オリヴィア
聖剣。
人々の嘆き末に、星が魔王を討たんと産み出した祈りの結晶。
聖女が器を生み出し、その器に担い手の魂を注ぐ事で顕現する破魔の剣。
かつて勇が振るい、人類の文明が紡がれて来た過去、何度も振るわれた人類の軌跡。
決して、決して、魔族などが握っていいものなどではない。
ない、筈だった―――。
ガチリ。
頭の中で何かが上手く嚙み合ってしまったのを勇は理解した。
アグニエラの言ったことが全くの真実なのだと、理性と感覚が納得してしまった。
「ぉえっ……!!」
びちびちゃと喉奥から溢れ出す胃液が地面を叩く。
だが、今の勇に嗚咽感も何も意識する暇も余裕もなかった。
「はぁ……はぁっ……て、めぇ……てめぇら……ッ!!」
口元の胃液を拭う事もせず、勇は歯を噛み砕かんばかりに食いしばる。
「やりやがったな……やりやがったなぁっ!?」
叩きつけた拳が闘技場だった石畳を容易く砕く。嗚咽し、涙し、慟哭する勇に、アグニエラは慈愛の目を向ける。
愛しい者を見守るように。
「オリヴィアをぉぉ……ッ!!」
勇が持つ聖剣から、夥しい程の魔力が溢れ出る。制御を失った魔力は荒れ狂い、暴風となって吹き荒れる。
怒りが、哀しみが、止めどなく溢れ、そして―――、
凪いだ。
「……は?」
思わずそう声を漏らしたのはアグニエラだった。
怒りに染まった勇の形相を望んでいたのに、
「……!」
勇は歯を食いしばるばかりで、荒れ狂っていた魔力の奔流もその勢いを弱めて行く。
「…んだよ、それは…何だよそれは!!」
斧槍の形をした聖剣の石突きが激しく地面に叩きつけられた。
何度も、何度もアグニエラは石突きを地面に叩きつける。駄々をこねる赤子の様に何度も。
「そうじゃねぇだろ勇!!キレろよ!!本気をだして、俺を殺してみろよおおぉぉっっ!!」
アグニエラの悲痛なまでの叫びを受け、勇は一度空を見上げて、大きく息を吐いた。
そして、その双眸を、
「それを望んてるんだろうとは思ったよ、……ウムブラ」
勇を観察するように静観していたウムブラに向けた。
「てめぇはリズワディアで……いや、三年前に殺しておかなきゃならなかったみたいだなウムブラぁ……ッッ!!」
「キヒッ……信じていただけるのですか?我々魔族と……人間が繋がって居ると……人間が!聖女を裏切った事を!!キヒヒャヒャヒャッッ!!」
ボロボロのローブの奥底から、気味の悪い嗤い声が響く。勇からはそのローブの奥の表情は見えない。しかし、その口角が吊り上がってる事だけは肌で感じた。
「人の心に浸け込むのは…お前の上等手段だろうが……それに分かり易いんだよてめぇは……俺を怒らさせて何を企んのか知らんが、お前が居て、気を抜くとでも思ってんのか?」
「の、ようですねぇ……もう一息だと思っていたのですが……キヒヒッ」
勇の心にふつふつと怒りが沸き上がる。だがその怒りは先ほどのような暴風のような物ではなく、鋭く、研ぎ澄まされた理性ある怒りだった。
その様子を見てウムブラは露骨に残念がった。
「勇!!」
「!」
そんな様子の勇に、焦れたアグニエラは勇の背後から斧槍を叩き付けた。
常人では目に捉える事が叶わない程の神速の一撃を、勇は背後を振り向かず逆手に持った聖剣を掲げて防いだ。
「どこ向いてんだよおい!お前は、俺と殺しあうんだろうが……!!」
「自惚れんなよアグニエラ……!」
聖剣と聖剣がぶつかり合い耳障りな金属音が鳴り響く。その音は更に激しく鳴り止まない。
勇の聖剣の持つ光が、目に見えてその輝きを増して行く。
「聖剣の力が、こんなもんな筈ねぇだろうが……!」
勇がチラリとリリルリーとパイモンに視線を向ける。それだけで勇の意図を酌んだ二人は次の瞬間闘技場から姿を消した。ベルナデットを始め、クオンやリーブサル、トーレの全員を連れて。
「……オリヴィアは……既に死んだようなもんだ……」
ポツリ。誰に聞かせる為でもない独り言を勇は呟き始めた。
「肉体を捨て、その魂を鎖にして魔王を次元の合間に縫い留める。オリヴィアの封印は、多分そういう類の物だった。だから俺とオリヴィアの間にあった契約は解けて、俺は地球に戻された……」
勇の脳裏に写るのは、最期に見たオリヴィアの姿。
どこまでも清々しく、幸せな笑みのままオリヴィアは勇に別れを告げた。
止める間もなかった。いや、止める説得も出来なかった。
オリヴィアの決意は何者にも、止められなかった。
勇が自分を捨てようとしたように、オリヴィアは自分を捨てただけだ。オリヴィアの人生だ。オリヴィアが好きなように生きただけだ。それは別に良い。
「オリヴィアの思いを裏切られて……好き勝手にされて、そりゃあ胸糞悪いさ。人間だからって殺してやりたいくらいだ。……だが、そんなのオリヴィアが望む事じゃない。俺の望む事でもない。……人間に期待するのも、絶望するのも……全部全部、三年前に終わってんだ。……今更、そんなことで、俺がどうかなるとでも思ってんのかよ……!」
鍔競り合いを続けていた聖剣に力を籠め、勇は体を捻り回し蹴りをアグニエラに叩き込む。
「!……勇ぅッ!」
大した威力は無い。アグニエラを蹴り飛ばすくらいにしかならない。だが、それで十分だった。
「『真威蒼天』」
既に、戦いにすらならないからだ。
遅くてすみません。少なくてすみません。色々酷くてすみません!
ほんっとうに申し訳ありません!!……頑張れたら週一で更新していきたいです。エタらせず、この物語を終わらせてやりたいです……




