抱えたのは業火ではなく両親の方だった。
「一緒に住めないなんて……心配でたまらない!」
どこまでもダダ甘やかしていた。業火ではなく、妹を、だが。
……お解り頂けただろうか。
つまり、この両親、妹の全てを業火に預けたのである。
仕事とあらば仕方ない、と当初は思っていた業火。そこから、途轍もない苦労を体験することになるのである。それはまた別のお話。
そんなこんながあって天政市にやってきた天上兄妹。兄の中学卒業、妹の小学校卒業に合わせたので転校にはならなかった。
だが、級友とは幾分か離れてしまった。そう遠くないとは言えるが、頻繁に会うことは難しそうだ。少し名残惜しい気もする。
妹もそうだったらしいのだが、流石に自分の言い出した事なので、その事に関しての文句は無かった。
割と高めな偏差値を得た天政高校の入学試験は既に合格の通知を受け取り、晴れて天政高校生徒となることを許された業火。妹も、天政中学校に入学が決まっている。こちらはまだ試験などはない。
……と、語る必要のないことまで語ってしまったが、他意はない。何も考えてないだけ。駄目じゃねえか。
そして、入学して一年が経ち──
学年に十あるクラスの内の三つ目、二年三組の戸に手をかける。
中には委員長以外誰にもいなかった。
「あ、ゴウちゃんおはよー」
「……おはよう」
おもっくそ不機嫌に業火は挨拶を返した。
「なになに、元気ないじゃないの」
「ゴウちゃんはやめてくれ……マジ」
業火はゴウちゃんと呼ばれるのがお嫌いな様子。
そんな態度を見せられては、突かずにいられないのが委員長という人間である。厄介だなおい。
「ん?何か言った?ゴ・ウ・ちゃ・ん?」
「……何も言ってないデス」
早々に諦めた業火。朝から生気が抜けている。抜けすぎて萎んでいる。萎んでいなかったら膨らんでいる。生気が膨らむってなんだろうか。なんだっていい。
「あーごめんごめん。謝るからさ、拗ねないで?ね?業火くん?」
「別に、拗ねてなんかないし……?」
嘘だろう、と委員長は心の中でだけ呟いた。
「嘘じゃねえよ!」
口に出ていたようである。心の中だけじゃねえじゃん。
「ったく……」
業火は委員長のことが嫌いではない。むしろ好きな部類に入るだろう。勿論恋愛的意味合いは全く無く、人間的な意味でだが。
肩まで伸ばした髪は朝日にキラキラと輝き、黒の艶を一段と引き立てている。目鼻立ちも整っており、クラス人気も高い。その上リーダー性があり、委員長にこれほどまでうってつけな人材も珍しかった。
多少スタイルが貧相だと言うことを加味しても、美人と称するには充分である。
おまけに性格も茶目っ気たっぷりと来た。媚びるようなことはなく、イタズラが大好きな子どものような、そんな感じ。
そんな美人が委員長だった。
……ただ、神は二物を与えずと言うか。
勉強出来ない。多分クラスの下位を彷徨っている。
「で、ゴウちゃ「(キッ」業火くん」
そんな委員長、睨まれると途端にそのイタズラ心を封印する。
「今度の修学旅行、どこ行くか決めた?誰と行くか決めた?」
「ああ……もうそんな時期か」
七月。
世間一般で夏本番と言われる季節。
天政高校の修学旅行は二年時、十月の行事である。
近代都市の学校であっても、やることは他校とさほど変わらない。強いて挙げれば、他校以上に自由が許されていることであろうか。
生徒達が望めば、日本国内外どこにでも行けるのだ。
将来を見据え、行く場所を決める必要がある。……とは言うが、その実、生徒達が将来を見据えて行く場所を決めたことは過去に一度もない。第一期卒業生でさえもだ。
ここで遊びたい、見てみたい、など、己の欲望に忠実な行き先選びをしている。例えば去年、業火達の一個上が向かった先はフランス。おもっくそ観光目的だった。
なまじレポート提出やプレゼンテーションがないから、どうしても遊び気分になってしまうのだ。
本来ならばそれを防ぐはずの教師陣も、近代都市校のプレッシャーに耐える日々から解放される喜びから、そういった些細なことまで注意はしないのである。
つまり、修学旅行とは名ばかりの息抜き旅行だ。
そりゃ生徒達もヒャッホウ!となるわ。マンボウ!とはならないが。なんだマンボウとなるって。こわい。
そんなわけで、三ヶ月前の今、生徒達の頭の中は修学旅行で一杯なのである。業火は違ったようだが。
あー……めんどっちーなー。
業火の頭の中はめんどくさいで一杯だった。むしろ十杯だった。溢れかえってる。何が言いたいのかわからなくなってきたが、そんだけめんどっちーのである。
「決めてないの?もう三ヶ月前なのに」
こてん、と小首を傾げる委員長。可愛いかもしれない。断定しろよそこは。
「あんまりこの街離れたくない……って言うかね」
業火の頭の中は妹のことで一杯だった。まだ増えるのか。計十一杯である。はて、この計算合ってんの?
