先代勇者と六つの腕
「うわぁ……なんつーか、無駄に広いのな」
暖簾を潜った先に広がったのは、タオルを腰に巻いた半裸の野郎共と、その数優に二十はあるのではないかと思われる大小様々な大きさの湯銭だ。
大きい物の中には湯銭の真ん中に橋が掛けられているのも見られる。まるでレジャー施設のプールだ。ウォータースライダーが無いのが残念だ
「大小合わせて二十七もあるからね」
自慢げに言うマルコ。
「そんなにあると使われない湯も少なくなさそうだな」
「端にある幾つかは確かに少ないけど、それでも全く使われないってのは無いよ」
そりゃあ凄い。
「さぁ、さっさと身体洗って入ろうよ」
「おう」
こっちの世界でのマナーでは掛け湯は無く身体をちゃんと洗ってから風呂に入るらしい。
まぁ俺も日本では同じようにしていたから大して問題は無い。
「そう言えば石鹸とかは買わなくて良いのか?」
現代日本では広く流通し家庭に一個は必ずあると言っても過言ではない石鹸だが、この異世界レインブルクでは中々の高級品だったりする。
石鹸一個で宿一泊分と言えば、手は届くが多用できる物ではないとわかってくれるだろう。
「驚く事なかれ、ここでは備え付けられた物なら自由に使っていいんだ」
マルコに連れられ風呂場内の洗い場に着くと、驚く事に席の一つ一つに石鹸が置かれていた。
「へぇ、太っ腹だな」
「おかげでこの街に住んでる奴で汚い奴はいないんだ。スラム街の奴らも常連だし、領主さまさまだよ」
脳裏に浮かぶのはシルヴィアと舌戦を繰り広げた領主の姿。
いけ好かないと思ったが、この街に住む住人にとっちゃ良い領主なんだな。
「それにしてもマズったなぁ。この時間帯はあんまり混まないと思ったのに……」
洗い場には多くの大人達が詰め寄っていた。ポツリポツリと相手は居るがならんで身体は洗えないだろう。
「ま、身体を洗う程度だし分かれるか」
「そうだね。んじゃあ、オイラは奥の方を使うよ。兄ちゃん」
そう言うとマルコは幾つか並んだ洗い場の奥へ歩いて行った。
「さって、俺もさっさと身体洗って風呂に入るとしますか」
中年のおっさん二人に挟まれる形で席を確保し、蛇口を捻りお湯を風呂桶に流し込む。
お湯が桶に満たされると、ずっしり重くなった桶を持ち上げ、俺はお湯を頭から被った。
「っ、ふぅっ……あぁ、なんつうかこれだけで気持ちが良いぜ」
この世界に来てからまともに風呂なんて入る余裕は無く、お湯で塗れたタオルで身体を洗う程度だった。
だからだろうか、久しぶりの湯浴みに心地よく感じるのは。
お湯を被っただけでこれだ。早く風呂に肩まで浸かりたいものだ。
そう思ったその時、ぬっ、と突然横から腕が伸びて来た。
「うわっ」
「おっと、驚かしてすまんなボウズ。悪いがそこの石鹸貸してくれんか?」
隣で頭を両手で洗っている男が手を伸ばして来たのだ。見ると頭の泡立ちは少なく、石鹸が少量しかなかったのだろう。
「ああ、良いですよ」
「すまんなぁ、ちょい借りるで?」
頭を両手でガシガシと洗いながらそのおっさんは空いていた手で石鹸を掴み、それを泡立たせる。
……ん? 両手使って頭洗ってるのにどうして空いてる手があるんだ?
ふと疑問に思い、そっ、と隣のおっさんを盗み見る。
ガタイが良い以外に特に――……あ、あわわわわっ。た、たたた大変な事に気づいてしまった!
「なんじゃ?ワシの顔になんぞついておるんか?」
俺の視線に気づいたその男が訝しげな顔で俺を見る。だが、俺の視線は男の腕に注がれていた。
「よ、妖怪蜘蛛男!?」
「誰が妖怪蜘蛛男じゃ」
怒り拳を握った腕が左右三対、計六本がぐわっ、と広がる。
そう、この男には腕が六本もあったのだ!
