第二話『記念されるべきでない出会いを語りましょう。』
平凡な毎日を送り、そんな人生に幸せを感じている天上業火。高校二年生。
多少厄介な家庭事情(主に妹)を抱えているとはいえ、大したハプニングも起こらずハッピー。
本日の授業を終え、さあ帰ろう。
そんなことを思っていた時のことだった。
今日もまた何もない平和な日々を過ごせると思っていたのに、それは呆気なく裏切られる。
何でもない、ただ一人の少女によって。
三階に位置する二年三組の教室から階段まで行く途中、その少女と出会った。
長い黒髪を、横でリボン一つで結った髪型。
顔は委員長レベルの造形。
スタイル……申し分なし。
大きくもなく小さくもなく、丁度いい塩梅である。
「キミが、天上業火?」
第一声は、それだった。
業火が業火であるかの確認。
それに対し、業火の返答は曖昧なものとなった。
「え、あ、ああ……?」
いきなり本人かどうかを問われるなど、平凡な人生の中で数回あるかないかではないか。業火自身は一度も体験したことはない。……多分。記憶の中では。
さらに言えば、目の前に突如として現れた美少女。それが自分に話しかけてきた。それだけで業火の心拍数は上がってしまう。
さて、そんなスゲー曖昧な返しに少女はと言うと。
「はっきり答えなよ。ウジウジしてんの、あんま好きじゃない」
スゲー曖昧な返しに、スゲー怒ってた。
正直、超めんどくさい。
業火は今すぐにでもこの場から立ち去りたかった。
この手のタイプが少し苦手、という理由が最たるモノだろう。
自分を周りに押し付けるタイプ。
自分が嫌いだから、自分が望まないからなどという身勝手なわがままで周りを巻き込む人種は妹一人で充分だ。
業火の性格は暗いわけではない。ただ落ち着いてるだけなのだ。美少女に話しかけられ多少動揺はしたが、今ではすっかり落ち着いている。
それを、少女の主観でウジウジしていると認定されてしまった。さらには、それを直せとまで言われた。
業火がカチーンと来るには充分だった。
カチーンとは来たが、取った行動は「無視」。
目の前に立つ少女を一瞥し、横を通り抜けようとしたところで
ラリアット・バージョンフルスイングを食らった。
要するに首がとても痛いことになった。
「ぐぇふぅっ!?」
「無視?無視は酷くない?ねえ?」
痛みに悶え、廊下をゴロゴロ転がる業火。
こわい。この人こわい。
業火の身体に恐怖が刻み込まれた。
だが、こんな少女相手に恐怖している自分を認められず、業火は強がりを見せる。
「人に名前を聞く時は、まず自分から名乗いえ何でもありません気にしないでくださいだからその手を下ろしてえぇ!」
あっさり強がりは崩れ去った。
「さっさと天上業火かどうか、はっきりしてくんない?もう一度聞くよ。キミが天上業火?」
なぜそこまで業火の名前を気にするのか、という言葉が喉元まで出かかったが、刻み込まれた恐怖がそれを許さず、仕方なく肯定した。
「……そうだけど。僕が天上業火ですけど」
廊下にうずくまったまま。
憤然と仁王立ちし、業火を見下ろす少女に対し、首を抑えながら廊下を這いずり、少女を見上げる業火。
…………なんだこの図。
「そ。なら天上業火。話があるから、ちょっとついてきてもらうよ」
「断r「何か言った?」いえ何も」
そうして首根っこ(正確には襟)を掴まれ、首の痛みも取れぬまま、見た目だけは美少女な悪魔に連れられて行った先は、屋上だった。
「おい、ここ立ち入り禁止じゃ」
「そんな小さいこと気にしてんの?私たち学生なんだけど」
なんだその、学生なら何やっても許されると思ってるかのような台詞は。
この少女の場合本当にそう思っていそうで恐い。
放課後の誰もいない屋上。元々立ち入り禁止だから放課後じゃなくても誰もいないが。
「さてと」
「ぐえっ」
襟を掴んでいた右手から解放され、やっと言葉通り一息吐けた業火。
「天上業火。キミに伝える事がある。忘れちゃ駄目だよ?」
「は、はぁ……」
人目につく場所では伝えられない事なのだろうか。なんにせよ、ここまで無茶苦茶やってるんだから、それなりに重要な話なのだろう。
そう心して耳を傾ける……が。
伝えられた言葉は、なんとも素っ頓狂なモノだった。
────キミの前世を見た。
前世。
この世には輪廻転生の概念が存在する。
死を迎えた魂は、冥界の扉をくぐり、その後、新たな命として次の世に生まれる。
要するに生まれ変わりだ。
その、生まれ変わる前の人生。それを人は前世と呼ぶ。
確かそんな感じだったよな、と業火は記憶の引き出しをガサゴソと漁る。
「…………はぁ」
業火はまたも曖昧な返事をする。だが、この時の業火を誰が責められようか。
知識は存在するものの、前世なんて確かめようのないモノをどう信じろと言うのだろう。
そんなわけで、業火はこの少女への評価をこう下した。
「夢見がちなイタい少女」と。
かくして、平凡を愛した少年、天上業火と、未だ名を知らない、悪魔のような少女との記念されるべきでないファーストコンタクトとなる。
日常が崩れ去る音は、この時既に鳴り始めていたのだが。
業火がその音に気付くのは、当分先である。




