柄無き剣
籠手に脛当て。身を守る物はたったそれだけだった。
守りなど、もはやそれすら不要であった。
「ウムブラぁ……ッ!」
勇は前進した。迫る刃も、降り注ぐ魔術も彼には届かない。
瞬間、剣閃が煌めき、その悉くを切り伏せる。
何者も遮る事叶わず。
力強く、迷いが無い歩みで排除すべき敵に一歩、一歩と勇は近づいていく。
「キヒヒッ……!よもやここまでとは……」
並列思考により複数の魔術を同時、連続使用するウムブラの声にも、僅かばかりに震えが混じる。
恐怖か畏怖か。不死と化してからついぞ感じる事のなかった感情がウムブラの思考を蚕食し始める。
精霊武装『真威蒼天』を顕現させた勇に対し、ウムブラとアグニエラは一撃を与える事ができなかった。
「なんなんだよ、これはぁッ!!」
斧槍の聖剣による刺突を放ったアグニエラが声を上げる。
勇の喉元を目掛け放たれた斧槍は勇の喉を突き刺さんとした寸前に、聖剣に遮られた。
柄の無い刃だけの聖剣に。
「こっ、のおおおおおおおぉぉッ!!」
嵐が如き猛攻も、その全てを防がれる。
浮遊し、飛翔する聖剣の刃達は勇が振るう事無くアグニエラを封じ込めていた。
アグニエラを一瞥することもせず勇はウムブラをその双眸に捉え続けた。
「っ……どんなに使ってもどうも慣れやしないな……まぁ、てめぇ相手には手加減なんていらねぇよなウムブラ!!」
苦悶の表情をわずかに見せる勇。その周囲に柄無しの聖剣達が静かに浮かぶ。
しかし、その切っ先はその全てがウムブラを捉えて離さない。
「キヒッ!」
底気味の悪い笑い声を漏らしながらウムブラは後方へ跳んだ。
ウムブラの影からはおぞましき骸骨の旅団が現れた。
その数、三千以上。
溢れ出る骸骨。その全てに剣と盾が持たされていた。
一体一体は大した強さはない。だが問題なのはその数だ。
ウムブラはこの数の兵隊を何時でも、瞬時に呼び出すことができた。
魔術の腕だけではなく、この兵団能力こそウムブラの恐ろしい所だった。
たった一瞬で出てきて良い数ではない。現に闘技場は一瞬で骸骨に埋まってしまった。
数千の敵なら、如何に力を解放した勇者とて直ぐには――
そうウムブラが思考瞬間、骸骨の旅団は――
「甘ぇ」
文字通り弾け飛んだ。
ヒュンヒュンと風切り音を立てて飛翔する柄無しの聖剣が何事もなかったかのようにまた勇の周囲に集う。
「……魔王を倒す為の、最後の精霊武装がこの『真威蒼天』だ。……たった数千程度で、お前|魔王を止められると思うか?」
「!……ギヒッ……」
魔王。かつてウムブラ達公爵級と称される魔族すら配下に置いた魔界の首領。魔を統べる王。
その強大な力はウムブラ達魔族こそ知っている。
曲者揃いの公爵級達の中で更に自分勝手なアグニエラでさえ頭を垂れる絶対の支配者。
嗚呼そうだ――かつて一度だけ、ウムブラは不死でありながら死を恐れた事があった事を思い出した。
(ギギヒッ……そうか……貴方は真に対なのですねぇ……!)
魔王と初めて相対したその時、ウムブラの身体は膝をつき床に額をつけていた。
生殺与奪の権利を他者に握られたような心胆が冷える思い。
即ち恐怖を、魔王に対して抱いていた事を思い出した。
「ユウゥゥゥッッ!!」
アグニエラの裂帛の気合と共に振り下ろされた斧槍に勇の身体が頭から両断される。
まるでバターを切るように、とはこの事だろう。
他の精霊武装であれば、機動力に魔力を降り抜き、装甲の薄くなった『白き大地』でさえ多少の抵抗はあったろう。
しかし、アグニエラの手には手ごたえすら感じない程呆気なく、勇は両断された。
「!?」
「無敵戦法はてめぇら魔族だけじゃなく、俺も十八番なんだよ……!」
両断された筈の勇が、両断されていなかった。
それどころか、勇は片手でアグニエラの首を掴むと石畳の上に叩き付けた。
「ぅ…ぎぃっ!…ユウ、お前ぇ!!」
「聖剣を使ってるからって受肉してるわけじゃないみたいだな?……なら、寝てろ」
勇が喉から手を離した途端、アグニエラの四肢を聖剣達が貫き石畳にアグニエラを縫い留めた。
「偽物と本物とノ差が、ここまで如実に現れるとは思イませんでしたヨ……」
「そりゃあ残念だったな。ここでてめぇを終わらせる。素直に死ね」
柄無き聖剣の刃が、ウムブラを蹂躙する。
勇者にとって、魔王にとって、互い以外に敵と成りえる者など居なかった。
無限の〇製