めんどくささと妹の世話とで、この街からあまり離れたがらない業火。去年は大した遠出行事などなかったのでそんなに心配はいらなかったのだが。
「修学旅行って二週間だろ?そんだけの間家空けるのはな……」
息抜き旅行となる修学旅行の期間は十月の第二月曜日から二週間。かなり多めに用意されている。これだけの日数があれば、どんな行き先や見学先だろうと対処できるからという、結構強引な対処方法だった。……これだけ用意周到な準備をしようと、二週間じゃ足りなかった前例があるらしいとは聞くが。どこ行ったのか凄い気になる。
二週間も用意された旅行期間。家のことを放り出すわけにもいかない。なんせ妹は何も出来ないのだから。
料理に始まる家事諸々がまったく出来ない。そんな妹を置いて二週間も空けると、家がとんでもないことになる。以前住んでいた家で実際にとんでもないことになった。妹めんどくさいと業火が気づいたのもその時だった。
「あ、わかった。妹が心配なんでしょ」
ああ、妹(のせいでとんでもないことになる家)が心配だ。
「変わらず妹想いだねぇ、ゴウちゃん」
「ゴウちゃんやめろ。それと、別にシスコンなんかじゃないかんな」
どちらかと言うとホームシック。家が恋しい。愛おしくてたまらない。そんな我が家をとんでもないことにされるなんて、心が涙する。目からも元血液である透明な液体が流れ落ちる。もしかしたらストレスがとんでもないことになって本当に血の涙を見ることになるかもしれない。それほどまでに家LOVEなのだ。
家LOVE!俺は我が家が好きだ、愛してる!
家は平和な日常を体現するご神体なのだ。それをとんでもないことにされるなんてとんでもない。とんでもないをとんでもなく使いすぎだ。
「はいはい、言い訳乙~」
「んなっ」
まったく相手にされなかった。信じてもらえなかった。業火の心は傷付いた。パリーン。それ傷付くどころか割れてるから。修復不可能な域だから。
「別に妹想いなのは悪くないっしょー?それをシスコンシスコンって騒ぎ立てる方が悪いって。だから別に否定することないんだよ?妹想いなのをさ」
委員長は優しい。人間も出来ている。なるほど、クラスメイトからの純粋な推薦で委員長になっただけある。
だが。
「いや、本当に、家がとんでもないことになるからってだけなんだけど……はぁ」
今の業火には逆効果な優しさだった。業火の真意が何一つ伝わっていなかったからだ……。
「ん、そろそろ人が来始める時間だね。私は日誌と出席簿持ってくるから~」
修学旅行のこと、ちゃんと考えといた方が良いよー、と残して教室から退室して行った。室が被ってるが気にしないことにする。
「修学旅行ねぇ……どうすっかな」
ま、三ヶ月もあるし、後回しで良いか。
そこで業火の思考は中断された。静かな朝はここまでだ。続々と生徒がやってくる。
今日もまた、平凡な日。
ああ、なんて退屈で……幸せなんだろう。
業火は、身近な幸福を噛み締めていた。