「え?違う?」
「あたり前じゃこんボケェ!ワシは多腕族のザッパや!」
頭を泡で一杯にしながら立ち上がったその男、ザッパはそう名乗った。
「多腕族?」
多腕族って言えばその名の通り腕が多い種族らしいけど……まさか本当に腕が複数あるとは……。お化けか妖怪の類かと思ったぜ。
「なんや坊主、アスラ族は初めてか?」
桶に溜めてあったお湯を頭ら被ったその多腕族の男は腕を組みながら面白そうに尋ねて来た。
「驚いたのは謝るよ。話にしか聞いてなかったんだ」
「ダハハハッ!やろうなぁ。ワシらアスラ族は少数民族やからなぁ!」
何が楽しいのかザッパはゲラゲラと笑う。
アスラ族は総勢百にも満たない少数民族だ。
山岳部を転々とする移民で一つの場所に定住する事は無いと言われてる。
その数の少なさと定住しない気質のせいか彼らアスラ族を知るものは少ない。
俺もこの世界に来たばっかりの時に亜人の説明を受けた時に名前を知っただけだったりする。
しかし本当に腕が複数ある……動かす時にどれを動かして良いのかこんがらがったりしないのかな。
「にしても坊主、お前随分鍛えてんなぁ」
ゲラゲラと笑っていたザッパが、今度はジロジロと俺を見る。
「あー、まあ、結構鍛えてるし」
「結構、ねぇ……ふーん」
腕を組み思案顔になるザッパ。その視線には何かを探るようなものがあった。
「……ん?アレなんや?」
「?」
ザッパが何かに気づいたように俺から視線を少し外す。
その視線を追うように後ろを向き──
パァァンッッ!!
突然、炸裂音が広大な風呂場に響き渡った。
風呂場を両手していた客の何人もがその炸裂音に驚き辺りを見回すが、その音の原因は解らず、何だったのだろう、と首を傾げて終わった。……だが、俺とアスラ族のザッパだけは、違った。
「……アスラ族ってのは一々こうしなきゃ拳も振れないのか?」
ヒリヒリと痛む拳に思わず舌打ちをしたくなる。
「ダハハハッ。……厚い皮被ってそうやったからなぁ。こう言うんは咄嗟の時にボロが出るもんや」
ニマニマと笑いながらアスラ族のザッパが右手を擦する。
俺がザッパの視線に釣られ背中を見せた途端、ザッパの拳が俺の後頭部に放たれた。
殺気は感じず、風を切る音がしなければ恐らく気づけなかっただろう。
それを咄嗟に裏拳で弾いたのだ。
「ワシはアスラ族のザッパ。ついさっきガラリエでの予選を勝ち抜いて来たばっかや」
ザッパは不敵な笑みで手を差し出して来た。
「坊主、お前も出るんやろ?」
強い確信を持ってザッパはそう言った。恐らく俺がある程度戦える奴だと知り、この時期にこの街に居ることから大会に出場するのだと思ったのだろう。
ここで否定するのも良いが……次戦う事があれば『黒き執行者』の外套を纏っていても気づかれるだろう。ならば、
「……ユウ・ヤシロ。大会で戦う時は顔を隠してるからその時は名前で呼ばないでくれると助かる」
今の内にボロを出さないよう根回しするに限る。
出された手を掴み返すとザッパはニヤリと笑った。
「ユーヤ・シロウ、ね。本戦で戦うのが楽しみや」
六本の腕を持つ戦士ザッパはそう言い残し湯銭の方へ歩いていった。
「……はぁ、気が重くなって来た」
ザッパの場合偶然気づいたんだろうが、この調子だと出場選手全員に気づかれてしまいそうだ。気をつけなきゃな。
遅れに遅れて申し訳ないです。
シルヴィアの護衛三人娘ですが、選考にまだ迷ってるのでもう少し時間をください(笑)
ではまた次回。




